部屋が物置な話

 晴れ渡る空。こう気持ちのいい日は掃除するに限るとは誰かが言った気がする。
 私は散らかった部屋でも片付けるかと腕をまくり、手始めに積み上げられた本を片付けようとした時だ。
 雪崩がおきた。
 山となった本がドミノよろしくと順に崩れていき私の元に降ってくる。
 かなり痛いし重い、這い出るにも本が邪魔をして思うようにいかない。
 ああ、このまま誰にも発見されなかったら……本に押しつぶされた人と名を馳せることになるのだろうか。

「それは勘弁したいなー……」
「なにしてるんだ?」

 相変わらずノックもなしに開くドアに視線を向けると、そこには大きな紙袋を一つ持った鈴が立っていた。
 救世主とはまさにこのことだ。呆れたような眼差しが向けられているがそんなの今は関係ない。

「鈴ーへるぷー」
「しょうがない奴だな」

 腕を思いっきり伸ばすと鈴は一つ溜息をつき。紙袋を下ろすとその手を取りそのまま引っ張られる。
 出られなかったのが嘘のようにするりと抜け出す、奇跡の生還だ。
 自分がいたであろう場所は、微妙にその跡を残しており空洞ができている。

「ありがとう、鈴助かった……」
「しかし、また増えたな」

 私は足元の本から順に拾い上げると、それを手伝うように鈴もしゃがみこむ。

「ああ、漫画?」
「そろそろ理緒も恭介にはっきり言ったほうがいいと思うぞ」

 そうじゃないと理緒の優しさにあいつ、つけあがる、なんていう鈴に苦笑する。

「それは、鈴のモンペチ置く場所がなくなるからでしょ」
「当たり前だ」

 この棗兄妹はどうしてやろうか。
 なんて思いつつも断れないのが私の性分であり、そして結局はそうやって二人に頼られるのが嬉しいと思ってしまう私にも原因があるのだろう。
 そんな風に私の部屋が物置のようになったのは、今から一年前。まだ入学してまもない頃。
 はじめての寮生活、はじめての学食、はじめての学校と初めてづくしの毎日に浮かれていた時のことだった。

「本を預かって欲しい?」

 食堂で朝食をとっていると、目の前に座った恭介は挨拶もそこそこにそんなことを言い出した。

「ああ」
「なんで、また……」
「同室のやつに、片付けてくれと泣かれてな」
「そんなに酷いの?」
「まあ、見てみればわかる」

 そう言って連れて行かれた恭介の部屋は声も出ないほどの凄さだった。
 恭介の机と思われる場所と、その周辺に積み上がる漫画の山。
 一つ抜くと上から降ってくるとしか思えないその量に、呆れて何も言えなかった。
 これは、同室の子が泣くのも頷ける。

「売ればいいのに、または実家に送るとかさ」
「いつまた読みたくなるかわからないだろ」

 それは確かに一理ある。
 恭介はその山の本たちを一つ叩き、笑った。

「そこで、この本達を理緒に頼みたい」

 実に潔い笑顔である。
 簡単に目で数えたところ、三桁まではいかないが二桁後半、といったところだろうか。
 私たちが入学してくる前の一年間で貯めたであろう数に恭介の漫画に対しての思いが伝わってくる。

「それはいいけど、でもこんな大量には持っていけないよ」

 非力、とまではいかないがごく普通の筋肉量の私にはこの本たちを運び込むにはかなりの運動量となるだろう。
 今から考えただけでげんなりする。

「そこは安心しろ、俺も持っていく」
「女子寮に入るのって大変だよ?」

 決まるや早い、用意していたのであろうダンボールに恭介は本を詰めていく。
 一見バラバラに見える漫画もなんだかんだとまとまりがあるのかどんどん部屋は床を取り戻していった。
 私はそのダンボールを同じく用意されていたガムテープでとめていき、邪魔にならぬよう廊下に出していく。

「理緒の部屋は一階だろ?」
「まあ」
「しかも端の人の目につきにくい場所だ」

 なぜそれを知ってるのか、なんて彼にとってそれは何てことないんだろう。
 きっと恭介のことだ、すべてを計算のうちに入れて私に頼んできたとしか思えない。

「……つまり?」
「窓から入れば問題ない」

 問題しかないだろ。なんて、言える訳もなく私は開いた口が塞がらなかった。
 恭介の計画ではこうだ。
 漫画を外から私の部屋前まで持っていき、それを窓からいれるということだ。
 簡単といえばそうだが、万が一運び込んでるところを風紀委員に見つかったら何を言われるかわからない。下手したら二人そろって罰則に反省文だろう。

「夜に運べばいいだろ」
「夜?」
「暗闇に紛れて運び込まれる宝……まるで怪盗みたいじゃないか!」
「怪盗というより、夜逃げじゃないかな」

 輝かんばかりの笑顔とダンボールに足をのせポーズをとる恭介に、呆れた眼差しを向ける。

「それなら、真人とかも呼んだほうが早く片付くんじゃない?」

 一に筋肉、二に筋肉と真人の力があれば一気にダンボール箱が片付くのが想像できる。
 でもそれに恭介は首を横に振った。

「いや、今回は二人だけで行おう」
「なんでまた」
「なんでもだ」

 よくわからないが恭介がそういうなら二人で行うべきなのだろう。
 恭介にはそうやって人を従わせる力があると常々思う。
 リーダー気質とはこのことなのだろうな。
 私はその言葉に特に反論もせず、一つ頷くと恭介は満足そうに笑ったのが目に入った。
 部屋に少しの漫画を残し、ダンボールは結局五箱となった。
 
 決行の夜。
 皆が寝静まった頃、闇にうごめく二つの影。
 ダンボールを自室の窓まで運ぶのに二往復する。
 そして開けておいた窓に順に入れていき最後に自分が入れば本の引越しは完了だ。

「これで最後?」
「ああ、よっと」

 最後の箱を入れ終えると、恭介はそのまま帰ることなく同じように部屋に入る。
 一瞬なんで? と思うがそれは恭介も感じたのかすぐさま「本棚に直すまでが片付けだろ?」と返事がかえってきた。
 いや、それはそうだけど、明日でもいいんのではないだろうかと多少疑問に思いつつも手伝ってくれるならこれ幸いだなと頷いておいた。

「俺が言うのもなんだが」
「ん?」
「もう少し危機感持とうぜ?」

 ダンボール箱にもたれかかりながら室内を見回す恭介に、私はあんまり見ないで欲しいなと枕を投げるがそれは簡単に取られる。

「一応持ってるよ。恭介だから入れたんだし」

 恭介は微妙な顔をし枕を私へと投げ返す。
 その表情に首をかしげるが恭介はそれ以上何も言わず、私に背を向けると一度腕を回しダンボールを開けはじめた。

「よし、入れるか」 

 その声とともに空いている棚に順に漫画を入れていく恭介の姿に、私も枕を置き近くのダンボールへと取りかかった。
 私は恭介が持ってきた一番大きな箱をクローゼットの方に持っていこうと持ち上げるがあまりの重さに腕が震える。

「この箱、い、ちばんおもっ」
「それは置いておけ、後で俺が――」

 一気に持ち上げようと反動をつけて持ち上げるが重さに後ろに体が傾き、ベッドに足が取られ後ろへと身体が倒れる。
 持っていた箱は手から離れ宙を舞い、重さにか開いた箱から本が覗く。

「理緒!」

 恭介の声と共に、スローモーションに起こる出来事。
 くる衝撃に目をつむり、背中にはベッドの柔らかさを感じる。すぐさま本とダンボールの落ちる音が耳に届く。
 しかしいつまでたっても来ない衝撃に恐る恐る目を開けると、恭介の顔が目の前に迫っておりその頭に漫画本がかぶさってるのが見えた。
 その顔は痛みに歪んでおり、あれだけの量の本を一身に受けたとなれば相当痛いはずだ。

「きょ、恭介?」

 いつもより近い距離感に、心臓が飛び出さんばかりに脈打つ。
 恭介は重さに耐えかねたのか、支えていた腕が折れ上に覆いかぶさってくる。
 耳に届く恭介の息遣いと、くっつく身体に自分とは違う体温を感じ顔が熱くなる。
 恭介が恭介のようで、恭介じゃないようなそんな感覚に陥るのはきっといつの間にか大きくなったその身体のせいだろう。
 自分とは違う筋肉質な身体、骨ばった手が私の手に触れる。
 長い時間のように思えたその瞬間は、本の落ちる音で終わりを告げた。

「悪い」
「う、ううん、ありがとう」

 恭介にかぶさっていた本が床に落ち、その音とともに勢いよく離れていく。
 声は裏返り、心臓は未だに激しく脈打っており、それと比例するように顔は熱をもつ。
 今までに感じたことのない気持ちに私の頭は混乱していた。
 幼い頃から一緒にいた。今までどんなに近づき顔をつき合わせようが、こんなに気持ちが高揚することなかった。
 そういえば、中学にあがる頃には手をつなぐこともなくなったのを思い出す。
 どちらがその手を取らなくなったのだろう。思えばあれから一定の距離を開けてきていた。真人や謙吾が入っても気にならない距離が、恭介だと恥ずかしく照れくさく感じたのはいつからだっただろう。
 恭介はどう思ってるのだろう、ふとそんな考えが浮かんだ。
 起き上がってからこちらに背中を向けたままの恭介。
 その顔を見ようと近づくが、決して顔を見せようとしない恭介に声をかけようと口を開く。だがそれはすぐに閉じた。
 その耳が赤くなってるのが見えたからだ。
 その姿に、自分だけが顔を熱くさせて焦っていたんじゃないんだと、顔がほころんだ。

「その……恭介」

 名前を呼ぶとその肩がはねるが、こちらを向こうとはしない。

「ありがとう、恭介が守ってくれなかったら今ごろ本に潰されてぺっちゃんこだったよ。こう、プレスされたカーペットのように? あれ、カーペットは最初からペラペラか?」

 宙に指で円を描きながら言う私に、恭介が小さく笑うのが聞こえる。
 そして振り返る恭介の姿に、収まっていた心臓の音が一際大きく高鳴った。
 優しく笑うその表情が、月夜に照らされ輝いてみえた。
 私は赤くなる顔をみられたくなくて、そして恭介の顔をこれ以上見てられなくて、視線をそらし円を描く指はぎこちなくなる。
 今日の私はなんだか変だ。

「よし、再開するか」
「そうだね」

 ベッドから立ち上がる恭介に頷き返すと、円を描いていた手を取られ立ち上がらされる。再度近づく距離に、戸惑うが恭介の子供のような笑顔に肩の力が抜けた。
 再開された片付けは、会話こそはなかったが二人動くその空気に心地よさを感じた。
 このままで居たい、なんて思いもわきあがってくるが、その時間はあっという間にすぎていった。
 元から入れる場所は決めていたからか、一時間もあればすべての作業が終わり、恭介は時計を見ると窓に足をかけた。
 そして挨拶もそこそこに帰るのだろうとその背中を見ていると、突然恭介は振り返り手招きで私を呼び寄せる。

「なに?」
「理緒、もし――」

 なにか言いたげに口を開くが、そのまま口をつぐみ笑みをかたどると、恭介は手を伸ばし二、三回私の頭を叩く。

「いや、やめておこう」
「えー……気になるじゃん」
「俺が卒業するときまたいう」

 それまで内緒だ、と恭介は口元に指を持っていく。

「そんなん忘れるじゃん」
「いや、忘れないな」

 どこからその自信はくるのか。
 胸をはる恭介に私は笑い小指を差し出す。

「じゃ、卒業まで待ってる」
「ああ、そうしてくれ」

 その小指を恭介は絡め、約束をすれば離れていく。
 そんな、なんてないことに少し寂しさを感じた。

「おやすみ」
「おやすみなさい」

 その声とともに男子寮へと駆け出し去る背中を、小さくなって消えるまで見送った。
 明日の朝にはまた会えるのに、寂しいなんて。
 そんな私はやっぱりどこかおかしくなってたのだと思う。



「おい! 理緒!」

 気がつくと目の前に鈴の顔が迫っており、その近すぎる距離に思わず一歩後ずさる。
 一瞬ぼーっとしてしまったらしく、鈴からご立腹の声をいただく。

「ご、ごめん! ちょっとぼーっとしちゃって」

 自分の意識があさってに向いていたうちに、部屋に散乱していた漫画は定位置に積み上げられており、そのほとんどを鈴がやってくれたのだと知る。
 申し訳ないことをしたな。
 手に持っていた一冊を最後に置き鈴へと振り返ると、鈴は腕を組みまるで詮索するかのようにこちらを凝視していた。

「なんか顔赤いぞ? 風邪か?」
「え、ううん……大丈夫」

 自分のおでこと、私のおでこを合わせて熱を測ろうとする鈴に、まさか恭介のことを思い出してました。なんて言えるはずもなく言葉を濁す。
 鈴は測り終えると特に熱のない私にやはり不思議そうな顔をし「まあ、大丈夫ならいいんだが」と自分の持ってきた紙袋を持ち上げた。

「ねえ鈴」
「ん? なんだ」

 クローゼットを開け、鈴が指定したモンペチ置き場に紙袋から一つ一つモンペチを取り出し重ねていく。
 恭介の漫画を見てから自分のモンペチも置いてくれ、といってきた鈴はクローゼットの一部を借りている。
 なんでも猫たちがねだってくるのを見るとあげてしまい、それだと肥満につながるから自分を抑制するためにも身近に置きたくないとかいう理由らしい。
 気づけば綺麗なモンペチタワーが完成している。
 私はそんなタワーを見つつ何気なく言葉を呟いた。

「恭介も、男なんだね」

 その言葉に鈴は振り返ると眉間に皺を寄せ何言ってるんだ、と言いたげな目で見てきた。

「何言ってるんだ」

 前言撤回、実際に言ってきた。

「それを言うなら理樹も真人も謙吾も男だろ」
「いや、うん、そうなんだけどさ」

 なんて言うか、そうじゃないんだ。

「変な理緒だ」
「そうかも知れない」

 実際、あれから私は少し変だ。
 意識をしなければなんてことないのに、一度意識をすればしばらく恭介でいっぱいになってしまう。
 これじゃあまるで――

「恋したみたいじゃないか」
「こい?」
「なんでもない!」

 ベッドにダイブし、枕に顔をうずめる私に鈴は「やっぱり今日の理緒変だ」なんて言葉を投げかける。

「それより理緒、今から抗議に行くぞ!」
「えー?」
「恭介の本がモンペチゾーンにまで達しようとしている! ほらみろ!」

 枕から顔をあげ、鈴の指差すほうへ視線を向けるとモンペチと漫画の境界が消えかけていた。

「まあ、人間生きてくうちに物ってのは増えていくことだし……」
「これは増えすぎだと思うぞ」

 呆れ気味な鈴に、私は宥めつつ漫画本を一つ手を伸ばして取る。
 シリーズとして完結しているものが多い漫画本に、自分も楽しんでみているからな。だから言いにいかないのだが。
 後々、鈴の言うように恭介に抗議しに行ったら良かったと後悔する日が来る。
 増える本とともに、頻繁に来るようになる恭介に困るということなのだが。
 それはまた違う日の話。

(20013 11/13)


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