おとぎばなし | ナノ
※ファンタジー色強め
※伸びたり縮んだりします



昔々、あるところに高層ビルが立ち並ぶジャングルがありました。
そこには、眼鏡をかけた黒猫の医者や、その恋人の首のない妖精、乗る人のいない馬車を大切にする馬など様々な動物が暮らしておりました。
ジャングルは一年を通して暖かく、雨も沢山降りますので動物たちにとって、非常に住みやすい土地でした。

そのジャングルの中に、一匹の大きなライオンがおりました。
大きなたてがみときらきらと輝く金色の毛を持つライオンは、ジャングルを自分のなわばりだと主張していました。
ライオンはとても大きく、また力も一番強く、他の動物たちは彼がこのジャングルをなわばりというなら仕方がないと思っていました。
彼は力がとても強い乱暴者ですが、他の動物たちをいじめようとはけしてしなかったからです。
ライオンは特に妖精と仲がよく、黒猫は恋人がきらきら光る黄金の毛皮に心変わりしないかどうか不安でたまりませんでした。
そのために毎日きれいに自分の毛皮をせっせと毛繕いをすると、恋人に自分の毛皮を見せに行きました。

「どうだい、セルティ!この私の毛皮を見ておくれ!こんなに黒々と輝く毛皮を持つ猫なんて他にはいないよ!あんなぎらぎら光っているだけの猫科は君の目に悪いよセルティ」
「新羅…いつも言うが私と静雄は話しているだけだ。それに私には目はないぞ」

ほぼ毎日のようにジャングルで見られる光景です。
さて、こんな風に平和に時間が過ぎていくジャングルですが、彼らの中で唯一そんな平和を一笑に付す人がいました。
それは一匹の蟲でした。蟲といってもオリーブ色や、エメラルド色に輝く殻を持ってはいません。
黒く、小さい一匹のノミ蟲でした。
ノミ蟲は、「俺は動物が好きだ!食って寝て食うだけの生活しかないこのジャングルを愛してる!ジャングルラブ!」と叫び様々な動物の上を飛び跳ねます。
ノミ蟲はとても小さいので、背中の上で跳ねられても気がつきません。
そうしていつの間にか毛皮の中に潜り込み、血を吸うのです。

ライオンはそんなノミ蟲をたいそう嫌っておりました。自分のなわばりに変な病気を持ち込みますし、ノミ蟲の言うことがちいとも理解できなかったからです。
またノミ蟲も、みんなのジャングルを勝手に自分のものだと主張するライオンが嫌いでたまりませんでした。
それから、ライオンとノミ蟲は顔を見合わせると喧嘩をするようになりました。
ノミ蟲はライオンの隙を見て毛皮の中に入り込み、血を吸おうとします。しかし、毛皮が分厚すぎてノミ蟲の針では5mmも突き刺さりません。
またライオンもぴょんぴょん飛び跳ねるノミ蟲を捕まえるのはたいそう苦手でした。
彼らが喧嘩をすると、ジャングルの木々が倒れたり、地面がえぐれ土に住む人々に迷惑がかかります。
木々が倒れる音と煙が立ち上ると人々はああまたか、と溜息をついて喧嘩が収まるのを待ちました。
このジャングルに嵐がくる事は滅多になかったのですが、今や彼ら二人が喧嘩した後は嵐が通った後とそうたいして変わりはない状態になってしまいます。


