いつもの朝
それはいつもの朝のこと。
「ボンコレ十代目ー!」
私は前を歩く十代目の背中に声をかければ、十代目は肩を一瞬震わせたのち恐る恐る振り返る。いつもそうなのだ、私が声をかけるだけでビクッと肩を震わせる。最初の頃こそは傷ついたものの、今では慣れっこなことだ。きっと毎日周囲に気を配っており、突然のことに毎日驚いているのだろう。
「ねぇ名前ちゃん、その、そろそろ十代目って呼ぶのやめてくれないかな?」
恥ずかしいんだ、と続けて言う十代目の頬は少し赤くなっており、そのまま私から視線を反らしうつ向く。その姿はマフィアのボスというより普通の中学生だ。だから私はこの人を守りたいと思うのかもしれない。マフィアだからといって威張るような人じゃないから。でもだからこそ、私もしっかりとボスと部下として境界線を引きたいのだ。
「それは私のポリシーに反するのでダメです」
「なら、せめて学校の時だけは名前で呼んでくれないかな、お願い!」
両手を顔の前で合わせ頭を下げる十代目に私は驚きと共に眉間に皺がよる。どうしてお願いをするのだろうか、十代目になら命令してくださればすぐに叶えてさしあげるのに。
私は少し悩んだが、十代目が頭を下げてまでしてのお願いだから仕方ないかと肩を落とし、少しくちごもりながら「わかりました」と渋々言うと、十代目は勢いよく顔をあげ本当に嬉しそうに笑い私にお礼を言ってきた。
「ありがとう!」
「いえ、私は別に……」
その嬉しそうな様子に私まで嬉しくなり、自然と笑みが溢れた。すると、突然笑った私に驚いたのか十代目は目を丸くさせ、そして気恥ずかしそうに頭をかきながらまた笑った。
しばらくお互い笑いあっていると後ろから頭を撫でられ「よっ」と声をかけられた。声の主は誰かはわかっていたが、私は後ろを振り返り確認するとやはりそこには思っていたとおりの人が、爽やかに笑いながら立っていた。
「山本さん、おはようございます」
「おはよう山本」
「おはよう」
軽く手をあげ挨拶する山本さんに私は頭を下げて挨拶を返すと、また頭を撫でられた。相変わらず人の頭を撫でるのが好きな人だなと思ったが、あえて口に出さずされるがままで居ると突然手をとられた。何事だと顔を上げると、山本さんは十代目の方を向いておりこちらには見向きもしない。
「どうかしましたか?」
そう尋ねると、山本さんは一瞬私をみたのち十代目を見て苦笑いを浮かべた。
「いや、そろそろ急がねーと学校遅刻するぜ?」
そう言われて腕時計に視線を落とし時間を確認すると、確かに予礼が鳴る5分前だった。
「十だ……じゃなかった綱さん急ぎましょう!」
十代目の方を振り返ると、十代目は少し詰まりながら「う、うん」と答え、鞄を持ち直し走る体制に入った。私もそれに続いて走ろうとしたが、手を掴まれていることを思い出し山本さんを見上げると、山本さんも気づいたのか慌てて私の手を離しいつものように笑いながら謝ってきた。
「わりー手掴んでんの忘れてた」
「いえ、別にいいですが……何かようでもありました?」
不用意に人の手を掴む、なんてことはないだろう。首を傾げ尋ねると、山本さんはニカッと笑い自分を指差し「俺のことも名前で呼んでくれね?」と頼んできた。
「は?」
そんな突然の願いに思わず素っときょんな声を上げてしまい、その反応に山本さんは困ったように頭をかいた。
「いや、獄寺と綱は名前呼びなのに俺だけ違うからさ」
「あぁ」
納得し、手を叩き合わせると山本さんはまた「ダメか?」と聞いてきた。
「別にいいですけど」
そこで一拍おき「でも下の名前なんでしたっけ?」と言う前に山本さんはガッツポーズをし、喜んでしまい言うに言えなくなった。
後で十代目か隼人に聞こう。
「山本たち、早く行かないと遅刻するよ!」
十代目の呼びかけに、私はハッと我にかえり時間を見ると後残り3分しかなかった。
「綱さん! どうぞ私の背中に乗ってください!」
「はぁ!?」
突然の私の申し出に、十代目は「何言ってるの!」と汗をかきながら抗議をしてきた。
「綱さんの足じゃこのままでは遅刻します!」
しゃがみこみ十代目に背を向けてそう言うと、「どうせオレなんか……」と少し悲し気な声が返ってきた。
「綱さん?」
重みがなかなかこない背中に、不安になり振り返るとガックリうなだれている十代目の姿があり。その横で慰めている山本さんの姿があった。
「綱さんどうかしたんですか、もしや急な腹痛にダブルパンチで頭が痛いとか!?」
あまりの恐ろしさに、私はワナワナと震え。今だうなだれてる綱さんの腰と足の下に手をあて持ち上げた。すると十代目は顔を赤くし降ろしてくれと申してきたが、どこにボスの危機にそれを無視する部下がいるだろうか。私は十代目に負担をかけまいと鞄を山本さんに任せ、大急ぎで学校の保険室へと向かった。途中何度も十代目は私の上で助けてくれと叫んでいて、後ろから私の後を追いかけてくる山本さんがその様子に可笑しそうに笑っていた。
それが私のいつもの朝の日常、だと思う。
(2006 12/03)