第11話

 リトルバスターズの朝練もだいぶ板についてきた。
 鈴の投げる球も前に飛ぶようになり、真人はストライクゾーンに入ってないにもかかわらずそれを飛んでバットに当てる。
 そして打たれたボールは小毬ちゃんの方へと向かうが、相変わらずどこか抜けてる小毬ちゃんはそれを見逃してしまい、来ヶ谷さんはそんな小毬ちゃんにボールの場所を教えていた。 
 私はというと、最近では力がついたのか反対の手でも飛ぶようにはなったが、早いボールを投げれないということで戦力としてはやはり補欠だった。

「よし、今日はここまでにしておくか!」

 恭介の言葉に皆それぞれタオルで汗をふいたり、飲み物を飲んだりと各々に散らばる。
 小毬ちゃんは拾ったボールとグローブを直すと、走って私たちの元へと向かってきた。

「りんちゃんもりおちゃんもゆいちゃんも、お疲れ様ー」
「小毬ちゃんお疲れ様」

 駆けよる小毬ちゃんに来ヶ谷さんは腕を組み一つ頷く。

「うむ、小毬君は元気がいいな。おねーさんがナデナデしてやろう」
「あうー」

 来ヶ谷さんは小毬ちゃんの頭に手を置くと文字通り撫でまわし、それに少し照れくさそうにされるがままの小毬ちゃんに来ヶ谷さんは満足げだった。

「して、ゆいちゃんとはどこに?」
「ふえ?」

 辺りを見回す来ヶ谷さんに、小毬ちゃんは不思議そうにその顔を見ると来ヶ谷さんを指差す。

「来ヶ谷唯湖」

 だよね? と言いたげなその顔に、来ヶ谷さんは顔を赤らめ小毬ちゃんから離れていく。

「なに!? 私か!?」
「確かに、来ヶ谷唯湖なら、ゆいちゃんだね」
「それならせめて、くるがやちゃんと呼んでくれ」

 よほど、名前で呼ばれるのが嫌なのか、お願いするが小毬ちゃんは首を横にふり極上の笑顔をうかべる。
 そしてすっぱりとこう言うのだった。

「ゆいちゃんは、ゆいちゃんなのです」

 頑なに『ゆいちゃん』呼びをやめない小毬ちゃんに、来ヶ谷さんはうつむきその身体を震わせたが次の瞬間顔をあげ小毬ちゃんを指差す。

「ええい、だったらキミをコマリマックスと呼ぶぞ! どうだ、恥ずかしいだろ!」
「うん、いいよー!」

 恥ずかしい名前で対抗しようとしたのだろう。
 だけど小毬ちゃんは新たな自分のあだ名に喜び、来ヶ谷さんはあえなく撃沈したのであった。
 しかし、ゆいちゃん呼びはいいかもしれない。
 友達と親しくなるのもまず呼び方からとよくいう。

「ねっ、私もゆいちゃんって呼んでいい?」

 へたりこんでいた来ヶ谷さんに私はしゃがみ尋ねれば、来ヶ谷さんの目は怪しげに光り不敵に一つ笑った。

「そしたら君を、カップ・アンド・ボール・ガールと呼ぶぞ?」
「それは、いやだ……」

 老人ホームでの一件を持ちだす来ヶ谷さんに、私はあえなく返り討ちにあうのだった。

「そういえば、鈴は小毬ちゃんって呼べるようになったのか?」

 名前呼びの流れでだろう。
 そう尋ねる恭介に、鈴は一つ肩をびくつかせると罰の悪い顔をする。
 そして理樹の後ろへと隠れ、こちらへと距離を取った。

「随分と人見知りが激しい子だったんだな 棗妹は」

 小毬ちゃんのゆいちゃん呼びから立ち直ったのだろう。
 来ヶ谷さんはそんな様子の鈴を見て、珍しげにその姿をみた。

「そこで、私とりおちゃんで考えましたー」

 小毬ちゃんが両手をあげて「じゃじゃーん」と言うのに合わせて、私は隠し持っていたスケッチブックの一ページを開き小毬ちゃんに手渡す。

「はい、小毬ちゃん」
「これ、読んでみてりんちゃん!」

 開かれたスケッチブックには『こまりちゃん』と大きく書いてあり、これが私と小毬ちゃんで考えた最善の策だった。
 ようは、音としてでもいいから名前を呼んでほしいという小毬ちゃんなりの考えだ。
 そこから普通に名前を呼んでくれればいいのだが、それはもう鈴にかけるしかない。

「ほら鈴、読むだけでいいんだ」

 理樹に促されるが、鈴は首を横に振り頑なにそれを拒む。
 そしてついにはその場から逃げだそうと駆けだすが、それを瞬時に来ヶ谷さんが捕まえ後ろから羽交い締めにされる。

「なにするんじゃ! ぼけー!」
「自転車で人を追い越すときほんの少し力をこめるだろ? その程度の頑張りでいいんだ」

 最初こそは暴れていた鈴だが、そう来ヶ谷さんに諭されるとその力は抜け、眉をよせ悩ましげに時たまこちらをみる。

「さっ」

 来ヶ谷さんは鈴に小毬ちゃんのスケッチブックを見やすいように誘導し、鈴はそれを捕らえる。

「こ、こっこ……こっここ……」

 前と同じ、あとひと息まで出かかるその言葉に力が入る。
 鈴も必死で言おうとしているのだろう。一つ大きく息を吸うと、叫ぶようにその名前を呼んだ。

「こまだ!」
「誰だそれ」
「元巨人か」

 予想外の名前に、皆の顔には苦笑いがうかんでいた。
 小毬ちゃんにいたっては違う人の名前で呼ばれたことがショックだったのか、目に涙をためスケッチブックを抱えたまま走り出してしまう。

「ふぇー私、元巨人じゃないー!」
「小毬ちゃん前見て走らないとまた……!」

 そんな注意もむなしく。小毬ちゃんは少し走るとものの見事に顔面からこけた。
 いつもながらのその天然っぷりに駆け寄るが、それは功を転じた。

「あっ! 大丈夫か、こまりちゃん!」

 思わず出た鈴の言葉に、皆の顔に笑みが浮かぶ。
 鈴は自分の言った言葉に気付いたのだろう、顔を赤らめうつ向いていた。

「わー! りんちゃんがこまりちゃんて呼んでくれたー!」

 喜ぶ小毬ちゃんに私は手を差し出し立ちあがるのを手伝えば、そのまま鈴の元へ走り抱きしめ頬をすりすりと摺り寄せる。
 鈴は小毬ちゃん相手には弱いのか、抱きしめられるとそのままずるずるとしゃがんでいきふにゃふにゃになっていく。
 そんな鈴の一歩前進に、二人を皆暖かく来ヶ谷さんにいたっては少し顔を赤らめてあやしげに見守っていた。

「それじゃあグラウンド整備でもするか」

 その声と共に動き出すリトルバスターズだったが人数も増えたことにより、道具の数が足りなかった。
 真人は一人ローラーを引いて先に走って行ったため残りのトンボとブラッシを六人で振り分けたいところだが、なにぶん数が三本しかない。

「じゃあ今日は来ヶ谷と理緒と俺でやるから残り三人は道具を片付けといてくれ」
「うむ」
「りょうかーい」

 私たちは恭介の号令のもとそれぞれ道具を取ると、残った三人はボールなどを持ち部室へと戻って行った。

 真人がグラウンドを三周したころだろうか。もうグラウンド整備と言うよりはトレーニングとなっているその姿を見ながらトンボをかけている時だ。
 気がつけば先にあがったと思った小毬ちゃんがグラウンドに帰ってきた。

「あれ? 小毬ちゃん?」

 最初は忘れ物でもしたのだろうかと思ったが、その表情は暗く、どこか沈んでいる彼女に私は不安になり走りよる。

「どうかしたの?」
「りおちゃん……」

 近づくまでそこがグラウンドだと気づかなかったのだろう。
 辺りを見回したのち、小毬ちゃんは苦笑し首を横に振る。

「ううん、なんでもないの」

 だけどなんでもないとはいい難い彼女の表情に、私は手を取ると小毬ちゃんの目が揺れた気がした。

「りおちゃんは……」

 恐る恐る、そんな表現が正しい程に自信なさげに私を呼ぶ。

「りおちゃんは忘れたくないことを忘れちゃった時どうする?」

 真剣な彼女の表情に、私は何も答えられずに見つめ返すと小毬ちゃんは苦しげに顔をゆがめ空を見上げた。

「なんで、忘れちゃったのかな」
「小毬ちゃん……」
「えへへ、ごめんね。ちょっと困ったさんなのです」

 くしゃりと笑う小毬ちゃんに、私が何か言う前に小毬ちゃんは私の手にあるトンボを見るとそれを手にとる。

「これ直すんだよね、私直してくるね!」

 そして、まるで逃げるかのように去る小毬ちゃんを見送る以外私はなす術がなかった。
 彼女に何が起きたのだろうか、何かが起きても可笑しくないこの世界に私はただ流れに身を任せるだけだった。

