念輪町の一か所にそこはあった。
昔懐かしい寂れながらも人が疎らに行きかう商店街。多くはお年寄りが住んでいる一戸建ての集団団地。
そこに俺は引っ越しをしてきた。就職した学校と自分が求める環境の条件が揃うところを求めて。
……が当初は、いや今でも少しだけ、ここに来たことを後悔してる。

「……さすがS組だな」

持って帰ってきた小テストの回答を丸付けしていく。
小テストと言ってもその内容は大学で習う基礎も含んであり、それでも満点をたたき出す自分が持つクラスの生徒に感嘆する。各々がもつ異常性のためにS組とまとめられた生徒たちは、大変優秀な頭脳を持っている。

だから毎度授業を自習にしなくてはいけなくなるのだが……俺も楽だから特に言うことはない。
次のプリントを手にとり、机に置く。

「ははは!!おいおい油赤子よ、お前ぇはそれでなんだ?油は油でも人間が使うがそりん≠ニいうのを舐めちまったのか!!」
「こりゃ大変だな!!油赤子、腹は下さんかったか?」
「近頃は油も変になっちまって飲みにくいったらありゃしねぇってな」
「油好きの妖怪どもが嘆いておいたわい」

……はぁ。
背中の方から聞こえてくる騒がしい気配に声と酒の匂いに頭を抱える。
こいつらは……!!

余り関わりたくないが、ここは俺の家であることと仕事中は静かな環境が欲しいため振り返る。
そこでは大量の一升徳利を転がらせながらこの世ものではない奴らが酒を飲んでは笑っていた。

「……お前ら、今すぐ俺の家から出て行け」
「おお?長屋の鬼よ、小童が何か言っているぞ?」
「放ってけ放ってけ」
「……おい、長屋の鬼」

俺の怒りにも似た声を無視する奴らは放っておき、長屋の鬼と呼ばれる奴をみる。
白くて長い髪をそのままに盃を手に取ってる子供は、面白そうに俺を見つめてきた。

「おう、童子。なにをそんなに怒ってんだ」
「なにを、じゃない。俺は仕事中だ。今すぐ酒盛りをやめろ」
「仕事たぁ、固ぇことを言うな。俺たちぁ、お前ぇの邪魔などしとらんだろ?」
「ここは俺の家だ」
「長屋は俺たちのもんでもあるがねぇ?」

顔を傾かせ笑う長屋の鬼は子供のくせに妙な色香を纏っている。
俺にその趣味はないが、少しだけはだけている着物と波打つ白い髪はこの世の物とは比べ物にならないほどの美しさを際立たされているように思える。

だからなんだ、という話だな。俺にとっては。
今まで生きてきてこいつらの持つどこか妖しい色香は見慣れたものだ。

「……ふぅ。おい、お前ぇら。酒盛りは止めだ止めだ」

立ち上がった長屋の鬼に文句の声が上がるが、すぐさま止む。
長屋の鬼が窓を開け、枠に足をかけるころには全員が良いながらも立ち上がっていた。

「今日は気分が良い。それにお月さんも真ん丸だ。おい皆の衆。夜の散歩と行こうや」

枠を蹴って長屋の鬼はそのまま宙を歩き夜空へと昇っていく。
他の奴らもそれに続き、我先に窓から外へと出て行く。

最後の奴らが出ていき、窓際に寄り掛かりながら俺は空を見上げる。
風に流され月の光を反射する銀色の後ろを、ユラリユラリと赤い灯が揺れている。だんだんと赤い灯は長くなっていき、ここから見える限りでも百は超えていた。

煙草に火をつけて一服する。これを吸ったら仕事に戻ろう。
部屋の中に残っている酒盛りの残骸に、眉間に皺を寄せながら息を吐いた。




ここは妖怪たちが未だ住処としている所。一匹の鬼が上に立ち、数多の妖怪を率いながら人間と暮らす場所。
そして俺は妖怪だけが見えるただの人間。もう今は少なくなったと妖怪たちが悲しむ視える人間。
昨日も今日もこれからも、俺と妖怪たちの縁は続く。







prev/next


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -