no distance left to run | ナノ

※電波です
※静雄が人を殺しています




No distance left to run<



「逃げられると思うなよ!出てこい!殺してやる!」
ドアの向こうから聞こえる怒鳴り声に静雄は足下の死体を見下ろした。怒鳴り声の持ち主は、恐らくこの死体を殺したがってる男なのだろう。
何をしたのか。混ぜものだらけの薬でも売ったか、女に手を出したのか。理由は静雄にとってはどうでもいい事だ。
ドアの向こう側の男にとっては残念な事に、もう静雄が殺してしまっていた。
足下に広がる血だまりは、すっかり黒くなり乾いてる。革靴の先に、血液が染みのように光った。
自分が殺すと息巻いている男が死体になっていたら、さぞかし驚くのだろうか。悔しがるだろうか。
それとも自分の手を汚さずにすんだと安心するのだろうか。
痛めつけられる事は何度も可能なのに死ぬのはたった一度きりだなんて、不公平だ、と静雄はシンクで両手を洗う。ドンドンドン。ドアを破ろうとする音。
シンクから流れる水は錆の匂いがした。ここの水道管は随分と古いらしい。


逃げる。逃げる。逃げて、でもどこへ行くんだ?
静雄は電車の切符売り場で途方に暮れた。
こうして、東京の路線図が一枚の絵に収まっているのを見ると、ひどく狭い。その事に気が付いて静雄は愕然とした。
首もとをきつく締める蝶ネクタイに汗が染み込んでゆく。切符売り場で立ったままの静雄を他の客が不審そうに見ていく。
ここは池袋ではない。静雄の金髪も、バーテンダー服も警戒色にはならない。
どこへ行こう。解らない。
静雄には決められなかった。
スラックスのポケットから小銭入れを取り出しあるだけを入れる。表示される値段の一番高いボタンを押した。
切符が押し出される一瞬の間、警官が視界に入り、静雄は思わず目を伏せた。こんな短時間でバレるわけがなかったが、それでも警官の前に立っていられるような心理じゃない。革靴の染みを数える。
警官に引っ立てられる痴漢だがスリはへらへらと笑っていた。白痴じみたその表情に静雄の鼻の奥が痛んだ。


――折原臨也はロクな死に方はしない。高校の時から散々言われ続けていた事だった。
バラバラにされて山に埋められるコースかな?コンクリ詰めかな?それとも生きたまま足先から豚に喰われるコースのどれだろう、どれがシズちゃんのお好み?
鋭く光を反射するナイフの上で臨也の赤い瞳が間延びする。片手に握っていた標識を投げ捨てると、床のコンクリートにひびが入った。
「打撲による急性ショック死だ」
「え、何だって?」
「俺がてめぇを殴って、内臓でも破裂させてそれでお陀仏だろ」
何を於いても俺が殺すと思っていた時期があった。どんな地の果てでも迎えに行って殺してやろう。
今は、今はもう解らない。あれは臨也じゃない。臨也じゃないただの肉を殺したってどうしようもない。
――臨也だよ、と新羅はいった。
生々しいピンクで蠢く肉塊を見て、溜まらず静雄はその場に吐いていた。吐瀉物のすえた臭いで生理的な涙が滲みて、これじゃあまるでこんな風になった臨也に同情しているみたいじゃないか。
静雄はえづいたまま立ち上がりそのぶるぶる震える肉の塊に近づいた。新羅はこれを臨也だと云った。
だから静雄はその肉によく目をこらした。シズちゃん、その肉がかすかに動いたように見えただけだった。恐らく静雄が手を伸ばしても届かないだろう。銀色のトレーと握手するには、少し遠い。
たった一つの約束はぐしゃぐしゃにされてしまった。臨也はただの肉になって、その約束を返してくれない。


吐き出された小銭をポケットにつっこむと指先に固い何かが触れる。臨也の指輪だ。形の歪んだその丸い形をスコープのようにのぞき込む。
何時だったか、臨也の指から奪い取ったものだった。
殴り合っている時か、喰い合っている時かなんだったか静雄は覚えていない。
罅の入った鈍い銀色の指輪は静雄がもう少し力を入れれば砕けてしまうだろう。
臨也が返せと云わないので、何時までも静雄のスラックスのポケットに忘れ去られたままの指輪。スコープの向こう側からこちらをのぞき込めば血走った目をぎらつかせた男の顔が映る。
手のひらから滲んだ汗で切符のインクが溶け行き先が解らなくなっていた。くしゃくしゃになった切符を見て肺がひっくり返るような痛みを感じた。
ナイフの先端で身体の内側を引っかかれ続けているような痛み。可笑しい。ナイフの痛みなんて俺は解らないのに。
喉咽に手を突き入れて身体を反転させたくなる。
どこへ行けばいいのだろう。わからない。
身を屈めて、息を吐く。ひゅうひゅうと喉咽の奥からひきつった音が漏れた。大丈夫ですか、と隣の女が静雄に声をかけた。





/(^o^)\
ちなみに臨也は死んでいません。激しく身体欠損をしたという脳内設定


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