第3話

 その後、日が暮れるまで行われた練習は私の身体にムチを打つことになった。
 日頃から運動をしていなかったからか。はたまた野球をしたことにより使われることのない筋肉が使われるようになったからなのか。
 明日は絶対、筋肉痛になる。
 部屋に戻ると枕に顔をうずめ、襲ってくる疲労感に思わずうつらうつらと船をこぐ。
 いったいどれだけの時間そうしていただろうか。
 突然鳴りだした携帯の着信音に起こされ、私は慌ててそのディスプレイを見た。

「真人?」

 液晶画面に表示される名前に、ボタンを押し受話器へと耳を当てる。

「はい、もしも」
「理緒! 大至急理樹の部屋に来い! いいな! 絶対だからな!」
「し……」

 電話特有の定型文を言い終わる暇もなく、真人はそれだけ言うと電話を切った。
 耳に残るのは通話の切れたプープー音のみ。一体全体何事だ。
 私は多少の疑問をいだきつつ部屋を出る。
 理樹の部屋といえば今はもうリトルバスターズのたまり場となっているが、きっとまた恭介あたりが何かおっぱじめたのだろう。きっとそうだ。それで真人が人を集めているといったところかな。
 男子寮へと続く渡り廊下へと向かうその道中。談話室を抜ける時だった。

「わふっ」
「わっ」

 何か柔らかいものに当たった。

「ってクド! 大丈夫? ごめんね前見てなくて」
「わふー」

 白いマントと帽子をかぶった小柄な彼女。能見クドリャフカ、通称クドは当たった時に鼻をぶつけたのか少し鼻の頭が赤くなっていた。

「いえ、私もよそ見していたのでお気になさらないでください」

 そう言ってふにゃりと、笑みをうかべるクドに胸を射抜かれながら私はずれていた帽子を直すとクドはこれまた可愛らしい笑みと共にお礼を言う。
 小動物系女の子とはまさに彼女のことだな。
 私がそんな彼女に癒されていると、クドは何かを思い出したのか突然片方の手を挙げる。

「理緒さんぐっといーぶにーんぐ、なのです」
「クドぐっといーぶにーんぐ」

 そういえばクドは英語で話すことに奮闘していたな、と思いだし英語で返すと「今の、少しネイティブっぽいのです」と満足そうに笑った。

「理緒さんも飲み物を飲みにきたのですか?」

 クドの手には自動販売機で買ってきたのか、飲み物が握られており談話室ではチラホラとそれをお供に談笑をしている女子生徒の姿があった。

「ううん、私はちょっと野暮用で」
「やぼよー?」
「真人に突然呼ばれて男子寮まで」
「井ノ原さんにですか?」

 首をかしげるクドに、頷き返すと少し顔を赤くし「あいびき……?」と、とんでもない発言が聞こえた。
 いや、それはないよクド。

「それじゃ、クド本当にごめんね」
「はい」

 見えなくなるまで手を振るクドに、私は後ろ髪を引かれる思いで男子寮へと向かうのだった。
 男子寮へは結構な頻度で入ってるからか、寮生の誰にも咎められることも気にかけらることもなく理樹の部屋の前へとついた。

「おまたせーってどうかした……の? 特に真人」

 ノックののちドアを開けると、そこには机替わりのダンボールを囲むリトルバスターズ面々の姿。
 奥の方では、床に真人の姿が転がっている。
 まさかこれを見せるためだけと言わないよね真人。

「ちげーよ! 鈴に脇腹刺されただけでそのナイスなタイミングで理緒が来ただけだよ!」

 飛び起き鈴に睨みをきかせる真人に、鈴はまるで猫のように威嚇した。
 そんな二人を横目に、理樹と謙吾の間に座る。
 全く見えてこない話に私が顔をしかめていると、それを察してか謙吾が机に広げられていた恭介のノートを指差した。
 そのノートを覗き込むと数行文字が書かれており、その一番下にはこう書かれていた。

