奏でられたら




※現代パロ。二人とも学生(多分高校生)










「お前みたいなタイプって、歌上手いか下手かどちらかの場合が多いけど…まさか上手い方だとは、な…」

場所は、カラオケボックスという一室。誘ったのはユーリからで、やらなければいけない課題や生徒会の仕事等、そう言った物も無く断る理由も無かったので了承した。
男二人きりでカラオケなんて中々珍しい話であるが、他に誘える人物も居ず、結果が僕達だけで一部屋占領することになってしまった。僕としては微塵にも問題無いのだけれど。

僕が一曲歌い終わった後、ユーリは先程の言葉を思わずと言った様子で溢す。小さい頃から一緒に居る幼馴染みの意外な一面に開いた口が塞がらず呆けるしか出来ない、といったところだろうか。
よく考えれば、ユーリの前では鼻歌程度しか歌ったこと無かったっけ、と思う。
確かに、下手では無いと自分でも思っている。しかしそれを表立って言う必要も無い。唯の自慢なんて真っ平ごめんだ。

「僕が下手だって思ってた?」
「大半の確率でそうかと」
「ユーリだって上手いじゃないか」
「今は俺が上手い云々の問題じゃねぇっての。それにお前に比べたら大したもんじゃねぇ」

これは勝てたと思ったのに…と呟きユーリは頭を掻いた。昔から勉強でも運動でも、僅かながら僕が勝っている事を不満に思っているようだ。しかし勝っているのは本当に僅差であって、僕が少しでも気を抜けば簡単に負けてしまうだろう。
昔、そうやってユーリに指摘したところ「それでも負けは負けだ」とむくれてしまった。
歴然とした差でユーリが勝てるのでものは、料理ぐらいかな。料理だけはどうしても苦手だ。

「でもユーリ、歌唱力で勝って嬉しい?」
「負けるよか全然嬉しいに決まってんだろ」
「そんなものかな…」

解らない、とばかりに首を傾げた。役に立たないとは言わないが、極力必要とも思わない、そんな風に思っている。
確かに上手ければ周りからの歓声や黄色い声は立つけれど、僕にはそれが嬉しいものとも思えなかった。

(ユーリが喜んでくれなければ、意味が無い…)

半ば肩を落としながら、僕は持っていたマイクをテーブルに置こうとすれば、阻止するかのような声がユーリから上がる。

「ちょい待った」
「ん?」
「もうちょい歌ってくれよ、負けんのは悔しいけど、お前の声、気持ち良いからもっと聴きたい」
「僕の…?」

照れ臭そうに、でもハッキリとユーリは言う。
ああ、やっぱり上手くて良かった…と、この瞬間自分の音感にとても感謝した。

「それならお安い御用だよ。選曲は?」
「フレンに任す」
「そう、了解」

それから適当な、ユーリが好みそうな曲を選び入力する。暫くすると音楽が流れ、歌い始めた。
曲の最中、ユーリは僕を見るでもなく、唯ぼうっと歌詞が流れる画面を見続ける。多分、耳に意識を集中して僕の歌を聴いてくれているんだろうけど…少し、寂しい…なんて思ってしまった。

歌うことは嫌いじゃない、いや、寧ろ好きな方だと思う。滅多にカラオケなんて言う場所に行ったりもしないけど、やはり歌うとスッキリした。
それに今は、ユーリが居る。彼も一緒だから、感じる心地よさは何倍にも増している。
大袈裟なわけでは無い、僕は至って本気だ。

そんなことを考えている内に、流れる曲が止まり終わったことに気がついた。息を一回吐きマイクを置くと、間も置かずパチパチと狭い部屋に拍手が鳴り響いた。音を発している人物は、言わずもがな解っている。

「…お粗末様でした」
「いいや。悔しいけど、やっぱ上手ぇわ。サンキュ」
「とんでもない。そう言って貰えて光栄だよ」
「そっか」
「…じゃあ僕もユーリにリクエストしていいかな?」
「別に良いけど…お前みたいに上手くねぇぞ?」
「いいんだよ、ユーリの歌が聴きたい」

ユーリは照れたような様子で「物好きな奴」と呟いた。

歌って欲しいものがあった。いや、聴きたいと思ったフレーズがあった、の方が正しいかもしれない。
機械を使って曲を探し当てる。目的の曲を見つけ、ユーリに見せた。

「これ、歌える?」
「歌える、……ってか女の歌だぜ?これ」
「うん、そうだね」
「そうだね、っておいおい…」

駄目かい?と首を傾げれば、駄目じゃねぇけど…と歯切れの悪い言葉が返ってくる。だからと言って他に指定せずに、期待の眼差しで待っていたら、仕方ねぇなと入力してくれた。
流石ユーリ。期待が重いと言うくせに期待されるのは嫌いじゃない天の邪鬼な男のだけある。

「歌えるかわかんねぇぞ」
「サビだけ歌えれば十分だよ」
「何だよ、それ」

わけわかんねぇ、と言ってる間に曲が始まる。
若干不馴れな音程なのか、歌い辛そうに声を震わしている。それはそうだ、女性の歌を男性が歌うのなんて難しいだろう、僕だって不安定になると思う。
それでもユーリは歌ってくれるんだから、何て言うか………愛されてるなぁ、僕。

曲がサビに差し掛かる。僕はじっと、彼を見つめた。若干笑っていた(というか微笑んでいた)のかもしれない。
様々な理由で歌いにくそうに歌っていたユーリだったが、突然一際大きく喉を震わせた。それこそ驚いてしまったような、裏返ってしまう程に。

(あ、気付いたかな)

