だれもいない、たったひとり
目が覚めた、それは自然な目覚めとは違い飛び起きるような感じだった。
別に息は乱れていない、パジャマも寝汗ぐらいであり、過度な汗の量とは言えない。私は天井を眺めながら大きく息を吸い、そして吐いた。
それにともない、布団も上下するのが見える。私は布団を掴めば、胸までかけていた布団を頭まですっぽりと被り、先ほど見た夢をかき消そうと固く目を瞑る。
しかし、時計の針が進むばかりで、いっこうに眠れず、寧ろ目が冴えてきてしまった。
悪い夢とは嫌なものだ、内容を覚えていなくとも、いつまでも恐怖は残る。
(これも全て、結人のせいだ。)
女の子を一人残し、友達の家に泊まりに行った薄情者の幼なじみの顔が浮かんだ。
なぜ、今日に限って悪夢を見るのか。それは今この家に私一人しか居ない、という心細さから見たのだろう。
そう思えば、自然と目頭が熱くなり、頬に生温い涙が伝い枕を濡らした。
昼間のことだ、結人の両親と私の両親が結婚記念日と題して旅立ったのは。
「え、ヨーロッパに?」
「海外旅行?」
私と結人はお互い、互いの両親に向けて言った。
当の両親は、凄く幸せそうに笑顔を浮かべ大きく頷く。
私は結人の方を向けば、結人もこちらを向いており。
顔を見合わせば互いにため息をついた。
私の両親と、結人の両親は仲が良く、時々子供にも相談しなず、物事を決める時がある。
特に気にしたことはないのだが、それは私にとって時として憂鬱なものを運んでくる。
それが今回だ。
結人とは仲はまずまず、小さい頃は大の仲良しだった。
それもお互い時間が思うように取れず、溝ができ、思春期を迎えた時には゛結人゛とは見れず一人の男に思え、次第に話しかけるのもためらうようになった。
そのせいか、やはり二人の間に流れる空気は気まずく、両親達が旅だった後私たちはリビングに行き、母親達が作っていった昼食を向かい合いながら黙々と食べた。
その間、会話らしい会話もなく、時々交わす言葉は「うん」やら「おー」やら相槌のみ。
時間の溝とはそんなものだ。
次第に互いに口数も減り、つけていたテレビだけが、よく喋る。
何がそんなに面白いのか、テレビに映っている人達は、口を大きく開き大声で笑っている。
私たちも、そんな風に笑えあえる関係に戻ればいいのに。
私が、呆然とテレビを見ている間に、結人は昼食を食べ終わった然とテレビを見ている間に、結人は昼食を食べ終わったらしく、手を合わせる音に、私は結人の方へ向き直った。
「ごちそうさん」
「お、お粗末さまです」
思わず口から出てきた言葉に、結人は目を見開き私を見てきた。
そして、口の端を上げ、笑えば私の方へと手が伸びてくる。
とっさに、結人のツッコミがくるんだ、と私は目を固く瞑るが何時になっても衝撃は来なく。
そっと目を開ければ、結人は伸ばしていた手を固く握り、引っ込めていた。
そして少し眉をよせ、そっぽを向く。
「お前が作ったんじゃねーだろ」
目が合わないようにだろうか。
結人は頬杖をつき、テレビを見ている。
私は寂しさに、自分の服を強く握り締め顔をふせた。
「そうだね、ごめん」
少し声が震えたような気がする。
しばらく沈黙と、テレビの笑い声が続いていたが、前から椅子を引きずる音と共に、食器の重なりあう音がした。
私は顔を上げ、テレビを見れば丁度CMをしており「元気ハツラツー?」と飲料水でよく聞く掛け声を今人気のアイドルが言っており。
そのまま視線を、結人へと向ければ食器を流しだいに置いている所だった。
今までの結人と比べれば、成長したんだなと少し、しんみり。
置き終わったのか、結人はこちらに体を向け、元の席へと戻れば、椅子の背もたれに掛けてあった、上着を取り。
足早にリビングを出ようと、歩きだした。
「結人、どこ行くの?」
「友達ん家」
吐き捨てるように言う言葉に、私は少し胸が痛んだが、振り払い。
椅子から勢いよく立ち上がり結人の方へと足早に向かった。
「でも、お母さん達に帰るまで二人で家に居ろって言われてたじゃん」
「親が帰る前日には戻ってくるからいいだろ?」
「でも!」
私が少し強めに言うが、結人はそれを簡単に交わし「はいはい、またな」と背を向けたまま私に手を振り、部屋を出ていった。
残された私は、ただその場に立ったまま、呆然と床のフローリングを眺める。
後ろからは、また先ほどのCMが流れた。
「元気ハツラツー?」
「……全然」
テレビに返事をするのは痛い子だろうか。
私はテーブルへと戻り、残っていたご飯全てを口に掻き込めば流しだいに桶をおき、それに水を張りその中に食べ終わった皿達をつけ、自分の部屋へと戻った。
そして、昔誕生日プレゼントに結人から貰ったぬいぐるみを床に放りなげれば、ぬいぐるみの腹に一発殴り、ベッドへと置いた。
「馬鹿ー馬鹿結人」
ベッドに顔を埋め、叫べば少しはスッキリしたがまだ気持ちは晴れず、ふて寝をしようとシャワーを浴びパジャマに着替えベッドへと潜りこんだ。
そして目をつむれば、真っ暗な夢の世界に落ちていく。
暗い暗い、私一人しか居ない。
私は、その場に座り込み、膝を抱えた。心は空っぽ、気持ちは何処かへ行っている。
暗闇が迫ってきた。そろそろ目が覚めるのだろうか。
体が震え、目が覚めた。
いつの間にか、夜が来たらしく、窓の外は真っ暗だ。
私は一度大きく息を吸い込み、吐けば、自分自身を笑い、溢れでる涙を手で拭う。
「ふ、……っ結人」
小さい頃は、私が一人の時は結人が隣におり、いつも手を握っていてくれた。
しかし、それも小さい頃だ。今は本当に一人なのだ。
私は喉の渇きをおぼえ、ベッドから足をおろしドアへと近づけば、ドアの向こう側から物音と共に、「やべっ」と焦ったような声が聞こえた。
泥棒か? 私は内心びくつきながらも、ドアを開ければそこにはふわふわした茶色の髪をした、幼なじみの姿があった。
「何で、いるの?」
私は、しゃがみこんでいる結人に合わせ、しゃがめば結人は罰の悪い顔をして、頬をかいた。
「お前、よく一人になると泣くからよ」
「帰ってきてくれたの?」
声が震える。自然と口元が緩み、笑みが溢れそうだ。
結人は一瞥したと思ったら、ギョッとしたように目を見開き、自分の服の袖で乱暴に私の目の下を擦り。少し情けない声を出しながら「泣くなよ」と言われ、その時はじめて自分が泣いていることに気づいた。
「だ、だってさ、結人帰ってくるなんて思わなくて」
しゃくりが出ながらも、一言一言いえば、結人は私の頭を撫でながら目を細めて笑った。
「わりぃ、俺さ久しぶりに名前と話すからさ昼間とか空回りしてさ。スゲーカッコ悪くて逃げてた」
一、二度頭を優しく叩くと、結人は歯を見せて笑い、それは昔から変わらない笑顔だった。
「私も、結人から逃げていたかも……話しづらかったって言うか、何か壁感じて」
私は一度言葉を飲み込み、顔をふせたあと、唇をかみ意を決し顔を上げる。
「結人、あのね。また、昔みたいに戻れるかな?」
いつの間にか結人は立ち上がっており、私はそれを見上げるように顔を上に向ければ、結人は私に手を差しだし。
「バーカ、戻れるかな? じゃなくて戻るんだよ」
「……うん!」
私はその手を取れば立ち上がり。
そのまま、その手を引き階段をかけ降りていく。
「結人まだご飯食べてないでしょ? 今から作るから一緒に食べよう!」
「それ、お前だけだろー」
引っ張られながら、私の後を着いてくる結人は口では文句を言うが、その表情は笑っていた。
誰もいない、たった一人の夜も、今は怖くない。
END
企画に出した小説です。