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「…怖くねーの、」

前髪をさらりと掻き上げて、南沢さんはぼそりとそう言った。他の人とは違う特異な瞳が、銀縁の薄いレンズの向こうで揺れる。それをじっと見つめ返して、そっと頬に触れた。

「別に怖くないっすよ」
「なんで」
「なんでって…何を怖がる必要があるんすか」

頬に這わせた指を南沢さんの手が引き剥がす。そして顔の前に手を出された。やめろと、見るなと言っているかのように。それに少しむっとしたので、腕を掴んでそのまま手の平に口付けてやる。ぱしり、反対の手で頭を叩かれた。痛いなぁ、何するんすか。調子に乗ってんな、ばーか。そんなやり取りを交わした後、南沢さんはふ、と目を伏せた。

「…俺は人間じゃないんだぞ。蛇の、化け物の血が流れてる、」
「そうっすね」
「血だけじゃない、その能力だって有り難くないことに継いじまってる。俺の目を直接見たらお前だって」

前髪がぱさりと垂れるのも気にせずに南沢さんは俯いた。俺はこの人の背負った呪いも運命も全部知っているし、それがどんなに危険なものなのかも重々承知している。出会ってからずっと同じことを言われ続けてきたのだからわからないわけがない。それでも一緒にいたいと思うのだ。そのことを南沢さんは良しとしてくれないのだけど。

「俺のことを心配してくれてんのは嬉しいですけど、俺だって似たようなもんすよ。体ん中に蛇飼ってるし」

それこそ人を簡単に殺せるくらいの毒を持った蛇を。言いながら、南沢さんの眼鏡を外した。反射的に閉じられた瞼に、そっと唇を当てる。俺のキスじゃ呪いを解くことは出来ないけど、受け止めてあげることなら出来ると思う、から。

「…ねぇ、きっと大丈夫ですよ。そんな怯えなくても俺たちなら上手くいきますって。だからそろそろ、」

認めてくれませんか。眼鏡を返して笑ってみせると、ゆっくり目を開いた南沢さんが深い溜め息をついた。

「お前、ほんと馬鹿なのな」

ぐしゃぐしゃと少し雑に俺の頭を撫でながら、南沢さんは呆れたように言う。その表情に少しだけ、笑顔が戻っていたのを見て嬉しくなった。さらり、いつものように前髪が横に流される。後悔しても知らねーぞ。それから南沢さんはぶっきらぼうにそう言った。

「臨むところっすよ」

にしし。歯を見せて笑う俺に、南沢さんも口角を上げた。





呪いさえも愛しさに変えて



(貴方に呪われるなら本望だと恋に犯された私は思うのです)



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一樹さんへ