冬の毛
冬が近づくと定春の毛が抜けはじめ家の所々に毛が落ちていた。
何かに使えないか、とは考えるのだが、犬の毛は使い道が殆どないからな。
私はそれをかき集めていると、玄関のドアが開く音と共に定春の鳴き声が聞こえる。
銀ちゃん達が帰って来たのだろう。
「お帰り」
顔を覗かせて玄関を見ると、いつものように舌を出し尻尾を振ってる定春と、その隣で顔をうつ向かせて立っている神楽ちゃんがいた。
「神楽ちゃん、どうかしたの? 銀ちゃんお財布でも忘れた?」
私は部屋の中を見回したが机には財布など忘れ物が無く、不思議に思い神楽ちゃんの元に行くと神楽ちゃんはいきなり私の肩を掴み。いきなりのことに、喉の奥から悲鳴がもれる。
「神楽ちゃん?」
私は少し嫌な予感を感じつつ尋ねると、神楽ちゃんは顔を上げ私を見上げた。
「どうしよ定春親父になっちゃうアル」
目に涙を浮かべ訴えかける神楽ちゃんに、私は何が起きてるのかわからずただ呆然と定春と神楽ちゃんを見比べる。
「えーっと、定春が親父になるってどういう……」
「親父は親父アル!」
私は少し困惑しつつ、「何があったの?」と聞き返すと神楽ちゃんは少量の毛を私に見せてきた。
「定春が歩くたびに毛が落ちていくヨ。きっともうすぐ定春ツルツルになっちゃうアル」
ああ、神楽ちゃんは犬が冬毛になるために毛が抜けるのを知らないのか。
私は神楽ちゃんの頭を撫でながら「大丈夫だよ」と言う。
「定春は今は毛が抜けてるけどすぐまた元に戻るから」
「ツルツルにならないアル?」
いまだ目に涙を浮かべてる神楽ちゃんに、幼さを感じ笑みがこぼれる。
「うん、ツルツルにならないよ」
「本当アルか?」
「本当」
何度も何度確認してくる神楽ちゃんに私は何回も何回も答えた。
しばらくすると納得したのか笑みを浮かべ「安心したアル」と言い涙を服の袖で拭き取った。
「やっぱり姉御は頼りになるネ」
「そう言ってくれると嬉しい」
神楽ちゃんはそっぽを向きため息をつくと「それに比べて銀ちゃんは」と両手を肩の高さまで上げやれやれと首を横に振った。
「銀ちゃん何て言ったの?」
「『あーあれだ定春も親父への一歩を踏み出したんだ』って鼻ほじりながら言ったネ」
神楽ちゃんは銀ちゃんの真似をし、鼻をほじりながら言い、私はその様子に思わず声を上げて笑ってしまった。
「似てたアルか?」
「似てた似てた」
私は指で丸を作ると神楽ちゃんは目を輝かせて両手を上げて喜んだ。
そして、外から新八の声が聞こえ神楽ちゃんは私に手を振りお土産を買ってくると言い、定春をつれて外へと飛び出していった。
私は階段の所まで見送り玄関を見ると定春が居た所には白い毛が散らばっている。
「ここも掃除しなきゃね」
私は箒を持ち出し玄関を掃き、白い毛をゴミ箱へと捨てると、ゴミ箱の半分は定春の毛でうめつくされている。定春が帰ってきたらブラッシングしないと駄目だな。
(2006 12/12)