狡い人




「ただ今、戻りました…騎士団長閣下」


帝国、そして城に戻るなり言伝てで『戻ったら直ぐに私の所に来るように』との言葉を貰った。
貰った、と言うか…貰ってしまったと言うか。
聞かなきゃ聞かないで無かったことにして、とんずらすることも出来たのにな…等と思いながら、聞いてしまったから行くしかない。
『私』が『誰か』など、野暮な話だ。唯でさえ、帰ってこいと言われた指定の時間を、実は越えてしまっている今の現状、既に機嫌を損ねているであろう。
だから早々にアレクセイの元に行き、跪づいてる訳だけれど。いや、実際跪く必要は無いんだろうけど、なんとなーく…そうした方が良い気がして。
さっきチラリと目の前の、真紅の衣装に包まれた彼の眉間には、深い深い皺。
見下すような視線。目まで細められている。

―――嗚呼、怒っている。
かなり、否…超怒っている。俺には解るぞ、10年来の付き合いだ。
目を合わせることが出来ず、冷や汗をかきながら苦笑する。その間にも、前からのオーラが痛い。
だけど、何も発言しないわけにもいかず、俺は思い唇を開いた。

「あの、大将、何…っぅおあ!?」

口を開いた瞬間、視界が反転した。
その理由が、アレクセイに蹴られてすっ飛んだせいだと言うことに気が付いたのは、固い床にうつ伏せに倒れ、無防備になった手を勢い良く踏まれた後だった。

「っ痛!痛い痛い!」
「……」
「ちょ、大将!本気で痛、痛いって!」

追い討ちの如く、ぐりぐりと踏みつけられればたまったものじゃない。しかし、痛みを訴えても止める気配すら無い。
無言で、唯痛め付けられる恐怖というか、さっきまで有った眉間の皺さえ無く、真顔の状態なのがとても不気味というか…。それでも取り敢えず、痛いと、止めてくれと訴える。
すると、漸く開かれたアレクセイの口からは、何か勘違いされた言葉が飛び出てきた。

「何だ、痛いのが好きなんだろう?」



…………そんなわけ、ないじゃん。


「大将…勘弁して、ください…」
「痛いのが気持ち良いんだろう、貴様は」
「っそ、な、わけ…!っぁ!も、やめ…!」

押し潰すような動きは止めようともせず、痛みに低く呻く。ああ、変な汗も出てきた。
その俺の様子を見るや否や、アレクセイは不敵に、見下すように…いや、ようにじゃなくて見下して笑った。

「いい声で鳴いてるではないか」

それだけいい放つと漸く足を退けてくれた。
鳴いている、というか鳴かされているようなものなのだが。そもそも快感で鳴いているわけでは無く痛みに呻いているんだけども。
そんなことを考えながら、引いていく痛みにほっと息を漏らした。

「起きろ」
「………はい」

休む間も無く命じられ、一呼吸置いて起き上がる。
ちらりと踏まれた手を見れば、可哀想なぐらい赤くなっている。今はそれ程でもないけど、その内腫れるだろうなぁと内心溜め息を吐いた。
そもそも、何をそんなに怒っているのか解らない。とは言っても理由が解らない訳ではない、理由が有りすぎて解らないのだ。
唯でさえ気紛れな相手だから、尚更。

「シュヴァーン」
「…はい」
「私が指定した時間に戻れ。一刻一秒も違わぬ時間に」

言われやっぱりそこか、と納得した。
今まで遅れたことは無かったからしっかりとは解らないけど、時間に対してきっちりしないと気が済まない性分なような気がする、この騎士団長閣下は。
しかし遅れるなとは不可能に近い。ギルドを掛け持ちしている立場では、そちらを優先しなければいけない時もあるのだ。

「そりゃ、ちょっと無理が有るでしょ…」
「…お前は私の道具だ。拒否権は無い」
「あー…はいはい、解り」「でないと」

俺の言葉の途中で、アレクセイは口を挟む。
何だろう、と続きを待つと、彼は俺に背を向ける。また気紛れで続きを言わないのか、と思った矢先、少し間を空けてから彼は再び口を開いた。









「不安になるだろう……もう、帰ってこないかと……………思ったぞ」








…………唖然とする、と言うのはこの事だろうか。
多分そうなのだろう。きっとそうだ。
開いた口が塞がらない、とも言える。






「……………」
「……何だ、文句あるのか」
「や、え、いえ…」

ぽかんと阿呆のように口を開け、思わず固まってしまった。アレクセイの一言で我に返る。
だって、初めて聞いたぞ、この人のそんな言葉。弱音と言うか、それに近いニュアンスのそれを。
不安なんてものを感じるのか、と変な感心してしまう。いつも自分中心に世界が回ってると思ってる人だと、そう思っていたから。
誤っても口には出さないけれど。出した瞬間、きつーいお仕置きが待ってるから。

「……解ったのなら、もう遅れるな」

少し拗ねたようにそう言われ、何だか背筋がむず痒くなった。
湧き出たこの感情は、愛情と呼べるか解らないけれどきっとそんな感じの物。
ああ、そんな風に言われたら『YES』と言うしか無いじゃないか。

―――やっぱり、貴方 狡いです。


「………返事は」
「…はい、解りました、アレクセイ団長閣下。貴方に忠誠を誓います」
「宜しい、シュヴァーン・オルトレイン。お前は私だけの道具(もの)だ」





(貴方だけの道具ならば、それで良いです)









END









――――――――――――

アレクセイ閣下がシュヴァーンを「お前」と呼んだとき。勝手にスーパー閣下デレタイムだと設定付けております(笑)

ツン←道具・貴様・お前・シュヴァーン→デレ

って感じ\(^o^)/
意外とツンデレだと思うんだ閣下…


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