月日が流れるのは、あっというまだと。昔の人はいいことを言う。
 そのあっというまは、本当にあっというまだった。
 気づけば六月、あのハルヒ世界改変計画から二週間もたっており。皆元の生活へと戻っていた。
 ちなみに、中間試験もこの頃に行われ、結果は、普通と言えば普通だが。あまり自分にとってはいいものではなかった。
 もっと上に行かねば、ハルヒの側に仕える秘書として恥ずかしくないようにせねば。
 その決意を言えば、ハルヒは満面の笑みで「そうよ! 頑張りなさい」と嬉しいことを言ってくれて、キョンはといえば「お前にはついていけん」と諦め半分、こいつ駄目だと言いたげに自分のテスト結果を見ていた。
 そんな普通に青春してます! と高らかに宣言出来る日々を過ごしていた時だ。

「野球大会に出るわよ!」

 なんの前ぶれも無く、各々がSOS団の部室、正確には文芸部部室でくつろいでいた時だ。
 ハルヒが高らかに宣言する、その言葉に皆動きが止まり。視線はハルヒに向く。

「え……?」

 最初にリアクションをしめしたのは、私と色違いの薄いピンク色のナース服を身にまとったみくるちゃんだった。ちなみに、私は薄い水色のナース服だ。
 みくるちゃんこと、朝比奈みくる。彼女は今やSOS団のヒロイン、マスコットキャラ的存在だ。無くてはならないってね。
 でも、そんなみくるちゃんにも隠された秘密があった。彼女はなんと未来人だったのだ。
 て、なんだこのノリ。
 ちなみに、隠された秘密を持つものは彼女以外に四人いる。
 一人は、私の側で読者にいそしむ長門有希。彼女はなんと対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースという長ったらしい肩書きを持つ、私的に略して宇宙人なのだ。
 もう万能すぎて、彼女に怖いものとはあるのかと疑問に思う。
 そして次に紹介するは、古泉一樹。彼はニコヤかスマイルを浮かべる。人畜無害な存在だが、その正体は超能力者だ。ちなみに、超能力者と言えども、限定超能力者の為スプーン曲げも出来ない、一般的には普通の男子高校生だったりする。
 続いては、先ほどから名を挙げているハルヒこと涼宮ハルヒ。彼女は、自分が普通の女子高校生ではないことを知らない。というある意味羨ましいポジションだったりする。


 彼女はある人物にとっては、監察対象、ある人物には神的存在という、もう何人なんだ君はと問いたくなる存在だったりする。
 彼女が望めば、世界を変えることはお茶のこさいさい、あっという間に世界崩壊もありえちゃうから厄介だ。
 でも、だからと言って嫌いかと言われたら大好きな方に分類される。だって楽しいんだもんな。
 さて、最後に紹介するはハルヒ同様、先ほどから名を挙げているキョンかと思われるが。残念ながらキョンは、ここでは希少な一般男子高校生だ。
 ちなみに私とは幼なじみだったりする。
 なら最後は誰だって、残るのは私しかいない。
 私こと坂下葵は、自分でも知らぬ間に異世界人に変貌していたのだ。
 正直初めに聞いた時は、信じられなかったものだ。
 今じゃそれが当たり前になっているけどね。
 さて、そんなおかしな、ビックリ人間的集まりのSOS団で何やら事が起ころうとしている。

「何に出るって?」

 キョンはしぶしぶと、いった感じにハルヒに聞き返せば。ハルヒは、もうこの上ない楽しみを見つけたと、語る表情でキョンに一枚のチラシを差し出す。

「これ」

 みくるちゃんはチラシが出された瞬間身を縮める。少し前のバニーガールは相当トラウマになったらしい。
 私は、チラシを覗こうとキョンの後ろに周り腕の隙間から顔を出せば。キョンは紙に書かれた文字を読み上げた。

「第九回市内アマチュア野球大会参加募集のお知らせ」

 そう書かれたその下には、市における草野球チャンピオンチームをトーナメント形式で決めると、丁寧に書かれてる。
 下の方には小さく、役所主催とまで書いてるからには本格的なんだな。第九回ということは、毎年行われる由緒正しい催しってところだろう。