『んまっ つぁ ちょぎっ! 井ノ原真人(己の人生を振り返り)』 

 どういうことだ。
 その上に書かれた文字は『偉人の言葉』と書かれている。

「真人、偉人になったの?」
「んなわけねーよ」

 まあ、そりゃそうだ。
 ほかに鈴の名前を書かれているところを見るに、恭介が偉人の言葉と称してリトルバスターズ面々の言葉を集めてそれに私も呼ばれたってところだろう。
 ならばこの場で何か言葉を発するってことは命取りってことなのだろうか。
 冷や汗をかきつつ恭介の様子を伺っていると、そのノートは閉じられ。
 それにほっと息がもれる。
 
「ああ、そういえば野球の試合の日程を決めてきたからな。リトルバスターズの初試合だ。もうすぐなんでよろしく」
「いいか恭介、試合をするには足りないものがある。残りのメンバーと、練習時間と、おまえ以外の人間のやる気と、残りのメンバーだよ」

 一つ二つと指折り数えるが重複するものに、おや? っと思い顔をあげると鈴も理樹も真人を見ており鈴にいたっては半目で呆れたような眼差しをしている。

「こいつ残りのメンバーって二回言ったぞ」
「真人なりに意味があるんだ、あまり深く詮索しないであげてよ」
「意味なんてねーよ、ごめんなさいでした!」

 フォローになっているようで傷をえぐっている理樹の言葉に、真人は顔を覆い悲痛な声をあげる。

「やっぱ馬鹿だ」
「馬鹿というより、真人らしい……かな?」
「それを馬鹿と言うんだ」
「ちくしょー! 触りまくって馬鹿うつすぞ!」

 鈴に襲いかかる真人だったか、鈴の蹴りが顔に当たり一瞬にして床へとひれ伏せる。
 恭介はそんな二人を気にもとめず、持っていたシャープペンを一回まわすと不敵な笑みを浮かべた。

「残りのメンバーはこれから探すさ」
「野球となれば最低でも九人は必要だ。残り四人見つかるかな」
「いや謙吾、私補欠だから……」

 謙吾の言葉に、おずおずと手をあげると謙吾は目を丸くさせて私をみた。
 珍しいこともあるもんだと言いたげなその顔に、脇腹を小突く。
 私だっていつも主要メンバーだと思われちゃ困る。

「なら残り五人か」
「残り五人ってことは謙吾はメンバーに入ってないってことだね」

 謙吾は理樹の言葉に無言になる。
 その様子に理樹は眉をさげ、恭介を見た。

「そこでだ。鈴、おまえにメンバー集めを頼む」
「メンバー集め!? そんなの出来ない知らない人と話すのは苦手だ」

 恭介の言葉に、一気に顔を曇らせる鈴。
 いつもならここで私が助けに入るからか、鈴の眼差しが向けられる。

「理緒……」

 不安げなその声に、助けたい衝動に駆られるが私は口を固く結び笑みを浮かべ頷く。
 鈴なら大丈夫という思いをこめて。

「ほら鈴、これをつけろ」

 恭介はそんな鈴の表情には触れず、ポケットから取り出した物を鈴に持たせる。

「イヤホン?」

 手渡された物は、手のひらに収まるほど小さなイヤホン。鈴の耳に装着すれば、おくれ髪に隠れてしまう。
 恭介はつけたことを確認すると、携帯電話を取り出し操作をすると受話器に耳をあてた。

「もしもし」

 その声に反応をする鈴に、イヤホンがトランシーバーのように恭介の電話を通じて繋がってるのがわかる。
 この前部屋で必死に作ってたのはこれだったのか。
 恭介のよくわからない技術に関心していると、恭介は立ち上がり腕を前につき出し。

「いけ鈴! 残りの五人を集めることそれがおまえの任務だ!」

 威勢良く言ったその言葉と、無線機を通じて喋ることの楽しさに鈴の目に輝きが戻る。
 まるでスパイ大作戦みたいなそれに乗り気になったのだろう。
 鈴は先ほどとは違い、一つ頷くと部屋を出ていった。

「なるほど、鈴を女子寮に放ち」
「女子生徒をリトルバスターズに勧誘するんだ」
「どうして女子を?」
「男ばっかじゃむさくるしいからに決まってるだろ」

 いつの間にか消されていた部屋の電気。暗い中ダンボールの上に置いた携帯電話だけが明かりを灯す。
 ダンボールを囲む男子四人に女子一人。まるで密会をしているようなその暗さに、雰囲気作りは大事だろ? という恭介の声が聞こえてきそうだ。
 と、いうかだ。

「一応女子なんだけどなー……」

 まるで自分は女子じゃないのではないかという錯覚に陥りそうなこの状態に、抗議の声をあげると向かいに座っていた恭介と目があう。

「理緒も女子が増えたら嬉しいだろ」

 まあ、確かに。
 これで女子が入ったら、私自身も嬉しい。それに鈴も私以外の女子と仲良くなる良きチャンスだとも思う。
 だけど、自分の手から離れていくのが少し寂しいとか思ってしまうのは親心、というやつだろうか。いや、育ててはないけど。
 あれこれと考え事をしていると、携帯から鈴の声が届く。

『こちら鈴女子寮に潜入した』

 無事についた鈴の声に、皆携帯へと前のめりになる。

「まずは挨拶しろ」
「最近の女子は、午後からでもおはようございますと言うらしいな」
「おはようございますは長すぎるだろ、ここは玄人っぽくおやっす」
「なんの玄人なんだ・・・」

 真人は、はっと息を飲むと衝撃的なことに気づいたかのように目を見開いた。

「待て大変なことに気づいた! オリバーソースって早口で言ってみろ! おはようございますって聞こえねーか?」
「いや、どうだろう」
「うーん、三十点」

 理樹の微妙な返答と、私の点数に真人は残念そうな顔をする。さすがにそれは無理がある気がする。

『それでいいのか? 了解』
「え? ちょ」
『オリバーソース』
『……え?』

 止める暇もなく、鈴はきっとすれ違った女子生徒に言ったのだろう。微妙な間ののち、戸惑う声が聞こえた。

『任務失敗』

 鈴の淡々とした声が返ってくる。きっと彼女は、そのまま去っていったのだろう。そりゃそうだ、いきなり『オリバーソース』なんて言われたら戸惑う以外選択肢はないだろ。
 理樹は「あちゃー……」と顔を覆う。

「じゃあオレ斎藤っすならどうだ! なんとなくおはようござますって聞こえるだろう」
「えぇ!?」

 真人は似たニュアンスで挨拶することに執着してるのか、輝かしい笑顔で同意を求めてくる。

「でも、斎藤さんじゃない場合どうしたらいいんだろう」
「いやいや、突っ込むところそこじゃないから」
「おれ直枝っす?」
「それ、もうただの自己紹介だよね」
「いいから、言ってみろよ! 絶対聞こえるからよ!」
「俺、さいとーうっす」
「すっげー聞こえるぜ!」
『聞こえるか!』

 間髪入れずに鈴のツッコミが返ってくる。
 恭介の間伸びた声では、理樹ではないが本当にただの自己紹介だ。
 
「じゃあ鈴、自分で考えろよ」

 鈴の態度に、真人はすねたのか腕を組みぶっきらぼうに携帯の向こうにかえした。
 携帯の向こうからは、一瞬焦った鈴の声が聞こえたがすぐ調子を取り戻したのか『了解』と返事が来る。
 さて、鈴はなんて言って女生徒を止めるのか。携帯の向こう側の反応に皆固唾を飲む。

『おまえさいとーっす』
『え? 私斎藤じゃないけど……』
『こちら鈴、任務失敗』

 まさかの真人のオマージュに、皆その場で脱力した。
 恭介は難航する任務に頭を抱える。

「鈴、素直にこんばんはだ」
『なるほど、わかった』

 素直に返ってくる言葉に、皆姿勢を直し携帯へと耳を傾ける。

『……こんばんは』
『こんばんは』

 普通の挨拶には同じく普通の挨拶がかえってくる。
 恭介はこの流れに先程まで曇っていた顔に笑顔がうかぶ。

「いいぞ、いけっ! 勧誘だ」
『野球に、興味あるか?』
『え? 棗さんはあるの?』
『ないな』
「あーあー……」

 いい意味でも悪い意味でも真っ直ぐな鈴に私は情けない声がもれる。

「あるにしとけよ」
『嘘はつけない!』
『私も興味ないけど、じゃあね』

 去っていく女性との声に、皆落胆し思わずため息が漏れる。
 やはり、いきなり見知らぬ人を誘うのは無理があったのだろうか。
 それとも野球というチョイスが悪かったのだろうか。

