奪い合いの舞踏曲



※キス描写有り。と言うかキスしかしてません(笑)














「ん、ぅ、……は、」

呼吸が苦しく、酸素を求め必然的に腰が逃げる。只、それも許さないと言うように、頭をぐっと押さえ付けられた。
逃げても追ってくる唇と舌に、頭がぼんやりと熱に浮かされる。嗚呼、溶けてしまいそうなのは何故だ?
ゆったりと離される唇すら、名残惜しいのは何故だ?

「……苦しいか?」

「は、……い、きなり、は、卑怯だ、」

「それは君が対応出来るだけの能力を持っていないからだろう」

低能、とでも言いたいのか。それが彼の口癖だとは知っていたが、いきなり押し倒して唇を押し付ける行為の方が余程低能では無いだろうか?
少なくとも僕は、このような強引な真似は出来ない。相手の了解を得て、そうして初めて深まることが出来るのだと思っている。
僕には無い事を平気でやってのける、だからこそ対応することが出来ないというのに。

悔しさなのか羞恥なのか、多分両方だろう、紅い顔のまま睨み付ける。効果は無いことは知ってるが、そうせずにはいられない。

「いい顔だ。そそるぞ、王子」

ほら、ね。

軽く舌舐めずりをしながらそう囁く彼は、ゆっくりとした動作で僕の額にキスをする。先程の強引さはどこへやら、酷く柔らかく紳士的なキスにますますこの男が読めなくなった。
強引だと思えば優しく笑い、包み込むように暖かいと思えば低能と冷たく罵る。訳が解らない。僕が理解できない等何事だろう。
だからこそ自分のペースを簡単に乱されてしまい、自分から近付くことも遠ざかることも出来ないのだ。

「困惑してるな、顔に出てるぞ」

「…五月蝿いな」

「五月蝿いとは失敬な、低能は聞く耳も持たないのかな?」

ほらまた、優しいキスの後に低能と罵る。まるで飴と鞭だ。僕を調教でもするつもりなのだろうか?ふざけた話だ、屈するつもりなどさらさら無い。
ふん、と鼻を鳴らし、イドルフリートは笑う。完全に勝利の顔だ、きっと心から愉悦に浸っているのだろう。
ああ、実に不愉快だ。この僕を上から見るなんて。僕は自分が己が許した人以外からの圧力が好きではない。特に、この男からの上から目線は今まで以上に感に触る。嫌な記録更新だ。
その間にも、彼は柔らかな表情のまま僕の頬に手を這わす。慈しむようにゆったりと。

じわじわと胸に広がる何か、もどかしい物。翻弄され転がされ続ける焦燥感、嫌悪ともいえるそれ。

―――嗚呼、何だかとても、悔しい。

刹那、最早衝動と言う部類であろう。考えもせず直感で動くなど、ほぼ初めてではないだろうか。
頬に触れた手を素早く取り、少し離れたイドルフリートの顔に一瞬で寄る。驚きの隠せないイドルフリートの表情に、少しだけ光悦した。

その顔を横目に、そのまま唇と唇を触れ合わせる。

「……!」

息の詰まる音が聞こえる。少しでも彼を翻弄できたのだと思うと、心が踊った。ああ、彼もこんな気分なのだろう、しっとりとした感触がいつもより気持ちが良い。
触れるだけの柔らかな口付け。少しだけその珍しく無防備な唇を舌でなぞると、軽いリップ音を立てて離れた。目に映るはイドルフリートの呆けた表情で、思わず口の端が上がる。

「ご馳走様、イド」

掴んだままの彼の手を寄せ、指先にまた口付ける。そして視線を彼の顔に移して再び笑った。
途端、カッ、と言う音が聞こえてきそうな程、一瞬でイドルフリートの頬が朱に染まる。

それが何を意味するのか。悔しさか、一瞬我を忘れた羞恥か、はたまた他の何かか。唯確実に一手取れた事は間違いないだろう。

「……っ低能が!」

「…っ!」

僕が掴んでいた手を、今度は彼が掴み返す。無遠慮に力強く、それ程余裕が無いのだろう。
ここまでは己の優勢に動いていたのだが、ここで間違いに気づいたのは少し遅かったかもしれない。僕はまだ、彼に組み敷かれたままだった。
衝動に駆られたらしい彼は、いつもの余裕など見せることもなく荒々しく再び口付けた。


「んぅ、っ!」

性急に舌で歯列を割り、咥内に侵入される。逃げたつもりではないのに、思わず奥に行った僕の舌を熱いそれで絡め取られた。
優勢を取りたいというのに、彼の衝動に押され負けて動けない。しかし、押さえ付けられている腕が妙に痛く、妙に心地良かった。
ぬるりと擦り合う舌に、少しずつ己も反応を返す。より一層深めるように絡めれば、自分の身体も熱く火照り始める。
あんなに不機嫌だった僕の面影は今ここには無い。

「は、ん……っぅ、ん」

掴まれている手とは逆の、自由に動く腕を彼の首にゆっくり回す。彼がそれに気付くや否や、呼吸の為に少し緩めた唇を更に深く重ねる。同時に腕を掴んでいる手が離れた。
殆ど無意識に解放された腕を、片方の腕と同じように彼の首に絡める。こんなことをしたのは実に初めてだったが、羞恥は思った程無い。全く無い訳ではないが、もう既に感覚が溶けてしまっているのかもしれない。

「ふ…ぅ、……んっ」

「は………」

角度を変える僅かながらの時に酸素を取り入れる。しかしそれは呼吸と言うには量が足りないもので、絡み合う舌の悦楽も合わせ思考がどろりと溶けていった。まるで麻薬だ、一度踏み入れたら抜け出せない。
飲みきれない唾液が口の端から溢れ落ち、尚も咥内ではくちゅりと水音を立てる。
聴覚まで刺激され、苦しさと混ざって生理的な涙が目蓋に浮いた。しかしまだ止める気配が彼には無い。

「は、…っいど、苦し…っ」

「………、…」

生命の危機、とまでは行かないか、流石に苦しくなりイドルフリートの胸を押す。彼は仕方無いとばかりに、最後に僕の舌を柔らかく甘噛みし唇を離した。
互いの舌に絡まる唾液がいやらしくも糸を引く。

「はぁ、…っは……」

「……君がここまで低能だとは思わなかった」

「…なにが」

「……」

その問いに答えることも無く、イドルフリートは僕の纏う衣類に手を掛ける。
この流れから何をするのかは明確だが、ただ無言で受け入れるのも気に触り問いかけずにはいられなかった。

「何をする気だ?」

「それも判らないなら君は真性の低能だ。寧ろ無能と呼ぶぞ」

「……僕に欲情したのか?イド」

「…黙れ」

さっきは僕に『聞く耳を持たないのか』と嘲笑った癖に、彼の方が余程聞く耳を持たないではないか、と思う。しかし彼が理論を並べ立てず一言で切り捨てること自体珍しく、そのことにどこか胸が高揚した。
首元をはだけさせられ、鎖骨をゆるゆるとなぞる指。彼の瞳を覗き込むと、明らかな情欲がちらついている。その焔に目を細めればイドルフリートが口を開いた。

「煽ったのは君だ、覚悟したまえよ?」

(―――言われなくとも、わかっているよ。美しき金の狼、イドルフリート。)

口の端を上げ、心の中でそう返した。
そして始まるのは、二人だけの宴。長い夜の始まりだった。






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イドルさんの余裕を無くし、小悪魔気味な王子はぁはぁ


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