チクタクと、部室に備え付けられている時計が音をたて秒針を動かしていく。ああ、なんて穏やかな日だろうか。自分しかいない部室に笑みが思わずもれる。こんな心が穏やかな日は無いだろう。
 訂正、こんな寂しい日は無いだろう。いつも騒がしい部室がこんな静かになるだけで、どうしようもないくらい寂しくなる。いや、部室が静かなことは別にいいんだ、キョンなら大喜びするだろう。ただその中に取り残されたのが寂しいんだ。
 あの後、ハルヒの言葉に自分が含まれてないことに首をかしげながら「私はー?」と尋ねるとハルヒは鞄を持ち上げながら人差し指を私につきつけ。

「葵はお留守、古泉くんや有希が来たら大変だからね。手頃な時間帯に帰っていいわよ」

 どうやらハルヒ達は機材を集めに行くと同時に家に帰るらしい。みくるちゃんも鞄を持ち、キョンもそれに倣い鞄を持った。え、キョンもそのまま帰るの?

「いやまあ、戻ってこれそうなら戻って来るよ」
「それじゃあ行って来るわね」

 その声と同時に扉が開けられハルヒ、みくるちゃんと順に出ていく。その後に続いてキョンも扉を閉めるためドアノブに手をかけたまま、こちらに振り返った。

「一人で大丈夫だよな?」
「なーに言ってんの、大丈夫大丈夫!」

 キョンの中で自分は何歳だと思われているのだろうのか。手をヒラヒラと振りながら答える私に、キョンは何か釈然としないのか口をへの字に曲げながら「じゃあ行ってくる」と言い私はその姿に手を振る。

「行ってらっしゃい」

 閉まる音と共に廊下をパタパタと駆ける音と「キョン早くしなさいよ!」と言うハルヒの声が聞こえた。
 そして今に至る。

「暇だ」

 椅子の背もたれに腕をぶらさげ顎を置く。来るかもわからない相手を待つことがこんなにも暇だとは思わなかった。私は立ち上がると、ハルヒの置いていった紙を持ち上げ一言しか書かれていないホワイトボードを見つめる。書いていたほうがいいよねきっと。
 水性マジックを手に取りキャップを開けみくるちゃんの書いた下に付け足す。

「役者振り分け、まだ役の名前は未定、っと」

 キュッキュッとシンナーの匂いとマジックの擦れる音が部室を包む。みくるちゃんの名前を書き終わり、黒の丸を作ると主演男優と書き「古泉一樹」と一文字一文字書いていく。

 そういえば古泉くんと言えば、夏休みの間に色んなことが起きたが結局あやふやで終わったな。キュッキューと「泉」を書いていく。

「……好き、か」
「何がですか?」

 ひっ、と声にならない悲鳴が喉を通り飲み込まれた。振り返らなくても声でわかる、私は驚きと共に線が曲がった文字を消し振り返る。

「古泉くん……」

 振り返り見た先には、古泉くんがドアノブに手をかけたままの状態で笑みを浮かべたままこちらを見ていた。盗み聞きなんて人が悪いぞ古泉くん。

「すみません、立ち聞きするつもりはなかったんですが」

 私の言葉に申し訳なさそうに眉を下げる古泉くんは後ろ手でドアを閉め、私の方へ歩を進める。私はそれを背中に感じながら、ホワイトボードへと向き直り続きを書いていく。キュキュと音を鳴らしなが文字をつむいでいく。

「役、決まったんですか?」
「うん、一応ね。まだどんなことをするのか決まってないけど、主演男優とか各自の役割分担は出来たよ」

 鞄を私の横にある椅子に置きながら、私の手元にある紙を覗き込んでくる。その時、ふわりとシャンプーの甘い香りが鼻孔をくすぐる。覗き込むさい、顔が近づき古泉くんの髪が頬に触れ近くにあるイケメン面に心臓が早鐘を打つ。

「葵さんは、脇役なんですね」
「うん、ハルヒが言うには脇役は物語上のキーポイントらしいよ」

 紙をみながら、キョンの役割を写していく。ああ、そういえば今頃キョンたちは何をしているのだろうか。合理的な方法で機材を手に入れてたらいいんだけど、なんせハルヒだそれが犯罪の領域に達してたとしてもハルヒパワーによりどうにでもしそうで少し恐いな。
 古泉くんは気がすんだのか、顔が離れていきお茶を淹れにみくるちゃんがいつも決まった場所に置いてある湯飲みと急須を取り出すと茶葉の入った缶を開けお湯を注ぐ。部室に茶のこうばしい香りがただよう。

「確かに、推理小説のうえでも脇役はヒントをくれたりとなかなか主人公同様の活躍を見せますね」
「うーん」

 キュキュキュのキュっと書きながら古泉くんの話を左耳から右耳に流していると、しっかり聞いていないとバレたのか気づけば隣に立っており顔を覗き込まれた。

「僕の話、聞いていますか?」
「うわぁ!?」

 突然のドアップ、只でさえ先ほどので堪えたのに、無理だ今きっと顔は火が出るんじゃないかと思えるほど赤いんだろうな。とかなんとか思う前に、驚いた反動に椅子が後ろに倒れ私は地面に頭を打ち付けるようなことはなくても机の角に頭をぶつけるんだろうなと目を固く閉じた。

「葵さん!」

 しかし、間一髪の所で古泉くんの手が私の腕を掴み椅子は音をたてて倒れたが私は古泉くんの胸の中に顔をうずめた。ドキドキと胸が高鳴り、耳に自分のと別の心音に顔が熱くなる。
 カチャっと音が鳴る、なんの音だろうかと古泉くんの胸から顔をあげると入り口に鞄を一つ下げこちらを淡々としち眼差しで見つめる有希の姿があった。

「あ、有希」

 有希と目が合うと、有希はついっと目をそらし扉を閉じようとドアノブに手をかけそのまま、また外へと出ようとする。ってちょっと待った!

