stage.1 サッカー少年

 朝、カーテンを開けるとサンサンに輝く太陽が部屋を照らした。
 眩しさに美咲は目を細めてると、外から走る音が聞こえ、隣の部屋のドアの開く音と共に聞こえなくなり。制服に着替えつつ、美咲は将が帰ってきたのだとわかった。
 美咲は手早く着替えると、朝食を取りかばんを持ち鍵をかけ部屋を後にした。

「おはようございまーす」

 美咲はドアを開け、中を覗くと部屋には朝食のいい香りが漂っている。
 きっと将が作ったのだろうと美咲は思いつつ部屋の中に入ると、こちらに向かってくる複数の足音と話声が聞こえ、美咲はもう一度「おはようございまーす」と声を張り上げた。

「あ、美咲ちゃん。おはよう」

 将は肩に鞄をかけ、廊下の角から姿を現し。美咲は将の制服をマジマジと眺めるや「ほう」と、ため息をついた。

「さすが武蔵森の制服、いいね。似合ってるよ」

 何度か頷き、ジロジロと見る美咲に将は照れたように笑い「制服が来るまでの間だけだけどね」と玄関に鞄を置き座り込み、運動靴を片足ずつ履きだす。
 暫くするとパジャマの前をはだけさせセットされていない髪を無造作にかき、煙草をすかした功がやって来た。

「よっ美咲。今日は将のこと宜しくな」
「うん、わかってるよ。ってか…私将くんより功ちゃんの方が心配なんだけど」
 功を手招きすると、美咲は、はだけたパジャマのボタンを下から止めていき。全て止め終れば丁度よく将も靴を履き終えており、立ち上がる所だった。

「それじゃ、行こっか将くん」

 美咲はボタンを止める時に置いた鞄を持ち将へと振り返る。将は頷けば玄関のドアの取っ手に手をかけ、外側へとドアを開かせ美咲に先に出るようたくした。

「将」

 功は出て行く弟の後ろ姿に声をかけ、将はその声に振り返り「どうかした?」とドアと壁の隙間に手を当て首を傾げる。

「今度の学校、サッカー部が楽しいところだといいな」

 ふかしていた煙草を指で摘み、将に話しかけると、将は満面の笑みを浮かべ「うん!」と元気よく答えた。

「じゃあ、いってきまーす!」

 将がドアから手を離すと、ドアは独りでにパタンと閉まり。残された功は摘んでいた煙草をひと吸いし、ガシガシと頭をかく。

「……ったく、こっちがテレるぜ」

 誰も居ない玄関で、ぽつりと声を漏らせば、功は煙草をくわえたまま将の用意した朝食にありつこうと、リビングへと向かった。


「それじゃあ、少し外で待ってて。今上靴に履き替えてくるから」

 美咲は学校に着くと将にそう言い、自分は生徒達が向かう下駄箱へと走って向かう。
 途中、仲のいい子と出会えば簡単に挨拶をし自分の靴が入ってる
靴箱の前へとついた。
 美咲は、自分の靴を取ると同時に急に目の前が真っ暗になり、耳に辺りの靴を投げる音やら話声しか聞こえなくなり。目の前を暗くしたモノを掴むと、後ろへと振り返った。

「シゲちゃん、いつもいつも、よく飽きずちょっかい出してきますね」

 呆れた口調で、美咲は目の前に立っている人物に話しかける。それとは対照的にヘラヘラと笑って美咲を見下ろしている彼、佐藤成樹は捕まれている手を下に下ろし「なんや、ようわかっとるやん」と相変わらず笑ったまま美咲を見る。

「よくわかってるって……毎日毎日やられたら誰でもわかるって」

 成樹を掴んでいた手を離し、美咲は自分の上履きをとれば地面に叩きつけるようにほり。踵を踏みながら急ぐように、乱暴に履いた。
そして、脱いだ靴は自分の下駄箱に入れ廊下へと駆け出せばその後ろから後を追うように成樹が小走りできた。

「お嬢ちゃん途中まで一緒に行こうや」
「あいにく私には予定があるから。またね」

 美咲は一瞥すると成樹は驚いたように目を見開き小指をたて「なんや美咲、コレか?」と尋ねる。

「だったらどうする?」
「そやな、ついに美咲にも春がきたんやな」

 「お父さん悲しいわ」とさめざめと嘘泣きをする成樹に美咲は苦笑いし、外へと出る場所に着くと手を振り「それじゃあね」と成樹に別れをつげた。
 成樹もそれに返すように手を振り、教室へと続く廊下を歩きだした。

