始まり

幽霊ビル、いつしか皆の間で噂になっていた。

それは結構前から噂されていたのか女子の中では紗香だけがその噂を聞いていなかった。

「小舟町のさ、三橋神社の隣にビルが建ってるだろ? あすこに幽霊出るんだってさ」

カッちゃんはちょっぴり興奮しているのか、"ユーレイ"と発音するときにはそこが裏返った。
紗香は「いつも通ってるあそこ? 」と聞くとカッちゃんは「そう、そこそこ」と頷いて言った。

「カッちゃんはユーレイ話好きだからなぁ」
「オレだけじゃないって、みんな言ってるって。夜中にあそこを通りかかってバッチリ目撃しちゃったヤツもいてさ、あわてて逃げ出したら追いかけられたんだって」
「ふーん」
「どんな幽霊なのさ」
「ナンカじいさんらしい」

お爺さんの幽霊って…小学生を追いかけれるほど速いのかな。
紗香は首を傾げながらカッちゃんの話を聞いた。

「どんな恰好してンの」

カッちゃんはごしごしと鼻の下をこすると、声を低くした。
その様子に紗香は口に溜った唾を飲み込みはやまる鼓動を感じながら手をきつく握った。

「マント着てるんだって。真っ黒なマント。すっぽりと、こう」

と、カッちゃんは頭から何かかぶる仕草をした。
紗香は「それ、フードじゃないの? 」と聞くとカッちゃんは悩むように頭をかき「人から聞いたからわかんねぇよ」となげやりな答えをいい紗香は納得しない顔をした。
「それじゃ顔見えないじゃんか。なんでじいさんだってわかるんだよ」

亘の言葉にカッちゃんは顔をくしゃくしゃにした。

「わかるもんはわかるんだよ。そういうもんだろ、ユーレイは」

カッちゃんは言って、ニッと笑った。
そんなもんかな?と、紗香は思ったがあえて口には出さなかった。
「おまえってヘンなとこマジメでカチカチね。やっぱり鉄骨屋の息子。紗香は紗香でイタイとこつくしよ」
「えーだってさ。何か納得いかないっていうかさ…」

口を濁らせるとカッちゃんは大袈裟に手を振り上げ、ピンと腕を伸ばし亘と紗香を指さした。

「おまえら、マジメカチカチ組な」

亘と紗香は突然のことに目をパチパチと何度かし、お互い顔をみあわした。
カッちゃんはニッと笑い、指していた手をおろした。

「なら、カッちゃんは」
「チャッチャッ組」

亘と紗香はお返しだといわんばかりに言うと。
カッちゃんは頭を抱えて大袈裟に背中をのけぞり「そうくるか!!」と言い。
二人は吹き出し笑い、カッちゃんもつられて笑いだし、その場に三人の笑い声が響き渡った。

その日の休み時間、亘は幽霊話に女の子たちともめたのか、亘と話ていた女の子たちは怒りながらそれぞれの席に戻った。
亘は亘で肩を落とし、眉間に皺をよせ自分の椅子に座った。

「ねぇ亘、どうかしたの?またリクツでも言ったの?」

紗香は亘と女の子たちのやりとりを見て、またリクツを言い女の子たちを怒らせたのだろう、と思い亘に話しかけた。

話しかけると亘は突然思いつめた表情で紗香を見てきて、紗香が首を傾げると亘は目を泳がせ、顔をふせた。

「ねぇねぇ、亘何か言いたいことでもあるの?無いなら顔あげてよ」

紗香はしゃがみ、机に顎を乗せ亘の顔をのぞきこんた。
亘を紗香の言葉に顔をあげると、かすかに聞こえるかぐらい声で聞いてきた。


「紗香はオレのこと嫌いじゃないよな?」
「…何?女の子たちに亘なんか嫌いよ!とかでも言われたの?」

紗香は呆れたように間抜けな声を出すと亘は不機嫌そうに顔をしかめ「もういい」と言いそっぽを向き頬杖をついた。
紗香は亘のそんな様子に少し吹き出し笑い、亘の背中をひとおもい叩くと亘は少し唸声を出し紗香を睨んだ。
紗香はそれに動じなく人差し指を横に振り笑い「私は亘のこと好きだからさ、安心しなよ」と言いその場を後にした。
紗香の言葉に少し気が楽になったが、やっぱり亘は女の子たちの発言に納得しないのか眉間に皺をよせ、帰り道ではカッちゃんの話を聞いてるのか微妙なほど考えことをしながら歩いていた。

「やっぱりヒデは凄いぜ!」
「うん、そうだよね」

紗香はカッちゃんの言葉に相槌は返すが、やはり亘が気になるのか、亘の方を見てはため息をひそかについていた。

カッちゃんは一人で盛り上がり、宙に向かって拳を振り回しながら力説し、三人は問題の幽霊ビルの近くにさしかかった。
普段なら、カッちゃんはこのひとつ手前の角を右に曲がるのだが、今日はサッカーの再現実況中継解説付きに夢中になり、帰ることを忘れているようだった。
亘と紗香もカッちゃんが曲がり忘れてるのに気づかず、歩いており。
紗香は亘のことは後ででも大丈夫だろうと思い、カッちゃんのサッカーの話にまじわった。

「んでヒデはあそこでスルーパス出して」
「そうそう!それがよかったんだよね〜」
「ちょうど角度はこのくらいで…」
「ねぇ、カッちゃんに紗香」
紗香とカッちゃんは昨夜の試合の前半三十二分のヒデの活躍を語り、ちょうどカッちゃんがヒデが通したスルーパスの角度をボディアクションでやっていると、亘が突然呼びかけてきてカッちゃんは片足をあげたまま亘の方を向き、紗香はなんだろうと首を傾げつつ亘を見た。

「あん?何?」
「どうしたの亘?」
「ここなんだよな……」

亘はシートに覆われたビルを見上げた。
ボロボロの布は風が吹くたびにはためき、五月晴れの真っ青な空に、薄汚れた青いビニールシートは惨めで悲しそうだ。
カッちゃんは体勢を立て直し、紗香とカッちゃんはお互い顔を見合わしもう一度亘をみた。

「おまえ、どうかしたの?なんでユーレイなんかにそんなにこだわるんだよ」

カッちゃんが亘に言ったが亘は黙ったまま、怒ったような顔をして歩き続けていた。
どうせ休み時間の女の子たちに言われたことを引きずっているのだろうと思い、紗香は亘の横につきカッちゃんの方を見た。
カッちゃんも紗香の方を見てお互い頷いた。

「何時だよ」
「何時に行くの?」

二人の声が揃った、だが亘はなかなか質問に応えなかった。

「おい、返事しろよ」
亘はそれに応えるかのように立ち止まり二人の顔をみた。

「何時って?」
「そりゃー決まってるじゃん」

紗香も亘に並ぶように立ち止まり、カッちゃんは空に浮かんだ見えないサッカーボールを蹴るみたいに、ぽんと右足を突き出し紗香の言葉に続くように言った。

「張り込みだよ。付き合ってやるよゥ」

紗香はそれに同意するように頷いた。

「で、やっぱり夜っていったらさ」
「真夜中だろ」
「ですよね〜」
「十二時かぁ」

カッちゃんは笑い、紗香は心配そうな顔をし「亘、大丈夫?」と聞いた。
亘は最初、何のことだと首を傾げたが思い出したかのように「あっ」といい罰の悪そうな顔をした。

「オレんとこは宵っ張りの商売だからいいけど、おまえ、家を抜け出せンの?」

カッちゃんの言葉に亘は少し悩んだあと「たぶん、大丈夫」と言いその場はカッちゃんと別れを告げ帰路についた。

亘と紗香は小さい頃からの幼なじみでマンションの部屋も隣どおしで親どおしも仲がよいほうだ。

紗香はマンションの共同玄関を開け、マンションの中へと入り、亘のほうを振り返った。

「ねぇ亘、無理だったら私とカッちゃんで調べてくるからさ。無理はしないでね?」

亘は少し目をパチパチさせたあと弱々しく笑った。

「大丈夫だよ。たぶんだけど家帰ったらまた方法考えるし」
「ならいいけど、私も何か思いついたら電話するから」

亘はそれを聞くと「九時までにね」と言った。紗香は笑い「おばさん怖いもんね。わかってるわかってる」と言い、リズミカルに階段をのぼっていった。

家の前につくとドアノブを持ち、捻り「またあとで」とお互い言いあいドアを開け家へと入った。

2006 07/13

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