『あら? 棗さん 新しい遊び?』
「あれ? この声って……」

 近づいてくる足音と共に聞こえてきた聞き覚えのある声。

「知り合い?」
「多分、佐々美ちゃん……」

 普段はいい子なのだが、この状況下と鈴が相手はまずいかもしれない。
 謙吾を見ると、視線に気づいたのか目が合う。

「どうした?」
「いや、なんでも……」

 視線を携帯へと戻し、私は祈るような気持ちで足元で指をくんだ。
 どうか、何事もなく、そのまま鈴がスルーしますように。

『おまえ、野球に興味ないか?』
『あなた、まさかこの私、笹瀬川佐々美がソフトボール部の次期キャプテン候補ということを知らないわけじゃないでしょうね!』
『全く知らん』

 しかし、その願いは届かなかった。先程ので勧誘の方法を得た鈴は無敵だった。

『いくらあなたが学園一の人気を誇るの棗恭介さんの妹で、剣道部のヒーローの宮沢さんや筋肉馬鹿と親しいからって調子に乗ってるんじゃなくって!?』
「筋肉馬鹿……で、こっちはヒーロー?」
「ま、妥当なところだろう」

 謙吾の反応に真人は悔しげに顔を歪め携帯へと詰め寄る。

「鈴! 宮沢はいつも風呂に入るとき服を着たまま頭に靴下をかぶるといえ!」
『いやじゃボケ!』
『ボケですって!?』
『馬鹿か!』
『ば、馬鹿っ!? おまえたちやっておしまい!』
『こうですわ!』

 しばらく続く争う声に、向こうで繰り広げられているであろう光景が目に浮かぶ。
 
『ふにゃー!』
『さすがは佐々美さま! 華麗でございました!』

 鈴の断末魔と共に、勝者であろう佐々美ちゃんをたたえる取り巻きたちの声が聞こえる。
 そして、永遠に聞こえてくるのではないかと思える佐々美ちゃんの高笑いが部屋に響く。
 
「ミッションは失敗だ」
「ミッション内容変わってない?」
「どれも等しくミッションさ」

 親指を立て、輝かしいばかりの笑顔を浮かべる。
 どんなことでもミッションに変えてしまうのが恭介らしいというか。
 私は鈴を迎えに行こうと腰をあげると、恭介はそんな私の姿をみてか「そうだ」と声をあげた。
 嫌な予感がする。

「よし、それじゃあ理緒、おまえに新たなミッションを与える」
「へ?」
「鈴とイヤホンを回収したのち、メンバー勧誘だ!」

 突きつけられた腕に、嫌だなどと言えない雰囲気に私は一つ頷くのだった。
 理樹の部屋をあとにし、女子寮へと入ると階段付近で横たわる鈴の姿があった。
 あの戦いからそのままなのだろうその状況に、私は駆け寄りその肩をゆすると小さく呻き声が返ってきた。

「こちら理緒、女子寮潜入と共に鈴保護しました」

 鈴の耳からイヤホンを取り、自分の耳へと入れると理樹の部屋でまだ携帯を囲んでるであろう男性陣の声が聞こえてくる。

『よし、それじゃあ鈴を連れてそこらを行く女子生徒を勧誘だ!』

 聞こえる恭介の生き生きとした声に反射的に「あいあいさー!」と答えそうになるが、ふと周囲を見回す。
 ミッションを始めた当初こそは皆がまだ活動的な時間であったが今は夜もふけ始めた。
 皆部屋に戻り始めてるのかドア越しにこそ笑い声は聞こえるが、廊下を歩く人はいなくなっていた。

「あのさ……恭介」
『なんだ?』
「さすがに部屋のドアを叩いてこんばんはー突撃となりの晩ごはーん! とかはしなくていいんだよね?」

 おそるおそると尋ねると、しばらく間が空いた後嫌な言葉が耳に届いた。

『それ、面白そうだな』
「ああー! 言わなきゃよかったー!」
『理緒知ってるか、そういうのを墓穴を掘るっていうんだぜ』
「ぐうの音もでない」

 携帯の向こう側で、ドヤ顔をして座っているのであろう真人の姿が容易に想像できる。
 口は災いの元とはこのことだな。
 とにかく、この場で呆然としてても何も変わらない。私は鈴を背負い、立ち上がる。
 腹をくくって知り合いの部屋でも訪ねるしかないか。
 さあ、いざ尋常に! 脚を踏み出そう、と片足を上げたときのことだ。

