第9話
あれから日が暮れ、寮へと帰る途中。
小毬ちゃんがお菓子を持ってるからもう少し皆でお話しようと、寮の談話室に誘われたのがきっかけだった。
ちょうど通りかかった鈴も誘うと、鈴は一目散に部屋に戻ろうとするがその首根っこを来ヶ谷さんが捕らえられ、強制連行される姿はまるで恭介とのやりとりのようだった。
円形のテーブルに座り、真ん中にお菓子を広げ飲み物はそれぞれ自販機で買いそれをお供に話しが広がる。
「それじゃあ、みんなは一人部屋なんだね」
「小毬ちゃんは二人部屋か」
「うん! ルームメイトさんにはよくしてもらってますよー」
議題は各々の部屋についてだった。
皆寮生活とわかり、遊びに行ったりするときに部屋を知らないのは不便だよねという流れになり今に至る。
ニコニコと笑う小毬ちゃんに、ルームメイトはさぞやその天然に翻弄されているのだろうなと目に浮かぶ。
「ゆいちゃんの部屋は一人部屋専用?」
「ああ」
「一人部屋ってあるんだ……内装的には二人部屋以上しかないと思ってた」
「届けを出す時にそう申請したからな」
一人部屋と言うのは今居る自分の部屋からベッドと机を一つずつ取り、部屋も少しだけ小さくなった感じの所らしい。
部屋は多少せまくなるが、実に快適そうだ。
「そういえばりんちゃんとりおちゃんは一緒のお部屋じゃないんだね」
「確かに、真人少年と理樹君は二人部屋らしいが」
飲み物を飲んでいた鈴の手が止まり、私は乾いた笑いをもらす。
確かに、普通ならば入学前から仲のよい者はお互いに申請を通して部屋を借りるだろう。
だけど私と鈴はばらばらだった。
「あーそれがね……」
「あの馬鹿兄貴のせいだ」
不機嫌そうにつぶやく鈴に、小毬ちゃんと来ヶ谷さんは首をかしげた。
「実は……」
それは入学直前の資料提出の時。
必要書類と共に寮の部屋わりの申請も出すために、一度皆で集まっていた時のことだ。
主に話し合いは男子部屋の方であったが、結局のところ真人が「理樹と一緒がいい」と言ったために即決に近かった。
そんな中先輩だからと、話し合いに恭介が参加し私と鈴にこんな提案をしてきたのだ。
「おまえらももう高校生だからな、ここらで一発博打をするのもいいんじゃないか?」
「どういうこと?」
突然のギャンブル発言に、申請書を書く手が止まる。
顔を上げると皆が皆恭介を凝視しており、鈴にいたっては恭介に訝しげな視線を向けていた。
「つまりだ、あえて申請書を書かずに運に全てをゆだねるってことだ」
「えー……」
「運が良ければ最高のパートナーと巡り合える、または一人部屋を獲得できる。しかし運がなければこの三年間気まずい寮生活が待っているんだ」
力説する恭介を無視し、書きだす鈴に恭介はすかさずその手を取り止めに入る。
「なにすんじゃ、ぼけー!」
「いいかよく考えてみろ、青春の一ページの始まりだ。もし馬の合わないルームメイトだとしてもそこから友情が生まれる可能性もあるだろ、いや、否ある」
「それは漫画の読み過ぎなんじゃ……」
苦笑する理樹に、恭介は胸をはり「俺がそうだった」と言い切った。
つまり恭介の同居人とは最初馬が合わなかったということか。
「と、いうより相手がドン引きしていたな」
「何したらそうなるの」
「まあ俺のことはどうだっていいんだ、鈴」
なんとか逃れようともがいていた鈴だが、名前を呼ばれその動きが止まる。
「いやじゃ!」
「そう言うなって、楽しいかもしれないぜ?」
両者引かない展開についに謙吾がため息をついた。
「楽しいのはお前だろ」
「まあそうともいうな」
そうとしか言わないような気がする。
「あたしたちだけはふこーへーだ! 理樹たちもやるべきだ!」
「ええー!?」
「なに!?」
突然名指しされた理樹は慌てふためき、真人にいたっては顔を青くさせた。
「つまりオレと理樹は別々の部屋になって、理樹はオレ以外のヤツと暮らすっていうのかよ! そんなのいやだあああ!」
「真人、大げさだよ……」
髪をかき交ぜひざまずき落胆する真人に、理樹はその背中を撫でる。
「あいつらはいいんだよ」
「ふこーへーだ!」
鈴の主張に私は頷く。きっと鈴を独り立ちさせるための提案なのだろうが、意図することを読み取ったところで納得いく提案ではない。
恭介は鈴から手を離すと腕を組み鈴を見降ろす。そして後ろ指で真人を指す。
「よく考えてもみろよ、あの真人だ。同室になったやつが可哀そうだろ」
「それどういう意味だよ」
「そのまんまの意味だ」
「何をー! どうせオレの筋肉は二人部屋を一人部屋にするほどの量だよ!」
「真人どうどう」
よくわからない事を言いつつ憤慨する真人に、理樹はその身体を後ろから抱きしめ押さえる。
でも確かに、真人と同室になったら必ず転がるだろう筋トレ道具に、恭介とは違った意味で同室になった子はドン引きするだろう。
そういう意味ではお互いに可哀そうだ。
「よし、それじゃあクジで決めようじゃないか」
「へ?」
恭介はそういうとポケットから紙を取り出し、私たちに背中を向けると何か書きだし紙を四つにちぎると下の方を手の内に隠し、上は握りしめた手から出ていた。
「ここに、クジを用意した。お前たち二人が運命に選ばれてるとしたならばこの二つはお前たちを同じ数字に導くだろう」
つまりだ、四枚の中にそれぞれ番号を書いたから当たったら祝同室ということだ。
四つの所を見ると確率は半分と言ったところだろう。同じ数字が書かれていればの話だが。
「わかった」
恭介の賭けにのった鈴は喉を鳴らし、一つ紙を引く。
そして私も残り三本の中から紙を引く。
鈴とお互い顔を見合わせ、私の掛け声の元その数字を出す。
「せーの! ……二か」
「あたしは1だ」
「じゃ、俺の勝ちだな」
「うみゅう……」
しぶしぶ頷く鈴に、恭介は残りのクジを私たちに見せないようにくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げ捨てた。
後から確認したら、そのクジにはそれぞれアラブ数字と漢字で書かれた『一』と『2』があったなんて鈴には黙っていよう。
きっと恭介のことだこれで私と鈴が『1』と『一』を引いても同じ文字じゃないからとこじつけたのだろう。素直な鈴のことだ何の疑いも無しに承諾するのが想像つく。
「まあそんなこんなで、恭介の目論見としては知らない女子生徒と同室にしようってことだったんだけど」
「翌年には女子寮が新設されていた、と」
恭介自身もまさか女子寮が新設されて部屋数が増えるとは思わなかったみたいで、それによって特に希望がない生徒は適当に部屋を割り振られ、私たちは見事に一人部屋を確保したのだ。
「ならば二人の部屋は見に行ってもいいということだな」
「へ?」
「なに!?」
不敵な笑みを浮かべる来ヶ谷さんに私と鈴は思わず身構えてしまう。
「小毬君のところはルームメイトの問題もあるからな、後日伺うとして二人の所へは今からでも行こう」
立ち上がろうとする来ヶ谷さんに鈴は首を思いっきり横に振る。
「いやじゃ!」
「何か後ろめたいものでもあるのか?」
「あーたぶん、猫連れ込んでるからじゃないかな」
一応寮内は次に入居する人のためにペットは厳禁となっているが、鈴の部屋には今まで恭介がプレゼントしてきた猫の一部が住んでいる。
「わー! りんちゃんのお部屋ねこさんがいるの?」
「っ!」
小毬ちゃんは猫と聞くと目を輝かせ鈴に詰め寄る。
鈴は少しは慣れたのか、顔を赤らめ視線をさまよわせつつも小さく頷いた。
「そういう来ヶ谷さんの部屋は今から行ってもいいの?」
「さっきも言った通り一人部屋だ。何もない面白味のない部屋だよ」
来ヶ谷さんの部屋と言えば、シンプルザベストといった感じだろうか。
想像のつきそうでつかないその部屋に、少し楽しみだ。
「そういう理緒君の部屋はどうなんだ」
「私の部屋も大丈夫だよ」
なんていったって、漫画とモンペチに囲まれた部屋なだけで私物はほとんど実家に置いてきたと言えよう。
私の部屋もそういった意味では面白くないかもしれない。
結局あの後、先に一階にある私たちの部屋に向かい、その後に鈴の部屋に行くことが決定した。
一番端の私の部屋は後回しに、先に来ヶ谷さんの部屋に行くことになったのだが、まさかの隣部屋に驚き思わぬ発見に心が躍った。
そして一通り堪能したあと隣の私の部屋へと移る。
「ここが私の部屋、ってかまさか来ヶ谷さんの部屋が隣だったとは……」
「ふむ、意外な発見だったな」
「本当にね」
私はいつも通りドアを開け、中へと視線を向けるとそこには恭介が漫画を広げて読んでおり、私と目が合うと背後の声が聞こえたのだろう互いにまずいと目が語っていた。
だから私は一度大きく扉を閉めた。
その音に小毬ちゃんがびっくりしたのも見て見ぬふりをする。真後ろに誰も立っていなかったのを感謝しよう。
「なんで閉めるんだ」
「え、えっとー……」
突然ドアを閉めた私に、鈴は訝しげに見つめてくるが私はドアノブから手を離さず明後日のほうを向いた。
「興味深いな」
「わー! だめだめだーめー!」
来ヶ谷さんは私の手を取るとそのままドアノブに手をかけ、勢いよくその扉を開いた。
ああ、もうだめだ。
固く目をつぶり、来るであろうからかいに構えるが予想に反してなんのアクションもない来ヶ谷さんに私は顔をあげる。
「いたって普通の部屋のようだが」
「わー漫画がいっぱいだーおじゃましまーす」
部屋に入る来ヶ谷さんに、小毬ちゃんも続いて部屋へと入って行く。
そして最後に鈴が変なものでも見るかのように私を一度みたのち部屋へと入って行った。
恐る恐る中へと入ると、恭介はどうやら窓から逃げたらしくカーテンが風に揺れていた。
私は胸をなでおろし、散らばっていた漫画を直していくと来ヶ谷さんは至るところを興味深そうに見ており、その観察眼に何やら嫌な予感がした。
「理緒君これは?」
そう言って持ち上げられたのはいつぞやに恭介が泊っていった後に一枚だけ置いて行ったパジャマ代わりのTシャツだった。
直していたはずのそれが出ているのはきっと今夜も漫画を読んで泊る気だったのだろう。
普通に見たらただのシャツなので不思議ではないがそのサイズからだろう。来ヶ谷さんはそれを広げてこちらに見せてくる。
「そ、それは……」
「馬鹿兄貴のだ」
「ほう?」
鈴! と叫びたかったが叫べば墓穴を掘るの確定のこの状況に背中に汗をかく。
「どうして棗兄の私物が理緒君の部屋に?」
「雨が降った時に借りて、それで……」
「つまり、キミは一度恭介氏の部屋に行ったということか」
ああー! 別の意味で墓穴を掘りそうだ。
にまにまと恭介のシャツを持ったまま近寄る来ヶ谷さんに私は思わず後ずさる。
「あたしも理樹に借りたことあるぞ」
「ふむ、幼なじみの間では普通のことなのか」
鈴の言葉に、これ以上からかいがいがないと思ったのだろう。来ヶ谷さんはシャツを畳むと私に手渡す。
思わぬ鈴からのアシストに私は心の中で拍手した。
「わーこれ昔の写真?」
小毬ちゃんの声に、皆が振り返る。
見ていたのは机に広げられた写真立てたちだった。
「うん、小学生の時と中学生の時に撮ったやつだよ」
「こちらは両親の写真か」
三つの写真立てに二人はまじまじと見ていた。
両親の写真は小さい頃の家族写真の一部で、リトルバスターズの写真はそれぞれ出会ったときと中学入学の時に撮ってもらったものだ。
今と変わらない皆に二人はそれぞれ思い思いの感想をいい、鈴はそれに恥ずかしそうにうつむいていた。
「いつか皆でまた写真撮れたらいいな」
何気なくつぶやいた言葉に、鈴の手が触れる。
振り向くと鈴は何も言わないがその目が「撮れる」と言っているようで私は思わず笑うのだった。
次の日、私はいつぞやのように紙袋を持ち三年生までの廊下を走っていた。
「きょうすけー!」
いつものように、教室になだれ込むように入るとクラスの人たちは変わらず暖かく迎えてくれる。
恭介も、さすがに入口で名前を呼べば気付いたのか漫画から顔を上げ手を挙げる。
「よお、悪いな」
漫画本の入った袋を机の上に置き、私はいつものように前の席の人の椅子を借りる。
昨日部屋に居たのはなんでも漫画の最新刊が発売されて前の巻を読みたかったからという理由からだった。
おかげさまで今朝にはメールにてその理由と漫画の指定が入り、私は朝から重い荷物を抱えて昼休みにここまで駆けてきた。
「確かに、私の部屋はいつでも入っていいけど出来れば前もって連絡してくれたらこっちも助かるんだけど……」
「ああ、昨日は悪かった。あの後大丈夫だったか?」
漫画を確認しつつ言う恭介に私はジト目を向ける。
「大丈夫かって言われたら大丈夫だけど……来ヶ谷さんが」
「来ヶ谷が?」
あの後なんとか回避できたと思えた事態も、窓にある糸に来ヶ谷さんが気づいてしまい、いらぬ妄想を色々とされたため来ヶ谷さんにだけ事情を話したのだった。
どうせ隣の部屋だ、いつかばれるであろう事が先に早まっただけだ。
まあ、その際になぜか「この壁は薄いからな」と本当か嘘かわからない情報を教えてもらったのも添えておこう。
憔悴しきった私に、恭介の手が私の頭を撫でる。
「理緒には迷惑かけてるからな……そのお詫びといったらなんだが、今度甘いものでも食べに行こう」
「本当!?」
「ああ」
まさかの誘いに、先ほどまでの憂鬱などどこかへ行く。
ここらで甘いものと言えば女子生徒に人気の喫茶店だろうか、それともあんみつなどといった和菓子だろうか。
甘いものへ膨らむ想いを馳せていると、恭介の笑い声が聞こえた。
「約束だよ!」
私は恭介と指切りをすると教室を出ていく。
まさかの甘いもの獲得に思わず足はスキップしてしまう。
昼休みも半ばを過ぎ、それぞれが次の授業のために廊下を歩いていた。
「あ、理樹」
「理緒ちょうどよかった」
屋上からの帰りだろう、理樹が四階の階段から駆け降りてくる。
「小毬さんに教えてもらった話なんだけど、絵本でたまごとひよこの話理緒は知らない?」
たまごとひよこの話し。童謡やマザーグースなんかによくありそうなそんな二つの組み合わせに私は頭を悩ませる。
「んー……それだけだと結構ある話だからな」
「そうだよね。知ってたら小毬さんに教えてあげたかったんだけど……」
なんでも昔に読んだ本で小毬ちゃんの好きな本らしい。それはぜひとももう一度読ませてあげたい。
「他の人にも聞いてみるよ」
「うん、ありがとう」
教室へと向かう理樹を見送り、私は階段を駆け降りる。本に関しては彼女が一番だろう。
昼休みぎりぎりまでそこに居るであろう彼女の元へと向かい、私は中庭の一角へと来ていた。
木々の茂りに出来る木陰に腰をおろしている彼女の姿を見つけ、私は走り寄る。
「美魚ちゃん」
「直枝さん」
声をかけると本から顔を上げ私を見上げるその姿に、私は向かい合うように腰を下ろす。
「美魚ちゃん、名前で呼んでっていつも言ってるのに」
最初は『直枝』だと理樹と私で紛らわしかったからだが、こう何度も話すうちに仲良くなれたと思うのに呼んでくれないそれに少し躍起になっていた。
西園美魚、この四月から同じクラスになり後ろの席の彼女に話しかけたのがきっかけだった。
「そういうのは親しい間柄で交わされることだと思いますけど」
「それって私たちはまだ親しい間柄じゃないってことか」
体育座りした足に頭を置き、落ち込むと小さな笑い声が聞こえた。
顔を上げると美魚ちゃんが柔らかな笑みを浮かべている。
「冗談です、理緒さん。それで、今日はどういったご用件でしょうか」
私が美魚ちゃんの読書を邪魔しないように、何か用がある時以外話しかけないのを知っての言葉だった。
もう少し世間話をしときたいところだが、時間も迫っていることだ私は先ほど理樹に聞いた話を美魚ちゃんに伝える。
「あのね、絵本知らないかなって思って」
「絵本?」
「うん、たまごとひよこの話らしいんだけど」
美魚ちゃんは空を見上げ、一拍置いたのちこちらに向き直る。
「そういった絵本はいくつか読んだことがありますが、もう少し詳しい情報があれば……お力になれなくてすみません」
「ううん、ありがとう」
情報量の少ないそれに、美魚ちゃんも首を横に振る。一筋縄ではいきそうにないそれにため息をついた。
ここだけまるで時間が止まったように穏やかで、風が頬をなでる。美魚ちゃんのページをめくる音が耳に心地いい。
「理緒さんは……」
「ん?」
目をつむり、自然の音に耳を澄ましていると美魚ちゃんの私を呼ぶ声に目を開ける。
顔を向けると、二つの揺れる瞳がこちらを見ていた。
珍しい彼女に私は首をかしげるが、美魚ちゃんは開きかけた口を閉じ、本へと視線を戻す。
「いえ……なんでもありません」
端切れの悪い美魚ちゃんの言葉に私は問いかけることもせず、ただ今この時に身をゆだねた。
遠くに聞こえる予鈴の音と、美魚ちゃんの本を閉じる音が終わりの合図だった。
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