第13話

 ――何度だって繰り返そう、君が強くなるまで何度だって。

 月日は無情にも流れる。
 ただ最近では今が何月何日なのかも強く認識できなくなってきていた。ようは終わりと始まりがあればいいのだ。ここではそれが普通だった。
 授業終わりのことだ。突然後ろから真人の大きな声が響く。

「あー! やっば、忘れた! おいこら誰か写させろ、宿題!」

 言葉の端々からわかったのは、また真人が宿題を忘れたということで謙吾はそれを聞くと一つ溜息をついた。

「先週と同じく、宇宙人がノートを焼き払いましたって言い逃れをすればいいだろ」
「いや、そいつは二度も通用する技じゃねえ。そんな頻繁に宇宙人が現れたらどう考えてみろ不自然だろ」

 まず宇宙人が現れる時点で不自然だろう。もし本当だったら今ごろ世界中大パニックだ。
 むしろ一回目は先生がそんな真人に同情して免除してくれただけで決してもう一度出来る業じゃないだろう。

「なら、宇宙人を関西人にしてみたらどうだ?」
「関西人って……」
「お?なるほど」

 宇宙人を関西人に変えたところ、なんも変わりそうもない気がしないでもない。
 むしろ関西人が真人に何をするというんだ。
 だけども馬鹿正直な真人は謙吾の言葉に考える。

「関西人がノートでビームを焼き払っていきました。すっげえーオレ!」

 いや、むしろすっげー関西人だろう。

「しかし、なんでオレが関西人にそんな恨みを買っているんだ? という話になんねーか」
「その前にビームで焼き払うという設定を見直せ」

 そんな二人のコントに理樹は乾いた笑いをもらし、鈴はレノンを抱き上げ眉間に皺をよせる。

「馬鹿だな、こいつら」
「今なんていった」

 鈴の言葉に、真人の表情はみるみるうちに怒りをあらわにして振り返った。

「馬鹿だな、こいつら、と言ってやった」
「おいおい、こいつらってどういうことだ。この筋肉様を万年道着やろうと一緒にするんじゃねー!」

 真人は鈴に詰め寄り腕を振り上げ謙吾を指差すが、それが鈴の腕の中に抱かれたレノンに当たりかける。
 レノンは突然ふるわれた腕に驚いたのだろう。それに牙をむき威嚇をする。

「レノンになにすんじゃー!」

 レノンの怒りに同調するように、鈴は足を蹴りあげると見事に真人の顔を捕らえた。

「猫を粗末にするやつは、謙吾以下だ!」
「謙吾……以下……」

 鈴に蹴り飛ばされ床に伸びていた真人だが、謙吾以下と聞くとゆらりと立ちあがる。

「今まで恭介の妹だと思って手ぬぐいしてきたが……それもここまでだ」
「手ぬぐいて……」
「手加減と言いたかったのだろう」

 間違いを指摘されて、真人は恥ずかしさと悔しさにだろう。一つ呻く。
 そして立ち直れば鈴を指差す。

「鈴! 覚悟しやがれ!」

 構える真人にならい、鈴はレノンを床に離すと同じく構える。
 周囲はその様子に盛り上がり、両者にらみ合う教室の後ろ側へと詰め寄る。

「そういうことなら、おまえたち二人に何か武器になるものを投げ入れてやってくれ」

 突然窓から入ってくる恭介とその言葉に皆思い思いの物を投げ入れる。
 と、いうかだ。ここは三階のはずだが恭介はどこから入ってきたというんだ。
 窓の外をのぞくと上から垂れ下がる一本のロープに上の教室からやってきたのがわかる。プチロッククライミングか。
 投げ込まれる物たち中を掻い潜り五匹の猫が鈴の足元に集結する。まるでその姿は鈴を守らんとするようだ。