僕の思いに応えるかのように、ユーリの顔がみるみる紅く染まる。歌う声も大幅に小さくなった。
それもその筈、僕が選曲したそれはラブソング中のラブソング。「大好き」だの「恋しい」だの、女性視点からやたら連呼されるような歌だ。
気付かなかったとは言え相当量愛を囁いてしまった形になる事実に、最早羞恥しか感じられないユーリ。僕はそれが目的(普段から歌詞をあまり見ない彼の性格を知っていた)だったわけだけど、大成功と言って間違い無さそうだ。


「〜〜〜〜っだああああああああ!!!!」

耐えきれなくなったのか歌うことすらできなくなったユーリは、激しい叫び声を上げながらリモコンを手に取り、凄いスピードで演奏停止のボタンを押す。その顔はまるで茹でダコ…いや、例えが悪いな。熟した苺のように真っ赤に染まっていた。

「な、んだこの歌はっ!!」
「歌っての通り、素晴らしいラブソングだよ。歌詞知らなかったの?」
「知るかよ!歌詞なんかいちいち見ねぇし!」

第一知ってたら歌わねぇ!と言われた。まぁ確かに。
赤い顔をして頭をぐしゃぐしゃと掻くユーリ。相当恥ずかしかったようだ。普段から、僕と違い愛を囁こうとしない(照れているんだろうけど)ことからよくわかる。
だからこそこんな風に、間接的に言わせてしまう手を取る僕は酷い奴なのだろうか。たまにそう考える。

「可愛かったよ」
「…歌っただけだろ」
「君の可愛い口が開いたり閉じたり…あと表情とか、感情をつけるときの手振りとか指先…、そうそう最後の真っ赤に染まった頬も可愛」
「わかった、わかったから黙ってくれ舌引き千切るぞ」
「物騒だな…」

僕が苦笑すると、不貞腐れた様にフイと顔を逸らしたユーリ。サラリと揺れる黒髪から覗く、未だに淡く色付く紅色がとても綺麗だった。
自然な流れ、と言うには無理が有るだろうけど、それぐらい僕の中では必然的にその頬に手が伸びる。指先が触れた瞬間ピクリと体を震わし、視線をこちらに向ける。逃げない辺り触れていいと言う許可を戴けたようだ。
これを機に、と触れる。蒸気した肌はとても暖かく、口を小さく開けて僕を見る彼が愛しくて、その頬を数回撫でたら、もう僕は耐えられなくなっていた。
堪え性が無いのは重々承知だ。だけどこんな思いを、行動を取らせてしまう彼の色香にも問題は有る…と思う。
頬に添えた手を顎に滑らせ、そして顔を近付けて漸くユーリが何かに気付いた。もう遅いけれど。

「フレン…!」
「ごめん、ね」

それが何の謝罪なのか、僕にもよくわかっていない。きっとユーリと、全人類に対するものなのだろう。そんな風にぼんやりと考えながら、慌てるユーリを尻目に唇を重ねた。

「…んっ………」

柔らかい。
マシュマロ、いやそんな粉っぽくない。グミ程固い弾力でもない。
例えるでも無く、これがユーリの柔らかさだと考えると、どうしようも無く身体が熱くなった。角度を変え何度も重ねる。
戸惑うように宙を泳いでいたユーリの手を取り指を絡め、粗雑なソファーの上に押し倒す。
重ね合わせていただけの接吻を深いものに変え、抵抗もなく開かれた唇に舌を挿入する。ぬるりとした咥内の感触を楽しみ、少し怯えたように震える彼の舌に僕のそれを絡めた。
くちゅりと、水音が鳴る。

「は、ぅ…、んっ」

気持ちいい。キスだけで溶けてしまいそうだ。ユーリの肌も唇も咥内も鼻に掛かる吐息混じりの声も全部全部。
沸騰したように熱くて、ユーリの全てが愛しくて、欲しくて。

「…ユー……」
「っは、フレ、…ちょ待っ」

とろけ崩れそうな思考のまま啄むキスを贈りながら、ユーリのシャツに手を入れ脇腹を撫でる。すると危険信号が鐘を鳴らしたのかユーリから制止の声が掛かった。

「こ、んなとこで欲情すんじゃねぇよ」
「ユーリが可愛いから、仕方ないじゃないか」

余裕の無い儘、こめかみに唇を落とす。ちゅっと音を鳴らすと、その音だけでユーリの身体が僅かに跳ねた。

「…ユーリだって期待してるじゃないか」
「違ぇよ、くすぐったかっただけだ」
「……ホントに、駄目?」
「……………ここじゃ、な。さっさと帰るぞ」

だから早く退け、と言うユーリのその言葉をある種の肯定と受け取り、名残惜しさを感じながらも、それを帰宅した後の楽しみとして取っておくことにした。素直にユーリの上から身体を退かす。
上半身を起こしながら衣類の乱れを直すユーリ。服と同じように乱れた黒髪を、手櫛で整える。いつ触っても滑らかな髪だなあ…。

「………よし、と」
「もういい?早く帰ろう」
「…お前、草食に見せ掛けた肉食をどうにかした方がいいぞ?」
「ユーリが嫌なら、努力するよ」
「………」

それが、ユーリとしては返事に困る返し方だと僕は気付かなかった。

「…ユーリ?」
「っなんでもねぇよ」
「そうかい?…また歌ってね、ユーリ」
「お前が歌う度に欲情しなきゃ歌ってやるよ」
「……………」


約束出来る保証は、微塵も無かった。





END









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草食に見せ掛けた肉食系天使万歳。
因みにフレンが歌ったのはマモの蒼ノ翼。
ユーリが歌ったのもモデルはありますが…内緒(´∀`)


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