「将くん、ごめんね遅くなって」

 美咲はグランドの端の方にあるサッカーゴールの前に立つ将に手を振ると、将は顔を赤くし手に持っていたサッカーボールで顔を隠した。
 その奇怪な行動に美咲は上靴なのを気にも止めずグランドの中へと足を踏み入れ、将の元へと向かった。

「なーにしてるの?」
「美咲ちゃん、さっきの見てた……?」

 恐る恐るといった感じに、ボールから顔を上げ美咲に尋ねる将に、美咲は「へ?」とすっとんきょうな声を出し将を見張った。

「いや、何も見てないけど?」

 首を捻りながら答える美咲に、将は安堵し顔に笑みを浮かべた。

「ならいいんだ、あっそれより勝手にボール使っちゃったけどよかったのかな」

 心配そうに、ボールに目をやり言う将に美咲は肩を叩く。

「大丈夫、大丈夫! 多分サッカー部の忘れ物だろうからここに残してたらいいよ」

 陽気に軽々いう美咲に将は頷きその場にボールを置き、手を叩いた。

 美咲は将の手を掴み校舎内に行こうと促し。
 将はそれに頷き、照れ臭そうに掴まれた手を見た。
 視線を辿り将の顔と、手の間を行き来し、美咲もつられ少し照れ臭そうに頬を赤らめ手を離した。

「ごめん嫌だった?」
「そんなことないよ、全然」

 将は首を横に振り、否定すると笑みを浮かべた。

「ただ女の子と手繋いだことあまりなくて」

 控えめに言う将に、美咲は胸がくすぐられ笑みが溢れる。

 そして将の頭を撫でると、そのままその手を体に回し思いっきり抱きしめた。

「んもー可愛いな将くんは」

 いきなりの事に固まった将を後目に美咲はゴール前に置かれたボールを見つめた。
 ただ無言で抱きしめる美咲に、将はオドオドとうろたえ。遠慮がちに口を開いた。

「美咲ちゃん……?」
「え、あっごめんごめん」

 回していた腕を体から離し謝る美咲に将は首を傾げながら「どうかした?」と尋ねた。

「……将くんは、サッカー諦めないんだよね」
「え、うん」

 突撃の質問に将は目を丸くさせながらも頷き答え。美咲はその答えに満面の笑顔を浮かべ、片手を大きくあげる。

「なら私も諦めないで頑張る」

 「オー」と掛け声をかけると、将もつられて腕をあげ掛け声を上げ、美咲は可笑しそうに笑った。
 その様子を登校して来る生徒は不思議そうに見ていた。

 二人はそのあと互いに顔を見合わせ苦笑いを浮かべ、そそくさと校舎内に入って行った。

「はい、ここが職員室」

 校舎内に入ると、職員室までの道のりにあるものを紹介しながら歩いていく。
 そして目的地である職員室へたどり着けば美咲は手を伸ばし、手のひらをピンとし職員室のドアを指し示した。

「わざわざ、ありがとう美咲ちゃん」

 将は職員室の扉に手をかけつつ、後ろに立っている美咲の方を振り返る。

「いいって、友達何だから当たり前だよ。それじゃ、またあとで」

 美咲は踵を返すと将に手を振り。
 将も手を振り返せば口を固く結び、職員室の扉に手をかけていた力を強めた。

「頑張れ将くん」

 小さく呟くと同時に、美咲は廊下を蹴り階段に続く道を走り出す。

「失礼します」

 まだ、幼さが残る声が廊下に響き渡る。それは丁度、階段に脚をかけるのと同時だった。

「おはよう! 有希」

 階段を一気に駆け上り踊り場の角を曲がれば、そこには有希が立っており。
 美咲はその後ろ姿を確認すると両手を広げ包み込むように抱きついた。

「おはよう美咲」

 有希は振り向き、後ろから少しみえる頭を見た。美咲は顔を上げると目を輝かせ、有希の頬に手をそえた。

「あーもう、今日も可愛いよ有希」

 そえた手でそのまま頬を摘み伸ばして言えば、美咲は有希に蹴りをくらいその場に蹲った。

「今日もいい蹴りぐあいです有希様」
「美咲も今日も賑やかでよかった」

 有希は美咲の腕を掴めば引っ張り、美咲はされるがままに両手をあげた。
 そして階段を上る時は流石にあんまりだ、と思い立ち上がり埃がついたスカートを払い落とし、有希と並んで階段を上る。

