倉庫 | ナノ

























がしゃん。大きな音を立てて棚の上に置いてあったものが落ちた。繊細なアンティーク装飾の施された綺麗な宝石箱。少年らしいこざっぱりした霧野の部屋にはあまり似つかわしくないものだ。その箱の留め金が落ちた時の衝撃で外れ、蓋が開く。ばらばら、ざああ。中から色とりどりの宝石が溢れ出すようにして零れ、床に散らばった。一瞬にして出来る、宝石の海。それを構成するひとつひとつの石たちは、自らの存在を主張するかのようにきらきらと輝く。きらりきらり。ちか、ちか。うわぁ眩しい。

「神童?」

石たちの織り成す光の絨毯の目映さに目を細めたところで、この無数の宝石の持ち主である霧野の声が降ってきて我に返った。そうだ、宝石箱を落としてしまったのだった。壊れたり傷付いていたりはしていないだろうか。慌てて横に転がっている箱に手を伸ばす。見たところ破損した部分はないようだったので胸を撫で下ろした。

「すまない、ぶつかってしまった…」
「気にするな。それよりお前は大丈夫か、怪我とかしてないか?」
「ああ、俺はなにも」
「そうか、ならよかった」

霧野は小さく息をついて、ふわりと微笑む。それから足下に広がる煌びやかな海を、とても大切なものにするように目を細めて見た。片付けるの、大変そうだな。彼があははと笑いながら、宝石のひとつを拾い上げる。指と指に挟まれた真っ赤な粒は絶えることなく煌めき続けていた。それにしても本当に凄い量だ。あの宝石箱ひとつに収まっていたのが不思議なくらいに。霧野に倣って青い粒を拾い上げる。海を覗き込んだように濃く深い青。その中に映った自分と目が合った。途端にぐわんと石の中の俺が揺れて、瞳からぽろりと雫が零れる。あれ、なんでこいつは泣いているんだ。俺は今、なんともないのに。

「霧、野…これ、」
「どうした?」
「これ…なんだ?石に映る俺が泣いてるように見えるんだが」
「え?…あーそれは」

彼の指が俺の手からひょいと青をつまみ上げた。そして中を覗き込むようにして見ると、ああこれかと口角を微かに上げた。

「これはね、神童の涙から出来た石」

は、?ぽかんと口を開けている俺に彼はあれ、もう覚えてない?と首を傾げた。剣城がサッカー部を潰しに来たあの日。ボロボロになった雷門サッカー部を見てお前が流した涙。それがこれ。霧野は淡々とそう語った。

「いやお前、涙が石にってそんなこと」「あるわけないって?まぁそう思うのも無理ないけどな。でも本当のことだよ」

ふふ、と小さく笑いを零して彼は別の、今度は燃えるように紅い石を手に取った。

「それに涙だけじゃないんだ。これはお前がコンクールで初めて賞を獲った時のピアノの音から出来た石」

ほら、と耳元に近付けられた石からは僅かではあるけれどピアノの音が洩れ聞こえている。それは確かに小さい頃に弾いた覚えのあるもので。理解した?優しい微笑みと共に向けられたその言葉にただ頷くことしか出来ない。すると霧野の腕が体を包んだ。

「…ここにある石全部が神童、お前の生み出した何かから出来たものなんだよ」

涙、音、言葉…お前から放たれたモノは全て綺麗な石になって輝くんだ。俺はそれをひとつひとつ拾い集めてきた。石はすぐに膨大な量になったよ。嬉しかった。これは俺とお前が一緒にいた証でもある、から。石が増えれば増える程、お前との思い出も増えているように思えた。でもさ神童、最近はあんまり増えなくなったんだ。なんで、なんでだろう。俺はいつだってお前のことを考えてるのに。傍に隣にいたいって思ってるのに。なのにどんどんお前が俺から離れていくような、俺のものじゃなくなっていくような、そんな気持ちに襲われるんだ。最後の方は普段の凛々しいそれとは違う、弱々しい声だった。ぎゅう、と霧野の腕に力が籠もる。そして肩口に顔を埋めて好きだ、と呟いた。好き、すき、あいしてる。次々に紡がれる愛の言葉にかぁっと顔に熱が集まる。今日の霧野はどこかおかしい。こんな彼を俺は見たことがなかった。

「霧野、」
「…なんだ神童」
「お前、今日変だぞ。何か…」

ぴたりと、彼の人差し指が俺の唇の前に立てられる。何も言うなと止められているようだった。そこで霧野は肩から顔を上げると、にこりと小さく笑みを作る。そして少し眉を下げて言った。

「なかなか表には出せない気持ちもある、よな」

霧野。声に出そうとした彼の名は唇を塞がれて行き場をなくした。直に伝わる体温はいつもよりも幾分熱いように感じられて。やはりどこかおかしいのではないかと、そんなことを頭の片隅で考えながら、視界に蓋をした俺は甘美な熱を享受した。




目の前には安らかに眠る霧野がいた。すうすうと規則正しく洩れる穏やかな呼吸が、まだぼんやりとしている意識を再び向こうの世界へと導こうとしている。ああやはり夢だったのか。まだはっきりと浮かぶ先程までの光景に小さく息をついた。あれは、なんだったのだろう。もしかして普段は露わにしていない霧野の本音なのだろうか。頭の中でぐるぐると考えを巡らせながら、綺麗なピンク色の髪をさらりと梳いて、惜しげもなく晒されている素肌にそっと触れてみた。どくん。彼の鼓動が指先から伝う。

「…言えよ、」

言わないとわからないだろ。ぼそりと呟いたその言葉は眠る彼にも届いただろうか。





over romance

(reprise)






(夢に託した君の本音は、)