転校生

朝から教室は騒がしかった。
春の連休前に転校生がやってきたからだ。クラスの女子の大半は、転校生の話題で持ちきりだった。

「ねぇ聞いた?隣のクラスに転校生が来たんだって」
「えー嘘、いいなぁー」

女子の一人は体をくねらせ、何度も何度もいいなを連呼していた。
他にも女子は「カッコいいんだって」「成績いいんだって」「英語ペラペラなんだってよ」「お父さんの仕事の関係で、ずっと外国にいたんだって」など、嘘か真かわからない噂話をしていた。

亘と紗香は噂話に花を咲かせている女子たちを見た。
カッちゃんは隣で今日提出の宿題を亘のを写すのに必死だった。

「女子って噂話好きだよね」
「本当にね、って私も女子なんだけど」

苦笑混じりに頷く紗香に亘はポカンと見つめ、あぁと納得したかのように手をうった。
それを見た紗香は「ちょっと待て!」と、席を勢いよく立ち上がるとクラス中そちらを向いた。

最初の頃は皆なんだ?と興味深く覗いていたが、話の中心が紗香と解るといつものことか、と皆それぞれ話に戻っていった。

「ちょっと亘今まで私のこと女の子として見ていなかった!?」
「うん」

紗香の質問にすんなりと正直に頷くと、紗香は無表情になり不機嫌そうに乱暴に座った。

「なら私はオカマですかー?」
「そうとは言ってないよ、ただ…」

亘は目をふせ、口ごもった、紗香は「ただ?」と目を据わらせて尋ねると亘は少しおどおどしなつつも言葉を続けた。

「ただ…普通の女の子とはちょっと違うかなって思って」
「うーんそれは褒められてるのか?」

紗香は腕を組み、顔をしかめて考えると亘は頷き「自分的にはね」と笑った。

「なら一応褒め言葉と受け取っておきます。」

紗香は頭を下げ腕を付きだし、手を亘に向けると亘はパシッと手を叩いた。

「終わったー!」
「おめでとうカッちゃん」
「間に合ってよかったね」

腕を伸ばし、体をほぐすとカッちゃんはプリントを亘に返し、二人に向かってブイサインをした。それにならい、二人もブイサインを返した。
それから他愛無い話をしていると、突然名前を呼ばれた。

「岡本ー!委員会のプリント!」

紗香は名前を呼ばれ、その方を見ると、そこには宮原がたっていた。
宮原はドアにもたれかかりながら手を振り、紗香は亘たちに待っててと言うと、宮原の方に駆け足で近寄った。

「みーやーはーら、委員会のって今日まで?」
「今日まで、昨日言わなかった?」

プリントで頭を叩かれた紗香は宮原を少し睨むと顔の前で手を合わせた。

「転校生〜転校生はどっこかな」

紗香は鼻歌を歌いながら、トイレへと続く廊下を真っ直ぐ走っていた。
途中角に差し掛かり曲がろうとすると、角から人が出てきた。
紗香はそれに気づいたが急には止まれず角から出てきた人とぶつかってしまった。

「っ!」
「!」

紗香は、曲がってきた人の胸に顔が当たり、鼻をぶつけると後ろへと弾きとばされた。
尻餅をつき「いたい」と声をあげると、鼻をさすりながら立ち上がり服についた埃を払い落とした。
当たった人に謝ろうと顔を上げ口を開いたが声は出てこずただ呆然とその人を見た。

その人、いやその少年は周りの女子が見ると誰もが振り返り、かっこいいと言うぐらいの美少年だった。
紗香も例外なくその少年に見惚れていた。

「おい」
「えっあっはい!?」

声をかけられ紗香は身体を強張らせて、裏返った声をだした。
少年は呆れたように紗香を見ると、紗香は居心地悪そうにソワソワとした。

「あっあの、すみません…でした」

頭を深々と下げ謝り、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
紗香は頭を少し上げ、相手を上から順にソーッと覗き見た。
顔だちは中より少し上、世間から見たらかっこいいと言われる倫、服は普通な感じに、黒っぽい服そうだった。
それだけを見たら上の学年の人かもしれないと思ったが胸元を見てその考えは打ち消された。
「アシカワミツル?」

胸元には転校生につけられる名札がついていた。
「芦川美鶴」それはこの前転校してきた人の名前だった。
紗香は頭を上げ、まじまじと美鶴を見ると指差した。
そして声にならない叫び声を上げた。

「な、君が転校生かよー!?」

紗香は叫ぶだけ叫ぶとガクリと演技かかった倒れかたをした。
何処からか取り出したハンカチを噛み締めると「よよよ」と言いながら泣き崩れた。
美鶴は一度紗香を見たが、何もいないかの様に避けて教室へと帰ろうと歩きだした。
紗香は横切る美鶴のズボンを掴むと顔を上げ美鶴を見上げるとニンマリと笑った。

「待ってよ。女の子泣かしといて逃げるんですかー?」

紗香はフフフと含み笑いをして美鶴に尋ねたが美鶴はその手を振り払おうと足を動かした。
紗香はいきなり動かれたことにより足の踏ん張りがきかず無様な格好で引きずられた。

「ちょっ、美鶴!話し聞いてよ」

数メートル引きずられた紗香は抗議の声を上げると足をバタつかせた。
美鶴は名前を呼ばれたからなのかピタリと足を止め、振り返った。
その間に紗香は手を離し、服についた埃を払うと美鶴の方を向いた。

「なんかよう」
「いや、そのごめんね。初対面に対して言う言葉じゃなかった」

頭をかき、ごめんと謝る紗香を見ると美鶴は「別に」とそっけなく言うと踵をかえしてまた歩きだした。

「あの、訳が…訳があるんだよ!」

紗香は駆け寄りながら口を開いた。美鶴はまだ何かあるのか、とうんざりしたように向き直った。

「その、転校生、女の子だと思ってさ。男の子で少しガッカリして思わず口が滑って」

紗香は目をふせバツの悪そうにもじもじとした、美鶴は面倒そうにため息をつくと「それで?まだ何かあるの」と尋ねてきた。
紗香はそう返されるとは思わなく目を丸くさせた。そして少し笑った。
それは決して馬鹿にしたような笑いじゃなく、何か思い出したかのような含んだ笑いだった。
美鶴はいきなり笑いだした相手に表情を変えず、少し苛立ちを感じた。

「あっ、ごめん。ちょっと知り合いに似てて」

紗香は一度息を吸い込み気持ちを落ち着かせると美鶴を見つめ「別に用事はもうないけどお願いならある」と、はっきりと言うと、美鶴に向かって手を差し出した。

「お友達になりませんか?」

一瞬呆気にとられた美鶴は、差し出された手と紗香を交互に見ると口を開いた。

「おまえは友達になるのに許可とるの?」
「いや、別にそうは思ってない。ただ美鶴様の場合は許可とらないといけない気がしてさ」

嫌味ったらしく「様」をつけて微笑む紗香に美鶴は少し笑うと「変なやつだな」と言い、差し出された手を取った。

「岡本紗香。隣のクラスだから何かあったらどうぞ来てくださいな」

握手を交した手を離すと紗香は教室へと歩きだし、それを追うように美鶴も歩きだした。
教室までの道のり、他愛ない話しをして戻ると教室のドア付近で友達と話している宮原が立っていた。
宮原は二人に気づくと顔を上げ手を振った。

「お帰り、遅かったね」

紗香は手を振り返すと同時に大股で歩き宮原に近より肩を組み顔を近づけた。

「ちょっと宮原、転校生男の子だなんて聞いてないよ」
「言わなくても別に困らないじゃん」

紗香は肩を落とし「そうだけど」と、言うとため息をつき宮原の肩に手を置いた。

「宮原くん、君は私が友達100人目指してるの知ってるでしょ?」
「あぁ、散々話しているやつね」

宮原は頷いて答えると紗香は「なら!」と顔を上げ美鶴を指差した。

「なら、なんで女の子じゃなくて美少年なの!」

紗香は思いっきり宮原の肩を叩いた。
叩くと手を開き宮原に見せるようにつきつけた。

「50人、女子だったら祝50人目だったんだよ!」
「そんなの知らないよ。ちなみに男子は何人目?」

宮原はニコニコと何時もと変わらない笑みを浮かべ聞くと、対象的に紗香は眉をひそめ口を開いた。

「44人…」

気まずそうに言うと、宮原は渇いた笑いを返した。
紗香は大きくため息をつくと「まぁいっか」と言い振り返り美鶴を見た。

「美鶴、とにかく学校案内するから行こっか」

紗香はプリントをひらひらとはためかせ、腕を上げると「出発ー!!」と声を出し先頭を歩きだした。
その後を笑いを堪えるように口に手を当てる宮原と呆れたように笑う美鶴が追いかけていった。
2006 09/15

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