「そういえば、美咲とさっき一緒に居た子って誰?」
「え、ああ、将くんのこと?」

 美咲は二段跳ばして踊り場につけば後ろ向き、有希を見た。有希は美咲を下から見上げると「たぶんその子」と頷いた。

「将くんはね〜私のコレ」

 小指をたて、茶目っ気たっぷりに言えば、有希は目を丸くし驚いたように口をポカンと開け、その口に手をあてる。

「驚いたー? でも、嘘で」
「美咲うしろ!」

 美咲は後ろ向きのまま、後ろへと脚を踏み出した。すると有希は美咲の言葉を遮り、慌てて階段をかけ上りながら、美咲の後ろを指差す。
 美咲は何事かと顔だけ動かし振り返ると、視界一面が黒くなり。くぐもった、己の声だけが聞こえた。
 辺りに静寂が訪れた、しかし次の瞬間、女子の悲鳴に近い歓声が廊下中に響いた。美咲は驚き二歩下がり、ぶつかったモノを見上げ、乾いた笑いをもらした。

「やあやあ、水野ではないですか、ご機嫌いかが?」
「浅倉、お前は当たった人に対してそういう物言いするのか」
「嫌だな、竜也のいけず」

 美咲は肘で水野の脇腹を小突きおちょくるように言えば水野は手を顔にあて深いため息をつく。

「あー、水野ごめんね。痛くなかった?」
「別に」
「そう? ならよかった」

 美咲は、安堵すれば水野の肩を叩き「それじゃ」と有希の手を引きその場を後にしようとした。
 が、逆の手を掴まれ、それは叶わなかった。

「まだ何かよう?」

 振り返り、真っ直ぐに水野を見つめれば、水野は美咲から手を離しグランドにある、サッカーゴールを指さした。

「さっき、ゴール側でお前と話してた奴……」
「ああ、うん、多分夕子ちゃんのクラスならサッカー部に連れて行くでしょ」

 水野の話しが終わらないうちに美咲は口を開き、早口で喋りだす。

「だからそれについては、ノーコメント、では!」

 片手を上げ、踵を返し教室へと歩きだす。
 しかし、何か思い出したかのように、止まり振り返れば「ただ、一言いうならばいい子だよ」と笑みを浮かべ言い、有希の手を握りしめれば「行こっか」と促し、教室へと入っていった。

 時刻は移り、放課後。
 美咲は帰り仕度をすれば、鞄を持ち有希に別れをつげ、そのままグランドへと向かった。
 将はどうやら隣のクラス、A組になったらしく朝のホームルームの時クラッカーと共に夕子の声がしたのだ。あの様子では今頃サッカー部だろう。
 美咲は階段を駆け降りれば最後の数段をジャンプし、トンッと軽い音をたて着地した。
 そして下駄箱に行くと靴を脱ぎ散らかし運動靴に履き替え、上靴を両足そろえて置き外へと飛び出した。
 グランドのネット側で練習をいつもしているサッカー部の元へ行けば、そこには何時ものように練習している生徒がいる。美咲は辺りを見回し、将の姿を探したが見当たらず水野を呼びつけた。

「水野、将くんは?」
「将くん? ああ風祭のことか」

 美咲は頷き、もう一度練習している人たちを見回した。

「風祭なら帰ったぜ」

 水野はそれだけ言うと練習へと戻ろうと踵を返すが、美咲は体操服の裾を掴み水野を引きとめる。水野は面倒くさそうに振り返り、美咲を見た。

「将くんが帰ったってなんで? あんなにサッカーしたそうだったのに」

 美咲は水野の服を前後に揺すり、問いつめ。水野は髪をかきあげため息をつけば、やんわりと美咲の手を自分の服から外した。

「あんな嘘ついて居れる方がどうかしてる」
「嘘?」
「あいつ、武蔵森でレギュラーだったってすぐバレる嘘ついたんだ」

 もういいだろ、と言いたげに話せば水野は練習へと戻っていく。美咲はうつ向き、鞄を強く握りしめた。
 そして顔を上げ、息を吸い込むと学校中聞こえるのではないかと思うほどの大声をあげた。

「絶対何かの間違いだよ、将くんはそんなこと言うわけない!」

 一通り言えば、肩を上下させ息をし、近くにあったサッカーボールを水野に向かって蹴りあげた。
 しかし、そのボールは水野から大きくそれ、誰も居ない場所に転げ落ちる。辺りは静まりかえり、暫くすれば所かしこから笑い声がした。水野も例外なく吹き出し、美咲はあまりの恥ずかしさに顔を赤くさせた。