「有希待て、どこいく有希」

 これじゃあまるで少女漫画でいう「あーっ!」的な展開ではないか、そうそれはヒロインが想いを寄せるあの人を迎えに行くと、そこにはヒロインのライバルであるキャラが彼と抱き合っており。て、待て待てこんなこと考えるまえに有希誤解だ。古泉くんとは何もない!
 手を伸ばし引きとめようと声をかけると、有希はもう少しでドアを閉める一歩手前でピタリと動きが止まり。また扉が開いた。私は胸をホッと撫でおろし有希を見つめると、有希は私の上をただ無心に見つめておりしばらくすると私に回っていた古泉くんの手が離れていく。
 振り返り、有希と同じように見上げると古泉くんは困ったように笑い肩をすくめてみせた。

「長門さんは、クラスの方終わったんですか?」

 古泉くんの問いかけに、いつの間にか私の隣に立っていた有希は首を横にも縦にも振らず私の顔を見つめていた。

「休憩時間」

 ああ、なるほどクラスで休憩時間を貰いわざわざここに来てくれたと言うことか。まさか、一人寂しく待つ私を案じて、なんて勘違いもそこそこにしておけとキョンがいたならば言われてそうだ。しかし有希はそんな私の勘違いに頷きかえし「そう」とまで言った。

「えっ、嘘っ!」

 まさか、信じられないと思いながら有希を見つめ返すと「本当」とまで口を動かし。私はその愛らしさと母性本能をくすぐるセリフに思わず有希の首に手を回し抱きついた。華奢な身体とは似ても似つかない力の強さにいきなり抱きついても有希はよろめきもしなず、ただ私のされるがままとなっていた。


「古泉くんも、もしかして休憩時間?」

 有希がそうだとするなら、古泉くんもそんな気がし、有希の頭を撫でくりまわしながら尋ねると「ええ、まあそうですね」と歯切れの悪い言葉が返ってきた。

「正確にはもう帰ってもよろしいんですが、もしまだ学校にいるなら何かあったとき呼びに来るそうです」
「はぁー、やっぱり他のクラスは力の入れようが違うな」

 今頃自分のクラスは人がいるのかも危うい。皆帰ってるのではないだろうか、なんせアンケート発表だ。親や町の人、学校の先生クラスメートはもちろんのことアンケートをとってそれを集計して模造紙に書き写し、それぞれの感想を書いて完了だ。最低三日はあれば良いのが出来る気がする自分のクラスの出し物に、嬉しくもあり少し悲しくもある。結構こういう行事に力を入れる方だったからな。今更ながら手を上げて何か意見を言えばよかったと後悔。

「ちなみに、葵さんのクラスの出し物は進み具合はどうですか?」
「え、うーん。たぶん順調だよ?」

 正直な話し、出し物が決まった後は全く一ミリも関わってなかったからな。正直いまどうなってるかこちらが聞きたかったりする。ダメだな、自分でもやる気あるのか無いのか、自分自身に聞きたくなってきた。明日あたり国木田にでも聞いてみるか。
 真面目なクラスメートのことだ。ちゃんと今の状況を把握して、自分の出来ることは手伝ってそうだ。私は頬をかき古泉くんの淹れてくれたお茶をすする。

「そういう古泉くんはどうなの?」

 前に脚本でもめてるって聞いたが、脚本は決まったのだろうか。古泉くんは苦笑を浮かべると首を横に振り「残念ながら、今の所一歩も前進してません」と言い手を組み肘をつく。

「有希はどう? クラスの出し物順調?」

 定位置で、本を開けて読書にフケている有希を見ると有希は顔をあげるとこちらに視線を向け。

「順調」

 そう言い、また本へ視線を落としページを捲る。紙と紙が擦れる音と共に、秒針の動く音が耳に響く。さすが有希のクラスだ、何事も順序をたてコツコツやっていってるのだろうな。

「オセロでも、いかがですか?」

 オセロの盤をこちらに向けてゲームのお誘いをしてくる古泉くんに、私は「ぜひとも」と頷き、真ん中のマスに四つ白と黒を並べた。パチと磁石により駒が吸い付けられる。


 いったい何時間たったのだろうか。いや、もしかしたら何分かしかたってないかもしれない。パタンと軽い本を閉じる音と共に椅子から有希が立ち上がる。

「有希、どうしたの?」

 古泉くんが黒を白に塗り替えている。私は有希を見上げると、有希は時計を見つめたのち視線をこちらに向け「時間」とだけ言いドアへと向かった。ああ、そういえば有希は一応今は休憩時間なだけで、それが終わったから教室に戻ると言いたいのだろう。

「いってらっしゃい」

 私は有希の背中に手を振り、扉を開け出ていく手前で振り返り「いってくる」と言った有希に思わず口元が緩みにやけてしまった。

「葵さん、どうかなさいましたか?」

 黒の駒をひっくり返し終え顔を上げる古泉くんは、口元を押さえてにやける口を隠そうとする私を見て不思議そうに首をかしげる。そりゃそうだわな。顔を上げたら口元を押さえているのだから。

「いや、なんでもないよ」

 私は咳き込むと首を左右に振り駒を摘まむと、開いている場所へと置く。縦横、斜めとどの方向もひっくり返すとついさっきまで、白が優勢に見えた盤は一気に黒の優勢へと姿を変える。

「おやおや、これは」
「一気に形勢逆転だね」

 次に置くための駒を手の中に持ち、古泉くんの次の手がどこに置くか目で追う。

「そういえば、古泉くんはクラスの方もう一度くらい顔覗かせなくていいの?」

 古泉くんの手がマスに駒を置く手前に、ピタリと動作が止まり。顔を上げると古泉くんがこちらを見つめており、私と目が会い名前を呼ぶと古泉くんはまた盤に視線を落とし駒を置く。

「しかし、そうなりますと一時的にですが葵さんを一人にしてしまいます」
「そうだけど、私ももう子どもじゃないんだから大丈夫だよ」

 それに一時的と言うからには戻っては来てくれるんでしょ。そういうと古泉くんは微笑み、立ち上がると駒を置き椅子をしまい私にちょこんとお辞儀をした。

「では、お言葉に甘えてクラスに一度顔を出してきます」
「うん、行ってらっしゃい」

 古泉くんはドアを閉める際に、再度お辞儀をして静かにその場を去って行った。
 息をつく、湯飲みの中お茶は切れており。おかわりでも淹れるか、と椅子から立ち上がる。急須を傾けるさいお茶が香ばしい匂いをさせる。なんだかここだけ隔離された世界のようだ。窓の外、生徒たちがちらほら見え私は団長の椅子に座りながら窓枠に肘をついた。


「あー、あー、あー」

 あまりの静けさに私は声を上げて寂しさを紛らわそうとするが声が響き、余計に寂しくなった気がする。椅子から立ちあがり、机に置いた湯気が立ち上っている湯飲みを手に取りすする。
 なぜだろうか、いくら暑くても温かい物を飲むと心の底からホッとする。ギシッと自分の席に座ると椅子が軋み。盤を少し古泉くんの座る椅子の方に寄せ、机に顔をふせた。
 古泉くんが帰ってくるまで少しだけ、そう少しだけ寝よう。穏やかな時間に、瞼が自然と下りてくる。ああコンピ研の部長の声が聞こえ、遠くではいつぞやお世話になった野球部の掛け声が聞こえる。皆部活なり文化祭の準備なり頑張ってるんだな。
 いつしか、目の前は暗くなり。周囲の音もシャットアウトされ、身体は夢の中へと投げだされた。
 しばらくすると声が聞こえてきた。

「葵、葵!」

 身体を揺すられ、一度はこのまま寝てしまおうかと思ったがきっと私を呼んでいるのはキョンだろうと思えば。キョンに限ってないだろうがこのまま寝ていたら帰ってしまうのではないかと不安になり、私は勢いよく身体を起こすと揺らした人物の声だろうか、

「うわっ!」

 と叫び声と共に横から尻餅をつく音が聞こえた。キョンなのだろうが、それにしては幼い声だ。私は首を巡らせ声のした方を向きそこにいた人物に目を見開き、口をあんぐり開けた。

「え、えっキョンだよね?」

 尻餅をついていた子は、立ち上がると尻を叩き私の言葉に「まだ寝ぼけてるのか?」と腰に手を当てて呆れた眼差しで見つめてきた。キョンと思わしき子は、キョンの等身を低くし目を大きくさせ全体的に幼くさせた容姿。声は声変わり前なのか高く、ボーイソプラノのような声。
 いったいどうなってるんだ。頭を抱えて周囲を見回すと先ほどまで自分が居た場所と違うことに再度驚き。頭を抱えていた手を見つめ小さくなった自分の手を握りしめ、自分の座っている場所を見た。

「私の、部屋?」

 そこは今の自分の部屋と比べると変わっている場所も多いが、ベッドにカーテンに机を見つめると自分の部屋だとしっかりとわかる。
 まさか気づかぬ間に過去にタイムスリップしたなんてことはないだろうな。ないだろう。まず自分にそんな力は備わってないからね。

「おい、葵」
「は、はい!」

 呆然と、頭だけ他所にトリップさせていると突然顔を覗きこまれ視界沢山ににキョンの姿が写った。ああ、もうこれはこう考えたほうがいいのかとしれない。これは、夢だ。
 そう、だって私はここに来る前に一瞬寝てしまおうと目を閉じた。ならば夢と考えるのが妥当だろう。

「お前今日、買い物行きたいんじゃなかったのか?」
「そう買い物、買い物行かなくっちゃ!」

 別段、買い物に行こうなんて思っていない。しかし勝手に口が動きそう言葉をつむげば、私は布団から飛び出しクローゼットへと向かい服を取り出した。そしていつも見ていた服とは違う服に、何を着ていこうかと迷いつつ物色しているとキョンが着替える私の為にだろう。外で待っていると言い部屋から出ていった。

「ふう……」

 いくら夢の中だからと言って羽目を外しすぎたらダメだよな。ああそういえば今日は何年のいつなんだろうか。幼いキョンを見た時から思っていた疑問に、ふと机に飾りとして置かれているカレンダーへと目を向け、その年に私は目を疑った。

「いや、まさか」

 そんなわけがない。夢は記憶の整理と呼ばれており、自分がこの時の記憶を持っているはずがない。いや、でもこれが夢なのだからそこまで「変だ変だ」言わなくてもいいのか。ああ多分こんなにも取り乱してるのは、夢を夢だと思わず。現実世界とごっちゃにしているからだろう。
 よく、夢を夢と解ると夢を操れるというが。もし操れるというなら、この扉を開けたらハルヒが出てきたらいいな。なんて、無理だよね。
 私は苦笑をもらしながら、ドアノブに手をかけ回すと内へとひく。

「おっはよー!」

 その瞬間、彼女の声と共に扉が私はめがけて勢いよく迫ってきた。

「がはっ」

 ガンと額を襲う強い衝撃。後ろへと尻餅をつくと、ドアを開けた人物が「大丈夫!?」と私へと近づいてきた。頭を押さえ視界に写るふわふわのロングヘアー、豊かな胸。
 待て何かおかしい。私は慌てて顔を上げると、彼女は不思議そうに凝視する私の姿を見つめ。

「何よ、わたしの顔に何かついてる?」

 そう言いながら顔に自分の手をあてる、私は「あっ、あ」と言葉にならない声を漏らし、一度口を閉ざしもう一度声を出す。

「みくる、ちゃん?」

 私はどんな顔をしていたのだろうか、みくるちゃんはまるでハルヒのように顔をしかめ首をかしげる。

「そうだけど、何? 葵ちゃん、熱でもあるの?」

 そう言って私の額に自分の額を当てて熱をはかるような仕草をする。


 なんてこったい。ハルヒよ出てこいと願ったら、まるでハルヒのようなみくるちゃんが現れるなんて。

「おはようございます、どうかなさったんですか?」
「ああ、涼宮さん。なんか葵ちゃん、わたしを見るなり驚いたようにへたれこんじゃってさ、熱でもあるのか調べていたのよ」

 ああ嫌な予感。私はまるで油をさしそこね、歯車が錆び付いた人形のように首をみくるちゃんの後ろの人物へと向けると、口元に手を当てて心配げに私を見つめてくるハルヒの姿があった。

「あの、葵大丈夫ですか? しんどかったら、あたしに言ってね」

 本当に心配そうに見つめてくるハルヒに私は慌てて首をふり、手を振り「大丈夫!」と叫ぶ。それを聞くとハルヒは「よかった」とホッと安心したように自分の席、団長の椅子へと座る。ああ、なんだろうこんなハルヒもいいかもしれないと思った。
 大人しくしずしず座るハルヒにそして横で豪快に制服を脱ぎ捨てメイド服に着替えるみくるちゃん。なんか、カオスな空間だ。

「よぉ」

 そんなカオスに新たなカオスがやってきた。みくるちゃんは既に着替え終わっており。古泉くんがやってくると同時に振り返り「あら、おはよう古泉くん」と淹れたお茶をハルヒの机に置き。私にもはいっと手渡してきた。

「古泉くん、おはよう」
「ああ、おはよう朝比奈さん涼宮さん」

 古泉くんは私の向かいの席に座り、私と目が合うと口の端を上げて笑い。「おはよう」と口を開いた。なんだかいつもニコニコ笑っていたから、いつもと違う古泉くんに口に含んだお茶を噴き出しそうになった。

「お、おはよう」

 湯飲みを置き古泉くんを見つめると、古泉くんの瞳が細められる。その時閉じられていたドアが開き、ニコニコと笑顔を浮かべるキョンは入ってくると同時に片手を軽く上げる。

「おはようございます、俺が最後ですか?」

 私の隣に鞄を置き、辺りを見回しみくるちゃんはその間に古泉くんとキョンのお茶を淹れて机に置いていく。

「ううん、有希がまだ来てないの。誰か有希のこと知っている人いますか?」
「わたしは知らないけど、キョンくんや古泉くんは?」

 腕を組み二人に尋ねるみくるちゃんに、二人は首をふり私へと視線を向ける。私だって知らないぞ、夢の世界を知っているわけがないじゃないか。私は膝の上に手を置き、湯飲みの中を見つめた。

「私も知らないよ?」


 期待の眼差しを向けられ、どうしたものかと頬をかくと。ハルヒは息をつき、「そうですか……」と肩を落とした。なんだか、申し訳ないことをした気がする。

「あ、私探しに行ってくるよ」

 私は席を立ち上がり、ドアノブに手をかけるとキョンが「俺もついて行きましょうか?」と名乗りあげたが、私はそれを丁重にお断りしてドアノブを捻る。まえに向こう側からドアノブが捻られ、ドアが私めがけて迫ってきた。
 ああ、これも二回目だ。ガンと鈍い音と共に、「おっはよー! みんな元気ー?」と鶴屋さん並みに元気な有希の姿が視界に入り。私の目の前暗転した。

「それなんてカオス!」

 私は勢いよく身体を起こし、寝ぼけまなこで辺りを見回した。ここはもう夢から覚めた世界だろうか。まだはっきりしない頭をフル回転させながら、視界に映った人影に私はそちらに目を向けた。

「葵、大丈夫か?」
「……」

 そこにはキョンがこちらを見つめている姿があり。その表情はどこか驚愕した表情に見受けられる。まあな、いきなり起きたら誰だって驚くものだ。私は自分の肩の重みにかけられた深緑の物体に首をかしげながら摘まみ上げる。
 それは北高男子のブレザー。しかも二枚、その下にはカーディガンもかけられている。おいおい、何がどうなってる。いや、だいたい予想はつく。私は顔を上げキョンにブレザーの一つを手渡す。

「ありがとうキョン、お陰様で風邪はひきそうにないよ」

 キョンは私からブレザーを受けとると袖を通す。さて、残り二つはどうする。私が交互にブレザーとカーディガンを見つめているとキョンがそんな私を見かねて「長門なら帰ったぜ」と自分でいれたのだろうか。お茶をすすりながら私を横目で見つめてきた。

「古泉くんは?」

 キョンは口で言うのが面倒くさいのだろうか、ホワイトボードを指差しそこに貼られていた紙を私は取り。そこに乱雑に書かれた文字たちを見つめる。

『気持ちよさそうに寝ておりましたので、先に帰らせていただきます。ブレザーは明日返していただけたら結構です。なにやら面白い夢でも見てるのでしょうか? 隣で笑っている貴方に、こちらも思わず笑みが溢れます。もし、その夢に僕が出ているのでしたらこの上ない幸せです。それでは、このへんで 古泉』

 自分はいったい寝ている時どんな顔をしていたのだろうか。古泉くんの手紙を丁寧に折りたたみ、制服のポケットに滑りこませるとキョンが帰る仕度を整えており。鞄と共に二つの紙袋を手に持ち、「帰るぞ」と一言。

「あ、待って」

 私も鞄を持つと折りたたみ損ねたブレザーとカーディガンを腕にかけ、ハルヒに前渡された合鍵で文芸部室を閉じキョンの後を追いかけた。
 下に降りて行くにつれ、わかったことだがもうあと十分もあれば下校時間らしく運動場のクラブは片付けの用意にと入っていた。ふとキョンの足が止まり私を見上げる。

「そう言えば、さっきまで何の夢見ていたんだ?」

 ああ、さっきまでね。寝起きには鮮明に覚えていた夢の記憶も、今じゃおぼろげで断片でしか覚えていない。まあ、あれだカオスだった、とだけ言っておこう。
 私の答えに、キョンは顔をしかめ「はあ」と間の抜けた返事が一つ。

「あ、確かハルヒとみくるちゃんの性格が入れ替わってた。キョンと古泉くんも」
「なんだそりゃ」

 確かになんだそりゃだ。私も、もしキョンからそのように聞いたとしたら、私もなんだそりゃと答えてしまうだろう。歩を進めて、角を曲がれば下駄箱につき私たちは靴へと履き替える。
 外に出ると、夏がもう過ぎ去り日が落ちるのが早くなったのか。夕日が山へと落ちており。私たちはその夕日を眩しそうに目を細めて見つめた。

「はー、しかしキョンやい」
「なんだ?」

 正門をくぐり抜けて坂道を下っていく。よく上りより下りの方が楽だ、と声高らかに言う人が多いが私はそうは思わない。上りは一つの工夫でしんどいか、しんどくないか、が決まる。まあ、その工夫もあまり声を大にして言えるものじゃないため正確には「人それぞれ」が正しい答えだろう。
 と、いうわけで私は慎重な足取りで坂道を一歩、また一歩下りていく。

「あんまり、深い意味はないんだけど。その、学校楽しい?」

 主にSOS団が、最初こそは嫌嫌であったSOS団だが何ヶ月もたてば愛着の一つや二つ。沸いてくると思ったんだが、キョンはSOS団のこととはわからなかったのか全体的に見て一言。

「ああ、まあな。楽しいと言えば楽しいな」

 と、答え。私に「お前はどうなんだ?」と尋ね返してきた。


 いや、私の答えは一つしかないだろう。キョンは私の言わんばかりことを解っているのか、一瞬口を閉ざすが「どうなんだ」と再度尋ねてきた。だから思ったことをそのまま口に出した。

「いや、私の答えは一つしかないだろう」

 腰に手を当ててキョンの顔を見つめる。

「もちろん、楽しいよ」

 その答えを聞くと、キョンはまるで娘の学校生活での様子が楽しげでホッと安心する父親のような表情を見せて、私の頭を撫でる。

「そうか、よかったな」
「うん、ってかさ今思ったんだけど」

 私はキョンの手の中で重そうに握りしめられていた袋を見つめ、言い出しにくいが意を決してキョンの持つ袋を指差し「それ」と口に出すが、キョンはわからなかったのか私の視線を追いかけ自分の持つ袋を見つめるとこれがどうしたと言いたげに持ち上げた。

「いや、さっきせっかく部室に来たんだからその荷物置いていってよかったんじゃなのかなって思ってさ」

 キョンは袋を下ろすと今気づいたのか、確かにそうだと言いたげに顔をしかめ今まで下ってきた坂道を見上げて袋を見下ろす。もう一度上って下りるにしても、なかなかきついものがある。

「どうする? 置いてくるならついていくけど、帰るにしても一つ持って帰ることもしていいし」

 キョンは私の言葉に悩みに悩んだ末に、帰ることにしたのか平坦道を歩いていき。私は何が入っているか解らない袋をキョンの手からかっさらい。その思いの外、重い袋の中身に驚きながらも畳んだ有希と古泉くんのカーディガンとブレザーを入れ鞄とは別の方向にそれを提げた。片手が重くて片手が軽く感じる。

「これ何が入ってるの?」

 ふと帰り道、自転車のカゴに乗せた荷物の中身が気になりキョンに尋ねてみると、キョンは「ビデオカメラ」とだけ答えた。ビデオカメラ? もしかして文芸部の部費で買ったりしたのか?

「そんな金があったらハルヒのことだ、もっと別の事に使うだろ」
「確かに、え、ならこれは」
「ハルヒいわく、貰ったらしい」

 ちなみにこれもな、と言ってキョンは自分の持つ袋の中身も指差した。タダでそんな貰える話術があるならぜひとも伝授していただきたいものだ。

「同感だ」
「まあ、ハルヒだからこそ出来ることだったら無理だろうけどさ」

 ハルヒパワーとか、そういう話術とは関係ない力が作動しているのだとしたら私たちは真似できない。キュッとブレーキが鳴る音と共に、家へとたどり着き。私たちは別れを告げた。


 次の日、ブレザーとカーディガンを別の袋に入れてビデオカメラをカゴに壊れないよう入れる。ああ、今日は荷物がいつもの倍増えたような気がする。自転車のカゴをあふれかえる量に思わず苦笑してしまう。
 なんとなく、有希はいつものように部室で本を読んでいる気がして、私は古泉くんにだけメールを打ち送信する。

『ブレザーを返したいんですが、教室にいてくれますか?』

 きっとすぐには返事が来ないだろう、とポケットの中へと携帯電話を押し込むと同時にバイブレーションにしておいた携帯が震え、私は慌ててポケットから取り出し画面を開いた。

『了解しました。七組の教室でお待ちしております』

 淡々としたメールには淡々とした返事を、古泉くんからの返事に私は再度ポケットに携帯を入れて自転車に跨がりペダルに足をかけた。頬を撫でるそよぐ風、ああ、今日も一日が始まるんだな。
 汗を流しながら急いで学校へたどり着くと、生徒の数はまばらで朝が早いことを痛感した。いや、別に時間的には早くないのだろう多分ただこう一定の時間にある出勤ラッシュのように登校ラッシュより前に来たというだけだろう。あと十分、いや五分たてば今いる人の倍は増えるだろう。

「有希おはようー」

 文芸部室もといSOS団の部室のドアを開けば。有希が窓の外からさす光を浴びながら本のページを捲っていた。私が来たことに気づいているのかいないのか気になるが、多分有希のことだ私が来たことには気づいているだろう。セーラー服の上にいつも着ていたカーディガンが羽織られてなく。私は袋の中からカーディガンを取り出すと有希の肩に、お礼と共にかける。かける瞬間、有希と目が合う。

「有希、寒くなかった?」

 いくらまだ夏の陽気が残っているとはいえ、風が吹けば肌寒さを感じる。しかし有希は「問題ない」と言い、本へと視線をもどした。

「それじゃ、私古泉くんにも返さなきゃいけないから行くけど有希はまだここにいる?」

 私の問いかけに、有希は小さく頷く。その姿を見届けると、私は有希に別れをつげ文芸部室を後にし、古泉くんの待つ七組へと向かった。どうしようこれで古泉くんがいなかったら、とか思いつつ七組の教室を覗いてみるがどこにも見当たらず。自分に気づいたまばらにいたクラスメイト達がチラチラと見つめてくる。


 これは七組の人に聞いた方が早いだろうか。携帯電話を取り出し、どちらが早いだろうかと少し悩んでおれば突然後ろから肩を叩かれ、私は過剰に反応し勢いよく振り返れば瞳を瞬き少し驚いたように私を見下ろす古泉くんの姿があった。

「あ、よかった。いた」

 息をつき、古泉くんが居たことにホッと心のそこから安堵すると私は手に下げている袋を一旦確認したのち、ブレザーの入っている袋を差し出す。あ、そういえばさっき部室に行った際にビデオカメラ置いてくればよかった。

「これ、ありがとう」

 古泉くんはいつもの微笑みを浮かべると、その袋を受け取り「いえ、葵さんの役に立ったならば嬉しい限りです」と中身を見たのちそう言い。ふと私は古泉くんがブレザーを着用している事に気がついた。ああ、もしかしなくとも替えがあったりしたのか。
 私の視線に気づいた古泉くんは可笑しそうに喉の奥で笑う。

「一応、機関からの支給品でして。神人戦の時に汚れたり破れたりした際の替えとして頂いてたんです」

 ああ、だからか。どことなく着慣れていない、まだ糊がパリとしているそのブレザー。支給品って機関やけに気前がいいですね、制服代ってなかなかバカにならないからな。
 納得して頷きふと気づく、もう結構いい時間帯なのか廊下に人が次々と押し寄せてきており。私と古泉くんを横目で見つめてきた。まあ、片やイケメンと言える古泉くんで片や平凡のんぺたりの顔の女子生徒だ。そりゃ意外な組み合わせで見る人が多いだろう。
 しかし視線が身体中に突き刺さり、痛いやら恥ずかしいやら。

「えーと、それじゃあこの辺りで教室に戻るね。また部室で」

 私は居たたまれなくなり、古泉くんに片手を上げて別れを告げると古泉くんも察してくれたのだろう。返事をかえしてくれると、古泉くんは七組の教室に私は五組の教室へと戻っていく。
 しかし、人の波に逆らって歩くのはなかなか新鮮だな。七組、六組と向かう生徒と五組へ向かう私では向かう方向が違っており、まるで自分一人逆走している気分になる。いや、実際逆走しているんだが。

「あっ」

 五組の教室前へと着くと、スチールロッカーの前で何やら話こんでいるキョンとハルヒに遭遇した。一番最初に気づいたのはキョンだった。まあこちらに顔を向けており、ハルヒが私に背中を見せているのだから最初に気づくとしたらキョンだ。



 キョンは私に片手を上げて挨拶をすると、その姿にハルヒも気づき振り返り私と目があった。朝からラブラブだね、ハルヒさん。

「おはようハルヒ、キョン」

 キョンは自分のロッカーの扉を閉めると私も自分の振り当てられたロッカーの扉を開き中に荷物を入れていく。元からそんなに入れていなかったからからな、やけに狭くなったように感じる。でも他の子たちはこれ以上なのだろうなきっと。パタンとロッカーの扉を閉じる。さてビデオカメラくん、放課後まで眠っておいてもらうよ。
 そんなことを思いながら、振り返ると同時にハルヒに肩を掴まれた。

「今日からいそがしくなるわよ」
「へ、はぁ、うん」

 挨拶もそこそこに、突然のことに間の抜けた返事を返すとキョンは付き合ってられんと私の髪を無茶苦茶にすると気が晴れたのか、先に教室へと入って行った。
 いや待ちたまえキョン。これはどういう意味なのかいまいち掴みきれてないんだが。あれか、文化祭の映画撮影が忙しくなるって解釈でいいのか。

