図書室にて

 時計の針が音を立てて時を刻む。チッチッチ、図書室の中に響く音は耳に心地よく。開け放った窓からは暖かな陽気と共に、涼しい風が吹く。私はうつらうつらと船を漕いだのち瞼を閉じて、頭を開いたままの本に擦りつける。本が丁度いい高さで更に眠気を誘う。

「おい」

 体はだらけユラユラと柔らかなものに包まれ眠りつつあるのに、頭は一向に眠らずいると上から声をかけられた。私は頭を横にして、目線だけを上にむけるとそこには三上くんが立っていた。いつもは私が三上くんの近くに行くとうっとうしいと言うのに、珍しいこともあるもんだ。

「あー、三上くんだ」

 私が声を漏らすと三上くんはため息をつき、私の横の椅子を引いて座る。私はその様子を見ていると、三上くんと目があい少し気まずく感じた。こんなに近くにいるのも初めてだし、こんなマジマジ見ていても怒られないのも初めてだ。

「三上くんどうかしたの?」

 いつもは、うっとうしいって言うのに。言いはしなかったが、その裏の言葉は通じたのか、罰の悪い顔をした。

「……お前こそ何してんだ。滅多に図書室になんて来ないだろ」

 三上くんは自分で持ってきた本を開け、こちらを見ないようになのかペラペラとページをめくり流し読みをしている。その姿は横になっていても絵になっており、私は一度瞬きをすると気だるい体を起こし、少しぐらい甘えてもいいよね、とすぐ横へと椅子を動かした。

「寝にきたの」

 私があくび混じり言うと、三上くんはすぐ横まで来た私に驚き目を丸くさせた。今まで私を遠ざけていたのだから驚くのは当たり前か。
 なんだか夢のようだ、と私はもう少し夢をみたくなり手を上げてと言うと、三上はご丁寧に両手を上げてくれた。本当に夢じゃないだろうか私は三上くんの膝の上に頭を置きは寝転がり、自分の座っていた椅子の上に脚を投げだす。
 上を向けば三上くんと目があい少し口元を上げて笑うと、三上くんは呆れたような眼差しを向けて肩を落とした。

「何すんだ」
「寝かせください。最近ろくに寝られないんだ」

 私は頭を三上くんの身体へと寄せ、服を掴み顔を埋めると三上くんは一瞬体を揺らし、拒むように私を押し返すが。私は離れたくなくて腰に手を回すと、諦めたのか頭をかき「たくっ」と悪態をついた。

「いいか一時間だけだからな」
「うん」
「一時間たったら、どんなに寝ててもお前置いて帰るからな」
「うん、ありがとう」

 私は三上くんの服に顔を埋め、ふと自分とは違う匂いに気づいた。どこか甘い匂いに、自分の気持ちが落ち着いていくのがわかる。暫く目をつむっていると、頭に何かが触れた。それはどうやら三上くんの手らしく、クシャクシャと髪をかき混ぜるものとは違い、ゆっくりと優しく撫でるその手は少しこそばゆく。息を漏らすと三上くんの手が一瞬止まるが、暫くするとまた撫ではじめた。
 誰も居ない図書室。ただ時計の針だけが音を刻む。遠くからはグランドでクラブをする人たちの声が聞こえる。あれ、そういえば今日はクラブの日じゃないのだろうか。いつもなら、三上くんみたさに行くが今日は日頃の疲れが溜まり応援に行くのを断念したことをふと思い出す。

「そういえば三上くん、クラブは?」

 気になり、目を開け三上くんを見つめ尋ねると、思いの外三上くんの顔が近くにあり。驚きに身体が強ばり、胸が高鳴る。

「お前寝てなかったのかよ」

 だけど私以上に三上くんの顔は赤く、離れてこちらを見てくれなくなった今でも分かるほど。その様子に一人笑いがこみあげてきた。

「寝言だよ」

 もう少しだけ見ていたくて、わかりやすい嘘をつき顔を隠しながら言うと三上くんは撫でてくれていた手を拳へと形を変え、一発殴り「この狸」と悪態をついた。それがまるで自然な友達同士みたいで、私は嬉しさに笑いが止まらず声に出して笑うと、三上くんはまだ赤みが残った頬で私を睨んだ。
 だけどもうそれは、私を笑いに誘うだけで止まず。三上くんはもう一度私の頭を殴るのだった。

(2006 10/29)
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