語り部:南



Hello。お元気ですか?
……そんな嬉しそうな顔しないでくださいよー。え?違う?わざと言ってるに決まってるじゃないですか。
それにしてもあなたが怖い話なんて……ご友人の方のため、ですか。犬のくせに本当にわからない生き方をしてますね。
ですがまぁ、この私が怖い話の1つや2つ、お話ししてあげましょう。え?人間的怖さじゃい怖い話?当然その話ですよ。人間の怖い話なんて、私たちにとっては日常の話じゃないですか?

さて、犬の貴方は私がどこ出身か知っていますか?……ええ、そうですよ、私はイギリス出身です。駄犬でも覚えているようで感心しました。
私が住んでる英国のお墓と日本のお墓って違いますよね。そちらの墓石は何故あんなにも大きくて重い石なんでしょうか?倒れてきたら押し潰されそうです。
さて、これから話してさしあげるのは、そんな英国での墓地であった話です。

ある少年が墓地に行きました。時刻は……夕暮れですね。
え、何をしに?……犬には理解できないんですかね。もちろんお墓参りですよ。それ以外の理由で少年が一人墓地に行くとでも?
……では話の続きで。
大きな花束を抱えて少年は墓地に行き、目的のお墓に花束を供えて手を合わせました。いるかもわからない、神に祈るように。そして少年が顔を上げたときにはもう日は沈みかけていまして、夕闇が迫ってきていました。
少年はそれ以上そこにいる気はなく、帰ろうと墓地から出ようとしました。

けれど、どこからかありえない臭いがしたそうです。硫黄の臭い、といって連想できますか?
……腐った卵の臭い?……日本人って生卵を普通に食べますよねー。それが温泉の臭いとか言われたときは俺でもカルチャーショックだったけどよ……。
まあその臭いでいいです。その臭いがどこからともなくしてきて、少年は怪訝に思い、嫌な予感がして近くの協会の隣に建っていた物置部屋の中に隠れました。なぜ?……ああ、そうですね、まず前提としてその墓地の近くには硫黄なんて臭いが漂ってくるのはありえないんですよ。そこは丘の上に建っている協会の墓地なので。
それと、日本で馴染みはないと思いますが硫黄の臭いは悪魔の証、なんて言われていたりするんですよ。そういうことを知っていたら少年が身を隠すのも納得だと私は思いますね。

少年が隠れた物置部屋には小さめの窓があり、そこからは墓地がよく見えました。
少年はそっと暗くなっていく墓地を警戒して見ていると、そこで動く影に気付いたんですよね。大きさは子牛ぐらいの、黒い犬です。
……おや、さすがと言うべきですかね。普段は脳みそ空っぽなのにこういうことに関してだけ勘がいいっつーか、一般常識も身につけろよ。
ええ、あなたの言うとおりに『ブラッグ・ドッグ』……私は『ヘル・ハウンド』ととも呼んでいるんですが、とりあえずはそう言われている犬の妖精です。……あれでも妖精ですよ?もっとも、言い伝えの通りであれば死を招く存在ですが。

ではちょっといろいろ省きましょうか。
少年もそれが『ブラッグ・ドッグ』と言われている存在だということがわかりました。だからこそ行動できずにただじっとするしかなかったそうです。彼は人を見つけると襲い掛かってきますし、少しでも触れるとすぐ死んでしまう、で有名ですからね。
日は暮れてあたりは見えないぐらいの闇に包まれていき、少年は物置部屋の中で困り果ててしまいました。そのままでいるにも危険だったんです。彼の話では隠れていても場所によっては見つかってしまいますし、それで襲われるなんてよくありますから。だから少年は困って、考えて、ふと思い出しました。
今自分がいるところの丘を下ったところに川があるということに。定番といいますか、彼のような存在には川を渡れないというルールがありますからね。

そうと思い出せたならと少年は息を潜めつつ、タイミングを見図りました。今か今かと焦る気持ちを抑えて、彼の様子を伺ってた。
そして、彼が十分な距離を取ったのを見て少年は物置小屋からそっと出て、川がある方へと忍び歩きで進んでいったんです。まあ少年にとって忍び歩きとかはよくあることだったんですけど……運が悪かったんですよ。不自然なほどの真っ暗闇の中でわからないもの蹴飛ばして音を出しちまったからな。

もうほんと、それには驚きまして、少年は忍び歩きを止めて一目散に走り出しました。だって後ろで彼が吠えて駆け出したのがわかりましたから。
それは生きた心地がしなかったでしょう。だって相手は犬の妖精ですし、速いですし。いくら少年でも、さすがに死ぬかもなんて考えちゃったりしました。

逃げて逃げて、足が疲れてきて、少年のすぐ後ろに彼がいて。
後少しってとこに川にかかる橋が見えているのに渡りきるには間に合いそうになくて……少年はもうどうにでもなれと橋に差し掛かった途端、手すりから飛び降りました。
……なんでって言わないでくださいよ、私でもわからないんですから。

落ちた先、運よく流れていた川に落ちたというのを水特有のこもった音と体を包む感覚でわかった少年は目を開け、もがきながらなんとか水面に上がり息を吸いました。あれはなんというか……もうしたくない経験だな。全力疾走のあとの飛び降り入水とか。
なんとか反対側の岸に上れた少年は疲れた体を動かして周りを確認しましたが、もうあの硫黄の臭いも、犬の息遣いも、しなかったそうです。
そして無事少年は家に帰れました。

はい、この話はここまでです。怖くはなかったでしょう?妖精ですからね!
え?そういう問題じゃない?なんのことでしょうか?
それにしても、あなた方と同じホテルなんて……精々情報を取られないようにすんだな、クソ犬共。情報国家は、いつだって有力な情報を求めてます。
それでは私はこれで。本当はもう少しお話したかったんですが、眠いので……。昨日の夜から犬の遠吠えがするんだよ。もしかしてお仲間が欲しいあなた方ですか?
……冗談ですよ。それではまた今度。






にこやかな笑みでエレベーターの方に歩いて行った南さんに心の中でもう会いたくないですと答えておく。
にしても同じホテルだったのかー。最悪だなー。なんで昨日気付かなかったんだろ。あれか、偽名でもしてたか?
ぼんやりとエレベーターの中に消えていった低身長を見送り、そういえばゲームの素材集めしなくちゃと思い出す。昨日かんばったのに結局出なかったんだよなー。確率低すぎ!!せっかく今日の朝まで……ん?

……犬の吠える声なんて聞こえたっけ?

エレベーターの光るボタンを見ると、南さんが下りたかわからないが最初に止まった階数は私たちよりは上の階数で。けど地上から近い私たちが泊ってる部屋では……。
それ以上考えないように、とりあえずは相方に南さんがいたことを伝えなくてはいけないと立ち上がる。たまにしてくる硫黄の臭いなんて温泉の……ここ温泉なかったわ。





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