第12話
夕方になり雲は雨雲へと変わり、窓に雨粒があたる。
その音は次第に大きさを増していき、雷雨へと変わっていった。
――あれから何度めの繰り返しだろう。少しずつ、だが着実に理樹は強くなろうとしている。
何度も失敗を繰り返し、私たちも幾度となくそれを乗り越えさせるために手をつくした。
だけども最後の一歩は理樹にしか進めない。
私はいつものように、傘を差し外の自動販売機に向かう。
そして途中で雨に打たれながら歩いている真人の姿を見つける。
「真人」
「理緒か」
振り返る真人の腕に大事に抱えられたもの。それは今回のきっかけになったものだった。
現実ではないにしろ、死というものに対面するそれに私の顔は曇る。
「……私、スコップ借りてくる」
私は用務員室まで行き、誰も居ないそこからスコップを借りる。
そして真人と校舎裏に行くと土を掘り起こしその身体を埋めた。
何度も繰り返したそれに、私は手を合わせる。
それは猫の弔いでもあった、だけど一番に願ったのは理樹のことだった。
互いに無言だ。聞こえるのは傘に雨が打ちつけられる音だけ。
最初に沈黙をやぶったのは真人だった。
「理緒もよかったら小毬のところに行ってやってくれねえか」
もうすぐ巻き戻るかもしれないのに、そう言いたげなのがわかったのだろう。
真人の目が優しく細められる。
「来ヶ谷と鈴にも頼んだけどよ、おまえが一番この状況をわかっているからな」
あれから知ったこと。それは私たち四人以外はリセットをかけると全てを忘れるということだった。
そして現実のことも記憶にないということも。だからだろう、真人の言葉もよくわかる。
「心配すんな、理樹ならやってくれる」
いつもと変わらない真人の笑顔に、私も思わずつられて笑う。
「そうだよね、私たちが信じないでどうするんだって話しだよね」
私は一つ頷き、真人にお礼を言うと走り出す。
今できる最善を、確かに私たちは見守ることしかできないけどそれは何も出来ないわけではない。そばにいて、励ますことができる。
女子寮前へと着くと、ちょうど小毬ちゃんが鈴と来ヶ谷さんに付き添われる形で歩いていた。
「小毬ちゃん大丈夫?」
はずむ息をととのえ、かける私の声に小毬ちゃんは顔をあげると弱々しい笑みを浮かべ、次の瞬間私の腰に抱きついてきた。
「おにいちゃん……」
「え?」
その言葉に驚き来ヶ谷さんと鈴を見ると、鈴は私と小毬ちゃんから目をそらし苦しい表情をしており来ヶ谷さんは私の肩を叩くと腰に抱きついていた小毬ちゃんを立たせた。
「わけは後で話そう」
「ひとまず……私の部屋に連れていくよ」
この状況の小毬ちゃんにルームメイトに何と説明すればいいのかわからなかった。そして私を兄と呼ぶ小毬ちゃんをひきはがすのは心忍びなかった。
「ああ、ルームメイトへは私が連絡しておこう」
「ありがとう来ヶ谷さん」
頷き一足先に寮へと入って行く来ヶ谷さんを見送り私は小毬ちゃんを支えると、立ち尽くしていた鈴へと振り返る。
どうしたらいいのか迷っているのだろう。小毬ちゃんに伸ばされた手がかすかに震えていた。
「鈴、部屋までお願い」
「わかった」
私の言葉に鈴は力強く頷くと二人で小毬ちゃんを歩かせる。この時ばかりは部屋が一階でよかったと心から思う。
ドアを開け、中へと入れると小毬ちゃんをベットに座らせる。
私の服から手を離さない小毬ちゃんに、私はしゃがみ目線を合わせると頭を撫でた。
「小毬ちゃん、ひとまず着替えようか」
小毬ちゃんは一つうなずき、シャツのボタンをはずしていく。
私はなるべくゆとりのある服を小毬ちゃんに手渡す。そして着替えたのを見たのちその身体を横たえた。
光のささないその瞳に、鈴はただ小毬ちゃんの手を強く握りしめており私を見つめてくる。
「おにいちゃんお話して」
「こまりちゃん……」
鈴の繋いだ手に力が入る。
小毬ちゃんの瞳は鈴は見ておらず空虚みていた。
兄と呼ばれる存在になった私は小毬ちゃんの頭を撫でる。
「今日はもう寝よっか、明日お話はしてあげるから」
私の言葉に小毬ちゃんは一つうなずくと、目をつむりしばらくすると規則正しい寝息が聞こえてきた。
「こまりちゃんに、何が起きたんだ……」
「わからない」
嘘。本当はわかっている。
これが小毬ちゃんの未練なんだ。
部屋のドアが叩かれる。
開けるとそこには紙袋を持った来ヶ谷さんが立っていた。小毬ちゃんの荷物を持って来てくれたのだ。
「ありがとう」
「ルームメイトにはそれとなく言っておいたよ」
中身を確認すると、制服とルームウェアに下着、そして一つの絵本が入っていた。
それは画用紙に色鉛筆で描かれホッチキスで止められた、お手製の絵本だった。
「これは……?」
「小毬君が大事にしていた本だと、言っていたな」
ページをめくるとたまごとひよこが描かれており、前に理樹が言っていた絵本のことを思い出す。大好きな絵本、その裏には名前が書かれていた『神北拓也』と。
「小毬君は眠ったのか」
来ヶ谷さんは中へと入ると小毬ちゃんの髪をかきあげ、そして一つ息をはいた。
その瞬間、携帯が一斉に鳴りだす。
私たち三人はそれぞれ携帯を開き確認する。
理樹からのメールだった。そこには簡潔に、「みんなに話したいことがある」それだけが書かれていた。
私たちは顔を見合わせ頷くと、食堂へと向かう。
小毬ちゃんをこのまま残しておくのは忍びなかったが、仕方ない。
私は絵本を枕元に置き、そっと小毬ちゃんに声をかけて部屋を出た。
食堂へと着くと、すでに理樹、恭介、真人と謙吾が待っていた。
それぞれ席へと座り理樹を見る。
「小毬さんは……?」
「今は眠ってるよ」
顔を上げた理樹は一番にそう口を開き、私はそれに安心させるように微笑んで答える。
「それで、理樹……小毬には何があったんだ」
理樹は一瞬口ごもるが、顔をふせぽつりぽつりと話しだした。
小毬ちゃんのこと、そして自分の目の前で起きたことを。
理樹の説明でわかったことは、小毬ちゃんと小毬ちゃんのお兄ちゃんのことだった。お兄ちゃんがいた事実、そしてその死から目を背けて逃げていたこと。
私たちはただ押し黙り語られる話しを聞いていた。
最初に口を開いたのは謙吾だった。
「そうか、そんな出来事が」
「小毬君は今、理樹君を兄だと思い込むことで悲しみから身を守ってるのかもしれんな」
「だから、私のこともお兄ちゃんって……」
顔が似ているから。
きっと理樹を兄と思っているからだろう。私も同じ兄に見えるのは。
だけどもそれは結局は逃げでしかない。
「そんな、可哀そうだ! なんとかしてやれないのか」
鈴は恭介を見る。
いつもなにかしら提案をして、皆を救い出していた。だからだろう、すがるようにその目は揺れていた。
しかし恭介はそれには答えず、柱に背をつけ腕を組み目をつむっていた。
「今の小毬さんには何もしてあげられないよ」
理樹の悲痛な声が耳に入る。
「無理だ、知りたくもなかったことを知らないでいられたら小毬さんはひだまりみたいな笑顔で笑っていられただろう」
固く握りしめられる手に私はうつむく。
また、理樹は逃げてしまうのだろうか。何もしてあげられない、それは本当にそうなのか、そうじゃないはずだ。
「僕も知りたくなかった、本当のことなんて」
「理樹……」
「だが」
恭介の声に、皆顔をあげる。
「知ってしまった以上もう逃げることは出来ない」
理樹の目が見開かれる。
「もし世界が知りたくもないことであふれているとしたら出来ることは目をそらすこと、逃げることだけなのか?」
恭介は背を柱から離し、理樹へと近づく。
「そうじゃないはずだ」
そしてその肩に手を置く。
「今の小毬にはおまえが特別な存在なんだ。だとしたら、小毬を助けてやれるのはどうにかしてやれるのはおまえだけだ」
理樹の顔が周囲を見渡す。
皆理樹に対して笑みを浮かべ頷いた。
「恭介」
「逃げ出したら何も解決しない」
頷く恭介に理樹は立ち上がり、その目には何かを決意したかのように力強い光があった。
「理樹」
力強い目がこちらに向く。
「小毬ちゃんのことは任せて。だから理樹はどうしたらいいか、それだけを考えて」
理樹はありがとうと、口を開き食堂を後にしていった。
その背中は前へ進もうとしていた。
部屋へと戻ると小毬ちゃんは変わらずベッドの中で眠っており私はほっと胸をなでおろす。
小毬ちゃんの髪をすくと、小さく身動ぎをしそして小さくもれる「おにいちゃん」と呼ぶ声に口を結ぶ。
逃げ出したら何も解決しない。恭介の言うことはいつも的確だ。
逃げ出したら問題はいったんは無くなるだろう、ただそれは本質的に無くなるわけではなく目を背けてなかったことにするだけのことだ。
向き合わなければ、何も変わらないんだ。
それでも人は、向き合う時が来なければそれを伸ばしてしまう。誰もがみんな傷つくのが怖い。
小さなノック音が聞こえた。
こんな時間に誰だろうと思いつつドアを開けるとそこには鈴が立っていた。
「理緒」
「鈴、どうしたの?」
「あたしも当分こっちで寝ても……」
小毬ちゃんの事が心配なのだろう。
寮から借りてきた布団を抱えてうつむく鈴に、私はその頭を撫でる。
「もちろん、一緒に寝よ」
顔をあげ笑う鈴に、私はただこの先の二人の幸せを願った。
朝、先に起きていた小毬ちゃんは変わらず私をお兄ちゃんと呼び、そしてどこに行くにも後ろをついてきた。
そして絵本を、小毬ちゃんは子供のように大事に抱えて持っていた。いつか落としてしまいそうなそんな危うさに袋に入れようと言っても頑なに首を縦に振らないそれに、私は諦めてそのまま持たせることにした。
朝ごはんを一緒にとり、そして教室に行くと理樹を見つけるとすぐさまにそちらに駆け寄る小毬ちゃんに目を瞬かせる。
どうやら小毬ちゃんの中では理樹だけがお兄ちゃんのようで、理樹が居る場では私の事を理緒として認識するようだ。
一日が終わるころ、小毬ちゃんはその手に何も持たずに部屋へと戻ってきた。
「小毬ちゃん絵本は?」
尋ねると、おかしそうに小毬ちゃんは笑いそしてこう言った。
「おにいちゃんにあげたの忘れちゃったの?」
「え?」
それは理樹に渡したということだろうか。
小毬ちゃんはそれ以上は何も言わず、眠たげにその目をこする。
「こまり、疲れちゃった……」
「じゃあ、今日はもう寝ようか」
うなずく彼女に、私は一緒に横になってその頭を撫でる。
そうすればすぐに寝息を立てる彼女に本当に疲れてるのがわかる。
私は絵本の行方が気になり、鈴が部屋に来ると彼女に小毬ちゃんを託して男子寮へと向かった。
理樹の部屋はまだ明かりがついており、起きているのがわかる。
一度ノックをし、ドアを開けるとドライヤーをかける音が聞こえた。
スイッチを切り振りかえる理樹は、私がいるとは思わなかったのだろう。目を見開かせる。
「理緒、小毬さんは」
「今は鈴と寝てるよ、疲れちゃったみたい」
理樹の手に持っていたのは小毬ちゃんの絵本だった。
たまごとひよこの話。
小毬ちゃんの大好きなお話だ。手渡されたそれは、今ではにじんでしまって所々読めない個所がある。
「水たまりに落として、あんなに大事にしてたのに。またお兄ちゃんが書いてくれるからいいって小毬さんが」
お兄さんはもうどこにも居ないのに。
理樹の声が部屋に響く。
「明日、小次郎さんに会いに行ってくる」
「小次郎さん?」
「小毬さんのおじいさん、この前行った老人ホームに居るんだ。小毬さんがあんな状態なんだ……何か教えてくれるはず」
力のこもる手に、私は自分の手を添える。
それにこたえるように理樹は顔をあげると大きく頷き、その表情は頼もしかった。
次の日も曇り空だった。
天気予報もここ数日晴れ間は見えないだろうと言っていた。
まるで誰かの心を映したような空模様に、隣に座る小毬ちゃんのリボンが風にゆれる。
部屋で鈴と小毬ちゃん三人で絵本を読んでいると窓を雨粒が打ちつける。
そういえば、曇りだったこともあり理樹は傘を持っていっていないことを思い出す。
「鈴、少しの間小毬ちゃんと二人でも大丈夫?」
少し前の鈴ならばすぐさま「無理だ」と顔を曇らせていたが、今の鈴は昔とは違った。
大きく頷き、胸をはってほほ笑む。逆に小毬ちゃんのほうが不安げに眉をひそめ、私を見上げる。
「おにいちゃんどこか行っちゃうの……?」
「ちょっと出てくるだけだから、すぐに戻るよ」
頭を撫でるがその表情は晴れず、鈴は小毬ちゃんの手を取ると大きくその名前をよんだ。
「こまりちゃん! あたしがそばにいるから、だから……」
顔を赤らめ、必死に言葉を探す鈴に小毬ちゃんはただジッとその姿を見つめていた。
鈴の眼差しが私に向けられる、今のうちに行ってこいと言っているのだろう。
私はそれに甘えて口パクでお礼をいい部屋を出た。
一応帰ってるかもしれないと、理樹の部屋へと行くがそこには真人しかおらず、私はそれを確認すると傘を広げタオルを持ち正門で理樹の帰りを待った。
雨の音が傘の内側に響く。一体どれほどの時間そうしていただろうか。
遠くから水を蹴る音と共に理樹の姿が現れる。
「理樹、風邪ひいちゃうよ」
傘を傾け、理樹に持っていたタオルを首にかけ髪をぬぐう。したたる滴が服を濡らすが気になどならなかった。
拭っていると、理樹は私の手首を掴み動きを止める。そして顔をあげ、その眼差しが私をとらえた。
「理緒、僕絵本を作るよ」
「え?」
「小毬さんのために、出来ることを見つけたんだ。もう一度、ううん小毬さんのためだけの絵本を作るんだ」
理樹の口元に笑みがうかぶ。その決意に満ちた目に私は思わず頬がゆるむ。
ああ、理樹は前に進めたんだ。
私はその身体を抱きしめ、いつの間にか自分より大きくなってしまったその肩に額をおしつける。
傘が地面に転がり、雨が降り注ぐ。上から理樹の焦った声が聞こえた。でも私はその身体を離さず、雨の音に負けない声でその耳に声を届ける。
「理樹、がんばれ」
「理緒……」
雨ではない、自分の頬を雫が伝う。
理樹の腕が背にまわる。
「ありがとう」
耳に届いた理樹の言葉に、私はただ首を横に振った。雲間に、一つ光がさしていた。
あれから来ヶ谷さんに見つかるまで抱き合ってた私と理樹は思わず笑ってしまい、その後それぞれ寮へと戻った。
部屋へと戻ると小毬ちゃんに必死に本を読んでいる鈴の姿があり、私の濡れた姿を見てぎょっとした鈴の顔が面白かった。
日は暮れ、小毬ちゃんと夕飯をすませ寝かしつけていた時だ。
久しいノックもなく開くドアに、私は笑いながらも入ってくる鈴に口元に指をあてる。
静かにというのが伝わったのだろう、鈴は口を押さえそして恐る恐るとベッドで眠る小毬ちゃんを見た。
小毬ちゃんは音には気付かなかったのか、静かに眠る姿に二人胸をなでおろす。
「それで、鈴どうかしたの?」
「その、絵具って持ってないか?」
「絵具?」
突然出てくる道具の名前に私は目を瞬かせる。
「理樹がこまりちゃんのために、絵本を作るって聞いた。それで、あたしもこまりちゃんのために……理樹のために出来ることをしたいんだ」
「それで、絵具?」
鈴が頷く。
「理樹のことだ、きっと何度も描き直したりして足りなくなると思う」
「鈴ごめん、絵具は実家に置いてきちゃったから今はないな……」
選択授業でも美術ではなく、音楽を取ってるためにそういった類のものはないに等しい。
鈴の眉が下がる。
「でも、寮の中に持ってる人はいるかもよ」
赤い大きな瞳が瞬く。
「一人ひとりに尋ねるのが大変でも、知り合いになら訊けるんじゃないかな」
ここ数日で鈴の知り合いは増えた。そして、今の鈴ならば誰の陰に隠れることもなく飛び出せるのではないか。
そう思い言えば、鈴の瞳に迷いの色が混じる。
さすがにそこまでは早すぎただろうか。高望みをしすぎたそれに、口を開きかけた時。
鈴の手が固く握りしめられ顔を上げる。そして先ほどまで揺れていた瞳がまっすぐに向けられる。
「訊いてみる!」
それだけ言うと、部屋を飛び出す鈴。その後ろ姿は今まで私たちの後ろに隠れていた面影などなく、ただ友達のために頑張っていた。
鈴もまた、前へ進もうとしていた。
あの後、寝つけず私は飲み物でも買いにいこうと寮を出ると遅い時間だというのに食堂の明かりが灯っていた。
中を覗くと、そこには謙吾と真人、恭介の姿があり食堂の調理場を借りて何かを作ってる三人に声をかける。
「何してるの?」
私の声に三人は顔をあげる。
その手には思い思いのおにぎりが握られておりどれも芸術的な形をしていた。
「謙吾と二人で理樹に何か差し入れをしようって言っててよ」
「やっぱ喝をいれるならカツだと思ってな」
「つまり、この飛び出てるものはカツなのね」
カツの大きさを考慮せずに握られたおにぎりは、カツがいたるところから飛び出しておりまるでウニのような形をしていた。
「ちなみに恭介のは?」
「これだ」
そう言って指差されたそれは、なぜか揚げられたおにぎりだった。
見た目だけで胃にきそうなそれに思わずお腹をさする。
「と、いうのは冗談で本当はこっちだ」
飛び出たカツの陰に隠れていた綺麗な三角のおにぎりに、恭介の器用さが見て取れた。
「理緒も一つ作って行かないか?」
「そうしようかな」
謙吾の提案に、私は腕をまくり手を洗うと先ほど炊いたのだろう、炊きたてのそれを手にのせ一口に切ったカツを入れる。
そうして出来た四つのおにぎりを皿に盛り付け、残ったカツとご飯は真人のお腹の中へと入っていく。
この時間から普通の量を食べれるそのお腹に乾杯だ。
「何か一言メッセージを付けるってのはどうだ?」
「メッセージ?」
「よくテレビとかでもあるだろ、応援メッセージって」
四つおにぎりが乗っただけのお皿に何か足りないと思ったのだろう。
恭介の提案に、夏にある某一日テレビを思い出す。確かに、ああいうメッセージがあると頑張る力が沸くというものだ。
「それじゃあ、まずオレから」
白い紙に、大きく書かれる文字は真人らしく力強い筆圧。
「じゃあ次謙吾な」
回されるシャーペンと紙に、謙吾は一つ考えるとさらさらと癖のない文字に思わず魅入る。
そして横のつながりからだろう、恭介に回される紙に謙吾とは違う意味で綺麗な文字で書いていく。
「よし、じゃあとりは理緒だ」
「なんか一気に大役がきた気分」
恭介から手渡された紙とシャーペンに私は少し悩む。
上から順に、書かれていった文字を読み返す。
『カツおにぎりで、喝が入るぞ! 真人』
『俺には、何もできないが、がんばれ 謙吾』
『根詰めすぎるな。 あと、絵結構うまいぞ! 恭介』
それぞれらしい言葉に、私は一つの言葉を思いつく。
「なんて書いたんだ?」
「なになに」
筆を置いた私に三人が寄って文字を読もうと一つの紙に集まる。
「『理樹だけに力いれすぎないでね! 理緒』」
「シャレで始まったらシャレで終わらせるべきかなって思って……」
