土曜日。すがすがしい朝とは言えない目覚めかたをした。関節に痛みを覚え、起きあがればまるで久しぶりに身体を動かしたかのように骨が鳴り身体が悲鳴を上げた。まさかこの年でまだ成長痛を経験するとは、なんたることだ。
 誰もいない家に、私は一人食事を取る。コーンフレークに牛乳をかけ、ホットコーヒーを飲む姿はまるで忙しい朝の一シーンみたいだ。時刻は七時半ぐらいだ。そう急がなくても大丈夫そうだが、八時半には着くよう出ることにしよう。食べ終わったお皿を流しに入れてサッと水で濯ぐ。そして服を適当に選んで家を出ると時刻は八時を回っていた。

「有希早いね」

 集合場所である駅前。辺りを見回すと見慣れた制服と共に見慣れた後ろ姿。肩を叩き顔を覗き込めばやっぱり、と思っていた人物だった。今日も変わらぬ様子でなによりだ。二人横に並びサンサンと晴れた空を見上げていると、続けて古泉くんみくるちゃんハルヒとお馴染みメンバーの面々が朝の挨拶と共にやって来た。

「キョンは?」
「まだだよ」

 カジュアルスタイルのハルヒは遅い雑用係に腕を組み、唇を尖らせるが機嫌がいいのかはたまたもう毎度の事に一々怒るのは賢明じゃないと感じとったのか、表情は和らぎ辺りを見渡した。
 あそこに見えるは、キョンじゃないか。キョンはまるで今から登山に向かうのではないかと言えるほどデかいリュックを背負い歩いてきた。まるで荷物に背負われているようだ。私もやっぱり押し切っていくつか持って帰ればよかったな。私の傍で服の裾を掴んでいたみくるちゃんがキョンを見付けるとホッとしたように顔を綻ばせ、会釈して小さく手を振った。

「おっそいわよ!」

 やっと来た雑用係にハルヒは嬉しげに叫ぶ。昨日まで握られていたメガホンや監督用折りたたみ椅子は今やキョンの荷物の中だ。なんというか、お疲れさま。

「まだ九時前だぜ」

 キョンは仏頂面で言って、両脇を見る。その両脇には有希と古泉くんが立っており、両者変わらぬいつもの姿だ。ああ、ただ一つ違うと言えば古泉くんが今日は制服ってところだろうか。
 キョンも古泉くんの制服姿に、何か引っかかるものがあったのだろう。

「古泉、なんでお前も制服なんだ」
「これが僕の撮影衣装なんだそうですよ」

 自分の恰好を見せるかのよう、両手を広げ肩をすくませる。

「昨日そのように言われましてね。役の上では、僕は一介の高校生に身をやつした超能力者ということになっていますから」

 重い物を置くような音が側から聞こえ、振り向けばキョンがカメラやら小道具やらでかさばってるバッグを降ろして額を拭っている所だった。

「キョンおはよう、それとお疲れさま」

 背中を叩き声をかければ、キョンは荷物により固くなった肩を回しながら振り返る。目と目が合えば口の端が上がり笑みをくれる。

「持って行くの手伝うよ」
「ああ、頼む。なんなら全部持って行ってくれ」
「さすがにそれは嫌だ」

 荷物の袋を開けながら渋い顔をすれば「冗談だ」と言う言葉と同時に頭を撫でられる。

「なら、これを頼む」

 手渡されたのはメガホンとビデオカメラ。こんな軽い物でいいのだろうか。確かにビデオカメラは機械だから色々気をつかうが。

「これだけでいいの? 重いものでも持って行くよ?」
「そういう力仕事は、俺や古泉に任せとけ」
「うーわー、古泉くんとばっちり」

 メガホンとビデオカメラを両方の手で持ちながら、声を上げて笑っていると後ろから抱きつかれ何事かと首だけ向けるとハルヒの笑顔が間近にあった。

「キョン、あんた一番後に来たから罰金ね。でもまだいいわ。これからバスに乗るからバス代くらいはあたしが出したげる。必要経費ってやつよ。あんたは全員に昼ご飯を奢りなさい」

 片手を振りながら、ハルヒは今にも走りだしたい衝動を押さえている子どものように進行方向を指さし。

「さあみんな! バス停はこっちよ! さっさとついてきなさい!」

 そう言い、抱きしめられたまま引きずるように歩き出したハルヒの歩幅に合わせついて行く。

 バスに揺られて三十分、山の中にある停留所で降りて、それからさらに三十分。本当に登山しに来たかのような錯覚に陥るのはハイキングコースを登って来たからだろう。そこはどこにでもありそうな森林公園。小学生の時は必ず一度は遠足で来てると見受けられる場所だった。
 広場を見渡せば、休日を利用して子どもとのコミュニケーションを図る父親と子ども、そしてそれを見守る母親とよく見かける幸せそうな家族連れがいる。噴水を中心とする広場の片隅を陣取って、撮影基地とすることにした。
 ハルヒは絶好の撮影日和とこの緑多き大自然にモチベーションが上がりに上がったのか元気ハツラツ、それとは対照的にキョンは荷物による通常より二倍もの肉体労働にへばっていた。肩を上下させて息をしており、額からは汗が噴き出す。山道の途中で古泉くんに半分くらい押しつけたらしいが、古泉くんはケロリとしているのは日頃の運動の差だろうか。

「古泉くんは大丈夫?」

 キョンの首にタオルをかけた後、古泉くんにもタオルを手渡そうと持ってきた鞄から取り出すが見る限り汗など全くかいてない。寧ろ涼しい顔をしている。

「ええ、僕は大丈夫ですが。彼の方へは行かないんですか?」
「うん、さっきタオル渡したし。それにキョンの側にはみくるちゃん居るし、みくるちゃんにかかればキョンなんて一発で復活ってものよ」

 ふと古泉くんからキョンへと視線を移すと、みくるちゃんからペットボトルを受け取ろうとしておりその顔は緩みきっていた。少しその光景を見てムカムカするのは、幼なじみを取られたような気分だからだろう。

「葵さん?」

 ふと古泉くんの顔が視界に入る。

「古泉くんどうかした?」
「いえ、眉間に皺が寄っていましたので。どうなさったのかな、と思いまして」

 優しげに細められた瞳、眉間に触れられる指先に皺が寄っていたことに気づかされ苦笑を漏らす。

「朝比奈さんに嫉妬ですか?」
「うーん、かな? 今さらな筈なんだけど、最近特に妬けることが多くてさ。やだねー幼なじみ離れ出来ないって」

 サラリと流して欲しくて、私は頭をかき笑いながら言うが古泉くんの目は真剣身を帯びており。手を握りしめられた瞬間、指の先が熱くなるのを感じた。

「葵さん、」

 古泉くんは何かを言いかけ、口を閉じ私から目を反らすと唇を噛みしめ、次の瞬間には先ほどまでの姿などなく。いつもの笑みを浮かべた古泉くんがそこに居た。なぜだろう、この感覚。前にも経験したことがある。

「古泉くん?」

 私が名前を呼ぶと、古泉くんは困ったように苦笑をしハルヒのいる方へと視線を向け、私もそれに倣えばハルヒが手招きをしていた。


「葵も行くわよ!」
「行くって、どこに?」
「着替えによ」

 当然、と前につきそうなほどの元気よさ。私は古泉くんに行ってくると告げ、逃げ惑うみくるちゃんを引きずるハルヒの元へと駆け足で向かった。

「で、どこで着替えるの? 着替える場所なさそうだけど」
「あるじゃない、この辺り一面がそうよ」

 そう言われて辺りを見てみるとあるのは緑の木々に囲まれた山並み。解放感ありすぎるだろう。みくるちゃんが逃げるのもわかる。

「ちょっと奥に行けば誰も来やしないわ。天然の更衣室よ。さ、行きましょ」
「あ、葵ちゃん……」

 うるんだ瞳が私を見上げる。うっと心が揺れ動く、だけど私にはみくるちゃんを助けれるほどの器量がない。と、いうことで素直にハルヒに着いて行こう。私は諦めの意味をこめてみくるちゃんの肩を叩けば、みくるちゃんは察したのか肩を落としハルヒに引きずられ、私と共に森の奥へと身を隠しに向かった。

「ここら辺でいいかしら」

 それは丁度キョン達が見えなくなって少し奥に入った所だ。木がうっそうと茂っている所為か、森の中は薄暗く時たま鳴きながら私たちの上を飛ぶ鳥に、みくるちゃんは身体を震わせた。
 樹海って、こんな所だろうか。広場からは子どもの楽しげな声が聞こえるため本当の樹海とは言えないが雰囲気はこんなかんじだろう。

「さっ、みくるちゃんも葵もチャッチャか脱いでチャッチャか着替えなさい」

 言われた通り、私は自分の服のボタンに手をかけ一つ一つ外していき虫に刺される前にハルヒから手渡されたワンピースを頭から被り着替える。こういう時、スカートって便利だと本当に思う。

「ほら、みくるちゃんも早くしなさい!」
「えっ、えっ本当にここで着替えるんですかー?」

 震える声色。ハルヒは大きく頷き、

「それ以外、どこで着替えるっていうのよ」

 にじりよるハルヒに、みくるちゃんは後ろに一歩。また一歩、ハルヒが寄るたびに下がっていき終いには後ろの大木に身体が当たりハルヒと木にみくるちゃんは挟まれた。

「ひ、ひぃっ」
「さーヌギヌギしましょうねー。みくるちゃん」
「いや、やっ」

 撮影コスチュームを片手にみくるちゃんの服に手をかける森にはみくるちゃんの悲鳴が響き渡り、あれよあれよと、みるみるうちにみくるちゃんはウェイトレスへと変貌を遂げ、ハルヒは満足気に笑みを讃えた時にはみくるちゃんは見事なほどのウェイトレスとなっていた。



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