第10話

 日曜日。それは一週間のうち一番朝をゆっくりと迎えれる日だ。
 布団の中にくるまり、朝の鳥の声を聞き自然な目覚めに身体を起こす。
 今日も遅めの朝食を取って休日を満喫しよう、そう思いながらもうひと眠りしそうな頭を起こしつつ制服に身を包む。
 自然の流れとは怖いものだ。いつも着ている制服に自然と休みの日でも着替えてしまう。
 私はあくびをかみ殺しながら携帯をいじっていると、突然ドアが開きいつもの彼女のご登場にもう驚きもしなかった。そして注意するのも諦めた。

「理緒!」
「鈴どうしたの」

 同じく制服に身を包む彼女に親近感を抱きながら、息を切らして走ってきた彼女に不思議に思い見ていると鈴は息を整え突然こんなことを言い出した。

「一緒に来てくれ」
「どこに」
「老人ホームに」

 いきなり出てきた老人ホームに、私は何事かと首をかしげる。
 鈴と老人ホーム、全く接点のないその関係に尋ねる以外選択肢はなかった。

「またどうしたの」
「その、誘われたんだ」

 私から目をそらす鈴の頬は赤らんでおりもじもじする動きに心当たりがある。
 だから私は少しニヤつきながら尋ねた。

「誰に?」
「こ、こっ、こ」

 鶏の鳴き声のように、ただ「こ」を連呼する鈴にまだ名前は言えないかと一つ息をつく。

「小毬ちゃん?」
「そうだ」
「行っておいでよ」

 それを聞くと鈴の顔は曇る。

「一人は不安だ」
「一人なの?」

 首を横に振る。その際髪に結んでる鈴が鳴る。

「正確には理樹とこっこ、こ」
「小毬ちゃん」
「と三人だ」

 理樹がいるなら大丈夫だろう。そう踏んだ私はその背中を叩く。

「理樹がいるなら大丈夫大丈夫」
「理緒も来てくれ」

 手を取る鈴に、やけに積極的なそれに私は思わず目を瞬かせる。
 いつもならすぐに『行かない』という選択をはじき出すのに、それを出さないあたり行きたい思いはあるのだろう。
 そんな小さな成長を無に返すわけにはいかない。
 どうしようかと悩んでいると、開いていたドアから予想外の人物が介入してきた。

「その話、おねーさんものろう」
「来ヶ谷さん」

 きっとドアが開いていたから隣の部屋に会話が聞こえたのだろう。鈴は来ヶ谷さんが部屋に入ると、私の後ろに隠れる。

「なにやら面白そうじゃないか」
「おまえは来なくてもいい……!」
「鈴!」
「うっ……」

 鈴の言葉に、来ヶ谷さんはわかっていると言いたげに笑い。
 鈴を叱りつけると鈴は小さくなり私の後ろにさらに隠れてしまう。しかしこれはいいきっかけかもしれない。

「来ヶ谷さんも行くなら、私も行こうかな」
「なに!?」
「ほう」

 鈴は思わず私たちの前に飛び出し、両者を見比べる。
 来ヶ谷さんが行けば私が来る、だけど自分の知らない誰かがいるという状況になる。
 葛藤しているのだろう、鈴の真剣に悩む姿に私は一つ声をかける。 

「それでどうかな? 鈴」

 鈴は顔を上げると、しぶしぶ頷く。

「……わかった」

 これも鈴にとっての成長なのだ。
 私は鈴の手を取り、来ヶ谷さんに目配せをすると彼女は頷き先に部屋を出ていった。


「というわけで……」
「ほえぁー」

 理樹の言葉に、小毬ちゃんの笑顔がふにゃりと和らぐ。

「こんなに、ついてきちゃったんだけど」

 こんなに、そう表現するにふさわしい人数の増え方に私は乾いた笑いが漏れた。
 当初こそは鈴と理樹、そして小毬ちゃんの三人だったのが私と来ヶ谷さんが加わり五人。
 そして食堂へと向かう道中出会った理樹の後ろには、追加ゲスト三人がついてきており計八人に増えた。
 きっと恭介と謙吾が遊ぼうと理樹の元に集まった際に、老人ホームの話を聞いたのだろう。恭介の手に抱えられているボードゲーム類や背中に背負ったギターを見てそう思った。
 結局はそろうリトルバスターズのメンバーになにやら結束を感じる。

「うわー!」

 急に増えた人数に、小毬ちゃんは顔をほこらばせ両手を上げる。その喜びに私も思わず頬が緩む。

「なんでおまえまで」

 真人は横に立つ来ヶ谷さんに視線を向ける。

「退屈を持て余していたのでな。美少女三人と一緒ならどんな怪しいところでもゆるりとしけこんでやろうではないか」
「行くのは、老人ホームなんだけど」

 来ヶ谷さんの発言に思わず理樹は苦笑した。

「それで? 小毬は俺たちを老人ホームに連れて行って何をしようとしているんだ?」
「幸せのひだまりを作るのです」

 小毬ちゃんの言葉に、皆首をかしげる。

「お年寄りのみなさんとお話したりお掃除とかするんだよー寂しがってる人も多いと思うんだ。みんなが喜んでニコニコになったらひだまりがポカポカなのですー」

 両手を広げて上にあげる小毬ちゃんに、謙吾は一つ頷く。

「つまりボランティアか」
「ボランティアは初体験だ。わくわくしてきたぞ!」

 なんでも楽しむことにかえてしまう恭介に、真人は顔をしかめる。

「そうか?」

 そんな言葉に向けられる皆の視線に、真人は言葉をつまらせるのだった。


 老人ホームへは徒歩で行くらしく、私たちは道に広がらないようなるべく二列になって進んでいく。
 もちろん先頭は小毬ちゃんだ。
 
「でも小毬ちゃんすごいな、老人ホームに行くなんて全然思いつかないよ」
「私もね、一年生の時に学校の行事で行ったのがきっかけなの」

 小毬ちゃんの言う学校行事とは、福祉委員会のボランティア活動のことだった。
 なんでも委員会以外も届けを出したら参加できるらしく、何度か参加しているうちに今では気が向いた時においでと施設の人からの了承をもらったとのこと。

「そうだったんだ」
「うん、だから凄くなんて全然ないんだよ」

 照れて笑う小毬ちゃんに私は首を横に振る。

「そんなことないよ。ね、鈴」

 横に居るであろう鈴に振り返ると、そこには誰も立っておらず後ろの方を見ると理樹の陰に隠れている姿があった。
 思わず理樹と二人顔を見合わせてしまう。

「とうちゃーく!」

 そう言って小毬ちゃんは大きな建物を指差す。
 話しているとあっという間についたそこには老人ホームと書いてあり、そこが目的の場所だと一目でわかる。

「みなさーん、こんにちわー!」

 小毬ちゃんは躊躇なく中へと入ると、おじいちゃんおばあちゃんたちは振り返りその姿を見ると皆顔をほころばせた。
 口々に名前を呼ばれる小毬ちゃんは、この老人ホーム内のアイドル的存在と言えよう。
 一人のおばあちゃんに話しかける小毬ちゃんに、その周囲には人が次々に集まる。

「すごい……」
「大人気じゃねーか」
「小毬君のアイドルオーラ全開だな」

 小毬ちゃんは持ってきた紙袋の中からマフラーを取り出すとおじいちゃんに手渡し、それを受け取ったおじいちゃんは涙を浮かべて小毬ちゃんにお礼を言っている。
 全ての人のお願いを聞いているのか、次から次へと来る人たちに紙袋から物を取り出していく。まるで時期外れのサンタさんのようだ。

「なんて、なんていい光景なんだ……! 俺は猛烈に感動しているぞ……!」

 眉間に指をあて、涙をこらえるしぐさをする恭介に私はハンカチを手渡す。
 小毬ちゃんは一通り終わったのか、こちらに駆け寄ると腕を広げた。

「じゃあ、お部屋を回ってお掃除とかお話をしてあげてくださいな!」
「おはなし!?」
「できる……かな?」

 突然の指令に、鈴は身を構え理樹は不安げに顔をくもらせた。

「共通の話題などなさそうだが……」

 謙吾の言葉に皆頷く、確かにおばあちゃんやおじいちゃんと話すにも年の差も相まって共通の話題というものがない。
 いや、作ろうと思えばあるがはたしてその話題がつぼに入るかどうかだ。