「ふーん」

 キョンは呟き、顔を上げれば、何を思ったのか後ずさり。私は突然のことに足が絡まり、後ろへ尻餅をついた。

「すまん、大丈夫か」
「なんとか、大丈夫」

 私は差し出されたキョンの手を掴み、身体を起こせばハルヒが近づき、服についた埃を払ってくれた。

「キョン何してるのよ」
「何をってだな、そりゃお前の顔が近かったから仕方なく反射的に」
「言い訳無用!」

 ハルヒは私を後ろから抱きすくめ。私は身動きが取れなくなり、ひとまずハルヒの腕に絡みついておこう。
 キョンはその姿に、軽くため息をつき、話題を野球へと戻した。


「で、誰が出るんだ、その草野球大会に」
「あたしたちに決まってるじゃない!」

 ハルヒは、野球の話題に戻れば瞳を100万ボルトに輝かせ、断言する。

「その『たち』というのは、俺や朝比奈さんと長門と古泉と葵も入っているのか?」
「あたりまえじゃないの、あっでも葵は除外」

 ハルヒが更に私に抱きつき、背中に柔らかいものが当たり。ちょっとアップアップだ。

「なんでー」
「秘書なんだから、入るとしても補欠よ補欠。あんたには他にもしてほしいことあるし」

 して欲しいことってなんだ。耳に息がかかる度に、少し足から力が抜けるんだが。私、耳弱かったの忘れていた。

「俺たちの意思はどうなるんだろう」
「あと四人、メンツを揃える必要があるわね」

 例外なく、自分にとって悪いことは耳に入らないハルヒ。キョン、諦めろ。私たちの意思は無いんだ。
 まあ、意見言えたとしても私は同意するけどね。

「お前、野球のルール知ってるのか?」
「知ってるわよ、それくらい。投げたり打ったり走ったり滑り込んだりタックルしたりするスポーツよ。野球部に仮入部したこともあるから、一通りはこなしたわ」

 野球部に仮入部って、別に男女差別するわけでは無いが入れたのか。普通女子はソフトボールの筈だが。
 いや、でもハルヒだったら軽々入りそうだ。

「仮入部って、何日くらい行ってたんだ」
「一時間弱かしら。てんで面白くなかったからすぐに帰ったけど」

 一時間弱で野球の何を学んだ、と野球ファンまたは野球部員ならそう叫ぶだろう。だけどここはハルヒだ、自分にとってつまらないものはつまらない。
 はっきりした性格が羨ましい。

「その面白くなかった野球の大会に、なぜ今更しかも俺たちが出場しなければならないのか」
「我々の存在を天下に知らしめるチャンスだわ。この大会で優勝したら、SOS団の名前が一人歩きしていくきっかけになるかもしれないじゃないの。いい機会よ」

 元気ハツラツ、もう凄い良いこと思いついてしまったわ。と顔で物語るハルヒに、キョンは困ってるのか呆れているのか、ため息をつき。みくるちゃんは本当に困っているのかオドオド、オロオロと可愛らしく慌て。
 古泉くんは「なるほどなるほど」と呟き、さほど困っていないらしく、有希は困ってるのか、喜んでるのか不明だ。
 誰か、読心術教えてほしいものだ。


「ねっ、ナイスアイデアでしょ? みくるちゃん」

 うろたえているみくるちゃんに、ハルヒは話をふり。突然のことに、みくるちゃんはアワアワとそれはそれは可愛らしい慌てふためきよう。

「えっ? えっ? でででも……」
「なにかしら?」

 ハルヒは、私から腕を離せば、みくるちゃんの背後に回り、腰を浮かせたみくるちゃんの後ろから抱きつく。
 解放された私は、先ほどからかかる息に腰がやられ、フラフラになり、キョンに寄りかかる。
 耳はいかん、耳はいかんよハルヒ。

「わきゃ! ななな、何を何を……!」
「いい、みくるちゃん、この団ではリーダーの命令は絶対なのよ! 抗命罪は重いのよ! 何か意見があるなら会議で聞くわ!」

 会議とな、それは秘書の私でも初めて聞くな。
 ちなみに、今までやったことがあるとすれば、ミーティングらしきものだけ、だけどそれかな。
 悶々と悩んでいれば、ハルヒはもがくみくるちゃんの首に腕を絡める。

「いいでしょ野球。言っとくけど狙うのは優勝よ! 一敗も許されないわ! あたしは負けることが大嫌いだから!」
「わわわわわ……」

 みくるちゃんは、顔を赤くさせ目は白黒、震える身体は思わず抱きつくたくなる。
 ハルヒはそんなみくるちゃんのの耳をお構いなしにハムハム噛み。
 私を支えるキョンは、羨ましそうにその様子を見ており。ハルヒからキツイ睨みをもらう。

「いいわねっ!」

 いいもなにも、そんなの最初から決まっているものだ。

「いいんじゃないですか」
「古泉くんに同じく」

 古泉くんは爽やかに笑みをうかべ同調し、私もそれに手をあげ答える。
 私も古泉くん同様、イエスマンになりつつある。女だからイエスメンか? まあ、そこらへんはいいや。

「じゃっ、あたし、野球部行って道具もらってくるから!」

 ハルヒは、急ぐ北風のように勢いよく飛び出ていき。解放されたみくるちゃんは、そのまま椅子の背もたれにへたり込み。骨抜き状態、心身ともに疲れはてているようだ。

「宇宙人捕獲作成やUMA探索合宿旅行とかじゃなくてよかったじゃないですか。野球でしたら我々の恐れている非現実的な現象とは無関係でしょう」
「まあな」

 さすがのハルヒも、野球に宇宙人や未来人、超能力者は持ち出さないだろう。むしろどう持ち出すのか問いたい。
 みくるちゃんもそれに同意するように、コクコクと可愛らしく頷く。



「いやーしかし、野球か、久しぶりだな」

 私は、キョンの背中を軽く叩きお礼を言いながら立ち上がれば。キョンも、少し遠い目をして頷く。

「そうだな、小学校以来だからな」

 小学校か、いったい私はどんな小学校生活を過ごしていたのだろうか。
 今となっては解らないことだ。

「それより、葵さん耳弱いんですか?」

 いきなり何を問う古泉くん。
 てか何か楽しそうなんだけど、まさか息吹き込まないよね。

「え、いや。平気っていえば平気なんだけど、一旦ツボに入るとそのまま一直線にダイレクトに入ると言うか……」

 私がシドロモドロに、話していれば。横から優しい風が耳に吹き込まれ、突然のことに腰がくだけ、とっさに耳に手をあてる。

「な、何するんだバカキョン!」

 その場に座り、へたれこめば。キョンは悪戯に成功した子どもみたいな笑みを浮かべ私の頭に手をやる。
 ち、ちくしょう。

「まあ、この通りだ」
「人を使って証明するな」

 私は上にあがる、ナース服の裾を掴めば。出来る限り引っ張り、中が見えないようしながら、キョンを見上げれば。
 キョンに吹きかけられた耳と、反対の耳に息がかかり。私は両側からの攻撃に、変な笑いが出るまえに口を手で塞ぎ、うずくまる。 ふと横を見れば、しゃがみこんで面白そうに笑っている古泉くんの姿がある。反対の耳は君か、君のせいか。

「おっまたせー!」

 どう交渉をしてきたのか、ハルヒは出ていった時と同様、北風が逆流して戻ってきたような速さで野球用具一式を抱えて戻ってきた。
 小型の段ボールの中身は、ボロボロのグローブ九個とあちこちボコボコて年期の入った金属バットに薄汚れた硬式ボール。

「葵どうかしたの?」

 ハルヒは、それを置けば。地面に座り込む私を見る。
 いや、どうもしないよ。どうもしないと思いたいよ。

「ああ、こいつな」

 キョンはハルヒに耳打ちし。話が進むにつれ、ハルヒの顔は新しいおもちゃを見つけたように笑みを型どる。私の背に嫌な汗が流れた。

「葵、ちょっとこっちに、いらっしゃい」
「い、嫌だ」

 まだ立たない腰で、後ずされば。みくるちゃんの足にぶつかり、思わず見上げて助けを乞うがそれは無に等しかった。

「みくるちゃん、葵を捕まえなさい!」
「え、えっ」


 ハルヒはジリジリと近寄り。みくるちゃんは足下にいる私とハルヒを見比べ「ごっごめんなさい!」と謝れば、私を後ろから抱き。
 私はもう諦めた。もう好きにしてください。

「覚悟は出来てるわね」

 もう腹をくくったさ、好きにしろ。
 ハルヒは私の顔を両手で挟めば。無理矢理顔を上げさせられ、ハルヒの顔が近づいてくる。
 後ろにはみくるちゃん、前にはハルヒ。えっ何このハーレム。
 私は固く目を瞑れば、耳元に息がかかり。今まで堪えていた笑いが漏れた。

「ふっ、ふへへへ、やっやめ、ヒャハハハ!」

 ハルヒの肩を掴み、引き離そうとするが笑っているためか中々びくともしなず。私は、いじられる耳に堪えるしかなかった。

「キョンのいうとおり面白いわね」

 笑い疲れて呼吸困難間近の私は、やっと解放されたことに喜びながら地面に座る。つ、疲れた。
 その間、キョンと古泉くんは段ボール箱の中身を確認しながら。ボールを触れば、キョンはチラシをまじまじと見て、ボールを見る。

「待て、これは軟式野球の試合だぞ。硬式を持ってきてどうするんだ?」

 ここで優しい、硬式と軟式の違いを説明しよう。
 硬式とは堅い球を使って行う。軟式はその逆に柔らかいボールだ。
 ちなみに、硬式、軟式に別れるスポーツは野球の他にテニス、卓球などがあげられる。
 私はどちらかと言えば軟式が好きだ。硬式は堅いぶん、重さがあるが飛距離はあまりない。そのぶん、軟式は飛距離はあるが、硬式と比べれば軽い球になる。

「ボールはボールでしょ、同じことよ。バットで叩いたら飛ぶわよ、絶対よ」

 まあ、確かにハルヒの言うとおりではある。叩けば飛ぶさ、なんでも。

「俺だって野球なんか小学生の頃に校庭で遊んだとき以来だ。だが、軟式と硬式の違いくらいは解る。硬式のほうが当たれば痛い」
「当たらないようにすればいいじゃない」

 あんたが何を案じているのかさっぱり解らん、と言いたげな顔でハルヒは簡単に言い切り。それには、私もなぜか納得してしまった。
 確かに、当たらなきゃいいよな。
 どうやらキョンは、軟式じゃないことをツッコむのを諦めたらしい。

「それで、その試合とやらはいつなんだ」
「今度の日曜」
「明後日じゃねえか! いくらなんでも急すぎるだろ」
「でも、もう申し込んじゃったし。あ、安心して、チーム名はSOS団にしといたから。そのへんは抜かりはないわ」


 SOS団チーム、まさかこの名前で野外活動しようとは誰が思っただろうか。
 ちなみに、SOS団だからといってお助け団ではないことを言っておこう。正式名称は『世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団』と言う、ハルヒによるハルヒのための団だったりする。
 私はいい加減、地面とおさらばし、まだふらつく足取りで立ち上がり、有希の隣の椅子へ座る。まだ鳥肌がたっていそうだ。

「……他のメンツはどこからかき集めるつもりだ?」

 そうだよな、最低あと四人は必要だ。なのに私は四人も足りないのに補欠。
 どこかにいい人材がいるのだろうか。

「そこらを歩いてるヒマそうなのを捕まえればいいじゃない」

 ハルヒの目は爛々と輝き、その表情は本気と書いてマジらしい。
 さて、何故かハルヒが目をつける人間は普通じゃないのが多い。もうね、まるで針金を折り曲げて作るダウンジングで、下水管を掘りあてるほどの確率。
 キョンもそのことを、察知したのかため息をつき、ハルヒを止める。

「解った。お前はじっとしてろ。選手集めは俺がする。とりあえず……」

 あてがあるのか? ちなみに私は思いつく限りでは国木田と谷口くんしか思いつかないけど。

「谷口と国木田はどうだ?」

 やはりその二人か。

「それでいいわ、いないよりはマシでしょ」
「あのう」

 みくるちゃんが控えめに片手を挙げた。

「あたしのお友達でよろしければ……」
「じゃ、それ」

 ハルヒは、誰かも聞かずに即答する。本当に誰でもいいようだ。
 しかし、一つ疑問が生じる。みくるちゃんの友達か、一体全体どういう人なのだろうか。
 どうやら、その疑問は顔に表れていたのか、みくるちゃんは私を安心させるように微笑む。

「大丈夫です。このじ……けほん、クラスで知り合ったお友達ですから」

 それならば安心だ。まあ、未来人だとしてもみくるちゃんの友達ならば安心出来るだろうけど。
 古泉くんも、誰かあてがあったのか。

「では僕も友人を一人連れてきましょうか。実は我々に興味を抱いているある人物に心当たりが――」

 しかしキョンはすぐさま古泉くんを黙らせ「俺がなんとかする」と言い。
 古泉くんは残念そうに微笑み肩をすくめる。


 古泉くんの友人か、どんな人なのだろうか。少し気になるな。
 ハルヒはそれに、ゆったりと頷けば。

「じゃあ、まずは特訓ね、特訓」

 特訓か、そりゃやらなきゃな。なんせ試合は明後日に迫っているもんな。でも、いつ?

「今から」
「今から? どこで?」
「場所って、グラウンドあいてないよ?」

 グラウンドは、今は野球部が練習をしているはずだ。
 しかし、ハルヒはそんな私の言葉も耳に入ってないらしく、窓の外を指差し。

「グラウンドで」

 開けっ放しの窓からは、風に乗って届く野球部員の掛け声が小さく聞こえる。おっしゃばっちこーい、とか言っているが、すみません、おっしゃばっちアーウトです。三振バッターアウト! SOS団と交代!