 あれから小毬ちゃんはいたっていつもの様子で学校生活を送っており、日常を取り戻していた。
 ただ代わりに理樹の悩む姿をよく目にするようになり、私は声をかけようと手を伸ばすがそれを恭介に止められる。

「恭介……」

 伸ばした手を握りしめられ、私はそのまま空き教室へと連れられて行く。
 そこは人払いをしたのか誰も通らない、静かな空間だった。
 ドアを閉め、振り返る恭介に私は思わずうつむき握られた手を見る。

「理緒、おまえは二人に頼られた時力になればいい」
「……わかってる」

 それがこの世界での私。干渉せず、頼られた時に力を貸す。いわばゲームでいうお助けキャラ、それが私の立ち位置だ。
 だけども頭で理解はしても、小毬ちゃんの様子や理樹の悩む姿に疑問が生じる。
 ここは本当に現実をなぞられて作った世界なのか。

「おまえはこの世界についてどこまで理解している」
「え……」

 顔を上げると、真剣な表情の恭介の姿があった。

「それは……ここは理樹と鈴のために作られた世界であって、皆はそのために集まってくれたんだよね」

 初めに恭介に言われた言葉を思い出す。
 言われた、というのは語弊だろう。正しくはその意思に共鳴して私はここに来た。
 それは他の皆も同じだと思っていた。
 現実ではまだ深い仲でなかったリトルバスターズの面々に、あの日起きたことを思い出す。
 急ブレーキのかかる音、次の瞬間にはひっくり返るバスに、真人が理樹を謙吾が鈴を抱え込む姿。
 そして二人が伸ばした手を私は掴めずに窓から身体が振り落とされ、身体中を走る痛みに最後に覚えているのは、オイルの匂いと青い空だった。
 私は自分の手を強く握りしめる。恭介の手が肩に触れた。

「皆、理樹と鈴のためだけに集まってくれたわけじゃない」
「どういうこと……?」

 思いもよらない言葉に、私の唇が震える。

「皆がここにとどまっているのは未練だ」
「未練……?」
「確かに、俺たちはリトルバスターズという絆で今結ばれて俺の声の元集まってくれた。だけどな、それだけじゃない。皆なんかしら現実に未練を残している」
「それを、理樹と鈴が解決していくってこと?」

 恭介が頷く。

「恭介の課題だけじゃない、皆の未練を解決することも二人のため」

 きっとそれは互いにとっていいことなのだろう。
 自分の未練を解決してもらい、そしてそれが理樹達の糧になる。
 だけど、なんだかそれって――

「まるで他人の気持ちを利用してるみたい」
「なんとでも言うがいいさ、お互い利害が一致してるんだ。それに俺はこのことに関してはどんな手段を使ってでもやりとおす、そう決めているんだ」

 恭介は私がそういうと思っていたのだろう。
 自傷気味に笑うとそのまま口を結びまっすぐに私の目を見る。

「そして理緒、おまえにもあるんだろ」

 心臓が大きく脈打つ。私は何も答えれずうつむき自分の足をみる。
 上から恭介のため息が聞こえた。

「とにかく、これは理樹と鈴そして小毬の問題だ。俺達はただ見守るだけだ、わかったな」

 最後に肩を叩く手に、私は顔を上げずにその場で頷く。

「……わかった」

 恭介が教室を後にするのを背に感じながら、私はただ唇をかみしめた。
 私の心残りはただ理樹と鈴のことだけだ、そう自分に言い聞かせながら。

 教室を出ると理樹が廊下を走る姿が目に入った。
 今から授業が始まるというのにどこに行くのだろうか。
 私はさきほど言われた恭介の言葉を頭の中で繰り返しつつ、これはただ聞くだけだ、と理樹の元へと向かった。

「理樹どこか行くの?」

 下駄箱で靴に履き替える理樹に、後ろから話しかけると肩がひとつはねた。
 まさか私が居るとは思わなかったのだろう。振り返る理樹の目が見開かれてる。

「ちょっと、用事があって……大丈夫晩御飯までには戻るから」
「授業が終わってからじゃダメなの?」

 あと一限。それで授業が終わるのに理樹は待てないと言いたげに立ち上がり、靴のかかとを地面に叩きつけた。

「出来ることなら、早めに確認したいことなんだ」

 ごめん、と謝る理樹に私は首をふる。
 謝ることではない、それに私自身止めるすべも持ち合わせていない。

「ただ、理樹。もし関わるのならそれを決して諦めないで」
「……理緒は何か知ってるの?」
「何も」

 予鈴が鳴る。私は理樹がまた口を開く前に廊下を駆けだした。
 その夜、星が流れた。

 次の土曜日。
 その日は珍しく、それぞれに用事があると言ってリトルバスターズの活動は休止だった。
 久々に自由のきく日に私は特にすることもなく、図書室にでも行こうかと渡り廊下を歩いている時だ。
 中庭から猫の鳴き声と鈴の声が聞こえ覗くと、そこには猫じゃらしを携え遊んでいる鈴の姿があった。
 一人っきりのその姿に、理樹がいないことにふと疑問に思う。
 今までならばいつもと変わらないことなのだが、ここ最近一緒にいるところをよく見ていたためだろう。

「鈴」
「ん、理緒か」

 声をかけると猫じゃらしの動きが止まり、顔を上げる鈴に私はその横に腰を下ろす。
 猫たちが止まった猫じゃらしに手を伸ばし捕まえる。

「あ! こら、反則だぞ」

 鈴が一つ振れば、猫たちは散らばりまた猫じゃらしを目で追いかける。

「いいか、いくぞ」

 鈴が猫じゃらしを構えると一匹の猫がやってくる。
 レノンだ。レノンは鈴の猫じゃらしの前に座ると一つ鳴いた。

「なんだ、レノンやるのか?」
「やるって何を?」
「勝負だ」

 鈴の目が輝く。こういう所が恭介と似ている気がする。

「この猫じゃらしはただの猫じゃらしじゃないんだ」
「そうなの?」
「聞いて驚け! 匠がこりこりにこって作った六十五年物の猫じゃらしだ」

 猫じゃらしの世界も奥が深いらしい。
 鈴に手渡された猫じゃらしはじゃらす所がふわふわと柔らかく、確かにこりにこって匠が作ったといっても過言ではなさそうだ。

「だからこの猫じゃらしを捕まえることは到底できないはずだ」
「いや、それはどうだろう」

 六十五年ものだからといって、捕まえれないというのとは結び付かない気がする。
 鈴に猫じゃらしを返すと、鈴はレノンとにらみ合いそして唐突に左右にふり「右右左」と言いだしそれをレノンは必死に追いかける。

「右右左と見せかけて右だ!」

 不意打ちに、レノンは捕らえきれずに転ぶ。そしてそのままウニャウニャと鳴き、手で顔を毛づくろう。

「なんだ、もう諦めたのか……」
「でも鈴がそういうの買うの珍しいね」
「寮長に貰ったんだ。なんでもモンペチの情報交換の報酬とか言っていたな」

 あれから寮長さんとも前より話すようになったらしく、少しずつ広がる鈴の輪に私の心は暖かくなった。
 毛づくろいに気がすんだのか、私の足元に近寄るレノンに私は手を伸ばしその四肢を撫でる。
 おもえばこうして鈴と二人でのんびりするのも久しぶりな気がする。
 最近にぎやかな周囲に、こうして二人で過ごすのも悪くないなと思わず頬が緩む。

「理緒」
「ん?」
「この世界の秘密ってなんだと思う」

 なんてことない、世間話を話すように私に尋ねる鈴に息が詰まった。
 レノンの瞳が私をとらえる。

「……それは、宇宙的なもの?」

 その秘密を知っている私は、ただ質問に質問を返す以外なかった。
 鈴はそんな心情をしらず、ただ猫じゃらしを振る。
 それに釣られて何匹かの猫が群がる。
 そして一つ悩むと首を横に振る。

「わからない。ただ、きっとすごいことが待っていると、そう思うんだ」
「鈴はその秘密を知りたいの?」
「もちろんだ」

 鈴の顔に笑顔がうかぶ。

「たとえば、その秘密を知ったら世界がなくなっちゃっても?」
「なんだ、その秘密とやらは地球存続にかかわることなのか?」

 鈴の真面目な顔に思わず笑う。地球、なんてそんな大規模な話ではない。
 この小さな箱庭での話だ。
 鈴は突然笑い出した私に馬鹿にされたのだと思ったのだろう。

「何がそんなにおかしいんだ?」

 なんて言ってそっぽを向いて、また猫じゃらしで猫を惑わす。
 鈴はただひたすらにまっすぐな心を持っていた。それは悪く言えば子どもっぽく、よく言えば揺るがない意思をもっているということだ。
 でもこれからは自分で判断しなくてはならない。ただ私たちの言葉に頷くだけじゃだめなんだ。
 指にざらりとした感触を感じた。見るとレノンが私の指を丹念に舐めており、私はその頭をなでた。
 空を見上げると、さきほどまで差していた日がかげり、遠くの空に雲がかかる。

「雨が降ってきそうだな」

 私の言葉に鈴も顔をあげ、空を見上げた。
 ぽつりと雫が一つ頬に当たった。

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