煙草を吸い、煙を吐く。
ヘビースモーカーではないが、煙草の煙には助かることが多いために吸うことが多くなった。

「今時の煙草は種類が増えた。煙管がありゃあ、俺も吸うんだが……さて、どこにやったやら」
「……その姿で吸ったら犯罪に見えないか?」

いつの間にか窓辺に腰かけている長屋の鬼に顔を向ける。
栓をしていない徳利を片手に一枚だけ昔の貧しい子供が着るような着物を身に着けてる長屋の鬼が煙草を吸う姿を想像する。……犯罪だな。

「……というより、鬼も煙は嫌いだろ?」

節分の日にいわしの頭を焼いて飾るのは鬼はいわしが嫌いだからというのと煙が苦手だからという言い伝えがあるからだ。
いわしは大量の煙が出やすく、そのために焼く。そして焼いたいわしの頭は柊の枝に刺して玄関に飾るのが鬼除けとなる、と聞いた。

それを言うと長屋の鬼は面白そうに口角を上げ、あの特徴的な八重歯が見えた。
わざわざ徳利の栓を閉めて、長屋の鬼は俺に向き直る。

「節分ってのは立春の豆まきだったな……確かに鬼はいわしが嫌いさ。けど、そいつと同じくいわしが好物ってぇ話があるのを知ってるか?」
「……そう、なのか?」
「おうともよ。それに……時に人間は鬼が煙草を吸う物を書くだろう?一概に鬼というて、効くとは限らん」
「……それもそうだな」

納得した俺に機嫌がよくなったのか長屋の鬼はにんまりと笑った。
子供の姿なのもあって、口で勝てたことに喜んでいる様子に見える。実年齢は俺よりも上だが、何も知らなきゃ少しばかりは和む。

それにしても、そうか。鬼にも煙が効くかどうかはわからないのか。
煙草の煙が万能というわけではないし、獣の類には確かに効くのはわかっているがこれじゃああまり煙草を持ち歩く意味がなくなる。

「獣畜生には効くんだ。それでももっておけ」
「お前は人の心を読むな」
「おいおい、いくら俺でも読心術なんざぁ心得てねぇって。お前ぇがわかりやすのさ」

俺の考えに声をかけてきた長屋の鬼にはそういつも言ってくるが、俺は表情を読まれやすい人間じゃないと思っている。
もうこいつが心読める類……覚(さとり)の力を持っているとしか考えられない。

「困りごとはわかるのさ。俺ぁ、長屋の鬼だからなぁ」
「……毎回思うんだが、その『長屋の鬼』っていうのはお前の名前?みたいなものなのか?よく同じ妖怪でもその住んでるところで勝手に名前を付けられるような」
「……さぁな?お前ぇはどう思う?」

その問いかけに、ぞくりとしたものが背筋を駆け上がってくる。
長屋の鬼は笑ってるようで、目は笑っていない。……何がこいつの地雷だったんだ?
全くわからないし、寒気がしても俺に恐怖はなかった。妖怪に関することばかりに巻き込まれてきた俺にとって、それが本当の『怖さ』ではないとわかっているからだ。

俺の答えを待つ長屋の鬼は俺を急かさず、赤い目を細めて見てくる。
俺はそんな長屋の鬼に向けて、吸った煙草の煙を吹いた。

「ぶっ……おいおい、童子よう。急に吹くなんざぁ、行儀がなってねぇぞ」
「鬼に煙は効かないんだろ?ならいいじゃないか」
「はぁ……悪い童子だ」

呆れる長屋の鬼は俺がさっきの問いかけをうやむやにしたことに気付いているだろう。それでも同じく聞いてこないのは、流したことと同じだ。
俺はそれに心の中で安心する。いくら子供の姿をしていても、こいつは鬼だとさっきのような雰囲気が実感させる。

長屋の鬼は徳利を肩にかけ、外に出ていく。
元々気分屋の鬼だ。どこかどこかに行くんだろう。
歩いていく長屋の鬼を眺めていると、顔だけ振り向かせた長屋の鬼と目が合った。

「俺ぁ鬼さ。長屋の人間にいくら崇められても、妖怪なんだ」

そういう鬼の目は少しばかり寂しげに見えた。すぐ前に向き直ったから見間違えかもしれないが、鬼にしてはどこか人間のような目だった。
家の前から見えなくなった長屋の鬼に今更言葉の意味を聞こうにもできない。

吸って、煙を吐く。頭の中で残っている学校の仕事を考える。
妖怪と関わることがあるからといって、俺は長屋の鬼のことを知っているわけではない。だから考えることを必然とやめた。






prev/next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -