そのてでつかんで。





「あれ?大将はどこへ行った?」

「この辺りの地形を確認しに行ってます。腐っても大将なんですね」

私が辛辣な言葉吐くと、あははとシリウスは笑った。
地形確認とは、戦いのため、野営のため、とても重要になる。
確かに普段泣き虫だし猪突猛進だし獅子王といちゃいちゃしている自称クールとのシスコンとはいえ、奴隷部隊の我らが大将。皆の安全を確保するのが最優先である。

「てっきりレオンさんのところにでも行ったのかと思った」

「そう度々会いに行かれても困りますよ、一応彼は敵大将なんですから」

「でも、羨ましいよな」

「何がです?」

「恋愛って、やつ」

ピタリと、つい動きを止めてしまった。
恋愛?何を言っているんですかこの人は?そんなキャラですか?
今までシリウスの色恋話や浮いた話など殆ど、否、全くと言っていいほど聞いたことがない。
そんな人が恋愛を羨ましいなどと、耳を疑い怪訝な表情まで出てしまった。不覚だが仕方ないと思う。

「正気ですか?」

「当たり前だろう、誰だって恋愛に憧れるものじゃないか」

「私はそう言った憧れはありませんが…そう仰る、ということは、あなたは特定の相手いらっしゃるのです?」

なんてことを訊いているんだろう私は。私らしくもない、こんなことを表に出すなんて。
そして、じわりじわりと胸の中にあるこの淡い期待はなんだろう。私は一体何を期待しているんだろう。
己に呆れながらも、じくじくと染み渡る感覚に心音が少し早まるったような気がした。

「………」

返事も無しに、すっと表情を抑えたシリウスがおもむろに私を見つめてくる。少し早い程度だった心音が、一気に早鐘に変わった。
理由は、わかるようなわからないような。わかりたくないと言った方が正しいのかもしれない。わかってしまえば後戻りが出来ないかもしれない、と言う虚無感と恐怖。こんな感覚すら初めてだった。

「なんです、か」

「オルフには、そういう相手、いる?」

ぐわんぐわんと頭が回る。何故この男はこのタイミングでこんなことを聞くのか、その答えを聞いて何をするのか、わからない。
ああ、見事に思考回路がショートしていく。何故ショートするかもわからない。こんなの、ただの質問だろうに、何故ここまでこの数回の会話だけでこんなにも弾けてしまいそうなのか。
そうして気付く、こんなに頭が回らないのは、シリウスの前ぐらいだということを。

質問を質問で返されて、律儀に答えなくてもいいのにシリウスの質問に応じなければいけないと脳が命ずる。返する言葉が見つからない。

だって、相手などいないのだ。

(シリウスのことは?)
漸く意識し初めて、シリウスに対する自分の感情を纏める。ここまで来たら後戻りできないと自覚しつつも、現在の状況を打破する為には仕方ない。
だがしかし、幾ら思考を巡らせても彼が好きかもわからないのだ。当たり前だが意識をしたことがない、故にそう思ったことはない。

(でも、誰よりも先にシリウスを思ったことは?)
幾度となくある。
不思議と、出来事の度に頭にふと浮かぶのは、シリウスだった。

これはなんだ?
誰か教えてくれ、誰かが“そう”だと背中を押してくれなければ、私はきっと認めることが出来ない。
だけれど、思考は確実に、彼の侵略を受けているのは事実。理由はどうあれ、彼は自分にとっての特別なのだ。

「あ、っ…」

衝動的に言葉を紡ごうとしたが、その言葉が出てこなかった。空回った音は、文字になることなく宙に浮いて消え失せる。
言葉に詰まるなどと、なんとも自分らしくないことか。

特別だと、伝えるべきか。でもそれを伝えて、困らせてしまうのは嫌だ。抑質問の答えでもない。これでは私のただの一人遊びだ。
この気持ちを伝えて、特別だから何?と言われてしまったらそれこそお仕舞いだ、その先のことは怖くて考えていない。

怖い?

何故、怖いのだろう。



ぐるぐると考え続ける私に、シリウスはようやくその口を開けた。

「やっぱり、大将のこと?」

「………は?」

今出たのは、大将…つまりはエレフの名前。何故エレフの話題が出てくるのだろうか。今までの思考思案でエレフは微塵にも浮かばなかった、失礼な話かもしれないが事実は事実。
そうして思い至るのは、もしかしたら、シリウスは大きな勘違いをして、いる?という、こと。

「や、それを聞いて俺もどうするって訳ではないけど、なんとなく気になってさ」

「……なぜ、エレフだと?」

「だって大将はお前の好きな麗しい容姿と強い意志を持った人だろう?一番可能性がありそうじゃないか」

確かに、確かにそうなんですが。
確かにエレフへの恋心が少しでもなかったと言えば嘘になる。でもそれはもう過去の話で、今の今まで自分はそれすらスッパリ忘れていたぐらいで。

「獅子の旦那を追い払うときも何気に必死だし」

それはただ普通に、視界内でいちゃつかれるのが煩わしかっただけで。

「お前が大将を見る眼は優しいし」

それは、最近ではなんだかエレフが弟みたいに見えてきたせいで。

「やっぱり、そうなのかな、って。そうだったら、応援しなきゃな、って」

シリウスの瞳に影が落ちる。理由は、わからない。
だがあまりの矛盾に、混乱した思考回路は徐々に苛立ちへと変換されて始めた。
そんな顔するぐらいなら応援するなんて言わなければいいのに。
勘違いも甚だしい。
私が好きなのは、

