彼女


夜もおそく、時計は二時をさしていた。
紗香は寝苦しさに目を覚まし。時計に目をやれば深くため息をつき。
そして寝なおそうと布団を被り目をつむるが胸にくる重たさに不思議に思いまた目をそっと開けた。
そして視線を胸に向ければ、上に何かが乗っていることに驚き目を見開く。

「……香織さん?」

名前を呼ばれた少女は微動だにしなずただ真っ直ぐに紗香を見下ろし。そしてうっすらと笑い白いすらりと伸びた腕を紗香の頬にあてた。

「今晩は、貴方はサヤカだったかしら?」

香織は目を細め、口元に笑みを浮かべ紗香の頬を撫で上げクスリと喉の奥で笑う。紗香は恐怖に体が震え噛み合わない歯がガチガチと鳴る。

「まあどちらでもいいわ、それより貴方邪魔なのよね」

紗香から手を離し自分の頬に手をあてれば困ったといいたげに眉を下げため息をついた。

「でも何も知らないようだし、殺してしまったらワタルが悲しむから、今は殺さないでいてあげる」

紗香は亘の名前が出てきたことに驚き目を見開き。香織の手は離れ口元にそ
のままあてた。
そして、何か愉快な事があったのかと思うほど笑いだした。

「香織さん」

紗香は振り絞るようにもう一度彼女の名前を呼んだが彼女、香織はどこか他人みたいにクスリと答えるように一度笑った。

「あたしはカオリじゃないわ。オンバよ」

香織は胸をはり、どこか得意気にそういい。そして紗香の頬を一撫ですれば可愛いらしく首を傾げ「またね」と甘い声で囁いた。
香織が離れた瞬間紗香の視界は揺らぎ、自然と瞼が下りる。
だが、ベッドの底に吸い込まれる感触に体をはね上げるように起こし紗香は息をあらくし辺りを見回した。
しかしそこには先ほどいた少女は見当たらずただ寝る前と変わらない部屋が広がっていただけだった。

「なんだったの?」

紗香は汗で張り付いた髪をかきあげため息をつき。
そして後ろへと倒れ、枕に頭を埋め瞼を閉じ眠りにおちるのだった。

よく朝、陽射しを顔にうけ眩しさに紗香は目を覚ました。
昨夜の出来事に頭は重く、体には気だるさが残っている。
だがこのままではいけないと紗香は頭を振り意識をはっきりとさせるとベッドから下り兄の作る朝ごはんを食べようと部屋を後にした。

「おはよう」

紗香がドアから顔を出しキッチンを覗けばそこには桂太がいつものようにたち料理をしていた。
机には焼き上がったパンが湯気をあげ香ばしい匂いを漂わせている。

「おはよう紗香、昨日はよく眠れたか?」
「おはようお兄ちゃん、まぁぼちぼちね」

桂太はほんのりまわりが狐色に焼きあがった目玉焼きとハムを皿に移しながら紗香を見る。
紗香はうすらと目を開けその様子を眺めていると桂太は小さくため息をつきフライ返しを持った手で紗香の頭を小突いだ。

「また何か悩んでるなら兄ちゃんに言えよ?」
「……うん」

冴えない顔をし、紗香はうつ向き机に額を押しつける。そして盛大にため息をつき桂太に視線を向ければオズオズと口を開き尋ねた。

「昨夜、女の子突然訪問いらっしゃーいに出会いました、夢ですか? 夢ですね」

言い終えれば紗香はため息をつき、また机に額を押しつけた。
いきなりのことに瞬きを繰り返し口を半分開けた桂太はただ「大丈夫か?」とだけ尋ね、そしてフライパン達を洗うため流しへと向かった。
その後ろ姿を眺めながら紗香は人知れずため息をつくのだった。

「紗香ー!!」

ご飯も食べ終わり、身支度を整えた紗香は椅子に座りながらパチパチとチャンネルを変えていた。
すると突然威勢のいい声とチャイムの音が鳴りだし、紗香は急いで玄関へと駆け出した。

「亘、今日はどうしたの」
「紗香聞いて、僕撮ったんだ!」

亘はインスタントカメラを持ちながらずれてしまったランドセルを背負っている。そんな亘に紗香は苦笑いし、ランドセルを指摘すると亘は慌てて背負いなおし、また紗香に向き直った。

「で、何撮ったの?」

立ち話もなんだし、と紗香は亘を招き入れ自室へと戻る。亘は紗香の部屋に入るのは久しぶりなのか辺りをキョロキョロと見回し、ソワソワとどこか落ち着きのない様子で座った。
「で? 何撮ったの」

少し興味を持ち始めたのか紗香は机を挟み向かいに座る亘に前にのりだし尋ねると亘は目をふせ、口籠りながら一つ一つゆっくりと言った。

「昨日の夜、部屋から声がしたんだ」
「は?」

突拍子もないことを言う亘に紗香は目を丸くさせる。その様子に亘は慌てたように「でも姿は見てないんだよ」と付け足した。

「それで?」
「それで、写真撮ったら何か写るかなって…」

だんだん自信無さげにうつ向く亘に紗香は少し唸り悩んだあと口を開き。

「それって、幽霊ビルの時悩んでたやつで昨日言うって約束した?」
「うん」

真剣な顔で頷く亘に紗香はため息をつき脱力し、机に頬をつける。

「心配して損した」
「え?」
「もっと何か大変な物かと思ってたからさ」

それを聞くと亘は頬を少し膨らまし「結構怖いんだからね」とぶっきらぼうに言った。
紗香は昨夜のことを思い返し、亘に起こった出来事は同じようなことなのかもしれないと感じる。
そう思えば他人事のように言ったことに急に申し訳なく思い「ごめん」と一言呟いた。
急な事に目を丸くし、亘はゆっくりと首を横にふった。

「……それで、その写真いつ出来るの?」

カメラを指差し尋ねると亘は少し考えたあと「明後日かな」と答え、紗香は「長いね」とだけ返した。
しばらく無言が続き、時計の針だけが時を刻む。ふいにトントンとドアを叩く音がし、続けて「時間大丈夫かー?」と桂太から声がかかり、紗香はハッと我に返り時計を見た。
時計は、家を出なければいけない時間を差しており亘と紗香は大慌てでランドセルを背負い家を飛び出した。
その日の放課後、亘と紗香は一緒に薬局にカメラを持って行った。
時間は明後日の四時十分を言われ、亘は少し憂鬱な表情を見せた。

その日から、明後日まで紗香と亘の間では写真のことが頭から離れなかった。
あれは誰なのか?幽霊なのか?
考えつくことは子どもながらの幼稚なものであった。

「……妖精、って事はないかな」

六時間目の理科の時間、同じ班の亘と紗香は向かい合わせに座り実験器具を扱っていた。
亘はふと試験管を持っていた手を止めポツリと口から漏らした言葉に紗香は「例えばニーナみたいな?」と聞けばコクコクと何度も頭を上下させた。

「ほら、ニーナって親切だけど時々口悪くて悪戯好きだったじゃん! あれと同じできっと僕の所に来たのも妖精なんだよ」

少し唸り悩みながら「まぁ、その線も、ありかな」と途切れ途切れに言い試験管の中の物どおし混ぜ合わせた。
それは白から青へと変わりその様子に二人は凄いとお互い言い、周りの机からも声が上がり。
先生は皆が出来ると黒板へと実験の結果を書き始め二人は自然に無言になった。
そしてチャイムが鳴り、みんながのんびりと帰る中亘と紗香だけは違い、一目散に正門を通り薬局へと向かった。
途中、紗香は神社のベンチで待っていると言い亘と別れ神社の方へと歩いて行った。
幽霊ビルの前は何時もながら静まっており、ただポツンとそこに存在している。
チラリと横目でそれを見るが特に変わりないその様子に紗香は足早に立ち去った。
幽霊ビルに関わってから変なことばかりが起きる。
変なことが起きるまではそれを求めていたがいざ自分に降りかかってくると良いことなんても一つもない、紗香はため息をつきながら古びた朱色の鳥居をくぐり境内に入り最近設置されたはがりのベンチへと歩んだ。
いつも人気のない神社ではそこは空いており、夏には神社の木々が木陰になり暑さをしのいでくれ、秋には木の葉が積もる。
しかし今日は違った、左右ひとつずつ設置されたベンチの左には美鶴が座っており厚く重そうな本を膝の上に広げ読んでいた。

「あれー、美鶴じゃん」

意外な人物に紗香は目を丸くさせその名前を呼んだ。
美鶴は聞き覚えのある声に顔を上げ、その方向を見るとランドセルを背負いこちらを向いている紗香の姿があり少し驚いたように目を見開いた。

「隣座ってもいい?」
「あぁ」

紗香の問いかけに美鶴は少しお尻を上げ横へとずれた。
そして空いたスペースに紗香はお礼を言いながら座りランドセルを自分の膝に置き空を見上げた。

「あー、今日もいい天気ですね美鶴さんや」

眩しさに目を細め空を見上げる視線を美鶴に移すと、美鶴は青いしおりを本の間に挟み閉じていた。

「もう読まないの?」

紗香は本を指差し尋ねると美鶴は「紗香が来たからな」と頷いて言い自分の横に本を置いた。
別によかったのに、と申し訳なく思い縮こまり。紗香は横目で置かれた本を見た。
本の表紙は深い藍色をしており微かに古びた感じで紗香は目を光らせ「その本なんの本?」と興味津々に尋ねた。
美鶴は一瞬迷うように目を伏せ表紙をひとなでする。
紗香はまた不味いことを聞いたか、と口に手を当てながら視線をさ迷わせていると美鶴は意地悪そうに笑みをたたえ紗香を見た。
「紗香には難しすぎて多分わかんないと思うけど?」
「それ、私がバカだと言いたいのかい美鶴くん」

真顔で返す紗香に美鶴は口に手を当て喉の奥で笑いだした。
その様子に紗香は眉を寄せ不機嫌そうにベンチに座りなおした。

「どうせ美鶴様には敵わないいませんよ」

腕を組み、そっぽを向く紗香に美鶴笑いながらも「わるい」と謝り。紗香は苦笑いを浮かべ美鶴の背中を軽く叩いた。

「そういえばお前何でここ来たんだ?」
「ん、ちょっと友達待ってるの」

ベンチに足を乗せ、膝を抱えて微笑む紗香に美鶴は少し眉を寄せ「友達って?」と尋ねた。

「美鶴も一回会ったことあるよ、わた」
「紗香ー!」

亘って言うんだ、そう言う前に本人が手を振りながら片手に写真を持ち近づいてきた。
紗香は美鶴から視線を外し亘へと振り返り、ベンチから立ち上がり駆け出した。

「亘遅い!」
「ごめん、薬局で嫌なお客がいて」

顔の前で手を合わせ謝る亘に紗香はしょうがないなと言うかのように苦笑いを浮かべる。
亘はその笑みに同じように笑って返し、ふと視線を感じベンチの方を見やるとそこには無表情にただ座っている美鶴と紗香のランドセルが置いてあるだけだった。
美鶴は亘と目が合うと興味無さげに視線をそらし、本を手にとり読みかけのページを開け先ほどと同じようにただ黙々と読み始めた。

「芦川……?」

亘はぽかんと口を開け美鶴の顔を見た。
紗香は亘の視線の先が美鶴だとわかると美鶴へと振り返り頷いた。

「うん、さっき会って話てたんだ」

紗香は亘の手をとり、ベンチへと移動しランドセルの横に座る。
場所が無く亘は必然的に立つことになり紗香の前に立ちチラチラと横目で美鶴の方を覗いていた。

「へい亘! 私のお膝の上においで」

パンパンと膝小僧を叩きながら呼ぶ紗香に亘は思いっきり顔を横にふり「いいよ」と何回か繰り返した。
その反応につまらなさそうに手を膝に置き美鶴へと視線を向けた。
美鶴はそこに誰も居ないかの様にただ本に意識を向けており、紗香は服の裾を摘み少し引っ張ってみる。
一回目、反応無し。ただ本が捲れる音がしただけだ。
二回目、少しこちらに視線を向けた。だがまたすぐ本へと目は戻っていった。

「美鶴」

紗香は痺をきらし名前を呼ぶと美鶴は顔を上げ「なんだよ」と面倒くさそうに答えた。

「あー、こちら亘です」

紗香は亘を差し言うと、亘は「あ、三谷です」と頭を下げた。
美鶴は一瞬亘を見たがすぐ視線をそらし紗香を「それで?」と言いたげに見つめた。

「よかったら私ともども仲良くしてやってよ」

バシバシと美鶴の背中を叩き、一通り叩き終えればベンチから立ち上がり鳥居の方へと体を向けた。

「紗香どこ行くの」
「飲み物買いに下まで、亘と美鶴は話といてよ、すぐ戻ってくるからさ」

ひらひらと前を向いたまま後ろに手を振り紗香は鳥居をくぐり抜けた。
途中亘の困ったように紗香を呼び止める声がしたが紗香の耳には入らずただ空に響いただけだった。

鳥居を抜け真っ直ぐ行くと幽霊ビルが見える。その側に自動販売機があり、モーター音が中から聞こえただ静かにそこにいた。
あまり人が通らないからだろうか。ひどくちっぽけな物に見えるそれは、いつも飲み物がある状態で今までに一度も売り切れの表示を紗香は見たことがなかった。

「えーっと、ココアは」

一つ一つ指差しながら上から順に確かめていくと二段目の真ん中にそれはあり、紗香は鼻歌を歌いながらお金を入れボタンを押す。
押すと同時にガシャンと中から音が鳴り、取り出し口にはココアが一つ出てきた。
それを二回繰り返し、亘と美鶴の分のココアを買うと腕に三本の缶が収まった。
紗香は小走りで二人の元へ行き、丁度鳥居を抜けた時に亘の声が聞こえてきた。

「お父さんは写真が撮るのが好きなんだよ」

強くそう言いはなつ亘に美鶴は「ふうん」っ鼻先で返事をする。
紗香は鳥居の側に立ち尽くし一対何があったのかついていけずにいた。

「じゃ、いいじゃないか」

美鶴は話は終わったと言わんばかりにくるりと身体の向きを変えて、紗香の方へ、鳥居のへと歩き出した。

「美鶴、何かあったの?」

近づいてくる美鶴に声をかけると、美鶴は居たのかと困ったように笑った。

「別に、あいつが勝手に騒いでただけだよ」
「そうなの?」

美鶴の肩の向こうに突っ立っている亘を見れば紗香はもう一度美鶴の顔を見る。
一瞬目を細め微笑む美鶴に紗香は自分の顔が熱くなるのを感じた。

「じゃ、またな」
「あ、うんまたね」

横を通りすぎる美鶴を振り返り見つめ、自分の腕の中に残るココアに視線を落とした。

「美鶴!」

缶を一缶握りしめ美鶴に声をかける。そして美鶴が振り返ればその缶を美鶴に向かって放り投げた。

「また、学校でね」

缶を落ちてくると同時に受け取り美鶴はそのまま一回手を振った。

「おい、待てよ!」

紗香も手を振り返そうと腕を上げた瞬間後ろから亘が小走りでやってきた。
きっと美鶴に対して言っているのだろう。
だが、美鶴は興味なさげに踵を返しその場を後にした。

「何だよ! 問題があるなんて、ヤなこと言いっぱなしにして」

吐き捨てるように言うと亘は先ほどまで美鶴が座っていたベンチに近づき写真を落とさないように座った。
後を追いかけ、紗香は亘の隣に座りココアのプルタブを開けそれを差し出した。
亘はお礼を言い受け取ると、口をつけば一気に飲みほした。

「亘、何言われたか知らないけどドンマイ?」

ズズッと少しづつ飲みながら横目で亘の顔を見ると、亘は苦虫を噛み潰したように苦々しい顔をし写真を捲り。
最初の写真に戻ってくると力が抜けたかのように膝に写真を放った。

「……写ってない」

何が、とは言わずただそれだけを呟き亘はうなだれた。
紗香はそれに、二通りの意味を含んでいるような気がし声がかけられなかった。
紗香はココアをベンチに置くと膝の上に置かれた写真を取り。順番に捲っていった。
そこには当たり前と言うべきか、亘の部屋だけが写っており妖精など何処にも写っていなかった。

「亘」

写真から顔を上げ、紗香は亘を見る。亘は未だうなだれており、紗香の声には何も反応をしめさなかった。

「亘、写るものが全て真実じゃないよ」

ピクリと肩が動いたような気がした。紗香は笑みを浮かべると亘の顔を覗きこむ。

「亘が見たならそれでいい、聞いたならそれでいいじゃん、人に何を言われようが私は信じてるからさ」

紗香は亘の頬を両手で摘み横に引っ張ると、亘はフガフガと何か言いながら涙目になり。紗香はその様子に可笑しそうに声に出して笑った。

「だからさ」

パッと手を離すと亘は頬に手を当て痛そうに擦る。顔を上げ紗香の顔を見て、亘は口を開き何かいいかけた時それを遮るように紗香は声を出した。

「笑って?」

困ったように眉を寄せ笑みを浮かべる紗香に、亘は言葉を飲み込む。そして「ありがとう」と、口を動かし微笑んだ。

「でもほっぺた引っ張るのは辞めてよね」
「いやー私無器用だからさ」

頭をかきながら声を出しながら笑う紗香に、亘は「意味わかんない」と同じように笑った。
境内には二人分の笑い声が響き、風がそよそよと吹いていた。
2006 12/06


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