「そこ、もうすぐ消灯時間よ」

 かけられた声に振り返ると、そこには二木佳奈多率いる風紀委員たちが立っていた。
 日頃声をかけられないからか独特のその雰囲気に思わず戸惑う。

「あ、えっと、彼女を送ったら部屋に戻るので……」

 横目で背中に背負っていた鈴を指すと、二木さんは納得したのか一つ頷く。

「彼女、よだれ垂れそうよ」
「え!?」

 肩ごしに見える鈴は表情こそは見えないが幸せそうに寝息と共に猫の夢でもみているのか「にゃーにゃー」寝言を言っており、首に回していた手に力が入る。ってなんで寝てるの! 

「送り届けたらあなたも早く戻りなさい、それじゃあ」 

 鈴の様子に慌てている私をよそに、二木さんはそれだけいい残すと風紀委員を引き連れ廊下を進んでいった。
 見回りの時間なのだろう、生徒が風紀を乱すようなことをしていないか取り締まっているのだろうが。

「こんな時間まで大変だな……」
『どうした?』
「いや、風紀員の見回りが始まったようで」
『……つまり?』
「……ミッション失敗、ってことで」

 その言葉に、向こう側から落胆のため息が聞こえてくる。
 ミッション、メンバー勧誘はこうして幕を閉じるのだった。
 
 次の日。 
 私は紙袋を下げ、三年の教室までの廊下を走っていた。
 昨晩寝る前に届いたメールのせいだ。メール文はこうだ。

『ミッションを与える、以下の漫画を持ってきてくれ』

 そして続く漫画のリスト、いうなればパシリだ。ミッションと名をうってるがただのパシリだ。
 まあ、恭介が私の部屋に漫画を置いていってるから仕方ないのだが。
 というか、いつもなら勝手に取りに来てるのになぜ今日に限って持って来いとかいうのか。
 心の中で愚痴愚痴と文句を言いつつ、三年の教室に差し掛かった時だ。

「あれ? 理樹」
「理緒」
「三年生の教室でどうかしたの」
「いや、特にこれといって理由はないけど、そういう理緒は?」
「これ」

 持っていた袋を持ち上げると、理樹は納得いったのか乾いた笑いがもれた。
 教室を覗くと、恭介は相変わらず自分の席で漫画を読みふけっており、入口前ではその姿を見ようとほかのクラスの女子が数人たむろをしている。
 なんでもその少年のような表情のかわりようと笑顔に心を惹かれるらしいとかなんとか。
 しかし私たちから見たら見慣れたものである。

「お、直枝姉弟だぜ」
「はー本当に似てるんだな」

 そしてこの言葉も聞きなれたものである。

「それじゃあ、僕もう行くね」
「どこ行くの?」
「勧誘。僕も、勧誘してみようかなって思って」

 出来るかどうかわからないけど、と照れくさそうに頬をかく理樹に私はその手をとり握り締める。

「理樹ならいけるよ!」
「ありがとう」

 理樹は一つ手を振ると廊下の角に消えていき、残された私は三年の教室へと脚を踏み入れた。
 すでに常連となってしまっているからか、周囲からは陽気な朝の挨拶がかけられ私はそれに答えながら恭介の机へと向かう。

「きょーすけ」
「なんだ、理緒か」
「なんだとはご挨拶様だね」
「今ちょうどいいところなんだ」

 漫画から顔を上げずに答える恭介に私は袋を置き、前の椅子に座りその様子を見つめる。

「理樹がね、メンバー探してくるって」
「そうか」
「うまく、いったらいいね」

 ページをめくる指がとまり、恭介は顔を上げる。その表情は笑顔をうかべていた。

「どういう意味でだ」
「さあ?」

 私はそれに笑みを返し空を見上げる。雲は流れるように進んでいた。 


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