天然不幸少女とキョン

 あれは、いつからだろうか。
ある人が言った恋は変に似ていると、そしてまたある人は言った恋する人は変になるからそう言われるのだろうと。
 確かに恋は人を変にさせる。現に、恋愛とはこの長い人生の中でまだまだ無縁だと思っていた俺も、変になっちまった。

「キョンくん、おはよう」

 朝のハイキングコースを上り終え、下駄箱から上履きを取り出した時だ。後ろから声をかけられ、振り返ればいくつもの花をバックに背負い満面の笑みを浮かべて俺に話しかける名字の姿があった。

「あ、ああ。おはよう」

 情けなくどもりながら俺はその姿から目をそらし、上履きを地面に落とし乱暴に足を入れる。
 どうもこいつと居ると調子狂う、ならんでもいいのに顔が熱くなり嫌に胸が鳴り話しかけられるたび嬉しさに顔が緩む。矛盾しているのは俺にもわかる、嬉しいのかそれとも厄介なのかよくわからん。まあ、偉大な人はそれが恋なのだと言うだろう。

「キョンくんどうかした? 何か顔色が優れないけど……」

 名字は俺の顔を覗き込むようにして声をかけ。俺は突然の顔の近さに驚き、思わず後ずさり柱に頭を思いっきりぶつけてしまった。我ながら情けないと思う。

「だ、大丈夫? キョンくん」

 突然後ろに下がり、自ら頭を打った俺に対し名字は慌てて俺に駆け寄ろうとしたが。

「へっ、いや、ぃやあー!」

 何もない地面につまずき、俺に向かってダイブしてきた。競泳選手も驚きのスタートダッシュだ。
 その一瞬一瞬がとてもスローモーションに見える。このまま避けることも出来るが、どこの世界に好きな女の子が自分に向かって来るのを避けるだろうか。かくして、俺は自分の痛みも省みず名字に手を伸ばし受け止め。名字は可愛らしく悲鳴をあげ、俺の腕の中に収まった。

「大丈夫か?」
「な、なんとか……ごめんねキョンくん。本当にごめんね」

 俺の腕の中で涙を浮かべ、何度も頭を下げ謝る名字に俺はどうしたものかと悩んだのちひとまず落ち着かせるため背中を擦ってやることにした。

「ちょっとあんたたち何してるのよ」

 背中を擦ろうと手を背中に回せば、まるでタイミングを見計らったかのようにハルヒが鞄を片手に持ち仁王立ちでこちらを見下ろしてきた。
 おいハルヒ、誰も見ることは無いがな。スカートぐらい気にしろ。下から見るとパンツ丸見えだぜ?

「そんなことはどうだっていいのよ」

 よくないだろ。

「それよりもあんた、私の名前を泣かしてどうなるかわかっているんでしょうね」

 さあな、一体どうなるんだ。

「あ、あのハルヒちゃんキョンくんは悪くないの。私が勝手に転んでキョンくん押し倒しちゃっただけで、そのキョンくんは悪くないんだよ本当に」

 押し倒した、まあ確かにこの状況からいけばその表現が正しいだろう。名字は俺の上から慌てて退くと、手を差し再度謝る。気にしてないからそう何度も謝るなよ、むしろこっちが恐縮してしまう。
 俺はその小さな手に手を伸ばし握りしめる前に、ハルヒはその手を掠めとり俺の手は虚しく宙に浮いたまま止まってしまった。おい、ハルヒお前はせっかくの名字の好意をだな、いとも簡単に俺からとるな。

「なーによ、鼻の下伸ばして名前にデレデレしちゃって、バッカじゃない。名前、こんな奴ほって教室に行きましょう」
「え、でもハルヒちゃん私まだキョンくんにちゃんと謝ってないしそれに……」

 俺が立ち上がる時には既に名字はハルヒの手によりクラスへと連れて行かれており、こちらを時々振り返る名字の顔が遠くからでもわかるほど申し訳なさそうに眉をさげていた。猫の耳、または犬の尻尾が付いていたとしたらきっと今ごろどちらもヘタレてるだろう。
 俺はズボンに着いた砂を払い落とせば足下に転がる鞄を拾い上げ、二人の消えていった廊下を、後を追うかのこどく歩き教室へと向かった。
 彼女、名字名前はハルヒにしては珍しい俺の知っている中で数少ない友達の一人だ。
 最初に会ったのはなんだったか、そうだ名字がハルヒに頼まれた物を届けに来たときだ。
 思い返せば数週間前、今でも忘れようと思っても忘れられない出会いだった。
 その日、退屈な授業が終わり地獄からのプレゼントと言える憩いの時間である昼休み。珍しく古泉が変わらぬ微笑で五組の教室へと姿を現し、ハルヒを見つければ隣に誰か居るのか話しかけていた。おい、また何か厄介事を持ってきてないだろうな。
 俺は、弁当を机の上に載せたままその姿を見ておれば古泉が隣の人物に道を譲り、横から女子生徒が顔を見せた。口を固く結び、スライド式のドアに手を添え、古泉とハルヒの顔を交互に見たのち口を開いた。

「ハルヒ、ちゃんー……」

 とても小さな声で、オドオドとまるで人見知りの激しい幼稚園児が恥ずかしげに先生を呼ぶように、ハルヒの名前を口にするが当の本人は気づかず何か紙に向かって文字を走らせていた。
 そういえばこいつがチャイムと同時にすぐさま食堂に向かわないのも珍しい。

「はっハルヒ、ちゃんー」

 先ほどより気持ち的に大きな声で再度ハルヒを呼ぶがやはり気づかず、俺は仕方なくハルヒに声をかけ入口を指さすと、ハルヒは面倒くさそうに入口の方を向きそこにいた人物に入ってくるよう呼びかけた。

「あ、あのハルヒちゃん入ってよかったの?」

 その女子生徒は近くで見ると、丸くパッチリと開かれた瞳に、薄い桜色の唇。頬は恥ずかしさからだろうか、赤らめながらバスケットを持ちオロオロと周囲を見渡していた。朝比奈さんとはまた違った愛らしさを持っている。

「いいわよ、たかが教室じゃない」

 確かにたかが教室だ。そこらへん嫌というほどいろんな人が出入りしている。たがな古泉、お前まで来ないでいいだろ。
 所でお前と彼女はどういう関係なんだ。恋人の紹介にでも来たのか。

「残念ながら違います。彼女とはクラスがご一緒でして、涼宮さんに用があるらしいんですが一人では心ぼそいとのことでしたので」

 つまるところ、付き添いってことか。

「ええ、そうなります」

 古泉は笑みを浮かべ、頷けば。俺の恋人発言に顔を赤くさせた彼女はニ、三度瞬きを繰り返すとハッと我に返り、勢いよく振り返ると古泉に笑みと共にお辞儀をしてお礼を言った。

「ありがとうございます古泉くん。ごめんね、付き合わせちゃって……」
「いえ、それでは僕はこれで」

 用事の済んだ古泉は、会釈すると教室から出ていき、彼女はその後ろ姿を見送れば俺へと向き直り目が合うとパッと下に反らされ、口をもごもごさせ指を下の方で回していた。

「えっとあの、ありがとうございます。ハルヒちゃん呼んでくれて」
「へ、あ、あぁ」

 やっと出てきた言葉に俺は拍子抜けし、思わずなさけない返答を返してしまった。

「あの、それで、お名前伺っても宜しいでしょうか?」

 モジモジと、だが丁寧な物言いの彼女は俺に名前を尋ねた後、俺が名乗る隙もなくハッと我に返り慌てふためき口を開いた。

「す、すみません自分が名乗らず、いけしゃあしゃあと尋ねてしまって」

 どうやら彼女の中のモットーは相手に名前を聞くときはまず自分から、らしい。どこの武士だと思うが、その様子があまりにも必死で愛らしく少し口元が緩んだ。

「私、名字名前と申します。ハルヒちゃんとは小学生の時からの付き合いで、以後お見知りおきを」
「ああ、よろしく。俺は――」
「キョンよ」

 いつの間にか名字のバスケットをひったくり、机の上に置き中身を本人の了承も得ずに覗き見てるハルヒは、こちらを向かずそれだけを言いはなった。

「キョンって……あ、もしかしてハルヒちゃんのお友達のキョンくんですか?」

 こいつと友達と言っていいのか疑問に思うが、ハルヒがそう彼女に俺のことを紹介したのだろう。その問いかけにうなずき返すと次の瞬間、名字は満面の笑みを浮かべ興奮をおさえきれないように頬を紅潮させ「うわっうわっ」と言葉にならない声をあげた。まるで小さな子どもが新商品のお菓子を見つけた時のような反応だ。

「私、ハルヒちゃんによくキョンくんのお話聞いていて会ってみたかったの。想像どおり素敵な人で凄く嬉しい」

 俺の手を取り上下に振り、小さな子どものようにはしゃぐ名字に俺は驚きと共に胸が高鳴り、されるがままにされているとバスケットの中身確認が終わったのだろうか。
 ハルヒが椅子を倒すのではないかと思うほど勢いで立ち上がり、名字の手を取った。

「あんた、何あたしの名前に気安く触ってるのよ」

 それは心外だな、俺からは断じて触ってない。彼女から触ってきたんだ。

「どっちでも触ったことには変わりないじゃない」
「あ、あのハルヒちゃん……」

 名字が手を掴まれたまま、この状況にうろたえ俺とハルヒの間を視線が行ったり来たりしており。おろおろした様はもう暫く見ていたい気はしたが、さすがの俺もそこまで非道ではない。
 おいハルヒ、お前彼女と何か約束でもしてたんだろ。

「そうよ、こうやって無駄な時間を過ごしてる場合じゃなかったわ。名前、行くわよ!」

 ハルヒはバスケットと名字の手を両方の手で握りしめたまま、小型台風のごとく教室を後にする。その際に名字はつまずいて転び、じゃっかん引きずられるような格好になったのは、たぶん見間違いだと思いたい。じゃなかったらあれは痛い、顔面からまともに床とご対面したのだからな。

 その日の、俺はいつもと変わらない授業を終え。さあ、SOS団部室で朝比奈さんのお茶でも飲みに行こうと重い腰をあげた時だった。



「少しお時間いただいてもよろしいでしょうか?」

 無駄に爽やかなにこやかにスマイルを浮かべた古泉が、わざわざ五組の教室まで顔を出し俺を呼び止めた。
 なんだ、またハルヒ関係か?

「そうとも言えますが、違います」

 ならなんだ、まさかまたあの閉鎖空間とやらに俺を招待する気か。

「あなたが望むのでしたら、いつでも招待させていただきますけど」
「いや結構だ、それでなんだ」

 古泉は胡散臭い笑顔を、さらに胡散臭くし俺にひとまず座るよううながしてきた。

「さて、今回あなたをわざわざひき止めたのは名字名前についてです」
「名字が何か問題でもあるのか?」

 まさか本人は自覚ないだけで、異世界人や宇宙人未来人とかまたとんでもない奴だったりするのか?

「いえ、それについてはご安心ください。あなたと同様極々普通の女の子です。ただ、」

 古泉は言葉を切ると一旦息をつき、顔をあげる。

「少し人とは違った、特異体質らしいんです」
「不幸を呼ぶ体質だろ」

 驚きに満ちた顔が俺を見つめたのち「ご存知でしたか」と眉を下げ弱々しい笑みを浮かべた。

「俺も知ったのは数時間前のことだ」

 ハルヒと名字が去った後、すぐに谷口と国木田が俺の席にやってきた。

「あれ七組の名字だよな? いやー実物見るの久しぶりだな俺に言わせるとAランクだな」

 谷口は俺に尋ねるような物言いで、二人の去っていった扉を見つめていた。なんだお前ならあれならAランクプラスいくと思ってたが違うのか。

「俺も名字の中身を知らなければそう言ってたな」
「性格でも悪いのか?」

 どこか抜けているような気はしたが、決して悪そうには見えないが。
 谷口は顎に手をあて、ひと唸りしてみせるとまるで内緒話をするかのように口の近くに手を当て声を抑えた。

「いや、性格は凄くいい。寧ろドジッ子で癒し系だな、あれは」

 そんなことコソコソ話さなくていいだろ。普通に話せ。

「キョン、お前よく空気よめとか言われるだろ?」

 面白くなさそうに近づけた顔を離した谷口に、国木田は無邪気な笑顔で。

「それ、谷口がよく言われてるんじゃない?」

 そう、すっぱりと言い捨てた。どうやらそれは当たりらしく、谷口が胸を押さえ大袈裟に苦しみだす。
 いいから彼女の何がいけないのか言え。

「なんだキョン、あいつに惚れたのか? 確かに朝比奈さんのように可愛いけどな、やめとけ」
「なんで?」

 国木田もどうやら気になるらしく、谷口に尋ね。思いもよらぬ人物の問いかけに谷口も口をつぐみ、慎重に口を開いた。

「あいつ、名字名前はな、不幸を呼ぶんだ」
「不幸を呼ぶ?」

 少し意味のわからなかった俺と国木田は尋ねかえせば、谷口は腕を組み大きくうなずいて見せ話を続けた。

「ああ、そうだ。ほら晴れ女雨女とかいるだろ? それと似た感じにさ、不幸女なんだよあいつは」

 その後の説明はこうだった。谷口、ハルヒの母校である東中学卒業生は全員知っているほどの不幸ぷりだったらしい。小さなことから大きなことまで、より取りみどりでなぜか不幸になるのは自分ではなく他人のことが多かったとのことだ。

「そうだな、やっぱり一番の不幸はあれだな。窓落下事件」

 窓落下事件、その名の通り下を歩いていた名字の上に四階窓が落ちてきたが。 それは最終的には名字ではなく後ろにいた人に落ち、ケガをしたという少々大事故に繋がるほどの大事だったとか。

「ああ、それなら僕も聞いたよ」

 国木田はおかずを口に運びながら頷く。そんなに有名なのか。俺はさっぱり聞いたことないぞ。

「まあ、噂程度にね」
「ま、そういうわけだ。キョン怪我したくなかったらやめとけ」

 かくして、谷口のその言葉により名字名前対談は幕を閉じた。しかし実際、それに巻き込まれなければ危ないか危なくないかは判断つかん。
 それにそんなに不幸ならハルヒはどうなんだ。

「涼宮さんは、無意識ながら彼女の不幸を回避してるんでしょう」

 まあ、それしかないな。俺は冷たくなったコーヒーを口に運ぶ。

「ただし、それは涼宮さんだからのことです」
「何が言いたい」

 相変わらず回りくどい古泉の話に、俺は少々退屈さを感じつつ時計を気にする。今何分なのだろうか。

「ご安心ください。まだ時間は充分ありますよ」

 俺が時計を気にしてるのに気がついたのか、古泉はゆうちょに言う。いいからお前は早く言え。

「すみません。つまりですね、彼女にはなるべく関わらないようしてください」

 真剣な顔つきで言う古泉に、俺はお前はどうなんだと問いかけたくなるが口をつぐむ。
 なぜだ。なんて愚問か。

「話はそれだけか?」

 俺は早く話を終わろうと腰を上げると、古泉は「ええ、すみません引き止めてしまい」と言いながら同じように腰を上げた。
 さて部室に向かうか。と思ったがこいつと一緒に行くのは気がひける。

「古泉先に行っててくれ、忘れ物取りに行ってくる」

 なので別行動させてもらうだけだ。部室も朝比奈さんの入れてくださったお茶以外行きたいとも思えんしな。

「はい、では後ほど」

 そういって古泉は部室へ、俺は何もないクラスへとそれぞれ向かった。
 しかし、それは間違いだったのかもしれん。

「あ、キョンくん」

 階段を上がり、クラスに向かう途中関わりを持つなと注意された名字名前に会ってしまった。だが、別にどうってことないだろう。

「よお、今帰りか?」
「う、うん」

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ここまでー。

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