「ちょっと、キョン! 待ちなさい話はまだ終わってないのよ!」

 ハルヒは私の肩から手を離すと腕を掴みキョンの後を追いかけ、教室へと入って行った。ああ、結局先ほどの忙しくなるというハルヒの言葉は、放課後まで持ち越しってことでいいのだろうか。
 その後、お決まりとなり始めた私とハルヒ、キョンの席へと座ればチャイムがなり一限が始まった。空は青く澄んでおり、こんな日は屋上やら中庭やらで昼寝すると気持ちよさそうだ、と実行したことないものに想いをはせて教師の言葉を少し聞きながしながら黒板に書かれていく文字をノートへと写していく。
 時は流れて六限終了のチャイムと同時にハルヒは立ち上がり、鞄を持つとこの後の岡部先生によるホームルームも待たずに教室を後にした。他の生徒はそれに気づいているのかいないのか、それぞれ近くの席の人と談笑しており。私とキョンも顔を見合わせ、私は肩を竦めてみせた。

「でだ、キョン」
「ああ、なんだ葵」

 岡部先生によるホームルームも、無事終わり私たちは各自一つずつ袋を持ち文芸部室の扉の前へと立つ。中からは何やらみくるちゃんの可愛らしい悲鳴と共にハルヒの威勢のいい声。ああ、なんだかデジャブを感じるのは私だけだろうか。


 私たちはそれ以上の会話は交わさず目と目を合わせればどちらともなくお互いうなずきキョンが扉の死角になるところに立つのを見届けるとドアノブに手をかけ、私は意を決して扉をひいた。
 そして目の前に広がる光景に思わず絶句した。デジャブとなるみくるちゃんの制服に手をかけ、脱がしかけているハルヒに涙を浮かべ無駄と呼べる抵抗をしているみくるちゃん。そんな助けを乞ううるんだ瞳のみくるちゃんと目があった。すみません、助けれそうにありません。

「あら、葵早いのね」
「あー今日岡部先生の話短かったからかな?」

 一旦ハルヒの手が止まったことにより、みくるちゃんはもがきハルヒの腕から抜け出そうとするが力の差があるのかみくるちゃんは疲れてしまいクタリとハルヒに寄りかかり「うぅー」とうなる。
 あれ、そういえば今日は有希遅いな。いつもならばこうしてハルヒと私、外であるがキョンが揃っている時には有希は姿を現しているのにな。

「で、ハルヒ今日はどうしたの?」

 何か新しい衣装でも手に入れたからみくるちゃんに着せているのだろうとは解る。ある意味毎度のことだからな。私は荷物を机の上に置き、二人の様子を見届ける。

「見ての通りよ!」
「いや、見て解らないから聞いているんだけど」
「みくるちゃんの映画の衣装合わせよ」

 まあこれ意外の衣装は無いんだけどね、と言うハルヒに私はなんと答えるべきかひとまずみくるちゃん、見捨てることになりますが諦めてください。

「葵のもちゃんとあるから安心しなさい」

 訂正、みくるちゃん一緒に逃げませんか。紙袋から取り出された服を見て私は一時停止したいったいなんなんだその服は。
 ハルヒの手が広げる服は、どこをどう見ても高校生にはキツイものがあった。紺のワンピースに後ろには小さく結ばれたリボン、セーラータイプの襟に先にはネクタイ。裾には控え目にフリルもついている。それにセットの白を基調にしたこれまた紺のリボンがついた帽子。
 小学生から幼稚園児が着ていたらなんて可愛いんだと顔が綻びそうだが高校生が着ていたら笑いを狙ってるとしか思えない。いや、着る人が違ったら可愛いんだろうな。きっと高校生でもこんな可愛らしい服が似合う人が着たら……例えばみくるちゃんや有希なんか似合いそうだ。とにかく自分には無理だ。


 しかしハルヒはどうしてこうも私に小さい子向けの服を着させようとするのか、私だって普通のコスプレだったら喜んで着る。寧ろそちらを着させてくれ。
 私が絶句していると、ハルヒはいつの間にかみくるちゃんを着替えを終わらせており。私へとにじり寄って来た。

「さあ、葵も着替えましょうね」
「あ、あーお腹が痛いかなー? トイレ行ってこようかなー?」
「その言い訳が通じるのは小学生までよ」

 ハルヒはそう言うと私に飛びついてきた。ああ何故だろう、ふとゴレンジャーなどで見かける黒い全身タイツを着てキーキー言う雑魚キャラを思い出した。あいつら、結構可愛いんだよね。
 なんて現実逃避を試みている内に、押し倒された私の足の間に身体を滑りこませ私の上へと跨がる姿勢をとる。そして顔の横に手をつくと、不敵な笑みをうかべ制服に手をかけられ上へと捲られる。

「のわぁ!?」

 肌が外気に触れ、寒さに身体が一瞬震えた。その時、外から扉を叩く音が聞こえハルヒはなんの躊躇もなく寧ろこちらを見つめてニヤリといやらしく笑い。私の服を更に上にあげ「どーぞっ!」と声をあげた。まてまて、この状況は色々とそう色々とヤバいだろう。
 なあ、ハルヒさん。君にも悪戯好きの小悪魔以外に心優しい天使の心があるとわかっている。さあ、今こそ心優しいエンジェルカモーン! なんて脳内で暴走をおこしているとハルヒが私の胸を見て一言。

「あら、葵胸大きくなったわね」

 その声と同時にガチャと何か物が落ちる音が聞こえ、顔を上に向ければキョンの赤くなった顔が逆さに見えた。その横には持ってきていた紙袋が落ちている。
 おーい、キョン助けてくれ。私が手を伸ばし「キョン」と名前を呼ぶとキョンは我にかえり袋を取ると「わりぃ!」と叫び扉を閉めた。
 いや、謝る前に助けてくれ。伸ばした手は力尽き、その場に投げ捨てるとハルヒは大人しくなった私に気を良くしたのかそのままスカートにも手をかけ全て剥ぎ取った。
 ああ、私どうなるのかな。と、少し涙が浮かんでくる中。ハルヒは手際よく私に先ほど持っていたワンピースを着させ、帽子を私に被らせた。ご丁寧に紐までついてる。

「やっぱり思ったとおり、葵すっごく似合ってるわ! みくるちゃんもそう思うわよね」

 ハルヒは椅子に座り放心状態だったみくるちゃんの腕を絡め、引き寄せると私の方へと歩み寄り。四本の足が私の前で立ち止まる。


 顔を上げて見上げると、みくるちゃんと目が合い口が微かに動き言って良いものなのか悪いものなのか、悩んでいるっぽい。

「似合いますか?」

 だから一言、言葉でみくるちゃんの背中を押す。するとみくるちゃんはホッと安堵の笑みを浮かべ「はい、とっても」と嬉しそうに私の帽子に触れる。その姿にこちらまで嬉しくなり私もありのままの感想。

「みくるちゃんもよくお似合いですよ」

 それを言った途端みくるちゃんは自分のスカートの裾を掴み、うつ向いてしまった。自分はもしかしなくとも、気づかぬ間に地雷を踏んだのだろうか。みくるちゃんはそのまま恥ずかしそうに椅子に座り、ハルヒは私の帽子を一度目が隠れるまで下げると、みくるちゃんの元へと鼻歌まじりに向かいその髪をツインテールにしようとブラッシを手に、ときはじめた。
 そして目だけ私へと向け、顎でドアを指す。ああ、そういえばキョンを忘れていた。私は立ち上がるとスカートを叩き、扉へと向かう。

「キョンー、終わったよー」

 ドアを開ければガッと鈍い音と共に中途半端な幅で開き止まるが、一度閉めたあと再度開けると今度はすんなりと開いた。どうやらキョンがドアの前で座り込んでいたらしい。顔を覗かせ座り込んでいるキョンを見つめると、ふと顔が上がり目が合うと瞬時に顔を赤くさせソッポを向いた。

「何か照れられると何とも思ってなかった私も照れるんですが」

 しゃがみこみキョンと目線を合わせるとキョンは目に手を当てたまま、あいている片手をこちらに突きつける。待てという合図だろうか。
 そのまま口を開かずただ呆然とキョンを見つめているとキョンは息を大きく吸い込み肺の中が空っぽになるのではないかと思えるほど吐き出す。すると、やっと顔を上げ私の目を見てくれた。

「そんなに照れるもの?」
「お前な……これでもコッチは健全な男だ。照れるのは当たり前だろ」
「いやーてっきり妹ちゃんので見慣れていると思ってましてな。それはそれは、お見苦しい姿を晒してしまい申し訳ない」

 帽子を少し下げ、それと同時に頭を下げると今私の服に気づいたのか目を丸く見開き口を半開きのまま見つめてきた。そこまで衝撃を受けるほどの映像だったのだろうか、さっきのは。加害者であり、被害者の私からの視点では逆さまに顔を赤くさせたキョンが写っただけだからな。

「へん?」

 一言も言葉を発しないキョンに、私はそこまで驚愕するものだろうかと帽子を深く被る。視界からはキョンが消えて暗闇とまではいかない、ほの暗さが辺りをつつむ。

「いや、変なことはない。ただな葵」
「うん?」

 キョンの手が私の被る帽子を上げ、視界に苦笑するキョンの顔が写り指は私の足元を指差す。

「その格好はやめろ、下着が見える」

 キョンの指摘をうけ、足の間を覗くと確かにパンツが見えていた。こりゃ見えると言うより、丸見えって言ったほうが正しいんじゃないかと思えるほどに。
 そうやって覗きこんでいた私の頭が叩かれた。

「女の子がそんな格好するんじゃありません」

 キョンの手によって。
 そうやって叫ぶ姿はまるで妹を叱る兄のようで、何故かこういう時キョンが兄なのだと思い起こされる。

「えーパンツの一つや二つ、キョンと私の仲じゃないか」
「どういう仲だ」
「パンツの仲?」

 語尾を上げて言えばキョンはため息をつき、頭に手をやり。しばらくすると、キョンは立ち上がりドアノブに手をかけこちらを一瞥する。

「もう入っても大丈夫なんだよな」
「あーうん、その筈だけど」

 ただハルヒのことだ、突然着替えをおっぱじめてたりするかもしれない。まあ、今はまだみくるちゃんの髪をいじっているだろうからその心配はないが。
 キョンはそれを聞くとドアノブを回し恐る恐る中を覗き、入っていく。私もその後を追いかけて扉を閉めると、ハルヒの目がキョンから私に向けられ、何事かと首をかしげている内にキョンへと視線は戻り。ハルヒの前でパイプ椅子に座り、ツインテールに結われた髪を肩に垂らしているみくるちゃんのうるんだ瞳が私を見上げる。

「…………」
「…………」

 私は何も言えずそのまま数秒みくるちゃんと見つめ合いを続ける。別にガンを飛ばしているのではないが、端から見るとそのように見えるんじゃないかと思える。

「どう?」

 ハルヒのその一声に、私はふと視線を反らすとみくるちゃんも視線を自分の膝へと落とし、きっちり閉じている膝を少し開き身動ぎする。そして、だんだんとキョンに見られていることによりか、耳が朱に色づく。
 その時、後ろから戸が開く音が聞こえ振り返れば古泉くんの姿があり。小さく会釈をすれば笑みと共にお辞儀がかえってきた。そして古泉くんは前を向けばキョンの肩を叩き、キョンはひどく驚いたのか目を見開き振り返る。

「やあどうも。昨日はすいませんでした。今日は今日とて脚本でモメそうだったのですが、僕は早々に切り上げさせてもらったんですよ。堂々巡りには付き合い切れません」

 古泉くんはそのままキョンの肩越しに部室を覗き込み、みくるちゃんを見ると、

「おや」

 愉快そうに微笑み、キョンの横を通りすぎながら。

「これはこれは」

 鞄をテーブルに置き、パイプ椅子に腰を落ち着かせ「よくお似合いですよ」と率直な感想を述べた。まあ確かにお似合いだ、寧ろみくるちゃんに似合わない服などないのではないだろうか。
 しかしキョンは何か不服だったらしく、腕を組み。

「そんなもん見りゃ解る。解らないのは、なんで喫茶店でもファミレスでもないのにウェイトレスがこの薄汚い小部屋にいるのかってことだ」

 息をつき、一拍置くと続けて言う。

「葵に関してもだ、あの格好はなんだ。幼児プレイでもさせてるのか」
「いや、それは私もさすがに……」

 もしハルヒに真顔で「そうよ、幼児プレイさせるの」とでも言われたら多分立ち直れない。私は古泉くんの隣にある椅子に腰かけ、帽子を少し下げてハルヒを見上げる。

「それはね、キョン」

 ハルヒは指をチッチッと横に振り、私とみくるちゃんを一瞥したのちキョンを指差しドンという効果音を背負い、腰に手をあてた。効果音はもちろん私の幻覚だ。

「みくるちゃんと葵にはこのコスチュームで映画に出てもらうからよ」
「メイドじゃ不都合なのか?」

 確かにみくるちゃんには一番よく似合うコスプレ衣装といえば、メイド服だ。それにメイド服ならば元からこの部室に置いてあり、新たに買わなくてもいいという安上がりというものだ。
 しかしハルヒにとって、それは今回の映画のコンセプト違うらしく腕を組み。

「メイドってのは大金持ちの屋敷とかにいて個人的奉仕活動するのが仕事よ。ウェイトレスは違うわ。街角のどっかの店で時給七三○円くらいで不特定多数にサービスを提供するのが目的なの」

 個人か不特定多数かの違いだけか、メイドとウェイトレスの違いは。ん、もしやハルヒは一般人うけを狙ってたりするのだろうか。もしそうだとするなら確かにメイドよりウェイトレスの方が身近に感じ共感しやすい、でも人間どちらかと言えば非現実的な方が受けがいい気がするけどな。


「それが高いのか安いのかは知らんけど、どっちにしろ朝比奈さんは屋敷勤めやバイトをするため毎回こんな恰好をしちゃいないだろう。ハルヒの金で雇っているのなら別だが」
「細かいことは気にしないでいいの! こういうのは気分の問題なのね。あたしは気分いいわ」

 そりゃね、ハルヒが望んでやったことなのだからさぞかし気分がいいだろう。私は帽子を取ると縁をなぞったり、ゴムを伸ばしてみたりして遊びながら少し短いスカートの丈を伸ばしたりみくるちゃんのウェイトレス姿を視界に入れてハートフルな癒しを求めたりしてみる。

「すす、涼宮さん……。これちょっとあたしには小さいような……」

 みくるちゃんは恥ずかしさに顔を赤らめ目に涙を溜めて、そんなに気になるのかミニスカートの裾を押さえハルヒに訴えかける。そんなみくるちゃんの愛らしい姿は、キョンの何かを呼び起こしてしまったのかキョンは先ほどから見てはならないと解っていながら見てしまうのか目が游いでおり。喉がなった。
 自分の下心に忠実なのは良いことだ、寧ろ少しくらいスケベではなくては男が廃る。
 でも古泉くんがキョンみたいにみくるちゃんのスカートをガン見していたら、それはそれで怖い。

「こんぐらいがちょうどいいのよ。ジャストフィットって感じだわ。葵もそう思うわよね!」

 二つの眼が私を見つめる。え、いや、それはそのだね。私は視線をあさっての方向へと反らし、頬をかけば一つうなずき。

「うんまあ、ジャストフィット、だよ。みくるちゃん」

 頑張れという意を込めて、ガッツポーズをする。しかしみくるちゃんはどう取ったのだろうか、あうあうと口を開閉させ私から視線をそらしキョンを見上げた。キョンはみくるちゃんと目が合うと数秒見つめあったのちハルヒへと視線をやり、ハルヒの瞳はキョンを捕らえた。

「今回の映画のコンセプトが」

 もうすっかり諦めきったみくるちゃんの丸まった背中を、ハルヒは指差し。

「これなのよ」

 そう言った。これとはなんだ。

「これ、と言われても。茶店でバイトする少女の日常ドキュメンタリーフィルムでも撮るつもりか」


 キョンもさすがに意味が解らなかったのか呆れた眼差しでハルヒに問いかける。こういう時傍観者は楽でいいなとふと思う、今で言うと古泉くんと私だろうか。ただ見つめているだけで、時々話しかけられたりしたら相づちをうったり、少し言葉を返せばいい。キョンがよく当事者より傍観者がいいと言う意味が少し解る。でもやっぱり、当事者のほうが色々と面白いと思うんだけどな。
 ふと古泉くんの方を向けば、タイミングよく目が合い微笑まれ。恥ずかしさに勢いよく視線を反らしてしまった。

「違うわよ。みくるちゃんの日常を隠し撮りしたってちっとも面白くもないわ。普通の日常を記録するだけで楽しい物語になるなんてのはね、よっぽどエキセントリックな人生を送っている人だけよ。ただの高校生の一日を撮影したって、そんなの自己満足にすぎないの」

 いやいや、みくるちゃんの生活はみくるちゃんの生活でまた面白味のあるものが撮れる気がするよ。なんせただの高校生じゃなくて高校生兼未来人なのだからな。まあその未来人あたりは、現代だと解らないのでやっぱりハルヒにとっては面白いものにはならないが学校中のみくるちゃんファンにとっては宝物だな。

「あたしはSOS団代表監督として娯楽に徹することに決めたの。見てなさい、観客を残さずスタンディングオベーションさせてみるからね!」

 いや、それは、少し無理があるのでは。決してそれはハルヒを馬鹿にしているわけではなく、文化祭で正式な出し物として発表していなくては来るものも来ない。結論、お客さんが来ないのでは。と思うが何か策があるのだろうきっと。
 ふと、ハルヒの腕に巻かれた腕章を見ると書かれた文字が「団長」から「監督」に変わっていた。
 いつか「スタッフ」の腕章も作って持ってくるのではないか。ついでに「男優」「女優」の腕章もよろしく。なんてな。
 帽子を頭に被り直し、ゴムを首にかけると視界の端に黒く動くものが見えて振り返った。

「…………」

 視線の先に写る人に私は唾を飲み込み息を潜める。周囲の人も突然音もなく開いたドアの前に立つその人物に驚愕したのか、動きが止まり皆そちらを向いていた。

「…………」

 そんな中、その人、長門有希はまたもや音もなく扉をしめるとまるで隠密である忍者のように足音もなく入ってきた。


「おはよう有希」

 朝も会い挨拶を交わしたが、私は重い沈黙を破ろうと声を振り絞る。すると有希はこちらを振り返り一言。

「おはよう」

 そう言いまた歩き出した。まあ、皆が驚くのも解る。突然音もなく現れたのは顔しか露出していない真っ黒な姿。その姿だけを見るとなると誰もが驚愕するに決まっている。ふと皆の顔を横目で見るとキョンはもちろんのこと、ハルヒとみくるちゃんも同様に古泉くんも微笑みに驚きの色をまぜこんでいる。そんな有希の姿を一言で表すとしたら、まるで絵本から飛び出してきた魔女。暗幕みたいな黒いマントで全身はすっぽり覆われており、頭にはマントと同色の鍔広なトンガリ帽子をかぶっている。
 そんな格好をした有希は、私たちが見守る中黙々と自分の定位置である隅っこの席に着き、マントの裾で隠れていた鞄とハードカバー本を取り出してテーブルへ置いた。そして周囲の五人の驚愕に一切の反応を示さず、淡々と読書を始めた。
 その後、絶句から誰よりも早くに立ち直ったハルヒと有希の会話で解ったことは、有希のあの格好はクラスの出し物である占い大会の衣装らしい。まあ占い師と言えば怪しげな格好だ。しかし、衣装を考えた人はよく有希を見ているな実にぴったりだ。
 有希のその姿に一番喜んだのはハルヒだった。

「有希、あなたも解ってきたじゃない! そう、それよ!」

 もう大絶賛の嵐だ。有希はゆっくりと目をハルヒに向け一つ瞬くと、またページに戻した。興味なさげだ。

「あたしの考えていた配役にぴったりの衣装だわ! あなたにそれ着せた人を教えてちょうだい。この感謝の気持ちを電報にして打ったげたいわね」


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