3、2、1…
オルフとシリウスの、怒濤の告白劇から日数にして三週間が経過する。あそこで世間一般で言う「恋仲」となった彼等だったが…。
「シリウス、すみませんが、ちょっとこの資料をエレフに渡しておいてください」
「ん」
こんなに自然な会話が出来るくらい、実はあれから進展がない。恋人らしいことと言えば、告白のときにしたキスぐらいだろう。
告白してから、オルフとシリウスはギクシャクとしていたがそれも数日間で、今では互いにケロッとした態度を取っている。
だが、そういう態度を取っているだけで、心の中身は違うのだが……。
―――――――――
「はぁー………」
「どうしたシリウス、おもむろにでっかい溜め息を吐いて」
「んー…大将…」
オルフに託された資料をエレフに渡すなり、シリウスは大きな溜め息を吐いた。
落ち込むシリウスの姿なんて珍しいもので、エレフも首を傾げている。
「いやぁ…お二人は幸せでいいなぁって思って…」
二人、というのは、エレフと、何故か普通にいるレオンのことで。
幸せ、というのは、シリウスがエレフの部屋に入るなりレオンがエレフを膝抱っこ状態だったことを指しているのだろう。
そろそろ慣れてきたが、彼等のいちゃいちゃ加減は最近半端ないほどレベルアップしているのだ。
「羨ましいのかい?」
「なんかレオンさんにその笑顔で言われるとムカつきますけど…そんな感じです」
「シリウス、発言がオルフっぽいぞ。っていうか、別にオルフといちゃつけばいいじゃないか」
グサリと的確なことを言われるシリウス。
確かに、確かにそうなのだ。二人は恋仲なのだから。
「そうですけど…オルフの嫌がることはしたくないんですよ」
はぁ、とシリウスはまた溜め息をついた。
その様子にレオンが口を開く。
「まず…嫌がること、と考えるのが問題なのではないのかな?」
え?という表情をするシリウス。
レオンは、ちょっとすまないよ、とエレフを膝の上から退けシリウスの前に立つ。
そしてシリウスの両手を掴んだ。
「な、なんですか…?」
「こうやって、私が君に触っても嫌ではないだろう?」
「ええ、別に…」
嫌な筈はない、シリウスにとってレオンは嫌いな相手ではないのだから。
「私に触れられても嫌ではない、ということは、好きな相手には、それ以上に触れてもらいたいと思うのは自然なことじゃないかい?」
「え……」
「君が触れたい、なら、オルフ君も同じなんじゃないかな?」
極論だ、とシリウスは思う。だが正論だとも同時に思った。
「オルフ君は素直になれない性格のようだから、君が気付いてあげないと」
自分より余程オルフのことを見ているな、と苦笑いを溢す。
ありがとうございますと一礼をすると、まだレオンがシリウスの手を握っていることに気が付く。当のレオンはニコニコしたまま。
「あの…レオンさん?」
「ん?なんだい?」
「あの、手を…」
「レオォォオン!!俺をほっといてシリウスといちゃいちゃするなぁぁぁぁ!!!」
エレフがガバッとレオンに抱き付いてくる。反動でやっと手が離れた。
「ほら、こんな具合にオルフ君もいちゃつきたいのだよ」
―――いや、それはない。
グリグリとしがみつくエレフを見ながら、シリウスは苦笑いをしてそう思った。
ピンクのオーラが充満する前に、エレフの部屋からそそくさと退散した。
――――――――――
その日の夜のこと。
そう言えば、と。
つい最近、オルフに借りた本を読破し、返しに行こうと自室を発つ。
オルフの部屋の前に立ち、扉をノックする。
「……………」
―――返事は、無い。
あれ?留守か?と思いもう一度扉を叩いた。今度は声付きで。
「オルフ?俺だけどー」
返事はやはり無く、でもこんな遅くに出掛ける真似もしないだろうと、首を傾げる。
そして、申し訳ない気持ちを押さえながら扉に手を掛け開けた。
―――…いた。
オルフは確かに部屋に存在していた、のだが。
ベッドの上に軽装で転がっていた。どう見ても寝ている。
あのオルフが、ノック音やシリウスの声で起きないほどの熟睡っぷりだ、相当疲れているのだろう、起こすのも無粋な話である。シリウスは無言で扉を閉めようとした。
「………」
のだが、明らかに薄着で、布団も掛けずに寝ているオルフが気になって仕方ない。
いくら室内とはいえ、何も掛けずに寝るのは一種の自殺行為だ。
シリウスは音を立てないように静かに部屋に入り、扉を閉めた。起きるなよ…と祈りつつ、オルフに近寄り布団を優しく掛ける。
「………」
「…………」
オルフは起きるどころか身動ぎもせず、規則的な寝息を立てていた。
ふぅ、と安心し息を吐き、何を思ったのかギシリとベッドに腰を掛けるシリウス。じっと、オルフの顔を見つめた。
安心しきって寝ている様は、シリウスの見たことの無いような表情で、なんだか心の奥がむず痒くなる。
思わず、手がオルフの頬に伸びてしまった。
「……すげ…」
シリウスの手が優しくオルフの頬を撫でる。あまりに滑らかな肌に、シリウスは驚いた。これが同じ男の肌なのか、と。
「ん…………ぅ、……」
瞬間、オルフがもぞりと身動ぐ。
シリウスは反動で手を離すが、起きてはいないようだ。
ホッと一息。再びじっくりとオルフの顔を見る。
美人だなとか睫毛長いとか唇が綺麗だなとか思う前にオルフェウスという存在がとても美しく感じて。
首筋を撫で、思わず顔を近付け、唇を奪おうとしてしまった。
刹那――――
パチリ。
と
オルフの瞳が開かれてしまうわけで。
「ひ、!」
「わーまてオルフ!叫ぶな!俺だから!」
シリウスが慌ててオルフの口を押さえる。
間一髪と言ったところだが、オルフはまだ涙目で状況を掴めていない。混乱した様子が見て取れる。
「ごめん!と、取り敢えず落ち着けオルフ!」
「っ……んぅー!…」
何か発言したいのかオルフがうんうんと唸る。
シリウスがそれに気付き、手をゆっくりと離した。
「…シリ、ウス……?」
「うん、ビックリさせてごめんな…」
「お、驚かせないでください……」
ほっと胸を撫で下ろすオルフ。
寝室に勝手に潜り込み、勝手に寝顔を見られていたのに安心するオルフに、シリウスは複雑な気分になった。
―――嬉しいやら申し訳無いやら………。
「で、……何しに来たんですか?」
オルフが問う。
ああ、何しに来たんだっけ?と少し悩めば当初の目的を思い出した。
「借りた本、返しに来たんだ。そしたらお前、布団も着ずに寝てるから…」
「………ああ…」
その瞬間、オルフは自分が暖かい布団を纏っていることに気付く。
布団を握り締め、それに顔を埋めた。
「お、オルフ………?」
「そう……、そうですか……そう、ですよね……」
オルフは膝を折り、布団に顔を埋めながらそう呟いた。
様子がいつもと違う。
「オルフ、どうした?」
「…………期待なんて……しなければよかった………」
「え…?」
「私ばかり…どうして…」
オルフは呟く。
シリウスは混乱を増すが、その言葉に大体予想が付いた。
「オルフ、何を期待したんだ?」
「……だって、貴方は何もしてくれない、触れてくれないし…私ばかり、貴方を想って………」
恥ずかしい……。
ぎゅうと布団に顔を埋め、オルフはそう呟く。
―――思い出した、レオンの言葉を。
『オルフ君は素直になれない性格のようだから、君が気付いてあげないと』
やっぱり、レオンの方がオルフを見ているなと苦笑し、不甲斐なく思い、そして少し悔しかった。
それを拭い去るように、シリウスは布団に顔を埋めたままのオルフを後ろから抱き締めた。
驚いたようにオルフが顔を上げるが気にしない。
「馬鹿だよなー、お前」
「…貴方に言われたくありません」
「うん、だから俺も馬鹿」
「自分で言うなんて、情けないですよ」
あははとシリウスは笑う。
「じゃあ、馬鹿ついでに言うわ。俺、オルフに触れたい」
「………」
「大将達までとは言わないけど、二人きりのときぐらいは恋人らしいことをしたい」
それが、ただ触れているだけでも、手を繋ぐことでも、抱き締め合うことでも、キスでも………何でもいいから、とシリウスは思う。
「オルフは嫌じゃないか?」
ぎゅっと抱き締めたまま問われる。後ろに居るわけだから顔は見えないけれど、オルフの戸惑った雰囲気だけは伝わった。
自分は言いたいだけ言った、あとはオルフの答えを、シリウスは待つだけだった。
「っ…嫌、だったら……今既にこの状況を全力で抵抗してると、思いますが…?」
「ああ…そうだな」
「つまりは、そういうことです」
そういうこととは、嫌じゃないということ。
しかし、聞きたいことはそれじゃない。
「じゃあ質問を変えるぞ。オルフは、俺に触れて欲しい?」
次々に何と恥ずかしい質問をすることだ、オルフは顔を赤くする。
素直に言えないオルフだからこそ、シリウスは答えを引きずり出そうとしているのだがそれが率直すぎて逆に答えづらい。
オルフの中では答えはもう決まっているわけだが、思わず言い出せずにいた。しかしシリウスは答えを今か今かと待っていて……
決心を固め、シリウスにぐるりと向く。
お?とシリウスが思っていたときには、触れるだけだが、唇が重ねられ、そしてすぐに離された。
「……意味、わかりますよね?これが…答えですよ…」
睨み上げながらそう言うオルフに、シリウスは我慢出来なくなっていた。
「やばいって…マジで…」
そう呟きながら、オルフの体を押す。
グラリとオルフの視界が揺れた。
「………っ」
「オルフ……っ」
ポスリと、オルフの体がベッドに沈む。そして、シリウスに主導権が行ったまま、唇を重ねられた。先程の触れるだけのキスとは違って、深く、深く。
「ん、んぅ………っはぁ…」
それほど深追いもせずに唇は離れた。
それでも、二人の体の熱を上げるには十分の薬。
「っオルフ、オルフ、ごめん…!」
「な、んですか……?」
「俺、シタい……オルフと繋がりたい…」
そう言いながら、頬や額、瞼に唇を落としてくる。
それだけでも余裕がないところが見てとれるシリウス。こんな様子の彼を、誰が無下にできるだろうか。
そもそも、こんな夜に訪問する時点で、オルフは何かしらの期待をしていたのだ。彼の願いを、どうしたら断れるのか問いたいぐらいだ。
「………私も…」
「え…?」
「私も、シリウスと、繋がりたい、です…」
「………っ!」
「早く、早く…私を奪って、ください…」
耳まで赤くし、そういうオルフを、シリウスは息を詰めながら抱き締めた。