例えば、の話





情けない。熱なんかで倒れてしまうなんて。
しかも、僕の部屋(ザーフィアス城に用意された物だけど)でなら、まだ良い。そうでなくユーリの部屋(此方も宿屋に用意された物)で倒れてしまうなんて、情けないにも程が有る。
だから倒れた後、帰ると何度も言ったのだが、ユーリはそれを許してくれなかった。ぶっ倒れたんだから少し安静にしてろ、とのこと。
確かに、今は休みだ。しかも珍しい連休。だから今すぐ帰らなければいけない訳でも無いのだが、そう言う問題では無い。
それに倒れたと言っても意識を失ったとかそう言う訳じゃなく、膝が震えて座り込んでしまっただけ。…だけ、では無いのかもしれないけど。
「でも」とか「だけど」とか渋っていたら、抵抗も儘ならないような身体を無理矢理ユーリの布団に押し込まれた。
彼らしい判断だ。面倒になれば強行突破。 軽く溜め息を吐けば、布団からはユーリの匂いが、した。

「どうせまたロクに休みも取ってねぇんだろ?」
「…ちゃんと毎日、睡眠は取ってるよ…」
「へぇ、どんくらい」
「………少なくとも、十五分は」
「馬鹿かお前」

その内死ぬぞ?と呆れられる。君に馬鹿と言われたくないのだが、言うと面倒なので言葉を飲み込んだ。

「疲労で死ぬお前なんか見たくもねぇ。そうなりそうだったら俺が殺してやるよ」
「はは…頼もしい、ね…」
「辛いだろ、寝ろ」
「ユーリは…どうするの?」
「その辺で座ってるよ。ほっとくとどっか行きそうだし、お前」
「…ん」

身動ぎ、布団の擦れる感触が、妙に心地好かった。




―――――――





「は、は……──」

あれから何時間経っただろう。今は熱くて、とても苦しい。
ああ、倒れたあの時は発熱の初期状態だったんだな、と改めて思う。倍ぐらい苦しいんじゃないかと、頭痛が嫌な鐘を鳴らす中熱い息を吐いた。
熱なんて数年振りだし、熱の逃がし方なんて知らない、というか忘れた。汗をかけばいいと聞くが、不思議と汗があまり出ない。
あの後ユーリが用意してくれた額の濡れたタオル。最早生温く、それこそ熱くなって既に意味を為していない。生温いそれを額に置いているのも不愉快で、頭を横に倒し額の上から取り去った。

「は………」
「…辛そうだな。何か食べて薬飲んだ方が良い」
「……ん」
「お粥用意してやっから、ちょっと待ってろ」

僕の傍、床に座り寝台に持たれ掛かるようにしていたユーリが、立ち上がった。
不愉快で額から取り去ったその生温い濡れタオルを回収する。その様子を、端から見れば不安げに見えるだろう顔で見つめた。勿論意識的では無い、というかそんな余裕は無い。
それに気付いたユーリは、そんな顔するな、と僕の頭をくしゃりと一撫でし、僕に背を向けた。

(あ…──)

途端、ゾクリと背筋に寒い物が走る。嫌だ、と、理由も無く思う。
思わずといったようにユーリに手を伸ばした。

「待って…、ユーリ…」

離れて行こうとする彼の裾を、無意識とも言えるぐらい何も考えず掴む。くん、と軽く。
意識が少し朦朧としている、のかな。よく解らないけど、ユーリが驚いたような、何とも言えない顔をしているのだけ解った。
そんなに驚かなくてもいいのに。だって離れて欲しくなかったんだ。誰かが傍に居て欲しかったんだ。

(何でこんなに不安なんだろう。)

柔らかく掴む力が自然と強くなり、ぎゅう、と力を入れると彼は驚いた顔から困った顔に変えた。
やはり迷惑なんだろうか。っていうかそうなんだろうけど、離したくない。
離したら、行ってしまう。



(…誰が?)

(…何処、に?)







「……フレン。」
「ぁ」

彼が、溜め息を付いた。思わず本能的に手を離す。

「…んな怯えんなって。」

彼が苦笑し、僕の寝る寝台に、座る。そしてそのしなやかな手で僕の髪を撫でた。君みたいに、綺麗でも触り心地がいいわけでも無いのに。くしゃりと、弄られると何と無く身震いをした。

「どした、フレン」
「ん」
「ん、じゃなくて」
「……ん…」
「…フレン」
「………、……」

「…誰も怒らねぇから、言ってみな?」

子供にするように、優しく問い掛けてくる。子供扱いをするなと怒るべきなのだろうけど、今はそれが心地好かった。
子供返りでもしてしまったのだろうか、僕。

「…、」
「フレン」
「…………傍に、いて、くれ…」
「…ん」
「…一人は、さみしい」
「でも、薬飲まねぇと辛いぞ?いいのか?」

コクリと頷くと、「そうか」と一言だけ言って額を撫で続ける。ああ、僕の我儘に付き合ってくれるんだ。自由奔放に見えて、やっぱり君は優しいなぁ。
こんなに苦しいのに(頭だって相当痛い)、君が隣に居てくれるだけでこんなにも穏やかになれる。
居る、という大きさは、計り知れないね。