「なんだおまえら戦いたいのか?」
「鈴の武器は猫で決まりだ」
「真人は……」

 真人は投げ込まれる物の中から一つ軽く手にとる。
 そして開かれた手のうちには一つの爪切り。

「はっ!? つ、爪切り……」

 ここまで運に見放されている人も珍しいといったものだ。
 真人の引き当てた武器に、理樹は苦笑し肩をおとす。

「まあいい、鈴ゆっくり深爪にしてジュースのプルタブ開けられないようにしてやる!」

 それは地味な精神攻撃というやつだ。カチカチと噛みあわせて爪切りの音に鈴は一瞬後ずさる。
 恭介は両者が武器を持ったことを確認すれば腕をふりあげる。

「バトルスタート!」

 そして勝負のコングを鳴らすのだった。

「先手必勝ー!」

 掛け声とともに真人は鈴に詰め寄りその腕をとる。
 そして職人も驚きの高速爪切りを成し遂げる。

「うわぁー! 深爪だー!」

 利き手の爪だけ深爪にされた鈴の声に猫たちは牙をむき真人を威嚇した。

「ふふふ、これでプルタブは開けられまい……!」
「くそっ……後でモンペチやるからおまえらがんばれ!」

 モンペチという単語にだろう。
 猫たちの耳がピクリと動き、そして目の色が変わった。

「いけー!」

 鈴の言葉とともに五匹は真人へと飛びかかり、その周囲に居た人たちは慌てて離れて行く。
 一瞬にして猫たちは真人にいくつものひっかき傷を残し、そして成し遂げると満足げに鈴の元へと戻る。

「や、やるじゃねえか……かはっ」

 猫の攻撃は真人に致命傷を負わせ、そのまま後ろへと倒れる真人は自分の机に頭をうちつけた。

「やばっ……机にヒビ入ったぜ……」

 バキッといった木のしなる音とともに生徒の声に机を見ればものの見事に真ん中にラインが入っている。
 指で亀裂のはいったラインをなぞる。これは空き教室から新しい机をもってくるべきだろうか。

「勝者、鈴!」

 恭介の勝者発言に、周囲はわき上がった。
 鈴はしゃがみ今回の勝利へと運んだ猫たちを見る。

「おまえら凄いな! 可愛いだけじゃなかったのか」

 一人ひとり撫でていく鈴に、猫たちは鳴き答えた。

「では、ルールに則って、勝者は敗者に称号をあたえる」

 恭介の言葉に鈴はしばらく考え、そして真人を見るとすっぱりと言う。

「クズ」
「うあー! そんな称号いやだー!」

 無情にも言い渡された称号に、教室に真人の嘆きの声が響き渡る。
 こうして真人はクズの称号を得たのだった。

 昼食は異様な雰囲気の中行われた。
 私は恭介と謙吾に挟まれて食事を取り、目の前に座る真人の生気のない顔をみそ汁を飲みながら覗く。
 皆が静かに食べる中最初に声を出したのは恭介だった。

「悪いクズ、ソース取ってくれ」
「ほらよ……」

 真人は目の前にあるソースを取ると恭介に手渡し、恭介はそれを受け取る。

「まさ、ク、クズご飯食べる?」
「ああ……」

 言いなれないその言葉に噛みながらも、真人は元気のない返事とともに私からご飯を受け取る。

「カップ・アンド・ボール・ガール……ちゃんとご飯は食べないといけないだろ」

 恭介はのりたまと自分のご飯を私に手渡そうとするが、私はそれに首を横にふり受け取りを拒否した。と、いうかだ。まだそれを引きずるのか恭介。

「おなかいっぱいでそんなに食べれないんだ」
「え? 具合でも悪いの?」

 理樹の心配げな声に、私は苦笑する。
 たぶん小毬ちゃんにもらったクッキーを昼食前の休み時間にバクバク食べてしまったのが原因だろう。そんな子どもみたいなこと言えるわけもなくて私は笑ってごまかすのだった。

