「お客様に御予約頂いておりますのは、来月のーー11月30日のディナーコースですが……」

空気が凍るという表現がこれほど相応しい場面はそうないだろう。唖然、呆然。酸素の足りない金魚のようにぱくぱくと口を動かす虎徹を見るに見かねてか。糊の効いたスーツに身を包んだ支配人が、困り果てた顔で先程と同じ話を繰り返す。

「お客様の御予約は、間違いなく当レストランで承っております。10月2日の午後7時に、ウェブサイトの予約フォームから確かに頂戴致しました。その、ですがその御予約日がーー」
「来月の30日なんですね」
「はい、間違いありません。私どもと致しましても大変心苦しいのですが、本日のディナーコースは既に御予約のお客様で埋まっておりまして」
「それでは、来月な31日に改めて伺います。お時間をとらせてしまい申し訳ありませんでした」

蝋人形のように固まっている虎徹の背中を、バーナビーの肘がコンと小突いた。虎徹さんも頭を下げて、と唇の動きで指示されて、慌てて身体を2つに折りたたむ。年に一度しかない大切な記念日にとんでもないミスをやらかしてしまった自分を、拳で殴り飛ばしたい気分だ。
レストランを予約した日のことは、今でもよく覚えている。情報サイトに登録された店の中からバーナビーが喜びそうな料理を出す店を探し出してサイトから予約を入れた。携帯電話に届いた予約確認メールの中身には、全く目を通していない。液晶画面に表示されたカレンダーの末日をクリックした時点で、『10月31日に予約を入れた』と思い込んでしまったのだ。

「バニー、ごめん、ほんっとごめん……」
「構いませんよ。いかにも虎徹さんがやりそうなミスだなって、ちょっと脱力はしましたけど」
「今から他の店を予約してーー」
「予約って、もうすぐ21時ですよ?今からではどの店も遅すぎます。そこの屋台のホットドッグとあちらのお店のケーキを買って、ベンチでゆっくりしましょう」
「けどバニーはそんなんでいいのか?せっかくの誕生日なんだぞ?」
「3年前の誕生日よりはマシです。今年は窃盗団のボスより素敵なプレゼントをくれるんでしょう?期待してますよ」
「ーーだっ!」

口角を上げて微笑むバーナビーは、文句の付けようがないほど綺麗だ。シュテルンビルトの夜景を眺めながらワイングラスを重ねる、そんな色っぽい記念日を思い描いていたけれど。安っぽい味の炭酸飲料とワンコインで買えるホットドッグで腹を満たしながら手を重ねる甘酸っぱい記念日も悪くないかもしれない。隣でバーナビーが笑っていること、要するに、それが虎徹の最重要かつ最低限の幸福条件なのだから。

「ハッピーバースデー、バニー。……愛してるよ」 

長い睫毛が揺れ、白い目元が赤色に染まる。人気のない路地裏で、2つの影が1つに重なる。

「ありがとうございます。その言葉は僕にとって最高のプレゼントですよ」

失敗を重ねて、少しずつ距離を縮めていく。
今年も来年も再来年もずっと、死ぬまでずっと命ある限り。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -