目が覚めた。いや、正確には夢の中で意識がはっきりした。
紗香はむくりと身体を起こすと辺りを見回した。

「紗香」

後ろから名前を呼ばれ、紗香は振り返るとそこには父の一が立っていた。

「お父さん!」

紗香は立ち上がり、一に駆け寄ると一は紗香を抱きとめようと腕を広げた。

あと少し、紗香は手を伸ばし一の手に触れようとした。
しかし次の瞬間、紗香の視界には花柄の薄いカーテンが広がった。

「紗香!逃げるんだ早く!!」

耳に入った警告の言葉、頭ではわかっているが身体は動かなかった。叫びたい、叫べない。声は押しつぶされ、出てくるのは声にならない悲鳴だけ。

カーテンの向こうから手を伸ばされた。
受け取ってはだめ。紗香は動かない身体で地面をはっていった。
何とか逃げのびると服を掴まれた。後ろを振り返ると瞬間、暗闇が襲い、意識を手放した。

目を開けると、自分の部屋の天井が見え、パジャマは汗をかいていた。
気持ち悪い、汗がしめったパジャマは少し重く感じた。
着替えたかったが眠さとダルさに紗香は手を額にあて、天井の一点を見つめると、そっと目を閉じた。

「お父さん」

最後に呟いた言葉は暗い部屋の中に響き、一瞬にして消えた。
翌日、身支度を整えて亘の家のチャイムを鳴らした紗香は眠たげに立ったまま頭を揺らしていた。
暫く待つとドアが開き、これまた眠たそうな亘がランドセルを背負い紗香と目があうと片手をあげた。
紗香もそれにならい片手をあげると大きな欠伸をし、目尻に出てきた涙を拭き取るとエレベーターへと歩きだした。

「今日は階段使わないの?」

珍しく階段を使わず、エレベーターへと歩いていく紗香の背中に亘は尋ねた。
紗香は止まると振り返り「足滑らして転びそうだから」と、そっけなく言うと、また欠伸をした。
亘もつられるように欠伸をすると紗香は「眠いね」と言い亘は静かに頷いた。

歩道を歩き、道行く人を眺めながら二人は横に並び歩いていた。

「昨日、亘はバレた?」
「ううん、紗香は?」

亘は首を横に振り、視線を紗香へと移すと紗香は苦笑混じりに頷いた。

「バレた」
「えっどっちに?」
「お兄ちゃん」

紗香は亘と目を合わせると、亘は心配そうに恐る恐る「大丈夫だった?」と尋ねた。

「少し怖かったけど、大丈夫」

紗香は昨晩のことを思い出すと力なく乾いた笑いを漏らした。
紗香には七歳上の兄が一人いる、兄の名前は岡本 桂太。
仕事で忙しい母親の変わりに紗香の面倒をよく見る、他人から見たら最高な兄に違いないだろう。
だが最近紗香は頭を抱えたくなる時が度々あったりする。
昨晩のこともそうだ、家に帰ると部屋の前に仁王立ちしている桂太に驚き、必死に謝り倒すと桂太は一回は納得して許したがその後、三時間ほど正座で説教をした。
そこまでは、どこの家にもありそうな事だがその時言われた言葉に紗香は頭を抱えた。

「いいか、紗香は女の子なんだから男の子となんと遊ばないで、女の子とつるんで女の子らしくしろ」

紗香はその言葉に怒りたい気持になった。自分の友達を侮辱されている気分だったからだ。
しかしここで反論したらきっと説教の時間は延びるだろうと、今までの教訓を活かし、ただ頷くことだけをした。

桂太は一通り話終えると小指を差し出し「約束だからな」と、紗香の小指を絡め約束をさせた。
これは岡本家で使われる約束の仕方だ。子供っぽい、とよく言われるが一番わかりやすく、簡単に出来るので岡本家ではよく使われている。

そんなこんな三時間説教をされていると気づけば三時半になっており、眠るのはそれからになった
「と、いうわけなんだよ」

説明をした紗香は思い出すとため息をつき、目を擦りまた欠伸をした。
「大変だったね」
「…うん、しかもそんな日に限って夢見悪いし。」

紗香は肩を落としため息をつくと、暫く顔をふせていたが何か思いだしたか顔を勢いよく上げ亘を見た。

「そういえば亘は?亘はどうして眠たそうなの」
「えっそれは…」

亘は視線を紗香とあわそうとしなず、あさっての方をみた。
紗香は先回りして亘の顔を覗きこむと亘は一歩後退った。

「わかった。香織さんだ!」
「えぇ!?」

亘は裏返った声を出し、目を丸くさせた。紗香は違った?と首をかしげて聞くと亘は視線を地面にやった。

「うん、まぁそんな感じかな…」
「亘もついに恋したのかー!」

紗香が大声で叫ぶと亘は慌てて紗香の口を塞いだ。
紗香の声で横を通る人や、前を歩いている人は亘と紗香を迷惑そうに見ていた。二人はバツの悪そうな顔をし、お互い苦笑いした。

「で、亘本当に恋したの?」

紗香は興奮しているのか、頬が赤みを増し、目をらんらんと輝かせた。
亘は首を思いっきり横に振った。

「違うよ。ただ、昨日の大松社長とか、少し気になって」
「ふーん。なんだ、そっか」

二人は校門をくぐると運動場に足を踏み入れた。二人以外に生徒は沢山登校しており、そこらじゅうから「おはよう」と挨拶が飛び回っていた。
「亘、あんまり考えすぎないほうがいいよ」
「なんで」

紗香は亘の頬を指でつっつき、触ると亘の眉間へと手を伸ばし指でそこを叩いた。

「眉間、皺よってる」
「……」
「それと、亘少し機嫌悪そう」
「余計なお世話だ」

亘は紗香の手を弾くと、下駄箱へと足を向けた。
紗香はやれやれと肩を落とすと、亘の後を小走りで追った。

「睡眠不十分は、イライラのもとー」
「何が言いたいの」
「休み時間とかは考えごと止めて寝ろってこと」

睡眠仲間募集中ー!紗香は腕を上げ、振り回し廊下の真ん中で言うと亘はポカンと口を開けて紗香を見た。
紗香はニヤリと笑うと上げていた手を下ろし「睡眠仲間」と、手を差し出すと亘は、苦笑しつつ手をとった。

「バカじゃないの」
「バカですから」

お互い笑いあうと手を一度離し、上の方で手を叩きあわせた。
一通りのことが終ると教室のドアを開け、紗香は大きな声で「おはよう!」と、言い自分の席へとついた。

席につくと前の席に座っているサナエの肩をポンと叩いた。
呼ばれたサナエは振り返ると「どうかした?」と尋ねてきた。

「お願いサナエ!!今日ほとんど寝てるとおもうから後でノート見せて!!」

紗香は両手を顔の前で合わせると、頭を下げた。
サナエは「しょうがないな〜」と苦笑すると紗香に手を差し出した。
紗香は顔を上げ、首をかしげるとサナエは不適な笑みを浮かべた。
差し出した手を上下に振った。

「プリン、今日のプリンくれたらいいよ」
「物々交換ってやつですか」

紗香は差し出された手にプリンと書かれた紙を乗せると、サナエは「確かにいただきました」と、へたなウィンクをして前を向いた。
紗香はうつ伏せになると腕を枕代わりに使い、目を閉じた。
薄れる意識の中、一時間目の始まるチャイムが鳴った。
視界が白くなった。
ふわふわと、浮く感覚。自分が上を向いているのか下を向いているのかわからない。夢の世界。
紗香はまた夢か、と思うと身を夢にゆだねた。

「紗香」

優しい女の人の声がした。紗香は浮く身体をくるりと一回転させると、辺りをみまわした。

「だれ?」

恐る恐る、声をふりしぼってだすと白い視界が更に白くなった。
紗香は眩しくなった辺りに目を細め、光の溢れる方を見た。

「紗香、現世の―」
「うつよ?…うつよの、何?」

女の人の声は雑音が紛れ込み、紗香の耳には届かなかった。
次第に光は小さくなり、声も遠ざかっていった。

「待って!ねぇ何が言いたいの?」
「玉をーけて、たびー」

手を伸ばした紗香は、光に手をかざし捕まえようと手を握ったがそれは空をきった。
何度も何度も手を伸ばしては空をきる。

浮く身体で前へ進むが光は紗香を待たず、どんどん遠ざかっていく。

「待って!ねぇお願い。」

紗香は両手を広げ、大きな声で叫んだ。しかし願いは届かず光は小さな点となり、消えていった。
紗香はぼーぜんと光の消えていった方を眺めると、歯をくいしばり、手を固く握ると顔を上げ叫んだ。

「待てって言ってるのがわかんねーのか馬鹿やろうー!!」

ガタッと机が動き、イスは後ろへと派手な音をたて倒れた。
教室にいた全員が音のするほうへ振り向いた。
視線の集まる方向には、紗香が立ち上がり、息があがっているのか肩を上下させ息をしていた。

「岡本さん。どうかしたの?」

担任はチョークを片手に持ち、教科書を開けて、紗香を見た。紗香は暫くつっ立ていると前の席のサナエに手をつっつかれ、ハッと我にかえった。

「あっあの、そこの問題ちょっとわかりずらいなーって」

紗香は冷や汗をかきながら顔をひきつらせ、担任に言うと、担任は黒板に目をやり「そうか」と納得するともう一度説明しだした。
紗香はホッと安堵するとイスを立て直し席に座ると頬ずえをつき黒板の字をノートに写していく。
紗香はノートに写し終えると先ほどの夢に出てきた言葉をノートに書き出した。

「うつよ」、「ぎょく」、「たび」全て繋がるようで繋がらない言葉。
夢には意味がない。自分でもそれは納得してわかっている事なのに紗香は頭を抱えて考えた。何かが引っかかる、最近よく夢をみるようになったから疑い深くなったんだろうか。

紗香はため息をつくとえんぴつをノートの上に転がした。コトッとえんぴつがノートの間に転がっていった。

「ーじゃあ今日の授業はここまで、給食当番は着替えたら給食取りに行ってね」

担任は教科書をまとめるとドアを開け、教室を出て行った。
担任が出ていくと教室中は騒がしくなり、バックにチャイムがなった。
紗香はサナエからノートを受け取ると机を動かし、亘とカッちゃんのもとへ行った。
欠伸をかみころして亘とカッちゃんを左右順番に見ると二人は朝とは違う雰囲気だった。

「どうかしたの?」

紗香は配られてくる給食を並べると亘に聞いたが、何も返事はなかった。カッちゃんに視線を向けるとカッちゃんは肩をすくめ、首を横に振った。

全て配られると紗香はプリンをサナエに投げ、挨拶をするとパンを千切って食べ始めた。

「あ、そういえば亘には言ったんだけど、今朝石岡たちのテレビのこと、オヤジに聞いてみたんだ。」
「へ〜、何て言ってた?」
「それが、わからないって。石岡の親父さん、ずっと来てないっていうんだ。だからテレビのことはよくわかんなかったよ」

「そっか」とパンを千切っては口に放り込み、給食を食べた。
その時間は三人あまり喋らず、過ぎていった。

放課後になっても亘は機嫌が悪かったのか挨拶もそこそこに帰っていった。
カッちゃんと紗香は苦笑し「触らぬ神に祟りなし」と亘を追い掛けずそっとしといた。
紗香はカッちゃんと別れをつげ、幽霊ビルに差し掛かるとビルを見上げた。

「何も、ないよね」

紗香は独り言を呟くと横目でビルを見つつ、その場を後にした。

マンションにつくと階段を駆け足で昇っていった。
カンカンカン、と非常階段を昇って行き自分の部屋の階につくとドアの取っ手を持ち一度振り返ると風が顔に吹き付け、髪が踊り、耳元には風の音が響く。
フッと笑みが溢れると紗香はドアを開け、マンションの廊下へと入った。

部屋の前につくとポケットから鍵を出し、鍵穴に入れると回し。
扉を開けた。
「ただいま」といいながら部屋に入り、靴を脱ぐと留守電の再生ボタンを押し、冷蔵庫へと駆け寄りドアをあけた。

「用件は、一件です。」

ピー、と鳴る機械音の後には聞きなれた桂太の声がした。

「紗香、今日塾の日だろ?クローバー橋の方工事してたから気をつけろよ。後おやつはいつもの冷蔵庫だから」
「はいはいー」

紗香は機械相手に相槌を打ちながら、おやつのゼリーを取り出し。
引き出しからスプーンを取り出すと、口にくわえ食卓のイスを足で引き、席に座った。

「じゃあな」

桂太はそう言うと電話を切り、ピーピー、と大きく機械音がなった。ゼリーをペロリと食べた紗香は食べ終わった皿を洗うと流台の横にある食器棚においた。
自室に行くと鞄を持ち出し、部屋を飛び出した。
今日は塾には歩いて行こうと紗香は鍵を閉めるとちょうど来ていたエレベーターに飛び乗った。

学校へと逆の方へ歩いて行くと途中、隣のクラスの宮原が見えた。
紗香は後ろから肩を叩くと宮原は驚いたように背筋を伸ばし後ろを向いた。
紗香が手を握ったり開いたりして笑いかけると宮原は苦笑して手を振った。

「岡本、今日は早いんだな」
「ふふーん、たまには宮原とワンツー勉強したいなと思ってさ」
「なんだそれ」

宮原は吹き出し笑い、紗香はつられて笑った。塾までの道、紗香と宮原は他愛無い話をした。

塾につくと、いつも通り早くに開いている部屋へと入り、自分の席にそれぞれついた。
紗香は荷物を自分の席に置くと宮原の元へ行き勉強を教えてもらっていると、次第に人が集まりだし、亘もやってきた。
紗香は亘に気付くと宮原にお礼を言い、亘の方へと走って行った。

「亘!」

紗香は両手で亘の背中を押すと亘は前のめりになり、よろけた。

「な、何すんだよ!」
「紗香ちゃんを置いて帰ったバツだよーん」

紗香はおどけて言うと亘はポカンと口を開けて見ていたが、頬をかくとバツの悪い顔をした。

「その、今日は機嫌悪くてごめん」
「ん?いや、いいよ。時々あることだし」

紗香は特に気にした様子もなく、あっけらかんと答えると亘は苦笑し「ありがとう」と言った。

「ちなみにカッちゃんも多分気にしてないよ」
「だといいけど」

紗香は亘の頭をくしゃくしゃと混ぜるように撫でた。亘はやめろよと手を退けると、ちょうどよく先生が入って来て、皆自分の席へと急いで戻って行った。

紗香は塾の二時間、集中して受けていたが所々意識は違う方へ向いていた。
今日見た夢を思い出しては頭を抱え、そして何もわからず勉強へと戻る。
時々亘が注意されてるのを聞くと、紗香は自分の頭をふり、意識を戻していた。
帰る時間になるとため息が出るほど疲れがどっときた。

「亘ー。あのさ、私ね」

今日変な夢をよくみるんだ。紗香は続けてそう言いたかったが、マンションの共同玄関の前に人がいるのに気付くと亘を肘で小突いた。
小突かれた亘は顔をあげると、紗香を置いてその人の元へと走って行った。
紗香は後ろから頭を下げてその人物、亘の父、明に挨拶をすると亘に別れをつげエレベーターホールへと走って行った。

部屋に戻ると、桂太がエプロンをして紗香を迎えに来た。

「ただいま」

紗香が玄関に荷物を置き、靴を脱いで部屋に上がると桂太は柔らかい笑みを浮かべ「おかえり」と紗香を迎え入れた。

食卓テーブルにはハンバーグなどの乗った皿たちが置いてあり、紗香はイスに座ると、少しあいた和室の方を見ると小さく口を開いた。

「ただいま、お父さん」

小さく紡ぎだされた言葉は、テレビのバラエティー番組の笑い声に混ざり、消えていった。
2006 09/11


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