ペンを一回まわすとそれは手の内からすべり落ち、床をならした。
「それじゃあ、真人お願いね」
「おう! まかせとけ」
あの後、書いた紙とおにぎりを真人に託し、私たちは廊下をわかれる。
部屋へと帰ると、卓上ライトが部屋を照らしておりベッドのふちには小毬ちゃんの手を握りながら寝まいとしているのだろうが頭をゆらしている鈴の姿があった。
「鈴、まだ起きてたの?」
「理緒」
声をかけると気がついたのだろう、鈴は口元にたれかけるよだれをぬぐう。
しかし眠たげにとろけてる目元は半開きのまま開かなかった。
「理樹ががんばってるんだ、あたしも寝ないで応援するんだ」
「鈴……でももう夜更けだし、少しでも寝よう?」
明日寝不足の鈴の顔を見たら皆が心配をするだろう。
私の言葉に鈴はしぶしぶと言った感じに布団に入って行く。
それを見届け、卓上ライトを消そうと手を伸ばした時だ。
「あたしは、こまりちゃんにいつも励ましてもらっていた」
振りかえると鈴が天井を見上げぽつりとつぶやいた。
「だからあたしもこまりちゃんの力になりたい。大丈夫だって、応援したい……!」
目に涙を浮かべ、それをパジャマで拭う鈴に私はその頭をなでる。
「それを小毬ちゃんに伝えること、それが鈴に出来ることじゃないかな」
「理緒」
出来ないことなんてない、世の中には出来ることだらけだ。
鈴の瞳が私をとらえ、大きくひとつ頷いた。
次の日、目を覚ますとベッドの中はもぬけの殻だった。
机には鈴の走り書きが置いてあり「こまりちゃんを探してくる」それだけ書かれていた。
鈴がいないのはよくあることだが、小毬ちゃんがいないことに私も探しに行こうと部屋を飛び出せばレノンがまるで行く先を防ぐかのように私の前へと出てくる。
「これ以上は、踏み込んじゃダメか」
私の声に答えるように、レノンが鳴く。
私はその身体を抱き上げ喉をひと撫でするとゴロゴロとなる喉に、ふっと頬がゆるむ。
「がんばれ、理樹……鈴」
こんな日にも、リトルバスターズの活動は行われた。
いや、こんな日だからこそかもしれない。
グラウンドへと行き、レノンを離すとレノンは転がっていたボールに飛びつき、まるで犬のように遊び始めた。
マウンドには恭介の姿があり、スピンをかけてボールを投げてはそれを取る。
「恭介」
声をかければ、振りかえりざまにボールを投げ私はそれを受け取る。
「二人は」
「小毬ちゃんのところ」
知ってるくせに、と言いたかったが言わずに笑うと恭介の表情にも笑みが浮かぶ。
空には青空が広がってる。昨日までの曇り空が嘘のようだ。
目を閉じ、風を感じれば一つ光がかえるのを感じた。
「りおちゃん!」
「小毬ちゃん」
突然届く小毬ちゃんの声に、振り返ればそこには満面の笑みを浮かべた小毬ちゃんの姿があった。
一目散に私に駆け寄るとそのまま両腕を広げ抱きすくめられる。
急に抱きしめられたことにより後ろへと足をとられ、尻もちをつくとそのままなだれ込むように小毬ちゃんも覆いかぶさってきた。
「りおちゃんにもいっぱいいっぱい迷惑かけちゃったから、でも私はもう大丈夫。みんなが居てくれるから素敵な物をいっぱいみつけられる」
抱きしめ、顔の見えない小毬ちゃんの声は泣いてるかのように震えていた。
身体を離し、覗く小毬ちゃんの目には涙がたまっている。
「りおちゃん恭介さん……私、全部思い出したよ」
全部、それは小毬ちゃんのお兄ちゃんについてだけではない、本当に全部を思い出したのだろう。
視界がゆがむ。
小毬ちゃんの手を強く握り、私はこぼれる涙を押しこめ精一杯笑顔を浮かべる。
ひとつ波紋が広がり、光がかえる。
世界が一つ閉じていった。
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