部屋に泊まる話
恭介の漫画が部屋に来てからはや一年。
気がつけば増えている漫画の量と、気がつけば居る恭介に私はどうしてこうなったという思いでいっぱいだった。
いつから私の部屋は二人部屋になったのか、いつからこの女子寮のセキュリティーは甘くなったのか、そしていつ恭介は自分の部屋に帰るのか。
「ねえ恭介」
「ん?」
宿題の手を止め、私は椅子を回し振り返る。
使われていない方のベッドに寝そべり、漫画から顔はあげずに恭介は返事を返す。
気づけば日は沈み夜がふけ始めようとしている空に、机に置いていた時計はなかなかいい時間を指していた。
「そろそろ帰らないと消灯の時間すぎるよ」
「そうしたいんだが、今いいところなんだ」
受け応えながら読み進める恭介に、私はベッドの脇に積まれた漫画の冊数を数えた。
あと四冊ぐらいだろうか、このままでは夜更けまで居座る勢いだ。
「それ部屋に持って行って読んだらいいじゃん」
「そしたら今度はその続きが気になるだろ」
四冊ぐらいへの河童だろと言うが、恭介の読んでいるのは新シリーズまで出ているものらしく、よくよく部屋を見渡せば今読んでいる漫画と同じタイトルの上に「新」と書かれた漫画が見つかった。
なぜそんな長編ものをチョイスして読み始めたのだと数時間前の恭介に問いたい。
「そりゃ、読みたいから」
「まあ、そりゃそうだ」
これでは水の掛け合いだ、私は深くため息をついた。
さすがの恭介も、私のため息に漫画から顔をあげ「どうした」と何てことないことのように尋ねてくる。
まあ、察しろという姿勢で言わない私にも非がある。
「あのね恭介、もう夜もふけてきたよね?」
「そうだな」
「明日の準備もしなきゃいけないんだよね」
「俺のことは気にするな」
「……お風呂入りたいの」
「ああそうか、入って来い」
「はいれるかー!」
何てことない風に言い漫画に戻る恭介だが、私はさすがにそこまで恥を捨てきれてない。
着替えの下着やらパジャマやら普通にタンスから出せば済む話だが、さすがにお風呂上がりに出迎えられるのはどうなんだろうか。
幼なじみだからそんな気にしなくても、と言われればそうだがさすがに色々と抵抗がある。
私が悩んでるのに気付いたのか、恭介はついに重い腰をあげた。
「よし、わかった」
そう言うと恭介は行きと同じように窓から出ていき、それ以上何も言わずに男子寮へと駆けていった。
いきなり聞き分けのいい恭介に疑問を感じつつ、これ幸いと私は窓を閉め鍵をかけると安心してお風呂へと向かった。
女子寮には大浴場と各部屋に備えつけられたバスルームがある。私は気兼ねなく入れるバスルームで疲れをとるのが一日の最後の楽しみだった。
身体を洗い終えるとゆっくりと湯船につかり、湯あたりしそうになるまでお風呂を堪能する。
この後に冷たい飲み物を一気に飲むと最高だが、この時間だから買いにいくのは我慢しよう。
パジャマに袖を通すとタオルを首にかけ、まだ乾いてない髪を拭う。
あとは明日の準備をして寝るだけだ。
そう思いドアを開けると帰ったはずの人がそこにいた。
「よっ、お前結構長風呂なんだな」
「……」
本におとしていた視線を上げて軽く挨拶をする恭介に、思わずドアを閉める。
なんで、窓は閉めたはずなのに、不法侵入? 頭の中をぐるぐる回る不可解な事態に私の口からは「えー……」とま伸びた声がもれた。
まさか見間違えだろう。
私はそっとドアを開くとちょうど恭介もドアを開けようとしたのだろう。不自然な格好で立っていた。
「突然戻ってどうした?」
ドアに手をつき開ける恭介に、私は上から下までその姿をみた。
よく見ると恭介もお風呂に入ってきたのかその髪は若干濡れており、服も制服から寝巻に変わっていた。
「えー……」
「えーってなんだえーって」
恭介は私の首にかかっていたタオルを取ると、そのまま髪をわしゃわしゃとかき混ぜ水気を取ろうとする。
突然のことに身体に力が入るが、次第にその手つきに安心感と共に眠気がおそってくる。
「って違う違う、なんで恭介居るの、てかどこから入ってきたの」
私は恭介の手を掴み動きを止めると、恭介は面をくらったように目を丸くさせた。
「どこって、そりゃ窓から」
「鍵かけたのに……!」
窓を見れば確かに開いており、カーテンが風に揺れていた。
恭介は気づかぬうちにピッキング能力を身に着けていたというのか、というかそれはもはや犯罪なのではないのか。
「理緒気づいてなかったのか」
「何が?」
恭介は、手を掴んでいる私をそのまま引きずるような形で窓辺へと連れて行き窓の鍵の部分を指差した。
「糸?」
よくよく見れば、鍵に細糸が巻きつけられており、それはそのまま外へと通っていた。
つまりだ、この糸を外から引っ張れば鍵は簡単に開くということだ。
いつの間にこんな小細工を施したんだ。
「さっき部屋を出る時に仕掛けていったんだが、閉める時に気付かなかったのか?」
「そんなところまで見てないよ」
私は恭介から手を離すと、ベッドに顔をうずめそのまま深いため息をついた。
糸を回収すると恭介はそのまま窓を閉め、私の頭を叩くとタオルを取っていく。
「そのまま寝ると風邪ひくぞ」
まるで勝手を知っている家のように、気づけば恭介はドライヤーを取り出し私の髪にそれを当てていく。
頭にかかる温風と優しい手ぐしにまぶたも重くなっていく。
ってまたもや流されかけているが違う違う。
「恭介ここに泊まる気!?」
私は身体を勢いよく起こすと、恭介はドライヤーのスイッチを切りそのまま所定の場所にそれを直しにいく。
そして輝かんばかりの笑顔で恭介は振り返る。
「もちろんさ」
何がもちろんだ、と鈴なら言うだろう。私も言いたい。
恭介は自分が持ってきたであろうカバンをあさると中から制服や教科書といった学校用品が出てくる。
「安心しろ明日の用意も持ってきてるぜ」
「安心できるかー!」
私の投げた枕は恭介の顔面に見事にあたった。
しかしあーだこうだ言うのもこの時間を考えると今さらな気がし私は諦める。
明日の学校の用意をしようと恭介に背中を向けると、頬に突然冷たいものが押しあてられその冷たさに驚き振り返ると、悪戯に成功したように笑う恭介の姿があった。
「理緒これ好きだろ? さすがに手ぶらじゃなんだからな、買ってきたんだ」
そう言って差し出すジュースはお風呂からあがったら飲みたいと思っていたもので、こういうところが恭介はずるいなんて思ってしまう。
「ありがとう」
受け取り口にふくむと、喉を流れるその味わいに思わず顔がほころぶ。
「機嫌なおったみたいだな」
「誰のせいだ誰の」
「まあ、俺だな」
分かりきった答えに一つ腕を振り上げるとそれは簡単に手で止められる。そして没収されるジュースに、私は一つ頭を下げるのだった。
ジュースを飲み終わり、まったりとしていると気づけば時刻は日付を超えており、眠気に一つあくびがもれた。
恭介は相変わらず漫画に没頭しており、その冊数も今読んでいるので一区切りつきそうだ。
「恭介、机のライトつけていいから部屋の電気消してもいい?」
部屋の電気を消そうとスイッチを押しに行くと恭介はちょうど読み終わったのか、本を閉じると顔をあげた。
「なんだ、もう寝るのか」
「そりゃ明日もあるからね」
「そうか……」
「電気消すよー」
「ああ」
電気を消すと一気に暗くなる室内に、布をこすり合わせる音だけが聞こえる。
その音に若干疑問を抱きつつも、ベッドへと近寄り掛け布団をめくる。
そして身体を潜り込ませると何か暖かいものにあたり、目を凝らして見るとそれは恭介だった。
「って何で私のベッドに入ってるの」
「あっちはカバーも掛け布団もないんだから当たり前だろ」
「いやいやいや」
確かにあっちはベッドというよりはただのベッドマットの置かれただけのものだが、それとこれとは違うくないか。
私たちは幼なじみとはいえ男女の中だ。
「いいだろ、俺とお前の仲なんだし」
「どういう仲……」
私は諦めて今日はタオルケットでもかぶって隣で寝ようと、掛け布団から出ようとすればその腕を取られそのまま布団の中へと引き込まれた。
何が起きたかなんて出来れば考えたくない。
背中に感じるぬくもりに、掴まれた腕が熱をもつ。そして頭にかかる息に、自分が抱きしめられているのだとわかる。
「昔はよくこうやって寝たよな」
「む、昔って小学生の頃でしょ」
近づく距離にはやる動悸に、私の動きは止まり恭介の手が離れていく。
確かに昔はお泊りをしたときなんか皆で雑魚寝をしたことはあった。だけどそれは昔のことであり、今じゃ少し状況が違う。
「おやすみ」
「……おやすみ」
撫でられる頭に、少し離れていく体温に振り返ると恭介が背中をむけたことがわかった。
一気に静かになる空気に、互いの息使いだけが聞こえる。
背中に感じる恭介のぬくもりに、さきほどまでの眠気はどこへやら私の目は完璧に冴えてしまった。
恭介はもう寝たのだろうか。しばらくしてから聞こえ始めた深い寝息ふと思った。
しかし一体何時間たっただろうか、いや実際にはそんなに経ってないのだろう。
そんな状況下に私は小さく息をついた。
「ん……」
その声にか、相手の身動ぎに息が詰まる。
やましいことなんてないのだが、背中に緊張感がはしる。
すると突然向こう側から手が伸び、それがお腹に回る。
「きょ、恭介?」
突然抱きよせられ、起きている時とは違うそれに手に汗をかく。
起きてるという可能性はないだろうか、そんな考えが浮かぶが多分ないんだろうな。
声をかけてみるが身動ぎ以降、相手はまったくというほど反応をしめさない。
やっぱり横でタオルケットにくるまって寝ればよかった。
「理緒……」
「……っ!」
耳元でささやかれる声に、心臓が飛び出すのではないかと思えるほど高鳴る。
恭介、起きてるなら離れてくれ、寝ていたとしても離れてくれ。
このまま朝方までに私は死ぬのではないかというほど汗をかき、喉がかわく。飲んで寝たというのになんとうことだ。
なんとかしてこの状況を打破出来ないか、考えを巡らせる。
そうだ、トイレにいこう、トイレという名目で立ってここから抜け出しそのままタオルケットを取り出して寝よう、そうしよう、うんそれがいい。
考えがまとまれば、私は細心の注意を払い恭介の腕の中から抜け出しトイレへと向かった。
ほっと息を付ける瞬間がこの時とはいかなることだ。
トイレから戻るが先ほどと変わらない恭介の姿に起こしてないことに安心する。
私は静かにタンスからタオルケットを取り出すとベッドマットに身体を横たえタオルケットにくるまる。
睡魔はそう時間がたたないうちにやってきて、私の意識は次第に薄れていった。
どうしてこうなっているのか。
私は隣でタオルケットにくるまって寝ていたはずなのに、起きると近い場所にあった恭介の顔に寝起きから心臓に悪かった。
無意識のうちにベッドに戻っていたのか、それとも恭介が運んでくれたのか。
身動ぎし横のベッドをみると、タオルケットだけが放置されている。
そして動いた時に気付いた、自分の頭の下のものに顔から火が出るかと思うほど熱くなる。
首に回る恭介の腕は、いわゆる腕枕というやつなのだろう。
恋人同士がやるものだと、よく本でみるそれを恭介にされているなど、私は今度どんな顔をして恭介に顔をむければいいんだ。
きっと当の本人は気にしてないのだろうけど。
私は身体を起こし抜けだそうとするが、昨夜とは違いしっかりと回っている腕に起こさないで抜け出せる自信がなくなる。でもこのまま恭介が起きても恥ずかしい。
ひとりあれこれ考えを巡らせるとふと、恭介の眉間にシワがよってるのが見えた。
何か嫌な夢でもみているのか、その眉間に指をこすりつけると次第にそのシワは消えていき、安らかな寝顔へとかわった。
子供のように口を少し開けて寝ている姿に、少し可愛さを感じる。
案外触っても起きない恭介に、私はその頬を指で突っついたりする。
しかし顔がいいとはよくいったものだ。
見慣れた顔ではあるが、学校内でひそかに人気のある恭介がこうやって気の抜けた姿をみれるのはリトルバスターズメンバーぐらいだろう。
なぜかそれに優越感を感じてしまう。
「ってなんか嫌なやつだな私……」
弾力のある肌に、若干嫉妬しつつ時計を見ればまだ朝早く、日が昇り始める時刻だった。
いつもより早い目覚めに、少しずつ気持ちも落ち着いてきたのか眠気が襲ってくる。
私は恭介の服を掴み、もう少しだけ、なんて思いながら私はその胸に顔をうずめるのだった。
(2013 11/26)
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