電車での恋
ガタン、ゴトン。
私の心のリズムと共に揺れる車両。
ガタン、ゴトン。
貴方との距離はもう少し。なんて。
(駄目だよな、これじゃあストーカーだよ)
私は手すりに捕まり、ドアに体を預けると大きくため息をつきながら前を見た。
前を向くと、人混みの中に何時ものようにそこにいる私の想い人。名前は村田健。
その視線は、窓の外を眺めており。私の視線には気がついてない。いや気がついてないほうがいいんだけど。
出会いはそう、私がコンビニでバイトをしていた時だ。
見慣れたブレザーと黒の学生服の男子二人に、同じ学校にこんな人も居るんだと少し気になっただけだった。
特に目立ったことも、気を引くような態度をしたわけでもないのに気になったのは、多分二人の会話が少し漫才じみていたからだと思う。
黒の学生服の方は呆れたような表情を浮かべているのとは対称的に、ブレザーの方は楽しげに笑っており見ているだけでこっちまで楽しくなってくる。
その日から何日かたった後久しぶりに早起きして乗った電車で偶然、彼を見つけ少し遠目で見ることにした。
眼鏡の向こう側には、前のような楽しげな瞳は見えず移る窓の景色をただ眺めており。また、あの時の笑顔がみたいな。なんて浅はかな気持ちが私の中に生まれた。
まだ、その時は恋というより気になる人、というだけだった。
それが恋に変わったのは昨日の事。
彼と同じ車両に乗りたくてその日も早起きをした私は、いつも通り彼と一緒になり。ぎゅうぎゅうの満員電車の中を少し距離を保ちつつも近づいてみた。
話しかけるわけでもなく、少し気づいて欲しいと思いながら横に行くと同時に急ブレーキがかかり、車内が大きく揺れると共に私の身体も揺れにあわせよろけた。
そんな危ないと思った瞬間、誰かに腕を掴まれ支えられたのだ。
「え?」
私は驚き見上げると彼が笑顔で私の腕を掴み見てきていた。
「君、危ないよ」
そう言われ、はっと今の状況を考え私は少しパニックになった。
恥ずかしさと初めて交わした会話になんと返せばいいのか、頭はそのことがぐるぐると回る。
そんな時、丁度よく駅につき、流れ込むように人が入って来たことにさらなるパニックが私を襲う。
バランスを崩したまま人が乗ったため、慌てて立とうとしても少し窮屈で、どう動こうと彼との距離は縮まらなかったからだ。
一気に近くなった距離に、私の胸ははち切れんばかりに高鳴った。
「あ、あのすみません私」
恥ずかしさと、焦りに顔が熱くなり、きっと今私の顔は赤いだろう。
そう思っていると彼は笑いだし、私は初めて間近でみる笑顔に顔が上げられなくなった。
「ごめんごめん」
私が顔を上げないのを、傷付いたと捉えたのだろうか。
彼は私の腕を掴んでいた手を離すと、そのまま腰へと回してきた。
「へ、は?」
突撃の行動にひょんな声を上げ、彼を見ると彼は「どうせ一緒の駅で降りるでしょ?」と先ほどと変わらぬ笑顔を浮かべて私を見てきた。
「なら、こうして抱きしめといた方が君の負担にならないし、いいと思うんだけどな」
「え、あ、そっそうですね、あっありがとうございます!」
目がぐるぐる回る、近づきたいとは思ったがここまで近くに来るとは思わなかった。
私は精一杯の笑顔を浮かべお礼を言い、冷や汗をかきながら彼の胸に顔を埋めた。
彼からは優しい香りがし、私は少しうとうとと瞼が上がり下がりしはじめた。
『次はー…』
車内放送の音まで小さくなっていく。
本格的に寝そうだな、私は踏ん張るが段々と力が抜けていく。
しかし、はっと我に返り今の状況を考える。
目の前にいるのは知り合って間もない彼、ここで女を捨てて恥ずかしい姿を見せればもう二度と顔見知せ出来なくなる。
そんな考えをぐるぐる頭の中で巡らしていると突然肩を叩かれた。
「次、降りるよ」
「あ、はい」
顔を上げればそう告げられ、私は心の何処かで少し残念だと感じた。
そして駅につけば二人で人をかきわけて降り、一息をつく。隣を見ると彼も息をついており、目が合うと変わらぬ笑顔を向けられ顔が熱くなる。
「それじゃあ、今日はありがとうございました」
私は頭を下げて顔が熱いのを誤魔化すと、彼は手を横に振り「いいってお礼だなんて」と何とも心の広い返事が変えってきた。
「それじゃあ、またね」
彼は踵を返すと改札口へと歩みを進め、私は「はい、また」とその場に止まり彼が小さくなるまでその後ろ姿を見送った。
「……ん、また?」
その後、自分も学校へ行こうと足を踏み出した時、ふと疑問に思った。
「また」とは次また会うかわからぬ相手に言う言葉だろうか。
私は彼の後を追おうとポケットに手を入れるとそこには自分の入れた定期券と、自分のではない生徒手帳が入っていた。
「これ、あの人の?」
私は中を捲り見ると、そこには彼の名前と顔写真が貼ってあった。
「村田…健って言うんだ」
初めて知る彼の名前に少し感動しつつ、それと同時に知れた嬉しさがこみあげてきた。
もしかして、私、彼に恋したのだろうか?
そう思うと同時に、血が巡り、顔が熱くなり。私の胸はうるさいほど音をたてた。
「またね、か」
彼の言葉を繰り返すと、自然と口元が緩み嬉しさに自分がおかしくなりそうだ。
明日は生徒手帳返そう。
そう思い、今日が来たのだが自覚するとなお一層彼には近寄りずらくなり。今にいたる。
(よ、し。次こそは次こそは近づいて声かけて……)
私はポケットに入れといた彼の生徒手帳を握り締め人をかきわけ彼へと近づく。
(後少し)
最後の人の後ろを通り、彼の元へ着くと同時に急ブレーキがかかった。
まるで昨日のようだ、私はとっさに彼の服を掴もうと腕を伸ばすと、腕が伸びてきて私の腰に手が回り引き寄せられた。
ドキドキと胸が高鳴り、顔が熱くなる、だけど私はそんなことも気にしなず顔を上げる。
「やっぱり、昨日の子だ」
彼は昨日と変わらず、笑顔を浮かべ私を見てきた。
覚えててくれてた、それだけで私は口元が緩み笑みが溢れそうだ。
「あ、あの」
私はポケットから生徒手帳を出し、彼に差し出す。
彼はそれを見て、キョトンとしたように目を丸め生徒手帳を見てきた。
「き、昨日、私のポケットに入っていてそれで」
彼は、私が言い終わる前に生徒手帳を掴み「ありがとう」とお礼を言った。
それだけで、よかった。
だけど、私の気持は止まらず、喉まで出かけた言葉は早く出たがり私の胸を叩く。
「それで、その、今日お昼ご一緒しませんか!」
一気にしぼむ胸、言えた。私は自分の勇気を、心の中で讃えた。
「私、貴方のこと気になっていて色々知りたくて、あ、でも予定があったら、いいので」
最初の一言が言えれば後からポンポンと言葉が出てくる。
彼の顔は、最初は驚いたのか目をしばたたかせ、私は一瞬駄目かもしれないと嫌な予感がよぎった。
しかし、すぐまたいつもの彼の笑顔が顔に戻り、縦に首を振った。
「いいよ」
その瞬間、私は口元が緩みのを感じた。
ガタン、ゴトン。
一定に揺れる、車両、私の心。
ガタン、ゴトン。
終着駅は、もう少し先。
(2006 12/18)