(───あ、解った)




昔、子供の頃かな。熱出したことがあって。
父さんが、少し傍に居てくれたんだけど、何度か頭を撫でて直ぐに何処かに言ってしまったんだ。
寂しいから行かないで、って言いたかったんだけど、言っていいのか解らなくて(だって僕の我儘だし)、その大きな背中を見送ることしか出来なかった。


そして、そのまま、父さん、 帰ってこなかったんだっけ。


(あの時行かないでと言ってたら、何かが変った訳では無いと思うけど)

でも、言えば行かなかったかもしれないという期待と後悔が、一ミリも無かったと言えば嘘になる。

だからさっきも不安だったのか。離したらユーリが何処かに行って帰ってこないかもしれない、と眠る記憶が無意識に訴えたのだろう。
行かないで、と言うのは勇気が要った(我儘の仕方が、よく解らない)けれど、いざ口に出したらユーリは傍に居てくれた。嫌がる様子も無く、唯ぽすぽすと頭を撫でる。
こんなに簡単なことだったのか、ならばあの時、やっぱり言っていれば良かった。あれ?考えが一周していないか?

その事ばかりが、メビウスの環のようにぐるぐると回る。
ああ、熱が出ると精神的にも弱ると聞くけど、本当だな。後悔と苦しさと、その他色々でぐちゃぐちゃだ。
それなのに今与えられるものが暖かくて、満たされているのに後悔してて、それが何だか申し訳なくて。奥に押し込めていた感情が、蓋が取れたかのようにぼろぼろと溢れ出してしまう。
それは必然的に、瞼に溜まり雫となって溢れ出した。


(ああ、堪えられるものも、堪えられないよ。)



「……フレン?」
「っく………」

ああ、と声がした。その辺悟るのだけは早いから凄い。
気だるい身体を動かして、瞳から溢れ落ちる雫を拭う。手の甲で、手の平で…しかし止まらないそれ。
本当に情けない話だ。人様の部屋で倒れて、我儘言って、挙げ句には泣いてしまうなんて。馬鹿みたいだ僕。それが余計に涙を誘った。

ゆっくりと、ユーリもその雫を拭う。拭う、というか頬を撫でているのか。何だかいたたまれなくなって、瞳を手で覆った。
同じ頃、彼が近づく気配と共に、額に唇が落とされる。啄むように、ちゅ、と。同じように濡れた頬にも落とされた。

「手、退けて」

その言葉と共に、緩く腕を捕まれ退かされる。涙で濡れた、ぐちゃくちゃな顔なんか見られたくないのに、何故か視線をユーリから外すことが出来ない。
ふいに近付いてきた顔、唇が瞼に触れる。思わず閉じられたそれを、未だ溢れる涙と共に舐められた。
再び眼を開けるとかち合う視線、交わる紫闇と蒼緑。
唇が重なり合うのは、極自然な流れだった。

「ん、…」

軽く重ねれば直ぐに外れ、角度を変えまた重なる。それを何度か繰り返した。
普段性急な彼が官能的なそれにしないのは、僕の熱を考慮しての事だろう。実際、今此処で咥内を荒らされたら、それ以上の行為をしたら、熱さと頭痛と疲労で死んでしまうかもしれない。
熱が出たら汗をかく云々で情事に没頭する、なんて実際自殺行為だ。ユーリがその辺りを解ってくれる人で良かった。

触れるだけの口付けを数回繰り返し、最後にこれぐらい、とばかりに唇を舌で舐められそして離される。
その感触に身震いし、様々な熱に浮かされた顔で彼を見た。見る人が見たら誘っていると思うかもしれない。そんなつもりはないのだけど(だけど毛頭も無い、と言ったら嘘になるな)

「……やらしー顔。物足りないって顔してる」
「…君こそ、足りないんじゃ、ないのか…?」
「ああ、足りねぇ。全然足りねぇ。滅茶苦茶にしてぇ」
「勘弁してくれ…」

はは、と苦笑すると、彼は「しねぇよ」と笑い柔らかく額に唇を落としてくる。その顔は穏やか、としか言いようがないぐらい暖かい笑顔。
僕の、好きな顔だ。

狡いな、ユーリは。そんなこと言われると、されると。




「…治ったら」
「あ?」
「僕の熱が治ったら……」
「何、滅茶苦茶にしていいって?」
「…、……」
「……マジかよ」

よし、早く治せ。今すぐ治せ。と布団を頭まで被らされる。その目は尋常じゃ無く輝いていて、不安どころか後悔が押し寄せた。
目の前の、僕より遥かに美人な恋人の、誰よりも男らしい性欲を呼び覚ましてしまったのかもしれない。滅茶苦茶は駄目だ、と言いそびれてしまった。

それでも。





(僕も期待している辺り、もう駄目なのかも。)




これは、熱に浮かされたせいだと、僕は自分に言い聞かせた。









END






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泣きフレンたまらない(^q^)


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