いつしか彼らは、次第にジャングルの住民たちから敬遠されるようになりました。
それを悲しんだのはライオンです。

「俺は他の動物と関わりたいのに!おまえのせいだ!」

と以前よりも激しくノミ蟲を叩き潰そうとやっきになっていきました。
そんなライオンを馬鹿にするようにノミ蟲はあえてライオンの鼻先でダンスを踊ってみたりもしました。


ライオンとノミ蟲の喧嘩はそれこそ永遠に続くかのように思われましたが、ある日ついに喧嘩に決着がついたのです。
それは三日間雨が続いた後の事でした。ぬかるんだ地面の上で喧嘩をしていたライオンの振り上げた手がノミ蟲に当たりました。
そのまま地面にたたきつけられたノミ蟲の羽は泥だらけになってしまいました。これでは羽が重くて飛べません。
ぬかるんだ泥の中で身体をばたつかせるしかないノミ蟲を、ライオンは爪の先でひょいとつまみ上げました。
そしてやっと捕まえる事の出来たライオンは嬉しさの余り、ノミ蟲を高い高いビルの三階からから突き落としてしまいました。
ノミ蟲は地面に勢い良くたたきつけられ、背骨を折って二度とぴょんぴょんと飛び跳ねることが出来なくなりました。
ノミ蟲が二度と飛び跳ねる事が出来ないことを知ったライオンは喜び勇んで、自分の巣に持ち帰ります。
これでやっと、夜安心して眠ることができます。
夜中にノミ蟲に刺され、かゆみに唸ることも、もう二度とないでしょう。


さて、自分の巣にノミ蟲を持ち帰ったライオンは、どう始末をつけてくれようか、と頭を悩ませました。
考え事をしているライオンを微塵も気にかけずノミ蟲は「しんら、しんら、しんらを呼んで」と黒猫の名前を呼んでいます。
そういえば、あの黒猫とノミ蟲はたいそう仲が良い事をライオンは思い出しました。
猫と仲良くするノミ蟲なんてとても珍しいですが、黒猫は医者なので呼ばれるとライオンは困ります。
しかし、たとえどんなに腕のいい医者でも折れた背骨を治すのは難しいにちがいありません。
ノミ蟲は背骨を折られているにも関わらず、しんら、しんらとうるさいものです。
その声にライオンは考え事がまとまらないと腹を立てて、ついでにノミ蟲の喉咽も焼いてしまいました。
これで、あの煩わしい笑い声を聞くこともありません。ノミ蟲は二度と飛び跳ねませんし、喋る事も出来ません。
ライオンは満足して、その日は寝ることにしました。

次の日、ライオンが目を覚ましてもノミ蟲はちゃんとそこにおりました。
背骨が折れているのに大した生命力だとライオンは感心してしまいました。
しかし、ノミ蟲は元気がありません。ぐったりとして、顔色はとても悪く、今にも死んでしまいそうです。
ライオンは少し考えてから、ノミ蟲に少しだけ水を与えました。まだ始末をつける方法を考えていないのに死なれたら困るからです。
水を飲んだノミ蟲は、少しだけ元気になったようでした。なにやら必死に口を動かしていますが声は聞こえません。やはり喉咽を焼いたのは正しい選択だったのだとライオンは一人で満足そうに鼻を鳴らしました。
それから、ノートを広げると鉛筆をその上に転がしました。
はじめのページに「ノミ蟲への仕返しの仕方」と大きく書きます。
ジャングルの広場でみんなに今までの悪行を謝らせようかと考えましたが、ノミ蟲には謝る声もありません。
仕方がないので首から「今まで悪いことをしてきてごめんない」という看板でも掛けさせようかと思いましたが、黒猫に見つかればややこしいことになるでしょう。
ノミ蟲は色んな人から嫌われていますが、友人がいないわけではないのです。
じゃあやっぱり自分で始末をつけるしかないのだ、とライオンは結論を下しました。



ある時、黒猫がライオンの巣にやってきました。

「やあ、静雄。元気かい?」
「なんだ新羅、俺が病気してるように見えるのか?」
「見えるわけないけどね。君に負けないウイルスとかあれば是非研究させてもらいたいけどさ!」

黒猫はしっぽをゆっくり揺らしました。今日は恋人の妖精は一緒にはいないようです。ライオンは黒猫に何の用だと尋ねます。

「ところで臨也を知らない?ここ暫く見ないんだよね…前まではいなくなる時は僕にはちゃんと連絡があったのに」
「なんでノミ蟲の居場所を俺が知ってると思うんだよ」
「いやぁー。もしかして静雄が臨也をプチってつぶしちゃった可能性もなきにしもあらずあいたたたすいませんやめてください」

ライオンは尾で黒猫の身体を何度かひっぱたきました。そのためにずれた眼鏡を直しながら黒猫は「全く君は相変わらずだな」とつぶやきます。
そんな下らないことを言いに来たのか、とライオンは黒猫に向き直り、息を飲みました。
黒猫は壁の一部をじっと見つめています。
ライオンは、ふと昔聞いた物語を思い出しました。
死体を壁に埋めた殺人犯を、黒猫が告発する物語です。

「どうした、新羅。壁なんか見て」
「壁、どうしたの?あそこの漆喰だけ新しいけど」
「あ、ああ。間違えて壊しちまってよ。門田に直して貰ったんだ」
「家は壊さないようにしなよ…。まあ、臨也を見かけたら連絡よこすように言ってね」
「覚えていたらな」
「はいはい」

ライオンは黒猫の頼みを受け入れましたが、ノミ蟲をもう見かけることはありません。
ライオンは、ノミ蟲を壁に塗り込めてしまったのです。始末をつけるために動けなくなったノミ蟲を煉瓦を外した巣の壁に塗り込めることは、ライオンには簡単すぎる仕事でした。
最初は壁を叩いていたノミ蟲ですが、息が出来なくなったのか直ぐに静かになりました。
ライオンはその日、夢も見ないほどぐっすり眠ることができました。

「ねぇ、静雄、猫って耳がいいんだよ」

ライオンはいきなり何の話だ、と怒鳴ろうとしました。流れが見えない話がライオンは嫌いだからです。
黒猫は、その光る目でまた壁の方を見ています。
その耳が動いていて、まるで壁から発せられる何かの音を聞いているようです。
そんな訳はありません。ノミ蟲が喋る事ができないように喉咽をつぶしたのはライオン自身なのです。
それにもう、ノミ蟲は生きているはずがありません。
それでも不意に何処からかすすり泣くような、細い細い声が聞こえてきます。ライオンは耳をそばだてました。

「それじゃあ、俺は帰るよ」
「あ、ああ…」

黒猫は自由気ままです。現れた唐突さと同じように去って行きました。
ライオンは黒猫の姿が見えなくなってから、急いで巣の壁に近寄りました。
始末はきちんとつけたはずです。
恐る恐る、塗り直した壁に触ってから次に耳を当ててみました。
ライオンとて猫科です。
耳はとても良いのです。




黒猫は、ライオンの巣に久しぶりに訪れていました。
黒猫の自慢である恋人の妖精がクッキーを焼き、それをライオンにも届けてほしいと望んだからでした。黒猫は本当は妖精のクッキーをライオンなんかに与えたくありませんでした。
すべて黒猫が食べてしまいたいのです。
しかし「静雄には糖分が足りないからあんなに何時もカリカリしているのだろう」と一生懸命記事をこねている姿を見て妖精の優しさに心を打たれてしまったのです。

「セルティの海のように深い優しさに感謝して一年かけて食べると良いよ!ああセルティ!私の女神!」

クッキーの代わりにのろけ話に付き合わせてやろうと黒猫はライオン巣にたどり着きました。
静雄いるかい?と鳴いてみても返事はありません。
不思議に思いながら黒猫はライオンの巣に入ります。
巣の中は暖かく、まるでつい先ほどまでライオンがいたかのようです。
散歩にでも行ったのだろうかと黒猫は何気なく、壁の方を向きました。
それから、眼鏡の下の目をにんまりと丸めました。


漆喰で塗られた壁には、ライオンとノミ蟲が追いかけっこをしている絵が浮き上がっていました。







新羅は総攻めポジだと思うの
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