「まさ、いやクズはマヨネーズいらないのか?」
「もらうよ……」

 謙吾からマヨネーズを受け取るとひとひねりし、キャベツには山もりのマヨネーズがぶっかけられる。
 緑のキャベツも今やただの白い塊だ。

「そんなにかけるの? まさ……あっ」

 思わず普通に名前を呼ぶ理樹に、間髪いれずに謙吾が入れる。

「クズ」
「わりぃかよ……」

 次第に真人の眉間がぴくぴくとけいれんし始める。

「次、あたし使うから早くしろクズ」
「うあああああ!」

 鈴の一言に耐えれなくなったのだろう。
 突然立ち上がり、頭を抱える真人に私と理樹はびっくりして思わず飲んでいたみそ汁が器官に入りかけむせた。
 せき込むと背中をさすられ、顔をあげると恭介がハンカチを差し出してくれていた。いたりつくせりとはこのことだ。

「もう、こんなん耐えられるか! てめーら! 筋肉いじめて楽しいか!」
「いやなら変えてやる、ボケ」
「ああん? おまえ今ボケっていったよな? ボケってなんだよ! あー! そっちのほうが傷つくことに今気づいたー!」
「まあまあ」

 理樹の手が真人の背中をさすり落ち着かせる。

「というわけで」
「どういうわけだ」

 若干無理やりな話題転換に思わず真人からつっこみが入る。
 しかしそれをものともせず恭介は続けてこう言った。

「我がリトルバスターズは青春の汗をかきながらますます練習に励もうじゃないか、と張り切りたいところだが」

 一つ間をおき、真剣な表情を浮かべる。

「忘れちゃいないだろうな まだメンバーがたりないことを」
「メンバーか……そうだったね」

 今は理樹に鈴、真人に恭介、そして女子メンバーとして小毬ちゃんと来ヶ谷さんが入って六人だ。
 野球をするにはあと最低でも三人必要だ。

「誰かが責任をもって新しいメンバーを集めてほしいんだ」
「誰か?」
「誰だ?」

 皆の視線が理樹へと向けられる。
 その視線をうけ理樹は目を瞬かせた。

「え?」
「理樹には小毬と来ヶ谷を勧誘した実績がある。一番の適任者だ頼んだぞ」
「くれぐれも即戦力になる有能なやつを見つけてくれよ」

 二人の言葉に理樹は一瞬ためらうが一つ笑い。

「わかったよ」

 結局は人のいい理樹は一つ返事で引き受けてしまうのだった。

「大丈夫だよ理樹、案外そういうのって見つかるって」

 私の根拠のない言葉に、理樹から目で「なら理緒も探してよ」と言いたげなのが伝わってくる。

「えーっとあれだよ、類友?」

 理樹のため息が一つ耳に届いた。

 類友とはよく言ったものだ。
 理樹の後ろで私に向かって手をふる葉留佳に思わず笑ってしまう。

「というわけで、メンバーを連れてきたよ」
「うわーい! はるちゃんだー!」

 小毬ちゃんは両手をあげて喜ぶ。
 しかしその横で真人は渋い顔をしていた。

「理樹、オレの言ったことを覚えているか?」
「え? なんだっけ?」

 真人は数秒考えたのち、真顔でこう返した。

「オレも忘れた」
「クズだな」
「やーっはははクーズー」

 鈴の言葉に、葉留佳は大笑いしながら真人を指差す。

「オレを指してんじゃねー!」
「とりあえず、入団テストをしてみよう」

 小毬ちゃんの時と同じく本人の能力を見るにはそれが一番いいだろう。
 来ヶ谷さんも一つ頷く。

「それがよかろう」
「ん? なになに? なにが始まるのかなー?」

 辺りを見回す葉留佳に、理樹は右利き用のグローブを持ちそれを手渡す。

「まず、キャッチボールからだよ」

 左手につけたグローブをまじまじと見る葉留佳に、その姿にふと疑問が生じた。
 横からガラガラと何かを引きずる音が聞こえ、横を見るとなぜか恭介がストラックアウトの的を用意しており思わず口から「えっ」と声がもれた。
 葉留佳もこれを見たのだろう。