貴方、

なのですから。




成り行きで誰からも押されず発覚した、好きという感覚に一瞬自分自身で呆け、そして今自覚した途端、カッと頬が熱くなった。ああ、そうなんだ私はシリウスが“好き”なんだ。
同時に、何もわかってはいないシリウスに腹が立って、勘違いされているのが嫌で、そっちが強くて、恥ずかしさより悲しさ湧いた。
だからと言って自覚したからと言って伝えるのにはどうしたらいいのかわからない。きゅう、と胸が締め付けられる。
言葉に出す勇気もない。行動なんてもっての他。只の特別ならば問題ないだろう、だがこれは恋愛感情。そして私たちは同性。
それでも、自分の気持ちに気付いたせいでますます感情は膨れ上がり、愛しさで苦しくなる。
伝えられないということはこんなにも辛くて、泣いてしまいそうなものなのか。

「…応援なんて、いらないです」

「やっぱり、迷惑か」


応援なんていいですから、私のものになってくださいよ。

それが、言えない。




気が付くと、視界がグニャリと歪んでいた。
まずい、と思ったときには既に遅く、暖かい雫が頬を筋を作り落ちる。それが涙だと気付くのに少し時間が掛かった。
慌ててその涙を手の甲で拭うが、一度栓が抜けた涙腺は止まることを知らずぼろぼろと簡単に溢れてくる。情けない、と思いながらせめてもと歯を食いしばり、漏れそうになる嗚咽を噛み殺した。

「っ………く、」

「お、オルフ!?」

彼が駆け寄ってくる。突然泣いた私に吃驚したのだろう、それはそうだ私だって驚いている。おろおろと戸惑う姿が滑稽なのに、それでも涙は止まらない。

「ごめん、ごめん!そんなに嫌だったか?」

「…っ違……」

首を横に振った。嫌だったという言葉は間違いないのだけれど、彼の言う嫌とは違う“嫌”だから。

涙と言うものに免疫がなくて、泣きながら立っているのが辛い。何とも柔な体だ、とも思ったがそれすら思考は面倒くさがり、もういいや座り込んでしまえと力を抜いた。
それなのに足は何故か立っていて、でも力は抜いている筈で、では何故?と顔を上げれば、シリウスはより一層私の近くにいて、何故か抱き止めていてくれて。
まるで、俺に捕まれと言わんばかりに。

嗚呼、この人は何故、こうも、優しいのだろうか。


前にもこうやって抱き締めてくれた。
あのときもとても優しくて、凄く暖かくて、すがってしまったんだ。
泣き顔を見られたくなくて、下を向く。両手で精一杯しがみつく。



好きです、好きです

ねえ、気付いて………




「……オルフ、聞いてくれ。顔は上げなくていいから」


思考も顔もボロボロの私にシリウスは話し掛ける。
言葉に甘えて顔は上げない。今上げると色々後悔してしまうと思うから。


「オルフの特定の相手、大将かもしれないけど…」


ああ、まだ言ってるのか。でも違うと否定するのがもう億劫だった。
間違いだと言っても、その後どうやって説明していいのかわからない。

だけど、次の言葉に固まる。


「俺の特定の相手は、オルフ、だから」

「………っ!?」

私を支えるその手に力が籠るのがわかった。
シリウスにとっても、一世一代の告白、なようだ。

「こんなこと言われても迷惑だよな、でも、今のオルフを見てたら、ちょっと抑えられなくて…」

シリウスはあははと笑う。ごめんな、と言葉を残して。

謝らなくていいのに。
私は、嬉しいんですよ?
涙がぼろぼろと零れた。嬉しくて嬉しくて、恥ずかしくて。
嗚呼、早く伝えなければ。
顔を上げて、シリウスを見て、涙でぼろぼろの顔だけれど、早く伝えたい。
上手く言葉に出来ればいいけど。

「っ……シリウス、シリウス…」

「な、何だ?」

「…っ好き、です、貴方が…好きなんです、愛してしまった…!」

告白は、もっと綺麗で大人しいものに憧れていた。
だから自分が告白をする場面があったら、そうあろうと思っていたけど、今のそれは全然真逆。


でも、ごめんなさい、すみません、私は貴方を、心から愛してしまった。

「エレフじゃない、私の特定の相手は、貴方なんです…!」

優しくて、少し生真面目で、それでも自分の意志を持った貴方。
いつの間にか惹かれて、いつの間にか恋をしていた。
認めたくなかったけれど、私は貴方に恋をしてしまった。

愛しい貴方。シリウス……。

「シリウス…、っ」

「っ、オルフ…、黙って、」

瞬間、唇に暖かいものが触れる。
柔らかくて暖かいそれは、直ぐに見当がついた。


「ん、ぅ……っ」


シリウスの唇。
恋い焦がれた、貴方の、柔らかいそれ。
こんなに、幸せでいいのだろうか?貴方を、感じることが出来るなんて。

少しだけ角度を変え、唇は直ぐに離れた。
私の涙を拭いながら、シリウスは唇を開く。

「オルフ……」

「んっ…」

「もう、俺、頭が混乱してるんだけど………俺は、オルフェウスを独占して、いいんだな?」

ええ、独占してくださいよ、早く。
意地を張るかもしれませんけど、こんなに可愛くない私ですけれど。

今度は、少し背伸びをして私から口付ける。触れるだけだけれど心臓はバクバクと早鐘を打っていた。


「もう、離しません」


それが、私の答え。

シリウスは少しだけ瞳に涙を溜めて、より一層強く強く私を抱き締めた。













ようやくくっつきました焦れったい奴等が。
しかし恥ずかしくて死にそうです(私が)


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -