初恋は幼なじみ

 素直になりたい。そうすればきっとあいつも私を女の子だとわかってくれて、恋愛対象に見られるかもしれない。
 でも、そう簡単にはいかない。恋は単純だけど、その分一旦絡まればそれはなかなか解れない。

「おーい、名字」
「なによ谷口」

 私は箒の柄を握りしめ声をかけてきた谷口の方へ振り返る。谷口はいつものアホ面でこちらに片手を上げており。横には同級生の国木田が立っていた。
 いったい何の用だ。こうやって私に話しかけてくるというのはあまりよくないことに決まっている。

「悪い! 今回だけでいいんだ、掃除当番見逃してくれ」

 手を顔の前で合わしてそのまま頭をさげる。ほらやっぱりよくないことだ。
 私は腰に片手をあて、箒の先を谷口に向ける。

「なによ! 前だって私に任せっきりであんた勝手に帰って!」
「あれは掃除当番だってこと忘れてたって、何度も言っただろ!」

 谷口は頭にきたのか、鞄を固く握りしめると近くにあった机に勢いよく手をつき、威嚇をしてくる。きっと谷口のことだ、頭の堅い幼なじみがまたギャアギャア言いやがって、そう思ってるだろう。
 さすがに私だって一度目なら大目にみるし、続けてじゃないならたぶん二つ返事で帰しただろう。だけどな、続けて、しかも遊びに行くためと思われる理由に快く承諾できるか。現実をみろ、それじゃやっていけないぞ。

「――っもう知らない! 帰りたいなら帰れば!?」
「ああ、帰る帰るさ!」

 私はこれ以上言い返せず。二人に背中を向ければ、後ろから谷口の不機嫌そうな声と共に扉を乱暴に開ける音がした。

「名字、ごめんね。また明日」

 国木田は私に一言謝罪を入れると、谷口の後を追いかけて扉から出ていく。遠ざかる足音が少し切なく、窓から同級生の子や先輩たちが部活にはげんでる姿に泣きたくなった。
 別に国木田に謝ってもらいたいんじゃない。たぶん国木田もそれはわかっているだろう、けど優しい国木田だから一言声をかけてくれたんだ。

「ばか谷口」

 私がどれほどこの日を楽しみにしていたか谷口は知らないだろう。中学の頃はふざけあって、お互いじゃれあい、いつまでも傍で一緒に笑っているものだと思っていた。
 でも高校に入れば色恋沙汰があり。谷口も男だ、恋をする。それには幼なじみで女友達の私は邪魔で、最低限話さないようにしようと言われた。
 まあ私も初めこそは、自分の恋に谷口は勘違いされる対象になるだろうと思い頷いたが、後々考えてみれば私が好きだったのは谷口という少女漫画にありがちな展開だ。
 でもこれは結構有利な恋だ。なんせ私と谷口は幼なじみだ、恋愛ゲームでのゼロからのスタートではなく、少なからず数値があってのスタートだ。
 しかし悲しきかな、その幼なじみという称号が私の恋を邪魔している。
 元にさっきの出来事が物語っている。久しぶりの二人でやる作業だったのに幼なじみ相手なら別に帰ってもいいだろうという本性見え見えだ。

「あーなんで谷口なんか、国木田とかキョンくんとか他に色々いい男はいただろうに」
「俺がなんだ?」

 箒を抱えてしゃがみこんでいると、後ろから声が聞こえ振り返るとキョンくんがこちらを不思議そうに見ていた。

「い、今の話し……聞いてた?」

 私はぎこちない動作で立ち上がりキョンくんの側に行くと、キョンくんは眉を寄せ「いや、名前が聞こえたぐらいだけど」と、掃除箱から箒を取り出した。なぜキョンくんが?

「谷口帰ったんだろ」
「う、うん」
「谷口にそこで会ってな、頼まれたんだ」

 私は箒を持ち、近場を掃きはじめたキョンくんの背中をチラチラと横目で見つめながら掃くことに専念した。一応、谷口も私のこと考えていてくれたのだろうか。そう思うと、少し嬉しくて頬が緩む。
 あ、そういえば。

「キョンくん、キョンくんは今日谷口が何で帰ったか理由わかる?」

 黙々と仕事を続けるキョンくんの背中に話しかけると、キョンくんはこちらを向きはしたが視線をさまよわせ一度咳払いをする。

「あー藤堂、そのだな……」
「うん」
「……谷口すまん」

 キョンくんは今はいない谷口に謝ると、私のほうを向きしどろもどろながら谷口の今日の掃除サボりの理由を一から十まで言ってくれた。

「はあ!? そんな理由で!? あいつバッカじゃない」
「あぁ、馬鹿だろうな」

 キョンくんは腕を組み頷く。もう掃除なんかそっちのけだ。まさか、谷口がそんな理由で帰ったとは。私は思わず赤くなりそうな顔を抱え深くため息つく。

「ねえキョンくん、それって駅前のスーパー?」
「そうだけど、行くのか?」
「もちろん。掃除終わったら行って、一言どなってわからせてやる」

 眉を寄せ宣言するとキョンくんは、ふっと笑みを浮かべ私の背中を押した。

「行ってこい」
「え、でもまだ掃除……」

 キョンくんは私から箒を取り上げると鞄を押しつけ、扉へと背中を押した。

「こっちは俺一人で大丈夫だ。名字は谷口の所に行け、そしてあのアホに言ってやれ――」

 首だけキョンくんの方に向けると、校内放送とキョンくんの言葉が重なり。声は耳に届かない。けど、口の動きで伝えたい意図はわかった。

『好きだってな』

 その瞬間、顔が熱くなり頭がクラクラし始めた。え、え、なぜキョンくんが、えっ。
 私はキョンくんの最後のひと押しに足を前に踏み出し、そのまま廊下を走り抜けた。なぜキョンくんが私が谷口のこと好きだって知っているんだ。
 まさか少女漫画にありがちな、周りにはバレバレとかそういうオチだったりするのか。
 頭の中がぐるぐる、恥ずかしさと高揚する気持ちでどうにかなりそうだ。
 坂道を一直線にかけ降り、目指すは駅前のスーパー。どうか、それまでには頬の赤みよ収まってくれ。

 気づけばスーパーの入り口。どうやら谷口はレジ係らしい、窓から見える接客するさいの笑顔が眩しい。

「ふ、普通にお菓子買って、その時に、うん」

 私は適当にお菓子を選べば谷口のレジに向かう。緊張に左右、足と手が一緒に出てしまう。落ち着け、落ち着け。
 ドキドキ鳴る鼓動に、息を吸い込み深く吐き出す。

「いらっしゃいませー」

 お菓子を置き、前へ進めば谷口は来たお客が私であると知り。げっ、と明らかに嫌な顔をした。

「た、谷口くんやい」

 お菓子をレジに通す谷口に、私は話しかけるが谷口は一瞬こちらを見るだけでそのまま会計をすませようとした。

「谷口、ちょっと聞いてるの?」

 さすがに一言もない姿に頭にきた私は身を乗りだし谷口を見つめる。

「お客さま、ただいま仕事中ゆえ話しかけるな」

 最後の方、不機嫌そうに小声でいう谷口に私は目を細め腕を組む。そっちがその気ならこっちだって勝手に話しかけさせてもらおう。

「谷口、なら聞いてるだけでいいから」

 ピッピとボタンを押す音が聞こえる。まだ慣れてないのかその動き一つ一つトロく。こんな時谷口が谷口でよかったと思う。私はカゴに入っているお菓子を見つめながら口を開く。

「なんでもバイト始めたのさ、私の誕生日プレゼント買うためなんだって?」

 次の瞬間、ボタンを押し間違えたのかけたたましい音がスーパー内を包む。しかしすぐそれも鳴りやみ、顔をあげれば少し頬を赤らめた谷口の姿があった。

「お前、誰に聞いたんだよ」
「キョンくん」

 その表情がたまらなく嬉しくて、口元が緩み頬が熱くなる。谷口は料金を言うと密かに「キョンのやろう」と恨み混じった声が聞こえた。

「あのさ誕生日プレゼント、別にいらないから」

 財布からお金を取り出し、レジについている皿に乗せる。

「はあ!? お前、せっかく俺がバイトまでしてプレゼント買ってやろうって言ってるのに」
「いらないったらいらない!」

 谷口の言葉を遮り、私は吐き捨てるように言った後自分の過ちに我にかえり、口をつぐむ。谷口は手が止まっており、わたしに向かって怒りの混じった視線をよこす。

「ああ、そうかよ! お節介なことして悪かったな」
「ち、違っそうじゃ、」

 私は慌てて首を横に振るが谷口はもうこちらを見向きもしなず、レジ打ちに専念していた。

「違う、の谷口。わた、私は」

 声が震える。なんで私は素直に言えないんだ。

「私は、」

 手を握りしめ、唇を噛み締める。言わなきゃ、言わなきゃキョンくんに合わせる顔が、いや元からないけど。言わなきゃ谷口だってわからないし、ずっと誤解したまま。幼なじみで止まってしまう。

「私は、谷口と一緒なら、誕生日プレゼントなんていらないの!」

 言った、言い切った。私は上がった息を整えながら、谷口を見上げると谷口は口をポカンと開けており。次の瞬間みるみるうちに赤く茹でタコみたいに耳まで真っ赤になった。
 あれ? なんだこの展開は。

「わかった、わかったから今日はとにかく帰れ」

 谷口はうつ向いたまま私に商品を手渡すと、そのままジェスチャーであちいけとやられ。私は未だに少しこんがらがる頭でスーパーを後にした。
 あれ、谷口なんで赤く……。
 まさかね、なんて少し自惚れながら私は家へと続く道を駆け足で向かうのだった。

(2008 01/03)
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