「話題ない……ようし!」

 小毬ちゃんはいきなりその場でがっつぽーずをし、突然のことに首をかしげてその姿を見た。

「なんだその『ようし』ってのは」

 真人の言葉に小毬ちゃんは得意げに人差し指を立てる。

「前向きマジック。なんか凹んじゃうようなことがあるとね、それを口に出して最後に『ようし』って付けるの! ほら、ネガティブがポジティブに!」

 その言葉に皆こぶしを握るとそれぞれに前向きマジックを実践し、個々それぞ特徴のある『ようし』をしていく。
 私もそれにならい、こぶしを作りその場で『ようし』とガッツをいれる。
 すると不思議となんだかやれるような、そんな前向きな気分になってくる。

「バッチリおっけー!」

 それぞれの『ようし』が終わると、小毬ちゃんは指で丸を作る。

「さっ、はじめよー!」

 その手を上にあげて号令をかける小毬ちゃんに、皆それぞれ部屋へと向かう。
 私もバケツと箒といった掃除道具を施設の人にもらい、鈴へと振り返る。
 鈴は散って行く皆に辺りを見回しており、それは行き場を失った小さな子どものようだった。

「鈴」

 声をかければ、鈴の赤い目が私をとらえる。
 眉を下げ不安げなその姿に、私は苦笑すると手を伸ばしかける。
 だけど私はその手をひっこめ、おばあちゃんと話をしている小毬ちゃんに声をかけた。

「小毬ちゃん」
「りおちゃんどうかした?」
 
 おばあちゃんに一声かけて近くまで来る小毬ちゃんに、とっさに鈴は私の背後に隠れてしまう。
 反射的にしてしまうその行動に、私は鈴の肩を掴むと小毬ちゃんの前へと出す。

「鈴こういうこと初めてだから、よかったら先輩の小毬ちゃんにレクチャーしてもらいたいな、なんて」
「っ!?」

 まさかそう来るとは思わなかったのだろう。
 鈴は勢いよく振り返り、私に向かって口をパクパクさせ何か言いたげな表情をする。
 私はそれを視界の端に捉えつつも小毬ちゃんにお願いをすると、小毬ちゃんは一瞬目を瞬かせ次には花が咲いたような笑顔をうかべ指で丸を作る。

「もちろん! おっけーですよ!」
「それじゃあ、お願いします」
「理緒!」

 鈴から手を離すと、鈴は勢いよくこちらに振り返るが小毬ちゃんがすぐさまその手を取る。

「りんちゃん、大丈夫だよ。一緒にがんばろー!」

 鈴の手を引き、小毬ちゃんは鼻歌を歌いながら施設内へと入って行く。
 引きずられるような形ではあるが着いていく鈴の顔には最初こそ戸惑いがあったが、少し和らぐ表情に自然とこちらの頬もゆるんだ。
 私は小毬ちゃんと話していたおばあちゃんに話しかけ、しばらくその近くにいたおじいちゃんやヘルパーさんと話しに花を広げていた時だ。
 恭介が背中にギターを背負ってこちらにかけてきた。

「理緒ここにいたのか」
「恭介どうかした?」

 突然現れた彼に私は不思議に思い首をかしげると、恭介は宴会場へと続くドアを指差す。

「今から宴会場で皆で出し物をするんだ、理緒ももちろん出るだろ?」
「えー……そういうのやったことないからな……」

 まさかの出し物の提案に私は渋るが、恭介いわく皆出るとのことでここで拒否するのはリトルバスターズとして不名誉だろう。

「こういう時の前向きマジックだろ」
「よ、ようし……それで、皆何やるの?」
「それは出てからのお楽しみだ」
「鈴も出るの?」
「ああ、何やら来ヶ谷が鈴を誘ってたな」

 つまりだ、一人でやる以外ないのだ。
 何を披露すればいいのか頭を悩ませていると、おじいちゃん達がやっているけん玉が目に入る。
 そしてこれだ、と思いつく。

「わかった、やる!」
「それでこそ理緒だ」

 宴会場へと向かうと、すでに話を聞いてかおばあちゃんおじいちゃんが詰め寄っておりそれに付きそうヘルパーさんの姿も見えた。
 そして前には立つであろう舞台がライトに照らされており、思わず身体が震えあがる。
 一人でこういう場に立ったことのない私は、おじいちゃんたちに借りたけん玉を握りしめる。
 トップバッターは真人だった。お得意の筋肉いぇいいぇいダンスを踊り、それを見た人は思わず笑みが浮かんでいた。

「理緒」

 出番待ちをしていた恭介はギターを構えると、私の肩を一つ叩く。まるで大丈夫だというようなそれに肩から力が抜ける。
 そして真人は拍手の中帰ってきて恭介とハイタッチをすると、恭介は舞台へとかけていった。
 恭介の演目はギター演奏だった。先日のバンドを引きずっているのだろう、弾かれる曲に皆聞き入る。

「次は俺だな」

 竹刀を握る手に力を入れる。
 謙吾の演目は剣道の技のデモストレーションらしく、恭介と入れ替わりにハイタッチをすると舞台へと上がり、掛け声とともに竹刀が振るわれた。
 その一つ一つに、剣道をかじっていたおじいちゃんは見入っており、中には「筋がいいのう」などと言ってる声も聞こえる。

「うぅ……本当にやるのか?」

 声に振り返ると、そこには羽織りを着た来ヶ谷さんに追い込まれている鈴の姿があった。

「二人は何をやるの?」
「二人羽織りだ」

 来ヶ谷さんの手があやしげに動き、鈴はそれに逃げ腰になっている。
 
「や、やっぱり無理だ!」
「おっと、そうはいかないぜ?」

 鈴は逃げ出そうとするが、すぐさまその襟首を恭介に掴まれ来ヶ谷さんの元へと連れて行かれる。
 来ヶ谷さんはそんな鈴の後ろに回りそのまま抱きしめると舞台袖にスタンバった。

「りんちゃーんふぁいとーおー、だよ!」

 小毬ちゃんは片腕を真上にあげ、エールを送るが鈴の顔は晴れることはなかった。
 謙吾一礼すると舞台袖へと帰ってくる。その顔はやり遂げたと言いたげに爽やかで、心の底から楽しんでるのがみてわかる。
 二人羽織りした来ヶ谷さんとハイタッチをすると、鈴は来ヶ谷さんに抱えあげられるようにして舞台へと登って行った。
 用意されたそばに、来ヶ谷さんは器用に箸を使い掬いあげるが、それは鈴の口元を通り過ぎ鼻にあたり、鈴は苦しげにもがいていた。
 会場からはおばあちゃんやおじいちゃんが指示を送っており、盛り上がりをみせている。

「そういえば小毬ちゃんは何をするの?」
「お歌を歌うのです。いつもね、ここに来た時に歌ってるんだよー」
「アカペラで?」

 小毬ちゃんは首を横に振るのと同時に、横からギターをかき鳴らす音が聞こえた。 

「今回は俺の伴奏つきだ」

 いつの間にか二人羽織りは終わっており、憔悴しきった鈴が来ヶ谷さんに抱きかかえられて戻ってきた。
 そしてまたハイタッチをすると小毬ちゃんと恭介は舞台へとかけていった。
 会場からは小毬ちゃんを呼ぶ声が聞こえ、まるでアイドルのライブ状態だ。
 恭介のギターに合わせて、小毬ちゃんは一つ息を吸い込むと歌詞を口ずさむ。

「畳の裏をーめくーるとーそこはーパリ」

 独特な歌詞に、小毬ちゃんの即興だろうか。
 おばあちゃんやおじいちゃんは手拍子をしてリズムに乗っている。

「ふむ、畳の裏をめくるとパリとは興味深いな」
「興味深いって言うより、日本の裏側は海だった気が……」

 そんな突っ込みは野暮だろう。歌い終わる小毬ちゃんに、ギターの音が鳴りやみ次には拍手が送られる。
 その音に私の緊張はピークに達した。
 なぜかとりを飾るのは私で、けん玉を握る手に汗をかく。
 戻ってくる小毬ちゃんとすれ違いざまにハイタッチをして、スポットライトの当たる舞台へと上がる。
 壇上では一身に視線をあび、喉が鳴る。ふと舞台袖を見ると、皆が見守っており鈴もいつの間にか復活していたのかこぶしを作り口パクで「がんばれ」とエールを送ってくれた。

「えっと直枝理緒! けん玉します!」

 拍手を送られると共に、私は神経を集中させる。
 昔おばあちゃんに教えられたけん玉の技を思い出す。
 初めに定番の『あんたがたどこさ』を歌いながらけん玉を大皿小皿に順々に乗せていく、そして最後にけん先に玉をさす。
 そのまま糸を人差し指にひっかけ、けん玉を大きく前に振りあげる。上まであがれば糸を指から離しけんを掴む。すると下を向いた玉はけん先から抜けそのままの反動で中皿へと乗せる。
 技名は空中ブランコだ。
 会場からはおじいちゃんの「ありゃワシのけん玉なんじゃよ」なんていう声が聞こえた。
 最後は中皿に乗せたまま大皿、小皿へとのせ、けん先と大皿の間に玉を一時留まらせた中皿へと戻す。ひと息をつき、けん玉を真上に投げけんを掴むとそのまま一回転させ玉をけん先に入れる。

「えっと、世界旅行?」

 確かそんな技だったはず、綺麗にけんに入った玉に私は自然と笑みが浮かぶ。
 一瞬の静けさののち、会場からはいくつもの拍手が聞こえ、おじいちゃんからは「ありゃワシが育てたけん玉なんじゃよ」なんていう声がさらに聞こえた。
 こうして私の初めての舞台は終わった。

「おまえにそんな隠れた才能があったとはな」

 舞台袖に帰るといくつもの拍手とともに恭介からそんな言葉がかけられた。

「おばあちゃんに昔教えてもらったんだ」

 まさかまだ出来るとは思わなかったそれに自分自身驚いていたりする。
 恭介は一つ頷くと私を指差す。

「よし、理緒に称号をあたえよう」
「え」
「おまえは今日から、けんだま娘だ!」
「わーそのまんまだー」

 出来ればそんな称号辞退したいところだ。
 すると真人が腕を組み不敵に笑った。

「恭介よ、なっちゃいねえな」
「なんだ、もっといいのでもあるのか」

 真人は私を指差すと声高らかにこう言った。

「おまえは今日からカップ・アンド・ボール・ガールだ!」
「英語にしたところでかっこよくなんてないからね」
「なにー!? じゃ、じゃあクーゲル・ファング・ガールなんてどうだ!」
「ドイツ語でけん玉か」
「まずなんで真人がけん玉のドイツ語を知っているのか問いたいんだけど……」

 あーだこうだと私の称号について語りつつ、一通り盛り上がりを見せた宴会場は賑わいでいた。
 そしてふと気がついたのだ、いつも居るはずの一人がいないことに。

「そういえば理樹は……?」

 私の言葉に皆もそういえば、と周囲を見渡す。

「まだ掃除してるのかもしれないね」

 小毬ちゃんの言葉に人あたりのいい理樹のことだ、どこかで誰かに捕まってるのかもしれないと思った。

「私探してくるよ」
「りおちゃん私もいくよ。一人より二人だよ」
「ありがとう小毬ちゃん」

 宴会場をあとにする私と小毬ちゃんは広い館内を手分けして探すことにした。
 途中に談笑しているおばあちゃんやヘルパーさんに聞いていくが見つからない理樹に、私は小毬ちゃんと一度合流しようと駆けだす。
 すると途中の曲がり角から、小毬ちゃんが涙を浮かべてこちらに向かって走ってくるのが見えた。

「こま――」
「ふぇえええー!」

 私に気付かなかったのか通り過ぎる小毬ちゃんに、遅れて理樹がやってくる。

「理樹、小毬ちゃんが泣きながらこっち来たけどなにかあった?」
「少し」

 理樹は顔を上げると、何か考え事をしているのか眉間にしわが寄っていた。
 それに首をかしげると、理樹はおずおずと口を開く。

「ねえ理緒」
「なに?」

 理樹と目が合う。そのまなざしは真剣なもので、私の手に力が入る。

「人を突き放す時ってどういう時なのかな」
「それは……」

 一つ瞬きをする。夕日が私たち二人を照らす。

「その人を守るため、じゃないかな」
「守るため……?」

 または、自分が傷つきたくないがために。
 理樹の目が見開かれる。
 私は口を開くが、それを一度閉じ苦笑する。

「わかんないけどね」

 どうしてそんなことを聞いてきたのか。
 理樹の突然の問いかけに私はふと小毬ちゃんの去った方を見る。
 波紋が一つ広がる音が聞こえた。

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