「どこにあてると十点?」
「ストラックアウトじゃないよ」
「ふーん」

 理樹の後ろへと視線を向ける葉留佳に、理樹も振り返りそこに恭介が用意した的を見て目を瞬かせた。

「まじで!?」
「いや、冗談だ」

 一瞬の静寂とともに、理樹は気を取り直しボールをグローブの中へと入れる。

「普通にボールを投げ合えばいいんだよ」
「そっかー! キャッチボールをするのか!」
「最初にそう言ったんだけど……」
「人の話を聞かないやつだ」

 困った顔をする理樹に、来ヶ谷さんも苦笑する。
 そしてグローブをはめると、一定の距離あけて手を挙げる。

「葉留佳君、こっちだ」

 その声に葉留佳は一度自分のグローブに収まったボールをみたのち、そのまま腕を振りボールを投げるがそれは真上にあがりその場から一歩も動かなかった。
 
「うわー! うまいうまーい! はるちゃんうまーい!」

 拍手をする小毬ちゃん。
 何度も何度も繰り返し投げては自分で受け取るその姿に皆無言だった。

「で、なにやってるんだやつは?」
「一人キャッチボールだろう」

 そうとしか言えないだろう。
 恭介はそんな姿に何か思い当たったのか、一つ新たにグローブを持ちだす。

「三枝、おまえ」
「え?」
「これをつけてみろ」

 新しいグローブを理樹に手渡し、理樹はそれを見ると何かに気付いたのか葉留佳の左手をみた。

「左利き用のグローブ?」
「こいつはサウスポーなのか?」
「たぶん、な」

 理樹は左手にはめられたグローブをとり、右に新しいグローブをはめると葉留佳は一つ笑い腕を大きく振り上げ。

「あったりー! そうだよー!」

 天高くボールを放り投げた。
 それが空に吸い込まれたかのように見えた時、突然耳に笛の音が届いく。
 音のするほうを振り返れば、そこには風紀委員の紋章を付けた女生徒が三人立っておりその足元には二匹の犬が待機していた。

「三枝葉留佳! ここにいたのね」
「うわぁ……やっば!」

 三人の姿を見ると、葉留佳はグローブで口元を隠しながらその身体は逃げ腰になっている。

「風紀委員の面々か」

 来ヶ谷さんの言葉にあわせてか、葉留佳の放り投げたボールが落ちてきてそれは真人の頭を直撃する。

「罰当番をさぼって……しかもこの悪ふざけ!」

 一人が取りだした物はご丁寧に制服を身にまとった人形だった。
 それはどうみても葉留佳ではないがカモフラージュのための人形なのだろう。
 適当に描かれた顔が哀愁を漂わせていた。

「悪ふざけじゃなくてー芸術作品なんですヨ」
「これは校長先生の帽子よ!」

 そう言って人形から外される髪はどうみてもカツラで、私たちは知りたくもなかった校長のハゲ疑惑をつきつけられる。
 葉留佳は偶然手に入れたそれが校長のカツラとは思わなかったのだろう。
 目を瞬き、顔には笑顔がはりついてる。そして一歩ずつ確実に後ずさって行く。

「……ってことでー!」

 グローブを私に手渡すと、グラウンドを駆けだす葉留佳だったが、風紀委員には強力な助っ人がついていた。

「待ちなさい!」

 その声と共に、一つ笛を吹く。
 すると、待機していた一匹の大型犬はその音を聞くと一目散に葉留佳めがけて走っていき、さすがの葉留佳も犬の足には勝てず転べばそのままのしかかられ顔中を舌でなめまわされた。

「今月だけでも遅刻20回、門限破りは15回」
「罰当番させても、ちゃんとやったこと一度もないんだから」
「さあ! 連行よ!」

 順に葉留佳の素行を述べていく風紀委員たちは、最後の一人の言葉に二人がかりでその腕をとらえた。

「ううーやーらーれーたー」

 両腕を左右それぞれに抱えられながら、引きずられていく葉留佳に皆何も言えなかった。

「今度当番さぼったら学校から追放するわよ」
「さぼってないよーちょっと遊んでただけだよー」
「同じことでしょ!」

 引きずられながらも叱られる葉留佳に、思わず苦笑してしまう。

「ものぐさいるか……とんでもねえ女だな」

 頭に大きなたんこぶを作りながらも立ち直った真人のぼやきに、私はただ笑うだけだった。
 こうして葉留佳の入団テストは一時お預けとなったのであった。

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