寝ぼけ

「はっ、くしっ」

 自分のくしゃみで目が覚めることほど切ないことはない。目を開けると見慣れぬ天井に、まだはっきりしない意識に、そういえばここ有希の家だったな、と気づくのに五秒とかかった。
 なぜこんな所にいるのかと言うと、話は簡単だ。ハルヒがお泊まり会がしたいといい、有希の家に集まり皆で横に並んで寝たのだ。
 この説明だとただ寝に来ただけのように聞こえるが、実際はその前に街中を探検したり、二股の猫を探したりと動き回った。
 そのためかオールするぞ、と意気込んでいたハルヒは、疲れはて布団に入るやすぐに寝息をたてて寝てしまい。私たちも明日のことを考え早めに寝たのだった。
 身体を起こし、時計を見ると針は午前二時を指しており、まだ寝てから二時間も経ってない。
 皆はきっと深い眠りに入っているのだろう、左右から聞こえる寝息と針の音だけが部屋を包む。
 まあ、とにかくもう一度寝よう、と掛布団を引き寄せて寝に入ろうとするがいくら探しても掛布団が見つからず、手は空をきるだけだった。
 左を向き、掛布団を探すが古泉くんが寝ている姿しかなく。次に右を向けばハルヒの上に重なっている自分の掛布団があった。
 なんだ、私が飛ばしてしまったのだろうかと手にかけて引くがビクともしなく、よくよく見るとハルヒが両手でガッシリと掴んでいるのが見えた。
 寝ている時に取られたのだろうか。そりゃ、くしゃみも出るわけだ。
 何度か手が緩まないか引っ張ってみるか、そんな気配は微塵にも感じられず。
 仕方ないのでひとまずトイレに行ってから考えるか、と立ち上がりなるべく足音を立てずにトイレへと向かった。
 正直足音より、水を流す音のほうが誰かを起こしそうな気がするがまあ流さないと仕方ない。
 レバーを奥に引くと大きな音と共に、水が配水管を伝い流れるのがわかる。手を洗い、部屋へと戻れば少しだけあった私の掛布団は完全にハルヒに取られており。さてどうしたものかとひとまず自分のスペースに座りハルヒを見るが何もいい案もなく、次に左を見てみる。
 そういえばこうもマジマジと古泉くんの顔を見るのは初めてかもしれない。寝ている姿は、いつもの古泉くんの感じがしなく、なんだか可愛いかもと思ってしまった。
 頬っぺたをつっつけば、古泉くんからうめき声が聞こえ、起こしたら可哀想だよなと立ち上がりキョンの元へと行こうと足を踏み出せば、下から名前が呼ばれた。

「名前さん……?」
「あ、起こしちゃった?」

 その場にしゃがみ、古泉くんを見ると古泉くんは寝ぼけ半分なのかいつもより気がぬけた笑みで笑いかけてきた。こういうのを無防備と言うのだろうな。

「どうかなされたんですか?」
「うん、ちょっとハルヒさんに掛布団取られましてね。私もキョンから奪おうかと思いまして」
「……でしたらこちらに来ますか?」

 掛布団を捲る古泉くんに、誘ってるんですかと冗談半分で尋ねると古泉くんはいたって真面目な顔で「ええ、そうです」と言ってのけた。
 普通、そこは違う返事が返ってくるのではないでしょうか。

「……本気で?」
「少し冗談です」

 なら残りは本気なんですか。それを口に出して聞けるはずもなく、私は躊躇しつつも寝られるならなんでもいいや、と古泉くんの横に入ると抱きすくめられ、身動きが取れなくなった。

「古泉くん?」
「はい、なんでしょう」

 顔を上げれば、古泉くんもこちらを見下ろしており、目が合う。
 今までこんなに顔が近いことがあっただろうか。私は視線をそらし、口ごもりながら「なんでもないです」と言うと、頭上から笑い声が聞こえた。
 なんだろう、この居心地の悪さは。というか抱きしめることに対して意味はあるのでしょうか。

「名前さん」
「は、はい?」

 名前を呼ばれ、緊張と共に変に上擦った声がもれる。顔を上げると、古泉くんの柔和な笑みが暗闇の中浮かび上がり。唾を飲み込むと古泉くんから鼻にかかる笑い声がしたと思うと次の瞬間とんでもない言葉が聞こえた。

「キス、してもいいですか」
「はい?」

 いったい突然何を言うんだこの少年は、冗談だろ、なぁ冗談だろ。そんな甘い空気なのだろうか。今この状況は、私としては違う空気に思えるのだが。
 背中に回っていた手が頬へと添えられ、無理矢理上を向かされる。指が滑り、唇に指の腹があたる。
 ただそれだけなのに、身体が熱くなり顔に熱が集まるのがわかる。
 冗談ですよね。

「えらく、マジです」

 含み笑いの混じった口調に細められた眼差し。息を飲むと、まるでそれが合図かのように近づく古泉くんの顔に目を固くつむり、来るであろう衝撃に構えた。
 しかし、いくら待てども想像していた衝撃は来ず、恐る恐る目を開けると目の前には古泉くんの寝顔があり。先ほどまでのやり取りはなかったかのように、気持ちよさそうに小さく寝息をたてていた。
 ドキドキ損とはこのことか。脱力した身体は、今までに感じたことがないほどの疲労を感じ。思わずため息がもれる。
 ひとまずこの腕から出ようと、向きを変えて古泉くんの手を外そうと触れると、急に引き寄せられまるで抱き枕の気分になれるほど強い力で抱きしめられた。
 これは、さっきよりも状況的にまずいのでは。嫌な汗が流れる。
 こんな所、誰かに見られたらどうしよう。キョンと有希ならば助けてくれそうだが、みくるちゃんは誤解を生みそうだ。でも一番はハルヒだ、ハルヒに見られたら私、色んな意味で死にそうだ。
 どうか起きないでください。と、心の中で念仏を唱えながら前を見ると、暗闇の中目を開けてこちらをジーッと見ているハルヒの姿があった。
 いつから見ていたんですかハルヒさん。

「名前、何やってるのよ」

 それはこちらとしても聞きたいものだ。それで、ハルヒはいつから見ていたんですか本当に。
 頭を抱えたいとはこのことなのだろう。ハルヒは布団から出ると、こちらへ四つん這いになり近づいてくる。

「古泉くんばかりズルいわよ。名前、こっちに来なさい」
「はい?」
「早くしなさい」

 少し苛立った口調に眉間に皺を寄せるハルヒに、私は無理言うなと言いたい。というかだ、ハルヒ。君寝ぼけているだろう、そうだろう?

「別に寝ぼけてないわよ。それより来ないならこうするわよ」

 その言葉と同時に、もう一枚。私の上へ布団が被さったかと思うと、ハルヒが抱きついてきた。
 突然のことに、私は声をあげてハルヒの名前を呼ぶがハルヒは既に夢の世界の住人になったのか寝息しか返ってこなかった。
 この状況、どうしろというんだ。

「あ、暑い……」

 背中には古泉くんの体温を感じ、前からはハルヒの体温が直に伝わる。それに合わせて掛布団が二枚折り重なり、暑いことうえなかった。
 しかし、包囲された私は身動きが取れるはずもなく。耳元では古泉くんの吐息とお腹に回された手を意識してしまい、胸がうるさく鳴り。ハルヒはハルヒで胸が当たりドキマギしてしまう。
 あぁ、解放されるのは、あと何時間後なのだろうか。虚しく時を刻む針の音だけが唯一の救いだった。

090308

あとがき

古泉くんと布団の中でイチャイチャ、というなんとも萌えなシチュエーション。
絶対布団では無防備なんだよ、古泉は。(*´д`)
リクエストしてくださった匿名さん、ありがとうございます!
形にするのがあまりにも遅く、申し訳ございません。
少しでも楽しんでくださると嬉しいです。

090308*桜条なゆ

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