「っ水野のバカー! タツボンの癖に絶交だ!」

 美咲は段々と何に対しての怒りかわからなくなり、捨て台詞を吐けば正門の方へと走っていった。
 その後ろ姿を見て、水野は一人苦笑するしかなかった。

 下校途中、スーパーに寄り今日の三人分のご飯の材料を買いトボトボと帰路につく。
 美咲はため息をつけば、先ほど言った言葉を思い返し少し憂鬱になりながらも、水野を思い返せば一人腹をたてるの繰り返しだった。

「美咲」
「あれ、功ちゃん」

 マンションの前に着けば、そこには黒い車が止まっており中から功が顔を見せた。美咲はそれに驚きながらも近づく。

「功ちゃん仕事は?」
「今終わったところ、それより将知らないか?」

 助手席側のドアを開け、美咲を招き入れれば功は車のエンジンをかけ始める。

「将くんなら私より先に帰ったけど……」
「将、やっぱり部活で何かあったんだな?」
「う、うん私も聞いただけだから詳しくは解んないけど」

 美咲はスーパーの袋と鞄を後ろの座席に置きながら答える。功はそんな美咲の行動を横目で見ながら、車をだした。
 ゆっくりだが動いたことに驚き、功のを方を振り返れば功は楽しそうに笑顔を浮かべるだけだった。美咲は席に座り、ため息を漏らせば苦笑し窓の外をみた。

「で、どこに行くの?」
「マンションには居ないなら実家か、と思ってな」
「実家なら電話して確認すればいいじゃん」

 交差点に差し掛かり、信号が赤になった。車は止まり、微かな振動に背もたれと背中の間に一瞬隙間が出来る。車内は沈黙し、功は手を口にやり悩むようなポーズをしたのち、呟いた。

「そういえば、そうだな」
「功ちゃんのアホ」

 美咲は功の腹にビシッと直角に腕を曲げ、突っ込んだ。突っ込まれた本人は笑い、それにつられて美咲も笑い、信号は青に変わり、車はまた動き出した。
 暫く車を走らせ、手頃な所に車を止めれば功は携帯を取り出し、操作をし、耳に当てた。そして美咲の頭を撫でれば少し待っててと口パクで言い、暫くすれば「母さん?」と向こうと繋がったのか喋りだし、車を開け外へと出た。
 美咲は一人車の中に残され、くぐもって聞こえる功の声に耳を傾ける。どうやら将は居ないらしい、微かに聞き取れた会話に察すれば美咲は他に将が行きそうな場所を考えた。

「……うーん、前二人で出かけた場所とかかな」

 膝を抱え考えこむと、電話をし終えたのか功がドアを開け乗り込んだ、そして美咲を見れば苦笑し、携帯をしまう。

「だめだ、居なかった」
「そっか」

 功は頭をかくと、深くため息をつき美咲をみる。そして頭を撫で尋ねた。

「どこか思い当たる所あったか?」

 美咲はそれに首を横にふる。だが、何か思い当たるふしがあるのか顔を上げ、呟いた。

「川原、あそこ確か公園もあるしサッカーするなら広さもあって」
「それだ」

 功はエンジンをかければ車を出し、川原へと向かった。春の日は落ちはじめ、赤々と夕日が輝いていた。

 着く頃には日は沈み、辺りは街灯の明かりに包まれた。
 車を止めれば、美咲と功は車から飛び出し辺りを見回した。すると、階段を降りた下にあるタイヤの側で将がボールを蹴っている姿を見つけ二人は安堵した。

「よかったーこんな所に居たんだ」

 美咲は息をつくとその場にしゃがみ込み将の姿を見た。
 将は先ほどから半分タイヤが埋まって、一定区間を開け並んでいる遊具の間にボールを蹴り、それを取ることをしている。それは決して上手いものではないが、転んでは起き上がり、繰り返し練習する将の姿に二人は自然と笑みが溢れた。

「将くん何かの間違いなんだろうけど、サッカー部で嘘つき呼ばわりされたらしいんだ」
「嘘つき?」
「うん、何でも武蔵森のレギュラーだったって」

 段々と小さくなって行く言葉に、功は苦笑いを浮かべ、美咲の髪をかきまぜるように撫でた。美咲は突然のことに驚き、顔を上げ不機嫌そうに眉を寄せた。

「美咲ありがとう」

 文句の一つでも言ってやろう、と美咲は口を開いたが、功の言葉にただ口を開けたままにするしか出来なく、出かけた言葉を飲み込み、「どういたしまして」と言った。
 そして、立ち上がれば将の元へと坂道を駆けおり。美咲に気付いた将は驚き、ボールに乗せた足に滑り転ぶのだった。


2007 01/08

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