モダンな造りのレンガ通りに桜が植樹されたのは、バーナビーが5歳の誕生日を迎える、ほんの少し前だったという。3メートルの高さにまで成長した木々は1年毎に可愛らしい花を咲かせ、今では【ゴールドステージの観光名所】として他国向けのガイドブックの表紙を飾るほどの人気を見せている。──バーナビー自身も。微かに和の風情を感じさせてくれるこの道を歩くときは、意識せずゆっくりとした足取りになってしまうのだ。

(綺麗、だな)

優しい色のライトに照らされた桜を見上げて、バーナビーは微かに目尻を下げた。足元には既に幕引きを終えた花弁たちが寝そべっている。桜の盛りは一瞬で、訪れてみるともうすっかり葉桜になってしまっていた……ということも珍しくない。明日の早朝から天気が崩れ始めると夕方のニュース番組が報じていたので、今夜は夜桜を楽しむことの出来る"最後の日"になるのだろう。

「サクラ、サクラ」

サクラという呼び名をバーナビーに教えたのは、相棒の虎徹だ。曰わく、足りない舌で一生懸命に音を再現しようとする姿が面白いのだという。サクラ、ウメは楽に言えるようになったが、ジンチョウゲ、ヒメツツジは未だに上手く呼ぶことが出来ない。タンポポ、ヤマブキ、スミレ、ツクシ。初春の風に囁きが、ぽつりぽつりと運ばれていく。

「ユリ、シロツメクサ、ツツジ、アイシテル」

アイシテルという"花"について虎徹は多くを語らなかった。ただ、バーナビーがその名を口にした瞬間、彼は今までに一度も見せたことの無い苦しそうな──それでいてどこか満たされたような──優しい瞳で微笑んでくれた。まだ一度も目にしたことはないけれど。虎徹から教えられたその花の名前を、バーナビーは一生忘れないだろう。

「あなたは日本から来た木ですか。──アイシテル、知っていますか?」

ごつごつとした幹に触れ、花を見上げて問うてみても、桜は何も答えなかった。大きな身体が風に騒ぐ。艶やかな桃色に染まった花弁が頬に流れる金糸を撫で、吸い寄せられるように唇へ重なる。来年の春が来たら2人でオリエンタルタウンに帰ろう。そこで覚えた花達を探そう。──小指で結んだ甘い約束にそっと想いを馳せながら、バーナビーは満天の星空を見上げた。


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