 私たちは、ハルヒが持ってきた野球用具の入る段ボール箱を持ちながら運動場へと向かい。
 今は、土埃舞う運動場に立っている。ちなみに練習には私も参加することになった。
 ハルヒが言うには、秘書スキルを伸ばすためらしい。野球の出来る秘書って嬉しいかな。
 よっしゃこーい、とボールを待つ私たちの後ろには、迷惑そうにそして恨めしそうに、練習場所を追い払われた野球部員たちが見つめる。
 いきなり珍妙な一団が来たと思ったら、ハルヒがバットを振りかざしながら意味不明なことを叫び。それにあっけにとられているうちに野球部割り当てのグラウンドスペースを占領させられたのだから無理もない。
 しかも、意味わからずにハルヒに命令され球拾いとボールトス係りもさせられているのだからな。
 しかし、みんなさん体操服に着替えませんか。制服に混じってナース二人、もう野球する気が無いだろって言われそうな恰好だ。

「最初は千本ノックね!」

 ハルヒはバットを構えれば、トスされたボールを次々に打っていき。ピッチャーマウンドあたりに横一列になった私たちには、ノックの雨が降り注ぐ。
 しかしナース服、動きづらい。

「ひー」

 みくるちゃんは、最初の頃はグローブの付け方がわからないのか。まじまじとグローブを見ていたが、ハルヒが球を打ち始めればグローブを頭に被りうずくまってしまった。
 みくるちゃん、使い方間違っていますよ。
 キョンは、そんなみくるちゃんにボールがぶつからないように、ハルヒの打球に立ち向うその姿は正義のヒーローぽいぞ。


「葵! ボーとしない、行くわよ!」

 私はグローブを構えれば、ハルヒのボールが飛んでくる。その球は見るからに早い、キョンたちこんなの取っていたのか。
 グローブに収まる球は、手をしびらせるのには十分だ。
 私がボールを取り、投げ返せば、次々にまたボールが飛んでくる。しかし、それをいとも簡単に取っていくのが横に一人。
 古泉くんは微笑みを浮かべつつ楽しそうにノックをさばいていく。

「いやあ、久しぶりですよ。懐かしいな、この感触」

 ハルヒの乱れ打ち攻撃を、軽やかなステップで次々と取っていく古泉くんに思わず拍手を贈りたくなる。
 みくるちゃんは相変わらずグローブで防御し、前にはキョン、そういえば有希はどうしただろうか。ふと有希の立つ方を見れば。
 有希は正面を向いたまま、棒立ち状態で自分に向かってくるボールを、直撃する打球以外は見送り、それ以外は左手にはめたグローブをゆっくりと動かしキャッチして落とす。
 動体視力が優れてらっしゃることで。

「わきゃあ!」

 自分に向かってくる球を、一生懸命取っていれば。後ろから聞こえてきた悲鳴に、振り返る。
 どうやら、キョンが取りそこねた球がみくるちゃんに当たったらしい。

「痛いー……ですー」

 しくしくと泣き始めるみくるちゃんを見かねて、キョンは救いの手を差し出す。
 しかし、泣くナースみくるちゃんもなかなか可愛らしいと思うのは、もう終わっているでしょうか。

「後を頼む」

 キョンは私にみくるちゃんと自分のグローブを手渡せば、古泉くんと有希に言い残し、みくるちゃんに介添えして白線の外に出ていった。
 お疲れさまです。

「こらぁ! どこ行くのよ! キョン! みくるちゃん! 戻りなさぁい!」
「負傷退場だ!」

 ハルヒの制止に片手をあげキョンはみくるちゃんの腕を取りつつ保健室方面へと向かっていく。
 あーあ、何かキョンがみくるちゃんを連れて行ってから、ハルヒの球に切れが出てきた。
 強くなるのはいいが、ハルヒ、こっちは四苦八苦だ。少し球を弱めてくれ。
 私と古泉くんは、二人いや一人の空いた穴をカバーするため走り回るが、やはり何球かは見逃してしまい後ろで球拾いをする野球部員の方へと行ってしまう。

「タイムタイム!」

 ハルヒがバットを振り回しながら叫ぶ。その声色は少し不機嫌気味な感じがする。
 てかこっちがタイム、しばらく休憩させて。

 私が膝に手をやり、上がった息を整えている横では、微笑みを浮かべて爽やかに立つ古泉くんと、無表情で足許にはボールだらけの有希がハルヒを見る。

「皆全然なってないわ! もういい、あんたたち入りなさい!」

 ハルヒは振り回していたバットを、後ろでボールを拾っていた野球部員たちに突きつけた。
 突然話がふられた野球部員たちは、皆呆気にとられ動作が止まっていると、ハルヒがまた叫び、やっとこさ動き始める。

「ハルヒ、なら、私たちは?」
「あんたたちは休憩よ休憩。しばらく見ときなさい」

 バットの先端を、地面に押しつけハルヒはグラウンドをグルッと見回す。
 私たちは邪魔になる前に、グローブを持ち様子がよくわかるバックネットに並び、見学することにした。

「いくわよ! レフト!」

 ハルヒは、野球部員がそれぞれポジションについたのを見届ければ。バットを構え、トスされたボールを自分が宣言した場所へと飛ばした。

「次、サード!」

 なかなかプロでも難しいことを、いとも簡単にこなすあたり。ハルヒは最強だな。

「やあ、どうも。お帰りなさい」

 ネットの網に指をかけ、次々に飛んでいくボールを眺めていれば。隣に立つ古泉くんが動き、私は顔だけそちらに向ければ。キョンが、グラウンドを見ながら呆れ気味な表情をする。

「何やってんだ、あいつは」
「見ての通りです。どうも我々では手応えがなかったようでしてね、先ほどからあの調子です」
「結構見てるの楽しいよ」

 私はまたグラウンドへ顔を戻せば、後ろからキョンが寄りかかり私の頭に顎を乗せる。頭に乗る体重が重い。
 私たちは、特にすることもなく、延々と続くハルヒのバッティングを観賞していれば。どうやら千本いったのか、ハルヒはバットを置き満足そうに額の汗を拭う。

「驚きですね。本当にちょうど千本ぴったりですよ」

 愉快そうに言う古泉くんに、私は千本数えたのか、と関心する。

「そんなもんを数えているお前のほうが驚きだよ」
「……」

 一段落ついた為か、有希は無言できびすを返し、キョンもそれに倣う。

「なあ、試合当日だがな、雨を降らせてくれないか。雨天中止になりそうな、デカイやつを」
「できなくはない」

 私も二人の後を追いかければ、有希は淡々とした口調で歩きながら言う。


「ただし推奨はできない」
「なぜだ?」
「局地的な環境情報のかいざんは惑星の生態系に後遺症を発生させる可能性がある」

 後遺症、酸性雨や森林破壊みたいなものだろうか。

「後遺症って、どれくらい後だ」
「数百年から一万年」
「じゃ、やめといたほうがいいな」
「いい」

 五ミリほど頷き、有希は同じ歩調で歩いて行き。背後ではハルヒが制服のままマウンドに上がって、投げ込みを開始しているところだった。
 ボールがミットに入る度に鳴るパシンとキレのいい音が、耳に心地よい。

 二日後の、日曜日。
 時刻は午前七時くらい、場所はキョンの自宅前。
 ハルヒの言いつけにより、私はボストンバックの中にレモンのはちみつ漬けやアクエリアスを入れ、半パン半袖の体操服姿で今か今かとキョンを待っていれば。
 しばらくすれば妹ちゃんと共に玄関を開け、キョンが出てきた。

「葵ちゃん、おはようー!」
「おはよう」

 玄関から出てくれば、真っ先に妹ちゃんは私の足に抱きつき、顔を上げれば満面の笑みと共に元気な挨拶をくれる。

「おはようキョン」
「ああ、おはよう」

 キョンは妹ちゃんに遅れて来れば、まだ眠気が取れていないのか口元に手を当てると、大きな欠伸をした。

「わあ、キョンくんおっきな欠伸」

 妹ちゃんはおかしそうに笑えば、キョンの欠伸が移ったのか小さく欠伸をする。
 なんだか、二人揃って欠伸をされると、私にまで移ってくる。

「ねえキョン、本当に妹ちゃん連れて行って選手だ、って言うの?」

 なんだか、ハルヒのことだ。あんた何考えてるのよ! って怒りをもらいそうだ。
 私は妹ちゃんに手を引かれ、繋がれた手を前後に動かされれば。
 キョンがすかさず「ころぶぞ」と妹ちゃんの襟首を持ち。妹ちゃんは手をばたつかせ「キョンくんはなしてー」と抗議をする姿に和まされた。
 なんだか親子みたいだな。

「早く帰るためだ、お前もせっかくの休日に朝から運動するために借りだされたくないだろ」
「ハルヒが楽しいなら、私も楽しいから」

 だから別に嫌じゃないよ。
 キョンは、ため息をつき肩をおとせば「そうかよ」とまた欠伸を一つした。

 午前八時ちょうど。
 市営グラウンドについた私たちは、既に着いていた皆の元へと向かう。てか周りは野球ユニフォームなのに、私たちは学校のジャージ。あれ、何か恥ずかしいぞ。

「おはよう」
「よお! 坂下さん」
「あ、おはよう国木田、谷口くん」

 鞄を持ち直し、辺りを見回しておれば、国木田と谷口くんは学校指定のジャージ姿で私に挨拶をくれた。

「だから坂下さん、俺のことは谷口でいいって」
「いやあ、わかってるんだけど。何か谷口くんで慣れてさ」

 私は頭をかきながら言えば、谷口くんはニッと笑みを浮かべ腰に手をあてる。

「よし、なら一度でいいから言ってみてくれ。頼む!」

 谷口くんは顔の前で手を合わせ、頭を下げる。そんなに大事なことだろうか。

「谷口ね、キョンと賭けてるんだ」
「賭け?」
「そ、坂下が谷口のことを『谷口』と呼ぶかどうか。まあ、谷口が一方的に賭けを挑んだんだけどね」
「ふーん」

 なんだか言ってみても、いいけど賭けの景品はなんなんだ。

「ジュース一本らしいよ」
「安っ!」
「違う! これには俺自身のプライドもかかっているんだ!」

 谷口くんは何か熱く語れば、また手を合わせ頭を下げる。
 その姿がいやに面白く私は頷く。

「わかった。いいよ」

 その言葉に、谷口くんは顔を上げれば、その表情は満面の笑顔だった。うおっまぶし!

「ありがとう坂下さん! 恩にきる!」
「いいってことよ。なら、えっと谷口? でいいのかな」

 疑問系で首を傾げて言えば、突然肩を捕まれ。何故か目を爛々と輝かせる谷口くんに私は驚き目を見開く。な、なんですか。

「坂下さん、そのまま『谷口、だいすき』って言ってくれ」
「は、え、谷口だい」
「いい加減にしろ」

 雰囲気に乗せられ口走りかければ、後ろから来たキョンの手刀が谷口くんの頭にはいる。

「キョン!」
「お前もいちいち、谷口の言葉に素直に応えるな」
「す、すみません」

 キョンは谷口くんの時より、若干弱めに私の頭を小突き。私はなぜ怒られるのか不思議でたまらなかった。
 別にだいすきぐらい、いいではないか。

「彼は、いつ貴方が自分の手から離れるかひやひやしているんですよ」
「古泉くん」

 キョンが去っていった後、古泉くんが片手をあげながら意味ありげな笑みを浮かべ、近づいてくる。

「幼なじみというポジションは、後ろに下がることはありませんが。それと同様、前にも進めませんからね」


「……それじゃあ、まるでキョンが私に幼なじみ以上の思いを持っているみたいじゃん」

 古泉くんは笑みを浮かべるだけで、それ以上何も言わず。私は頭を悩ませるばかりだった。

「それと、僕も先ほどのことには焦りましたよ」
「だいすきってやつ?」

 これ以上、何か言う気か。頼む、頭を悩ませること以外で宜しく。

「遊びだとしても、異性に好意的な言葉を言うのは少し」
「えーいいじゃないかい。お遊びなんだから、古泉くんも困んないし」

 キョンと同じことを言う古泉くんに、私は口を尖らせれば。古泉くんは口元に笑みを浮かべたまま真剣な眼差しで私を見る。

「貴方だから困るんですよ葵さん」

 古泉くんは私の髪を持ち上げればフッと意味深長に笑い。私はその一連の動作に、顔が熱くなる。

「葵! 古泉くん! 何してんのよ!」

 ハルヒが腕を振り回しながら、こちらに向かって叫び。
 古泉くんはとっさに私の髪から手を離し、その隙に私はハルヒの方へと、駆け足で立ち去る。
 あれ以上居ると、身体と心臓がどうにかなりそうだ。
 上がった息を、呼吸をしながら落ち着かせれば。ハルヒが私の顔を覗き込み、眉間にしわを寄せた。

「葵、あんた風邪でも引いたの?」
「えっ?」
「顔赤いわよ」

 ハルヒに指摘され、私は自分の頬に手を当てれば、確かに熱かった。
 へ、平常心、平常心。

「大丈夫、大丈夫! 走ったから、走ったから顔赤いのだよ!」

 私は身体を動かし、無理に笑えばハルヒはしぶしぶとだが「そう」と納得した。
 そしてキョンの方へとハルヒは行き、妹ちゃんを見て眉間に皺を寄せる姿が目に入る。あーあ、キョン頑張れ。
 ふと気になり、私は横目で古泉くんを見れば、何故だが楽しそうに微笑んでおり。彼の本心がよくわからなくなってくる。
 困る? なぜだ、だいすきって言葉が嫌いとか? んなわけはないか。
 悶々と頭を抱えて悩んでおれば、背後から明るい声が迫ってきた。

「やあやあ! キミが葵ちゃんだね。みくるからよっく聞いてるよっ」

 髪の長い女の子、明るい笑顔はハルヒを連想させる。その人から遅れてみくるちゃんが、やって来た。
 一緒にみくるちゃんが来たってことは、みくるちゃんの友人だろう。


「わたしの友達の鶴屋さんです」

 みくるちゃんは少し照れながら、鶴屋さんを紹介すれば。鶴屋さんは手をあげ「よろしくー!」と元気な声で挨拶をくれた。
 友達たくさん出来るタイプの人だなきっと。

「しかし、ふむふむ、なるほどねえ」
「あ、あのどうかしましたか?」

 色んな角度から顔を覗かれ、私は戸惑いながら声をかければ、鶴屋さんは悪びれた様子もなく笑いながら謝った。

「いやあ、ごめんごめんっ。みくるの言うとおり、めがっさ可愛いなって思ってさ!」
「か、可愛いなんて、そんな勿体無いお言葉です」

 身をすくめ、ストレートな誉め言葉に照れていれば、横からキョンを引きずり、ハルヒが間に入り私の手首を掴む。

「鶴屋さん、葵借りるわね」
「え、えっ」

 私はハルヒと鶴屋さんの顔を交互に見たのち、キョンへ視線を投げ掛ければ。肩をすくませるのみで、キョン自身もわかっていないらしい。
 いや、でも何となく見当がつく。

「わかった、葵ちゃんまた後で、ゆっくり話そうねっ! ハルにゃんごゆっくりっ」
「え、いや鶴屋さ、ちょ」

 私はハルヒに掴まれていない、空いた手を伸ばしみくるちゃんと鶴屋さんに助けを求めるが。鶴屋さんは笑って見送り、みくるちゃんはオドオドとハルヒと私を見て申し訳なさそうに肩をおとす。
 救世主なしってことか。
 ハルヒは、私たちを強い力で引っ張って、大会本部テント脇に連れて来れば、眉をつり上げキョンへ迫る。

「何考えてんの、あんた。あんなのに野球やらせる気なの?」
「あんなのとは失礼な。あんなんでも、俺の妹だぞ」

 どうやら、私の考えは当たったらしい。やっぱり妹ちゃんを連れてきたのは間違いだっただろうか。

「小学五年生、十歳って自己紹介されたわ。あんたの肉親と思えないほど素直そうな子ね。いいえ、そんなことよりね、リトルリーグ部門ならいいけど、あたしたちが出るのは一般部門なのよ!」

 それぐらい、キョンも知ってるさ。なんせキョンが妹ちゃんを連れて来たのは、早く負ける為だからな。

「葵も、どうしてキョンがあの子を連れて来た時に止めなかったのよ」
「いや、その、ごめん」
「ふん、まあいいわ」


 ハルヒは鼻を鳴らし、腕を組んでそっぽ向けば不適に笑った。

「ちょうどいいハンデね。あんまりボロ勝ちしても悪いし」

 ハルヒはどこまでもポジティブだった。

「ところでだな、まだ打順も守備位置も決めてないんだが、どうするんだ」
「ちゃんと考えてきたわ」

 得意気に、満面の笑みを浮かべてハルヒはジャージのポケットから、紙切れを取り出す。

「これで決めたら文句ないでしょ」

 紙に描いてあるのは、八本の線が書かれた二枚のアミダクジ。
 確かに平等な分けかただが、それは能力とか一切見ないってことだよね。いいのか、てか大丈夫なのか。

「俺の目には作りかけのアミダクジに見えるが、錯覚か?」
「何言ってんの?アミダに決まってるじゃないの。打つ順番と、守るとこの二種類ね。それから、あたしはピッチャーで一番だから」
「……お前が考えたのは、決める方法だけか」
「なに、その顔。なんか不満あんの? 民主的な方法でしょ。古代ギリシャじゃクジ引きで政治家選んでたのよ!」

 それは、昔のことだろハルヒ。今は昔じゃないんだ、てか野球と政治を混ぜては駄目だ。
 どうやら、キョンが心配するまでもなく、早くに帰れそうな気がしてきた。制限時間付きだし、十点差がつけばコールドゲームで終わる。
 つまり、下手したら二回で終わるってことだ。

「葵は文句ないわね」

 いや、文句というか意見を言いたいが、言った所で何一つ変わらないからな。

「うん、アミダクジでいいと思う」
「ほらみなさい、二対一でアミダクジね!」

 ハルヒは意気揚々と二枚の紙をはためかせれば。キョンは頭に手を当て首を横に振る。
 そして手分けしてアミダクジの位置を決めてもらうべく一枚は私に渡し、もう一枚はハルヒが持ち、二人で皆の元へと向かった。
 そういえば、皆の所へ向かう時にみたのだが、SOS団の一回戦の相手は、去年まで三年連続ディフェンディングチャンピオンの優勝候補。上ヶ原パイレーツらしい。
 上ヶ原パイレーツは、近所の大学サークルであり、どちらかと言えば硬派サークルぽい。と、いうことは力はあるということだ。
 ちなみに、試合前の簡単な練習の時、上ヶ原パイレーツの様子を見た所やはりというか当たり前というか、全員勝つき満々だった。

[ 9/30 ]

[始] [次>>]
[表紙へ]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -