語り部:海



……誰だよ早起きは三文の徳とか言いやがったやつ。朝早起きしてエントランス来たら愛国者野郎がいるとか……死ねる。

……へぇ、あいつ怖い話なんか聞いてたのかよ。もうそんな時期だったか?
は?なんで俺が知らない?むしろなんで俺が知ってると思ったんだよ、チビ。……やるか?相手になってやるぞ?
……はぁ、どうせあいつのことだから俺に聞く気はねーだろうよ。あいつと違って、俺はそういうのに会いやすいからな。
もう両手で数えれないほどだから、あいつにとっては聞かない方がいいってことにされてんだろ。別に俺にとってはなんともないんだが。

気になる?はっ、犬の戯言が気になるんすか、英国紳士様は。
……あいつが起きる前に戻んなくちゃいけねーから凝ったの話せねーぞ。
はいはい、犬にはんなの求めてませんか。

あー……学生の時、よくわかんないのに付きまとわれたことがあった。
最初は視界の端にチラチラ映る、黒い影だった。つっても、本当にふとした瞬間にちらっと視界の端っこに映る感じだな。よく髪が長い奴とか見たりするんだろ、自分の髪。
日本人は全員黒だろ、染めたりしない限り普通は。だから影だったと思ったら自分の髪が見えたってオチが多いわけだ。……いつ俺が髪を伸ばしてたと言った?俺は今と変わらない短髪だ。

……一応野球部みたいなのに所属してたから髪はいつも短かったんだよ。ヘルメット被るからな。だから俺も髪のせいにしようとして自分が短髪なのを思い出してはげんなりした。
まあ俺は生まれたころからんなの視えてたからそん時は特に気にもかけていなかった。鬱陶しいとは思うが、そのうちいなくなんだろうってな。

……お前の言う通り、その影は全然消えなかった。忘れたころに視界の端っこに映るっていうのは変わらず続いてた。それ以外は何も起きない、それだけの存在。
あんま俺に自覚はなかったんだが、宗人が言うには少しだけ疲れた顔をしてたらしい。……誰が犬だ。人間だからそれなりに精神に負荷がかかってたんだろ。

だからなのか、それを狙ってたのか、そいつが視界の端に映る影じゃなくなった。もう少しで夏休みが始まるって時にだったか?
エアコンの効いた部屋でゲームをしてたら、窓の外を影が通った。大きさは……秋田犬ぐらい?で……あ?日本の犬だ、犬。……で、けど俺の部屋は二階にあるから、犬が通ることなんてない。人も当然ない。カラスの可能性も考えたんだが、家の屋根はカラスとか歩くと足の爪が当たんのか金属音みたいなのが鳴るんだけどそれがなかった。
確認は一応したぜ?気になったから。……けどなんもいなかった。だから気のせいにした。

それがいけなかったのかもな。その影は偶にそんなことをするようになった。
視界の端じゃなくて、窓とかこう、過ぎ去っていけるとこを横切っていく。けど当然そこには何もないわけだ。
夏だっていうのに背筋に冷や汗かきまくりだった。……そうだなクーラーいらずだなこのヤロウ。
なんだかわかんねーもんわ対処できないから俺は仕方なくそれを見過ごすようになった。そして夏休みが始まって、横切る影を気にしなくなった時にそれはまた違う形になって俺に仕掛けてきた。

いつもだったら部活だ部屋に引きこもってゲームだ宗人と一緒に刀の展示会に行くわしてたんだが、その日は何もなかった。なかったってわけじゃねーな。なかったのが、それがまずかった。
俺以外少しの間でかけるってなって、俺は一時的に一階に下りて客が来ないか見てろって言われた。日本の田舎は警備が薄いっていうのか、お茶飲みとか近所のじいさんばあさんが普通に畑から庭に入ってきたりするんだよ。
……お前のその反応はわかってる。それでも犯罪なんてとくに起きなかったわ。すげーぞ田舎。

一階はエアコンがなかったから扇風機をかけながら畳に横になりながらゲームをしていた。汗がやばくて早く帰ってこないか思ってた時に、頭上を人影がよぎった。
縁側ってわかるか?……そこら辺の知識もあるって、お前そうとう日本好きだよな。当たり前?あっそ。
網戸にしてた縁側を人影が横切ったから急いで起き上がって顔を出した。誰が来たか後で言っておかなきゃいけねーし、その人に用事があったら伝言しなくちゃいけないっていう暗黙の了解があってだな……。

……お察しの通り、そこには誰もいなかった。一応「誰かいますかー?」なんて聞いてみたが返事なんてない。そこでやっちまったと思った。
わかるか?チビ。人型になった、それに声をかけてしまったのやばさが。
……チビって言ったぐらいで黒い物見せんな、短気。…………認識したやばさをわかってくれてよかったわぁ。

やっちまったようなぁ……もうそれからその人影に日々を侵食される始末だ。
気が付いたら人影がいて、ここまできたら俺も気が滅入ってきてた。
……相談なんかするかよ。……んなこと、頭ん中になかった。利用するならともかく、こんなこと頼るなんてしたことないからな。

どこを見てもどいつといてもその人影が付きまとってくる。一定の距離はだんだん短くなっていく。気を付けててもすぐそばまで来てた。
そこからは絶対顔を合わせないでいるのに気を張ってた。直感と経験上、顔を合わせたらお陀仏だったな。
……見てねーよ。当たり前だろ。見えそうにはなったけど。

ベンチに座って空を見てた時、その人影が寄ってきたのが見えた。
油断してたのもあったたが、疲れすぎててそれから目をそらすってのを忘れてたからぼーっとそれを見てた。人影が人に見えて、そのヒトみたいのが顔を覗き込もうとしてきてて俺は――


――被せられた水の冷たさにはね起きた。
んな顔すんな。何があったか説明すっから。
とりあえず水をかけてきたのは宗人だ。俺の前に立ってて、片手にペットボトル持ってたし、あいつも認めてた。
制服びしょ濡れでさすがに怒りながらあいつに聞いた。今よりも読みにくい表情と声音で言われた。
「死にそうだった」ってな。

言っておくが、俺はこんなことで死んだりしねぇ。断言する。
生きるのに執着してる?してて悪いか?あ?
死にはしない。死ぬときは俺一人じゃないし、自分から死んでやるからだ。だからあいつの言ったことに鼻で笑って、気付いた。あの人影がどこにもいないってことに。
宗人といるときは特に姿を現さなかったんだが、そんときはもう姿形も見えなかった。あいつに制服の件で奢らせてからも見なかった。それから、誰と話しても、どこにいても、もう見ることはなくなった。
……誰が恋しいだアホ。せいせいしたっての。

その人影がなんだったのか、顔を見てたら何が起きてたか、それは俺でもわかんねえ。ただ、よくないことが起きてたんじゃねーか?
どこにいったのかは何となく予想できんだが……だったらもう出てくることはないだろうな。
んじゃ俺は戻っからな、クソ愛国主義者。ったく、あいつ起きてたら面倒だな……。











戻っていく犬に「くたばれ」と笑顔で呟く。耳がいい犬ですから、きっと聞こえてますね。
それにしても……犬のくせにしてはなかなかに何とも言えない話をしやがりましたね。ううん、何が起きたのかわからない話ほど気になるものはありませんね。ま、国に関係ねーからすぐ忘れるけどな。
にしても……影ねぇ……。
ちらり、と横目で柱の裏を見る。人がいないカウンター、階段と壁の間、人気のない広場。
ナニかいそうでいない空間なんて、いくらでもあるんですからまた会いそうなものですね。なんて、笑ったのは内緒だ。
ああ、もしも近づいてきたら―――




――――決して顔は見てはいけませんね?



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