マイブルーベリーナイツ | ナノ
※同名映画からちょっと設定をお借りしました
※静雄のブルーベリーパイ
※臨也お誕生日おめでとうのつもり


マイブルーベリーナイツ


来客を告げるベルの音に、静雄は鍵が溢れんばかりに詰まったガラスの小瓶から顔を上げた。
視線の先には、黒ずくめの一人の男がいた。挨拶だろうか、男が片手をあげる。
静雄は頷きながら、読んでいた手紙をカウンターに置き、グラスに水を注ぎメニューを片手に男の席に歩み寄る。
男の定位置となっている、ガラス壁直ぐ近くの席―――外がよく見えるから好きなのだ、と云っていた。

「ブルーベリーパイと…んー何にしようかなぁ…そういやさ、君昔バーテンもやってたんだよね」
「ああ」
「ボヘミアンドリームとかできる?」
「…多分」
「じゃあそれお願い」

男は軽快な音を立ててメニューを閉じると静雄に差し出した。
ボヘミアンドリーム。アマレットにグレナデンシロップとオレンジジュースを入れジンジャエールで割る甘ったるいカクテルだ。
ロングでお願いね、なんて声が席から飛んでくる。
生クリームを泡立てながら、カウンターから男を見やると携帯をいじりながら、外を流れていく人間を見ている。ブルーベリーパイにたっぷりと生クリームを被せ、静雄は皿をテーブルに置いた。
フォークで切り刻まれるブルーベリーパイが男の口の中に入っていく様子を眺めながら静雄はカウンターの中に座り、手紙の続きを読み始めた。


男がこの店に通うようになったのは、半年近く前の事だった。
ほぼ夜中近い時間、ガラン、と乱暴に鳴らされたベルにその時も同じように鍵の詰まった瓶を眺めていた静雄は驚きながら入り口を見た。
フード付きのコートを目深にかぶった黒ずくめの男。すわ、強盗か、と静雄が一瞬思ったのは無理もなかった。男はひどく思い詰めたような顔をしてゆっくりと静雄が座っているカウンターに近づいてくる。
コートのポケットに手を差し入れた。ナイフか拳銃でも出てくるか、とごくりと喉咽が鳴る。男はポケットから素早く光る何かを取り出すと静雄の目の前に――銀色に輝く小さな鍵を付きだした。

「……え?」
「これ!捨てといて」
「あ、あぁ…」

静雄の手の中に放り投げられた繊細な造りの鍵にはもう見向きもせずに、男は二人掛けのテーブルに座った。

「今、何か食べられる?」
「…ブルーベリーパイならある」
「ならそれ頂戴」

この店に女じゃなく、男が来るなんて珍しい。売れ残りのブルーベリーパイを皿に乗せながら静雄はそう思った。
コートを脱いだその下もまた黒いカットソー。黒ずくめの服から伸びる真っ白な首筋は繊細な線を描いていた。
長い睫毛が影を落とす憂う横顔は、絵画のようだ。こんな男と付き合っていた女はさぞかしモデル並の美女なのだろう。

「……飲み物は」
「要らない」

ざくりと真上からブルーベリーパイに突き立てられたフォーク。
静雄はあっという間に空になったグラスに水を入れ、テーブルに置いた。
のろのろと男の口に運ばれるフォークから、ゼリーがかかったブルーベリーがこぼれる。静雄は鍵を、小瓶の中に落とした。


鍵の詰まった小瓶。初めはただのインテリアだったのだ。
静雄の店はアパートの一階にあり、必然的にアパートの住人が訪れる事が多かった。
それがある日突然この鍵あいつが来たら返しといて!と二階に住んでいる店に良く訪れる女性が静雄に鍵を預けた事から、静雄の小瓶には引き取り手のいない鍵が増えるようになった。
別れていく恋人達の部屋の鍵を預かってくれる店があるらしい――そんな噂が立った。
時折、ヨリを戻したのかそれかそのままその部屋に住む事を決めたのか、鍵を取りにやってくる人もいる。
静雄を介して鍵のやりとりが行われる事を彼は密かに心地よく感じていた。飛び抜けた力のせいで上手く人と関係を作れなかった静雄にとって、まるで郵便配達人のような今の状態に対して静雄はただ単純に喜んでいた。
捨てられた感情が託された鍵で埋まっていく小瓶の中の鍵を見る。
男が静雄に預けた一般的な鍵とは違う飾りのついたその鍵は、小瓶の中で埋もれずにいる。


「シズちゃんさ、さっきから何読んでるの?」
「……手紙。それとそのシズちゃんは止めろって云ってるだろ」
「いーじゃん、静雄だからシズちゃんで」

行儀悪く片手にフォークを持ったまま男はカウンターの奥に座る静雄をのぞき込むようにカウンターに凭れる。

「フォークは皿に置いてこいよ、臨也」
「ん?…あーまたやっちゃった」

静雄が指摘すると男――臨也は眉を寄せてフォークを見た。それは臨也の癖みたいなものだった。

「手紙?シズちゃんに?誰から?まあ教えてもらっても解らないだろうから云わなくていいよ。しかし今時手紙ね。いやだからこそ良いのかな」
「………知らない」
「はぁ?」
「だから、しらねぇんだよ。差出人の名前が書いてないんだ、毎回」
「…ストーカーって奴じゃないのそれ!」
「かもな」
「かもな、じゃないじゃん!ストーカーからの手紙を読んであげるとかやっさしいねーシズちゃん」

俺なら気持ち悪くてすぐゴミ箱かな。そもそも直に触ったりなんかしないね!いやでもストーカーの心理は面白そうだから読むかなぁ…なんて臨也はフォークを片手に持ったままべらべらと口を開いていた。
薄いクリーム色の便箋に整然と並べられた文字。静雄はそれに目を落とす。

「そりゃ俺もこれがもし一面好きとかで埋まってる手紙だったら読んでねぇよ。でもどうでもいい事しか書いてないからな。隣のアパートの電線が切れて停電が大変そう、とかそんな話ばっかりだ」
「ふうん。変わったストーカーもいるんだね」
「まあお前もしょっちゅう店に来るし、ストーカーみたいなもんか」
「はぁ!?失礼だな、常連って云ってよ。人気のないブルーベリーパイを食べてあげてるやっさしー常連さん!」
「わざと残してやってるんだ」
「うっそだあ」
「わざわざ焼いてやってるんだよ。お前が来そうな一時間前にな」
「えっ何それ。俺が来ると思ってわざわざケーキ焼くとか…シズちゃんって俺の事好きなの?」
「……冗談だ。んなめんどくせぇ事するかよ。俺の店の常連ってお前だけなんだだから、ブルーベリーパイ食うのもお前だけだしよ」
「やっぱり金髪バーテン服がやってる店とか怪しすぎて来ないとか?」

ちげぇよ、と静雄は小瓶を指さす。臨也は指の動きに釣られ、顔を傾けた。

「あの鍵」
「あの鍵を預けた奴らはそれきりこの店には来ないし、たまに物好きな奴らが来るくらいだ」
「……へぇ」
「まあ静かだから俺にはちょうど良いけど」
「そっかぁ。そんなに客が来ないなんて知らなかった!だからなんかこの店いつも暗いんだね。
ここの店は立地的な意味で俺は重宝させて貰ってるしまあもし潰れそうになったら俺が融資してあげるよ!」

こう見えてお金だけはあるんだ、なんて臨也はフォークを回す。笑いながらテーブルに戻っていく臨也を見ながら静雄は、手紙を封筒に仕舞った。


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