第十八話

 頭はぼんやり、やる気は無に等しい。
 窓の外から家の中に視線を移せば、部屋にはトランクが一つ。
 名札には潤慶の文字。

*都会へ行こう!*

 私は立ち上がり、まだ畳み終えていない布団の上を跨ぎ、リビングへと向かう。
 リビングへと続く廊下を歩き、中を覗けばそこには潤慶と英士が話しをしており、少しばかり入りずらい雰囲気だ。

「あ、明里おはよう」

 いち早く気づいたのは潤慶で、いつも通りに笑みを浮かべ私に手をふる。
 私もそれにならい手をふるが、名前を呼ばれた時、一瞬胸が高鳴ったのを感じた。自然と顔が熱くなりそうだ。

「お、おはよう潤」

 目をふせがちに潤にかえせば、潤からは苦笑に近い笑いが聞こえてきた。
 
「おはよう明里」

 遅れてかけてくれた、英士は私の顔を覗きこめば「顔赤いけど風邪でもひいた?」と、有難い言葉をかけてくれたが。
 今の私にはそれは逆に、意識してしまい血の巡りをよくするだ
けだった。

「い、いや、大丈夫大丈夫! 全然大丈夫!」

 私は頭を横に振ると、部屋に一旦戻ると言い部屋へと戻った。
 ああ、まだ顔が赤いような気がする。
 暑くなった頬を両手で包むと、私は体を丸め、ドアに寄りかかった。

 昨日の、潤からの告白以来私はまともに潤の顔を見て話せなくなっている。
 恋とは、こういうものなのか。
 何故か泣きそうになり、謝りたい気持ちでいっぱいだ。
 もやもやとした、気持ちのまま、私は服に着替え、換気のため窓を開けた。
 外からは夏の風が吹き抜け、風鈴を揺らす。

「明里、入ってもいい?」

 ドアの外から、されたノック音。
 潤の控えめな声に私は、胸が弾み、早鐘に打つ心臓に夏の暑さとは違う暑さを感じた。

「い、いいよ」

 喉が渇いたようにカラカラ。
 私は、ドアから背中を離し、ドアノブを回し、ドアを開ければそこには、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべている。
 ああ、潤はいつもの潤なんだ、そう思うと肩の力が抜け何だか少し自分が馬鹿らしく思った。

「潤、今日帰るのいつ?」
「昼過ぎに家出ようと思ってる」

 荷物をあさる潤の背中に話かければ、潤は振り返り「見送りに来てくれるの?」と嬉しそうに笑った。

「え、うん。潤一人は寂しいでしょ?」
「ありがとう明里」

 潤は、荷物をしまいこめたのか立ち上がり、トランクを転がし部屋を出ていった。
 どうやら玄関に置いておくらしい。
 玄関へと着けば、先ほどまでリビングにいた英士がスポーツバックを肩にかけ、靴を履き替えていた。

「英士もう行くの?」
「うん、もう行かなきゃ遅刻だよ。明里、今何時だと思ってるの?」

 そういえば今は何時なのだろうか。
 私は起きてから、時計も確認していなく、自分の中では九時くらいだろうかと思っていれば。
 時計を見ればもう十一時だった。

「あー、私寝すぎたのか」

 昨日のことで頭がいっぱいだったからだろうか。
 それとも、夏の暑さのせいか。
 私は、だらけた体に苦笑いし、もう夏休みも終わるのだから規則正しくなりたいものだと思った。

「そういえば、もう潤も行くの?」
「うん一応、もう行こうかと思ってる」

 潤は、持ってきたトランクを立て頷いた。

「また冬休みも遊びに来なよ」

 英士は、そう言うとスポーツバックを背負い直し、玄関のドアを開け、出ていった。
 私と潤は、手を振り「行ってらっしゃい」と、英士を見送り。
 潤を見上げ、なら行く?と声をかけた。
 飛行場まで、ここからは少し遠く、昼に離陸する飛行機に乗るならばもう出てもいい頃だった。

「明里は、ご飯食べなくていいの? お腹空いたでしょ」
「それより、潤の飛行機のほうが大事」

 私は潤の背中を押し、靴を履かせれば、トランクを持ち玄関のドアをくぐった。

「えりちゃんママ、いってきます」

 私は台所にいるえりちゃんママに、大声で告げれば、えりちゃんママは、スリッパをすりながら、こちらに歩いてきて「行ってらっしゃい」と笑みを浮かべて言った。
 夏の坂道に、コロコロと転がるトランク。
 私と潤は、横に並び、ただ黙々と歩いていく。
 頬に伝う汗は、アスファルトに落ちて染みをつくる。
 私は、麦ワラ帽子を被り、上から潤の顔を覗き込む。

「ねえ、潤あのさ」
「なに? 明里」

 潤の顔は逆光により、よく見えず、私は目を細めた。
 トランクは止まり、あたりには、セミの声、そのセミでさえ、死体が転がっており。
 夏の終りを、ものがたっていた。

「あのね、昨日の返事がしたい」

 私の言葉に潤の顔は強張り、自然と真剣な顔をした。

「私は、潤のことが好きだよ」

 潤の表情が少し和らぐが、どこか切な気に眉をよせる。

「でも、潤の好きと私の好きは違う」

 モヤモヤした気持ちが晴れていくような気がする。
 私は、自分の中の思いを全て吐き出すように、言った。

「ごめんなさい、私は潤に応えれない」

 私は、潤に頭を下げた。
 緊張の糸が切れのか、足と手が震えだす。

 顔は強張り、恐怖に頭があがらない。

「明里」

 潤は、私の肩に手を乗せ、優しい声色で私に喋りかける。

「ありがとう、気持ちが聞けてよかった」

 私は顔を上げた。ああ、逆光でやっぱり顔は見えない。だが、その言葉は、とても優しく私の視界は揺れた。
 手の甲で、溢れでるものを拭えば潤は、私に触れるか触れないか、そんな微妙な距離をあけ行き場のない手をさ迷わせている。

「ご、ごめん僕」

 首を勢いよく横に振りしゃっくりを上げる喉から声を出す。
 それは蚊が鳴くような声だ。

「違う、潤はあやまらなくて、いいの」

 私は、涙を拭き取れば、その手をそのまま潤の体に回した。
 そして、額を潤の胸にあてる。

「ありがとう、ありがとう、私を好きになってくれて本当にありがとう」

 うわ言のように呟く私の言葉に、潤は一瞬体を揺らし、そして、肩を抱きしめられ耳元で囁かれた。

「僕も、明里を好きになれてよかった」

 夏空に浮かぶ、飛行機雲。セミの合唱、そして潤の体温は、きっと一生私の頭の中で色を彩りあざやかに残るだろう。
 ああ、しかし、前にもあったような気がするこのシチュエーション。
 段々と、体から水分が奪われ汗となる。暑い。


「潤、そろそろ離れよう。暑いし恥ずかしい」

 私が潤の体を剥がそうと、もがけば潤は体を揺らして笑い、意地悪に「やだ」といい力を強める。
 ああ、ああ、そうだった、そうなのだった。ちくしょう、こういう時、潤は中々離れないんだった。
 頭に響くセミの声、おい、こら、セミよ見るな。見るな!
 恥ずかしさに、頭に湯気がたちそうだ。
 行き場のない手はそのまま、下に下ろし、無駄な抵抗はやめる。今日で、最後なのだ好きにさせよう。
 私は、下に視線を落とせば、私たちの周りには影が出来ている。
 しかし、影はあるが無に等しい。うだるような、暑さ喉の乾き潤さん、私死にかけそうだ。
 只でさえ、暑いのに密着する肌に私はもがき苦しみ、潤はやっと私を離した。
 長かった、ああ、長かった。
 早く涼しい所に行きたい。
 私は、体をそのまま前に向ければ、両手、両足をきびきびと動かし、歩きだす。
 さぞかし愉快な動きだろう、そう例えるならば。

「明里、何ロボットダンスしているの?」
「そう! それだよ潤くん」

 私は振り返り、指をつきだし、潤を指せば。潤は「何が?」と笑顔をかえされた。

「ロボットダンス! それはロボットのように精密に動き、そして人を喜ばせるのさー!」

 私は大きく手を広げ、演説をするようなほどの声を上げた。
 潤は驚いたように目を見開かせ、そのあとお腹を抱えて笑いころげた。そんなに、面白いものだろうか。

「潤さんーそんなに笑われるとマイハートがブレイクンするよ」

 私は、胸に手を置き、体を横に揺らせば、潤は目尻にたまった涙を拭いいつもの笑みを浮かべ軽い言葉を言った。

「やっぱり明里のこと好きだな」

 会話のキャッチボールのように軽い言葉を私は受け取り、そしていつものように笑みを浮かべてボールを返す。

「ああ、はいはいわかってますよ」

 私は、トランクを引ったくれば、歩きだしその後を潤はついて来る。
 そして飛行場までの道のりを他愛のない話をしながらゆく。
 ついた時には、ちょうどいい頃合いで、潤はチェックをすませばゲートの向こうへ消えて、いくものだと思ったが何故か振り返りUターンしてきた。

「潤どうかした? 忘れ物?」
「うーん、ある意味忘れ物」

 そういうと、間に柵をはさみ私を潤は呼び、そして私の頬を手で包むとそのまま、頬にキスをした。
 いやいや、待ちたまえ、今まで何度も見送ったがこういうことは、初めてで、ってか皆みてるのですが、私はいったいどうすれば。

 誰か説明できる人いたら来てください。切実に。
 私が放心状態で、つったっていると、潤はそのまま私の頬を離し手を振り飛行場へと姿を消した。
 あー、なんなんだ、なんなんだ。頭の中はぐるぐる回り、血は顔に集まっているのか熱い。
 最後の最後に、余計な置き土産して私をどうするつもりだ潤。
 私は、麦ワラ帽子で熱くなった顔を隠し飛行場の外に出るとコンクリートの地面は熱で暑くなっており、顔はムンムンとしている。
 暑い、限りなく暑い。
 私は、ポケットの中をあさり、お金があればジュースでも買おうとするが、ポケットの中にはハンカチとティッシュ、そしてブローチが入っていた。

「忘れていたな、ブローチ」

 ブローチを手の中で転がし、指で摘めば日にかざした。
 やはり、どことなく見たことあるその姿に、私はこういうのを良く知っている母に聞いてみることにした。
 少し嫌嫌ながらに、電話をすれば。いつもならすぐに出てくるお母さんが今日は留守番サービスに繋がっても出てこなかった。
 仕事が忙しいのだろうか。珍しく集中しているらしいし、ブローチを聞くのは明日でもいいや。
 私は、携帯電話を閉じ、ポケットの中に入れると家までの道をのんびりと歩いた。

 途中、迷子になりかけたが、それはなかったことで。
 お昼をぬいた体は、どうやら限界らしく、体が動くたびにいい音が鳴った。
 どこか、ブラックホールにこのお腹は繋がってるんではないかと思いたいほどの音だ。
 しかし、とうの本人である私は、さほどお腹がすいたとは感じず、人体とは不思議なものだとあらためて感じる。
 さて、家へついた後は何をしようか。
 家の前へとついた私は、玄関のドアを開け帰宅を告げると、台所からせわしない足音と共に、えりちゃんママが出てきた。なにごとだ。

「明里ちゃんお帰りなさい」
「あ、ただいま帰りました」

 私は、サンダルを脱ぎ、麦ワラ帽子を頭からとると、えりちゃんママは麦ワラ帽子を持ってない逆の手を掴み私はリビングへと引きずられた。あの、そんな急がないで、私逃げないからさ!
 そんな願いは届かず、引きずられる私は他人事のように力凄いなと思った。

「明里ちゃん、見てみて! 制服届いたの」

 リビングへとつけば目の前に、横に広く厚さは薄い段ボールが目に入り。思わず声をあげた。

「おー、制服ですか」

 すっかり忘れていたことだが、私は夏休みが終われば、英士の通う中学に行くことになっていた。


 もう夏休みも終わるのだから、届いてもおかしくないとは思っていたが。いざ届けばなんやら変な感じだ。
 ちなみに教科書はとっくの昔に買っており、勉強もついていける程度に英士に学んだ。ありがたや、ありがたや。

「ね、着てみて着てみて!」

 きせかえ人形を見つけた、女の子みたいな目でこちらを見て、箱を開け、制服をおしつけてきた。
 いやいや、私は出来れば制服は着たくないというか、着たいけど、違うくて。
 ああ、もう意味がわからない。とにかく着よう、着てみようではないか。
 半ば投げやりになった私はどうやらいいおもちゃになったらしく。
 制服を着れば、椅子に座るよう命じられ。髪をいじられ始めた。
 なんだか最近デジャブが多い気がしてきた。
 しばらくすれば、私の髪は綺麗に二つにわけられ、頭に二つ、結われた髪が揺れる。
 ツインテールとは、これはまた。マニアックな。

「可愛い! もう明里ちゃん可愛い英士のお嫁さんにしたいくらい」

 いやいやー、そこらへんは本人達の自由でよろしくお願いします。
 そんなことを、心の中で思いながら。表面上は愛想笑い。
 人間とはよく出来ているものだ。
 夕暮れが少し早くなった夏休みの最後。
 風鈴は寂しそうに、風にゆれ音を奏で。扇風機は、嫌々と横に首を振る機会がめっきりと減った。
 さて、新しい生活はどうなることやら。
 秋の訪れは、きっと鈴虫が運んで来るだろう。


あとがき

夏休み、終了ー。
さて、次回から英士だらけなのですが。
やっていけるか!
どうなんだい私。

と不安な所がありますがよろしくお願いします。

桜条なゆ
2007 04/27

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