流星の謳(2)







それから数日間、エレフはオリオンと一緒に過ごした。朝起きればオリオンが隣にいて、おはようと言ってくれる、そんな生活が普通に感じれるようになってしまった程度には慣れ、習慣の一部となる。

そんなある日………





「エレフ!」

「わ、レオン!」

夕食時を過ぎ、星の瞬く夜空になったその瞬間に、レオンは突如としてエレフの前に現れた。エレフが外に出て、夜風を楽しんでいた時のことである。勿論、隣にはオリオンの姿が。
そんなことも気にせず、レオンはおもむろにエレフに抱きつく。後を追うようにシリウスとオルフがパタパタとやって来た。

「大将ーすみません、止められませんでしたー」

「獅子王しつこ過ぎです」

「いや、大丈夫だ。シリウス、オルフ、ありがとう」

「エレフ、ここ数日なんで会ってくれなかったんだい?私に不甲斐ないところがあって会いたくなかったのなら言ってくれ、全力で直すと誓おう」

ぎゅうぎゅうと抱き締めながらレオンは言う。エレフも抱き締め返し、優しい声でごめんごめんと呟く。
現状が現状だが、愛しの恋人との久しぶりの抱擁だ、エレフも嬉しくないわけがない。

「大丈夫、レオンに非なんかないよ。今回会わなかったのは俺の我儘だから………でも、会いたかったよ、レオン」

「エレフ………!」

エレフがそう言いレオンに擦り寄ると、ぎゅうと、レオンが一層力強く抱き締める。苦しいよレオン、と一言添えた。
普通ならばここでオルフが何かしら行動に移すのだが、今回は何もしない。むしろ、険しい表情でオリオンを見ている。
そのオリオンは、レオンとエレフの一部始終の動きを見ていたわけだが、驚くことも気持ち悪がることもなく、エレフを慈しむような瞳で見ていた。
その視線に気付いたエレフは漸くオリオンの存在を思い出し、ドキリとした。

「………ビックリしただろ?」

「…うん、ちょっとね」

「エレフ、この方は……オ」

続きをレオンが言おうとすると、エレフが人差し指でレオンの唇を押さえた。これ以上言ってはいけない、と。
レオンはエレフのその表情を読み取り、口を閉じる。
熱い包容を止め、エレフもレオンもしっかりオリオンに向く。

「ごめんな、変なとこ見せて」

「ううん、全然。エレフ笑ってるし」

「引いてない?」

「うん。エレフの選んだ人なんだろ?」

そう言って、オリオンはレオンを見た。
それに答えるようにレオンは真っ直ぐ、オリオンを見つめる。

「ああ、俺の、大切な人だ」

エレフはそういった後にくすぐったそうなはにかみ笑顔を見せ頬を少し染めると、オリオンは表情を緩めた。
そっか、そうなんだ、と呟いて、レオンからエレフに視線を移す。

「エレフ、今、幸せ?」

微笑み、首をかしげながらオリオンは問う。

「うん。………色々と問題はあるけれど、シリウス、オルフ、それに……レオンがいて…………幸せ、だ」

「………そっか、良かった」

瞬間、オリオンは本当に本当に、幸せそうに、微笑んだ。
エレフの幸せを我が身の幸せだと感じるように、慈しむように、世界中の幸せを集めたような、そんな表情で。

「レオンティウス様、少し、エレフを借ります」

オリオンはレオンに一礼をすると、エレフを見た。エレフはどきりとするが、その視線に応える。

「エレフ、手出して」

「え、こうか?」

「うん」

そのままオリオンに手を取られ、エレフの右手はオリオンの左胸元に手のひらを固定される。
エレフは何をされるかとビクビクしていたが、自然と指先に神経が集中していった結果、それは次第に驚愕に変わっていた。

「オリオン、お前……!」

「うん、わかったでしょ?」



「お前、心音が………!」



心音が、鳴ってない。



人間にはあるまじき事態。

そうか、と改めてエレフは思う。











「俺が死んだって、エレフも知っているでしょう?」

そう、知っていた。
信じたくなくて、色々な手段を用いて確認した。
だけど、返ってくるのは“死”という言葉のみ。エレフはそれを信じるより他無かった。
だけど、ここ数日、“オリオン”と過ごすうちに、嘘なんじゃないかと思ってしまったのも事実。
しかし今思い返せば、あれだけ抱き締められて生活していたのに、エレフは一度も暑苦しいと感じたことがない。先程心臓へと手を導いたオリオンの手もひんやりとしていた。
何故気づかなかったんだろうとエレフは思う、彼には体温が無いのだ。
食事も、排泄行為も、睡眠も、見たことがなかった。そうだ。必要なかったと言うことか。エレフは今更納得し、そして胸を痛ませた。

「死んだ後、未練があったのかな…気がついたら冥府と呼ばれる場所にいて、そこの王と話したんだ」

「冥、王…?」

「そう、冥王。彼はエレフをとても好いていたよ。彼は、エレフが幸せでなければ、冥府に一緒に連れ帰る力を俺にくれたんだ」


エレフが息を飲む。もしかしたらこのまま、連れ去られるんじゃないかと。オリオンの胸元に添えられている手が強ばり、少しだけ汗ばんだ。
しかし、そんな恐怖もオリオンがより一層、寂しそうに笑った瞬間に砕け散る。その笑顔を見た瞬間、何故かエレフの瞳から涙が零れた。











「逆にね、エレフが幸せだったら、俺の体は…魂は………跡形もなく消えると、言われたよ」

刹那、オリオンの体が光を放ち、足先から消えていく。胸元の手も離れた。

「僕がこうなるってことは、エレフの言葉は何一つ嘘がなくて、本当にとても幸せなんだね」

輝き消失し始めるオリオンのその様を見て、その場にいる全員が息を飲んだ。その中で、エレフだけが声を荒げる。
一瞬で状況を理解し、オリオンが、どうなってしまうかを、理解してしまった。
涙を、ぼろぼろ、ぼろぼろと溢しながら最悪の状況にならないように叫ぶ。

「オリオン!オリオン!!」

「あは……俺が消えるってことは…君は幸せなんだよ、悲しまないで、ね?」

「嫌だ!オリオン!消えるな!消えちゃダメだ!!!」

「エレフ、俺は君の笑顔を見れて幸せだったんだ。消えるとわかっていても、君の幸せが一番大切だったんだよ」

オリオンが微笑む。
エレフは泣きながら、もうほぼ実態の無いオリオンの体を抱き締めていた。空に透ける姿が痛々しい。

「この場に来たかったのは、君を連れていきたいからじゃない、君の幸せな、その姿を見たかったからなんだよ……だから、君の笑顔が見れてよかった。そりゃ、俺が一番って言ってくれた方が嬉しかったけどね…」

「ぅ…、やだ、……オリオンっ…!」

「ああ、もう泣くなよ、相変わらず不細工ちゃんだなぁ………笑ってよ、お願いだから…」

困ったように笑うオリオンの消え掛けの指がエレフの涙を掬う。
今、この状況で笑うことなんて無理に近い。だけど、エレフ涙で濡れる視界で見るオリオンの表情は、とてもとても幸せそうで………
エレフは………




















「…………っ、そう、その顔が見たかったんだよ。いつまでも、その笑顔を忘れないで………………」

―――ぐちゃぐちゃな顔で、本当に笑えたのか、歪んでなかっただろうか、酷い顔だよな。オリオン、行かないで、こんな笑顔を最後にするなよ、オリオン。オリオン。オリオン。


“その笑顔が、俺の宝物………”



一筋の、涙と

その言葉を残して

オリオンは、跡形もなく………………消えた。





































「ぅあ、あ、ああああああああ、あああああああああああああああっ!!!!!」


「っエレフ!!」


自分の体を抱き締め、崩れ落ちるエレフを、レオンが支える。
体は小刻みに震え、今、この状況で、何があったのかを物語ってくれた。
たった今、エレフの友人が、この世から消え去ったのだ。数少ない、彼を理解してくれる友人が、何の欠片も残さず、未来を託されることも許さず、生まれ変わることも許されず、霧となり、この世を去ったのだ。

「っオリオン!オリオン!!!」

自由を奪われながらも、彼はエレフの幸せを、ずっとずっと祈っていた。
例え裏切り者とエレフに思われようと、海を……山を越え、オリオンはずっとエレフの幸せを願っていた。
唯一無二の友達。
それが、オリオンという、人物。
エレフセウス、の、唯一の親友……


「あああああ…ぅ、あああああああああああっ!オリオン……ああああ、あああっ!!!!」

「エレフ…今は泣け…存分に、お前の気の済むまで………。私もそれまで、体を貸そう…」

どれだけ泣き叫んでも、この悲しみは取れることはなかった、だけれど、涙は止まらない。声が渇れようが涙が枯渇しようが、エレフはもうどうでもよかった。ただただ悲しくて苦しい。
レオンも悲痛な表情でエレフを抱き締める。力強く、けしてエレフを離さないようにと。



刹那――――




「………っ?」


夜空が光る。眩しいぐらいに。
その場にいたシリウス達が息を飲むほど、壮大にきらきらと。
エレフも異変に気付き、涙に濡れそぼったその顔を上げた……そこには、





「………オリオン…?」





そこには。暗い夜空が輝くほどの、眩しい眩しい流星群。
星の雨が、まるでエレフを中心に、包み込むように流れ落ちる。

―――これは、オリオンだ。

エレフは、いや、この場にいた誰もが、この流星をオリオンだと思った。

「エレフ…?」

レオンの怪訝な表情も気にせずエレフはゆっくりと立ち上がる。涙はまだ止まらない。

「っオリオン!オリオン聞こえてるか!!っ俺は、幸せだ!!こうやって皆がいて、お前という親友がいて…!!」

エレフが叫ぶ、夜空に、星空に向かって。

「親友だ!どんなことがあっても親友だ!!っお前も、どんなことがあっても忘れんじゃねぇぞ!!」

エレフの頬に涙が幾筋も頬を伝う。地面にぽたぽたと流れても、エレフは星空を見上げた。オリオンに話し掛けるために。

シリウスも、レオンも、祈った。ただただ、彼の幸せを。
オルフも祈りながら、瞳に小さく涙を溜めて「エウリュディケ…」呟く。

流星の雨に包まれるエレフに小さな風が吹いた。頬を撫でるように柔らかく。



――――ああ、オリオン……!



「元気でな!!また会おう!!!」



涙を押し退け、そう満面の笑顔で叫ぶ。
空も、笑った気がした。
皆、その場で彼の存在を確かめる。
輝く流星の謌に包まれながら……。






ほんの、10日も経たない出来事。
一瞬の、突風のような数日間。
でも、確かにあった、嘘のような出来事。
胸に深く刻まれた、切ない、物語………………。








END――

















いろんな説がありますが、私はオリオン=レオンのとこの弓兵だと思っているので、オリオンはレオンを知っています。レオンが知っているかは別として。

それにしても、オリオンに対してだけ口調が少年っぽくなるエレフを書くのが楽しかった。


加筆修正するにあたって、矛盾点ヒャッハァな状態に気付いたが放置/(^o^)\


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