ハチャメチャな夏休みの後に来るのは、静かな二学期。ではなく、ハチャメチャな二学期だった。
 何かと学校のイベントが多い二学期、先月私たちの学校にも大イベントの一つである体育祭が行われた。体育祭とまで言うのだから、何か祭のようなことを行うのだろうかと少し当日を楽しみにしていたのだが。まあ中学同様、運動会のようなものだった。
 しかしさすが高校生の体育祭、迫力が凄かった。男同士、熱くほとばしる汗、競いあう筋力。一言でいい表すならば熱かった。
 女子もこういう時だけいつもの力より数倍強い、彼女たち本来の力を惜しみなく出して活躍をする。だから男子たちの間では女子は勝負ごとになると突然強くなると噂が回る。

「葵! 負けたら承知しないんだからね!」

 まあ、その噂は実際のことなのかもしれない。キョンの肩に手を乗せて前のめりになったハルヒは腕を振り回し、私に声援という名の脅しを口にする。
 私は順番を待っている際に足首を回したり、腕をのばしたりしていると聞こえてきたハルヒの声に振り返り手を振る。
 我が団長様の願いとなったら話は違う。私の競争相手には悪いがこの勝負、勝たせていただきます。
 その後の結果は、まあ可もなく不可もなくって感じだ。結果的には一位にはなれないが、二位にはなんとかなれた。団長様もそれでなんとか納得してくれた。
 まあ、それで活躍したためかその後に参加したクラブ対抗リレーなるエキシビションマッチには私は応援団員としてかりだされた。普通部活として認められていないクラブは参加出来ないものだと思っていたが、どうやら違うらしく。SOS団はまた一つ、校内知名度を上げてしまった。
 運動部の人たちを蹴散らし、アンカーのハルヒは二着の人とかなりの差をあけてゴールテープを切った時にはあんぐりと開いた口が塞がらなかった。
 まだ、第一走者、第三走者、第四走者はよかったのだ。普通に一般人と平等の勝負をしていた。
 第二走者、第五走者が問題だった。有希に至ってはもう走りではなく、瞬間移動だ。バトンを受け取った次の瞬間、瞬きをする暇もなく一周をしていた。きっと見ていた私たちより、走者の方々のほうが驚いただろう。


 そんな少し現実離れした体育祭も終わり。月が移り変わったと思うと息つく間もなく文化祭がやってきた。中学生の頃にもあった体育祭とは違い、初めての文化祭に自然と周りはやれ準備だ、やれ居残りだと盛り上がりを見せているクラスがちらほら見える。まあ結局は、ああ、めんどくさい。ああダルいと言う人が多く真面目に準備をする人は数少ないだろうが。
 まあ、それが現実だ。私たちのクラスも同様に、盛り上がり以前に盛り下がりをみせていた。

「なら、うちのクラスはアンケート発表でいいなー?」

 困りきった岡部先生の言葉にクラスの人たちは、反対意見賛成意見どちらも言えぬままチャイムが鳴って時間切れとなり強制的に決まってしまった。アンケート発表だなんて、いったいどこの小学生だ。
 いや、まあ岡部先生も困っていたんだ。文句を言うならばまず自分で意見を言え、というんだ。
 しかし朝倉さんがいなくなってからというもの、このクラスをまとめようとする人がいなくなり全くまとまりのないクラスになってしまった。まあだからと言って、あの場で朝倉さんを傷つけないでキョンを殺されないようにするなんて無理だったのだろうが。
 何かを掴むには、犠牲が必要ってわけだ。

「アンケート発表なんてバカみたい」

 黒板を呆然とした眼差しで見つめていると、肩を叩かれ顔を上げるとキョンの姿があり。私はその手を取りながら立ち上がり教室の出入口を見れば、ハルヒが私たちを見ていた。
 そして先に歩くハルヒの後ろ姿を私とキョンは追いかけながら部室へと続く道を歩いていく。そしたら突然ハルヒが声をあげ、私たちの方に振り返りその表情を見せた。その際に口に出したのが前の会話だ。

「そんなことをして何が楽しいのかしら。あたしには全然理解できないわ!」

 拳を作った手を固く握りしめ、眉を寄せて今はいない相手に向かって愚痴を溢した。まあ、確かになにが楽しいのかよくわからない。けど決まったことだからね、受け入れるしかないのだよハルヒ。

「だったら何か意見言えばよかったじゃないか。お通夜みたいな教室で困りきった岡部教諭の顔を、お前も見てただろ」

 キョンは呆れた眼差しと岡部先生への労いの思いを混ぜくったような視線でハルヒを見るが、すぐ小さく息をつき私に視線を寄越す。なんだ、私にも何か言って欲しいのか。


「いいのよ。どうせクラスでやることなんかに参加するつもりはないから。あんな連中と何かやったって、ちっとも楽しくないに決まってるのよ。葵もそう思うわよね!」

 突然話を振られ、私は「へ?」と素っ頓狂な声を上げて同意を求めているハルヒの顔をみた。ハルヒの顔には絶対同意してくれるという自信があるのか、少し笑みを浮かべている。

 だけどね、ハルヒ。私はいつでもハルヒのイエスマンではいられないのよ。古泉くんと違って。

「私は、みんなでやっても楽しいと思うよ。ほら、ハルヒ試しにSOS団の皆とやってると思ったらどうかな?」

 ハルヒはその答えが気に入らなかったのか口をあひる口のように突き出し、腕を組み前を向くと乱暴に大股で歩を進めていく。

「あんな連中とSOS団を一緒くたにしないでちょうだい」
「……すみません」

 肩を縮こまらせ、顔をうつ向かせる。ああ、なんか地雷踏んじゃったかな。

「その割にはハルヒ、お前体育祭ではクラスの総合優勝に貢献していたような気がするけどな。短・中・長距離走とスウェーデンリレーの最終走者で登場し、そのすべてで優勝していたのはお前だと思ったが、ありゃ別人か」

 ニマニマと笑みを浮かべて、いやらしく尋ねるキョンにハルヒはさらに顔を曇らせ、一息でいう。

「それとこれとは話が別よ」

 ドン、と漫画ならば後ろに効果音を背負っているだろうハルヒに対し、キョンはどこが違うんだよと言いたげに顔をしかめる。まあ、確かにどこがどう違うんだろうか。仲間と協力して何かを成し遂げるということはどちらも共通するもので、競うという部門でも文化祭にはどれが一番いいかという投票が行われる。
 どちらも似たようなものではないのだろうか。

「文化祭よ文化祭。違う言葉で言えば学園祭。公立の学校はあんまり学園と言わないような気がするけど、それはいいわ。文化祭と言えば、一年間で最も重要なスーパーイベントじゃないの!」

 先ほどとは打って変わって明るい表情を見せて、握り拳を顔の前に上げる。フフンと今にも「名案を思いついたわ」と言い出しそうだ。

「そうなのか?」

 キョンは尋ねながら私に視線を移し、さあ? と肩を竦めて上げるとまたハルヒに視線を戻した。ハルヒは力強く頷き。

「そうよ!」

 と、声をはり上げる。そうなのか。


 私はその姿様を、微笑ましく思いながら目を細めながら見つめる。ああ、なんだろうなこの気持ち。まるで小さな子どものはしゃぐ姿を見つめている気分だ。
 まさかハルヒは母性本能をくすぐる何かを備え持っているのだろうか。いや、それはないな。

「あたしたちSOS団は、もっと面白いことをするわよ!」

 だってハルヒは子どもと言うよりか。

「わかったわね! キョン、葵!」

 腰に手を当て振り返りざまに人差し指を私とキョンにつきつけ、背後に輝かしいオーラをまといながら私たちに同意を求める。
 ハルヒはどちらかと言うと親、子どもではなく主従関係。

「はい、マスター」

 それが、正しい気がする。ほっておこうとしても彼女の何かに惹かれてしまって目が離せない。それはまるで、どこか漫画のような世界の主人に召し使いのようだ。
 私が冗談半分で言った台詞にハルヒは目を丸くしたのち。ふっと笑みを型どり顎に指をあてる。

「そろそろキャラ変えもいいわね」

 そう言うと、ハルヒは私の顔をまじまじと色んな角度から見つめ。指を鳴らして「そうだわ!」と声を上げて私の肩に手を置いて前後に揺すぶられる。

「アンドロイドよ!」
「あ、アンドロイド?」

 アンドロイドとは別名ヒューマンノイド、よく映画などで見かける高知能の人の形をしたロボットのことを言う。簡単に言えば有希のことだ、確か有希はなんちゃらヒューマノイド・インターフェースとか言った気がする。
 それが、ハルヒどうした。肩を掴まれて振られる身体で尋ねるとハルヒの手はピタリと止まり、私を見つめて一字一字口をはっきり動かして言う。

「ア・ン・ド・ロ・イ・ド。つまり人形のロボットのことよ!」
「うん、それはわかる。それで、私はどうすれば?」

 ハルヒは私から手を離すとまた前を歩いていく。キョンは先ほどから少しばかり考えごとをしているのか、前をハルヒが行くとそれについて行くことだけしている。つまりだ、意識はどこかに飛んでいるってことだ。

「返事は『はい、マスター』だけ。他に何か質問されても、『はい、マスター』」
「それ、何萌え?」
「……アンドロイド萌え?」

 疑問文で返すハルヒに私は直角に曲げた腕をそのままハルヒに向かってお腹辺りに当てる。「なんでやねん!」と突っ込むために。

「とにかく今からスタート、はい!」


 はい、と言うと同時にハルヒは手を叩く。パンっと乾いた音が廊下に響き、私は口をつぐみハルヒの言葉を待ちながら、また歩きだすその後ろ姿を追った。

「ねえ葵」
「はい、マスター」

 ハルヒは鞄を私に押しつけると腕を組み、髪をなびかせながら進んでいく。遠くからは野球部のかけ声が聞こえ、ブラスバンドの音楽もいつも以上に気合いが入っているのか、遠く離れたこの場所からでも聞こえてくる。

「やっぱり文化祭は他の人が驚きそうな、あっと言わせれることをしたいわよね」
「はい、マスター」
「葵はどんなことやりたい?」

 私はとっさに、「ハルヒのしたいことなら何でもいいよ」と言いかけるが自分が今一つの台詞しか喋れないことを思い出し口をつぐむ。それにハルヒは一瞬顔をしかめ返事をしない私に睨みをきかせるが、すぐさま自分が言った言葉を思い出しキョンに視線を向けた。

「ねえ、キョンはどうなのよ」

 ハルヒの声にキョンは一瞬肩を揺らし、目を瞬かせると口を開く。

「……あ」
「ちょっとキョン、聞いてるの?」

 顔を覗きこむハルヒにキョンは一歩後ろに後退り首を横に振り、別段悪びれた様子もなく謝る。

「いや聞いてなかったが、それがどうした」
「文化祭よ、文化祭。あんたももうちょっとテンションを高くしなさいよ。高校一年の文化祭は年に一度しかないのよ」

 自分の力のかぎり、力説するハルヒをキョンは冷めた眼差しで見つめ私の頭に手を置き。ぐりぐりと髪がくしゃくしゃになるまで撫で回される。

「そりゃそうだが、べつだん大騒ぎするもんでもないだろ」
「騒ぐべきものよ。せっかくのお祭りじゃないの、騒がないと話にならないわ。あたしの知ってる学園祭ってのはたいていそうよ」

 私の知っている学園祭は、まあ盛り上がっているには盛り上がっているがどこか冷めた雰囲気が漂っていて後夜祭には盛り上がるというのを知っている。私の知っている文化祭はそんなのだ。

「お前の中学はそんなに大層なことをしていたのか」

 ハルヒは私の頭からキョンの手を振り払うと私の腕を引き寄せる。引き寄せられた私はそのままハルヒの腕の中に収まり抱き締められた。

「全然。ちっとも面白くなかった。だから高校の文化祭はもっと面白くないと困るのよ」
「どういう感じだったらお前は面白いと思うんだ」

 ハルヒは私の頭を髪を整えるように撫でながら、天井を見上げ「んー」と唸り声一つ。



「そうね。お化け屋敷に本物のお化けがいるとか、いつの間にか階段の数が増えてるとか、学校の七不思議が十三不思議になるとか、校長の頭が三倍アフロになるとか、校舎が変形して海から上がってきた怪獣と戦うとか、秋なのに季語が梅だとか、そんなんよ」

 始めこそは文化祭に関係のありそうな話しだったが、途中から何やらハルヒにとっての面白いことの話題になったような気がする。キョンは明後日の方向を見ており、話を途中から真面目に聞いてなさそうだった。ハルヒもそんなキョンの聞く態度に頭にきたのか、私の手を引くだけ引いて。

「……まあ、いいわ。部屋に着いてからじっくり話してあげるから」

 機嫌を損ねてむっつりと黙り込んでしまった。そんなハルヒの姿を半ば引きずられるような形で、すたすたと歩を刻みあっというまに部室の扉の前に来ていた。
 その扉には「文芸部」のプレートの下に「with SOS団」とぶっきらぼうな字体で書かれて紙切れが画鋲で留めてあった。

「もう半年もここにいるんだもの。この部屋はあたしたちの物と言っても誰も文句はないわよね」

 と、いうハルヒのある意味、身勝手な占有権を主張してプレート自体を張り替えようとしたのをキョンは止めに入り。なんとか文芸部のプレートは無事に残り、その下に無理矢理SOS団のプレートと言う名の紙が貼られたというわけだ。
 ハルヒはノックもせずに扉を開き、私とキョンは部室の中に妖精が立っているのを見た。彼女は私たちが来たことに目を柔らかく細め、目があうとまるで幼い子どもが久しぶりに帰ってきた父親に向けるような微笑みをキョンと私に向けた。

「あ……。こんにちは」

 可愛いという代名詞が付きそうな姿成りをしている。メイド衣装に身を包み、箒を持って掃き掃除していたのはSOS団の癒し系アイドルお茶をくむのに彼女の右に出るやつはいないとされるマスコットキャラクター朝比奈みくるちゃん。
 彼女はあのハルヒにより拉致された日からかいがいしく毎日放課後私たちより早くに部屋に来ては、ハルヒに命じられた衣装を文句一つも言わず身につけ今じゃSOS団のメイドさんになりきり日々頑張っている。
 まあ彼女が頑張らなくても、彼女の頑張る姿を見てるだけで癒されるのだから少し休んでみたらどうですか。と尋ねてみるとお礼と共に自分は楽しいから平気、と返ってきた。

 ああ、ああ、もうね人間出来てるとはこのことだ。キョンが部室に入りみくるちゃんを見たとたん、しまりがなくなり鼻の下は伸び目は細められていた。きっと私もそんなキョンと似たような顔をしていただろう。

「すぐにお茶淹れますね」

 みくるちゃんが箒を掃除用具入れに直す姿を見つめながら、世話しなく動く背中を眼で追いかけているとハルヒは私の名前を呼び私の身体を後ろから抱きすくめた。耳元に息がわざとだろうか、わざとじゃないのだろうかとにかく吹き掛けられ、くすぐったさにへんな笑いが漏れそうになり。両手で口を塞いだ。
 しかし、キョンから思った反応が返って来なかったことに不満だったのだろう。私から手を離すと未だにみくるちゃんに対して目を細めていたキョンに肘打ちを喰らわした。

「目が糸みたいになってるわよ」

 ハルヒは各自専用の湯飲みを取り出しているみくるちゃんを横目で見つめたのち、団長専用の机に「団長」と書かれた腕章を取り上げて装着をするとパイプ椅子にふんぞり返り、これまた「団長」と書かれた三角錘が少し揺れ動いた。

「葵」
「は、はい、マスター」

 私は鞄を椅子に置き急いでハルヒの側までいくとハルヒはみくるちゃんの姿を見ながら、私に向かって「もうそれいいわ」と腕を組み吐き捨てた。飽きたのだろうか、私は二つ返事で了承し戻ろうと踵を返すと目の前に有希が分厚い本に顔を落とし読んでいる姿があり。私はそういえばまだ今日は挨拶していないなと思い口を開くと、有希は本から顔を上げず「おはよう」と淡々と返ってきた。

「古泉くんは?」

 椅子に戻るとハルヒは鋭い視線をみくるちゃんに注ぎ、みくるちゃんはその視線に一瞬びくっと肩を震わせ視線をさまよわせハルヒとは目を合わせようとしない。

「さ、さあ。まだです。遅いですね……」

 湯飲みを用意し終わると、茶筒を慎重に開け蓋が開く瞬間ポンと音がなりお茶のいい香りが漂ってくる。そういえばお茶といえぱそのままでも食べれることをつい最近知った。だったんそば茶の茶葉は美味しい、まるであられを食べているかのように美味しい。急須に適量入れるとみくるちゃんはお湯をそそぎ暫く蒸らすため、その場に置いておく。
 ふとキョンの視線の先が気になり、その視線の先をたどっていくと今までみくるちゃんが着たコスプレ衣装がかかっているハンガーラックを見ており、なぜかそれに一瞬イラッとした感情が私を襲った。


「キョンそんなにみくるちゃんの着た服に興味あるの?」

 だから少し悪戯をしたくなった。私の言葉に、肘をついて見ていたキョンの肘がズレ落ち頬から手が離れ丸く目が見開かれ口もポカンと間抜けに開かれていた。あれなんだろうか、私今思いっきり変なことを言った気がする。恥ずかしさに顔から火が出そうだ、とまではいかないが「あっ」と思わず声が漏れる。

「あー、あ、キョンそのすまん何でもない」

 私はとっさに言葉を取り繕い、キョンに本当になんでもないと意味をこめて首を横に振る。しかしキョンはやはりそんな言葉に「ああそうですか」と言えるような性格ではなく。口を開きかけるが神様は私の味方にしてくれているのか、キョンの言葉を遮る人物が出てきた。

「さっきのはなん――」
「みくるちゃん、お茶」
「は、はいっ。ただいまっ」

 その人物とはハルヒであった。さすがに言うタイミングを外したらなかなか次に言いだせないのが日本人の性分。キョンはしぶしぶ口を閉ざし、手持ちぶさたの私はハルヒに言われて慌てた動作で急須に入れていたお茶を「ハルヒ」と油性マジックで書かれた湯飲みに緑茶をそそぐみくるちゃんの姿を眺めた。そして淹れ終わるとお盆に載せて目は湯飲みをしっかりと見つめ一歩一歩ゆっくりと歩を進める。という慎重な動作でハルヒの元まで届けるとハルヒはそれを受け取り一口すすった。
 ああ、そう言えばこれはある意味関係のない話しなんだが、他の湯飲みにも団員たちの名前が一つ一つ書かれているのになぜか私だけ名前ではなく猫の似顔絵が書いてあったのだ。いや、猫は好きだよ。確かに好きさ、けどなぜここで猫なんだ。

「みくるちゃん、前にも言ったと思うけど、覚えてないの?」
「え?」

 私がなぜ自分のだけ猫なんだと悩んでおればハルヒが先ほどまですすっていたお茶を溢れない程度に机に叩きつける。
 その様子にみくるちゃんはお茶がまずかったのだろうかと、不安そうに眉を寄せてお盆を胸に抱きしめる。

「なんでしたっけ?」

 記憶を司る海馬をあさり思い出しているのか、時折「うーん」という声が「ん?」に変わり首をかしげるがどこにもなかったのか、みくるちゃんは更に首をかしげハルヒを見つめた。

「お茶を持ってくるときは三回に一回くらいの割合でコケてひっくり返しなさい! ちっともドジッ娘メイドじゃないじゃない」
「え、あ……。すみません」


 肩をすくませ、落ち込むみくるちゃんだったが私もそれは初耳で試しにキョンの方に視線を向けるとキョンもそうらしく私を見ていた。というかだなハルヒ、三回に一回の割合でコケでひっくり返せと言うがなそれは端から見たらドジッ娘だろうけど翌々考えて見ると計算高く腹が黒いと言えるんだぞ。
 しかし当の本人は気づいてないのか、わかっていてもみくるちゃんだからドジッ娘メイドと言えると思っているのか。

「ちょうどいいわ、みくるちゃん。キョンと葵で練習してみなさい。湯飲みが頭の上で逆さまになるようにね」

 そんな事を言い出した。おい待て待てハルヒ考え直さないか、さすがの私とキョンもあっつあつの緑茶を頭から被るのは勘弁願いたい。せめて慈悲でお水にチェンジをしてください。
 さすがのみくるちゃんもそれには心底驚いたのか「ええっ!?」と声を上げキョンと私を交互に見つめ、まるでご主人に無理難題を押しつけられた子犬のようにオロオロとしていた。キョンはため息をつく。

「朝比奈さん、ハルヒの冗談は頭のおかしい奴しか笑えないんですよ」

 キョンはまだ続けようと、口を開いたままだったが何か察したのか口を閉じ言うのをやめた。ハルヒは目を吊り上げて、キョンを指差す。

「そこのバカ、あたしは冗談なんか言ってないわよ! いつも本気なんだから」

 確かにハルヒはいつも本気だ、悪い意味で。今思うといい意味での本気が見当たらないが、そこは気にしなずスルーしておいた方がいいのだろう。

「いいわ。あたしが見本を見せてあげるから、次はみくるちゃんね」

 パイプ椅子から飛び上がるハルヒは、あうあうと口を開閉してオロオロと右往左往のみくるちゃんの手からお盆をひったくりまだ中身が残っていた急須をかかげ、キョンの名前入り湯飲みと私の猫印の湯飲みに遠慮なんてしなずどはどはと溢れるのもお構いなしに緑茶を注ぐ。
 それにキョンは呆れた眼差しを向け、私は溢れるお茶が勿体無いものだと少しずれたことを考えている。ハルヒは注ぎ終わると湯飲み二つをお盆に載せてキョンと私の立ち位置を捕捉、うなずいて歩き出そうとしたところでキョンが横から湯飲みを二つとも奪い取った。

「ちょっと! 邪魔しないでよ!」

 一つを私に手渡し、中身が少し減ったお茶を私は見下ろし一口すする。ハルヒがお盆を下ろしたさい、盆に溢れていたお茶が飛び散り床を汚す。


 キョンは立ったままハルヒの入れたお茶を飲みハルヒはそれを黙って見つめていた。やはり自分の淹れたお茶を好きな人に飲んでもらうのは嬉しいのだろうか。

「ふん」

 んー、それは本人でしかわからないことだ。髪をふいっとなびかせて、ハルヒはお盆をみくるちゃんにつきつけるかのように返して団長机に戻っていった。椅子に座ったハルヒはみくるちゃんの淹れたお茶を、まるで青汁を飲んでいるかのような表情で飲んでいる。
 みくるちゃんはお盆を抱えこむと、安堵したような表情をうかべ給仕再開。有希の湯飲みを手にとると新しく淹れたお茶をそれに注ぎ、有希の邪魔にならないよう前に置く。その間有希はみくるちゃんに一瞥もくれず、顔をただ本に向けたまま黙々本を読み続けていた。

「……」

 ページ捲る音だけが聞こえる。有希は一度も顔も上げない。みくるちゃんはそんな有希の様子に気を損なうことなく、最後に自分の湯飲みを取り出し、急須に残っていたお茶を注ぎホッと息をつこうとした時だ。そこに彼が来た。

「すいません。遅れました。ホームルームが長引きましてね」

 世の面食い女子が倒れてしまいそうなにこやかスマイル光線を放ちながらドアを開けたのは、謎の転校生と称された古泉一樹くん。もう彼が転校してきてからだいぶ月日がたっており、今では古泉くんを転校生と言っていいのものなのか。悩みどころだ。でもハルヒにとっては今も彼は転校生で謎なのだろう。

「僕が最後みたいですね。遅れたせいで会議が始まらなかったのだとしたら謝ります。それとも何か奢ったほうがいいですか?」

 部室に入ると古泉くんはキョンの向かい側の席に鞄を置き、ハルヒに尋ねるが。

「会議? なんだそれは。俺はそんなもんをするとは聞いてないぞ」

 ハルヒが口を開く前にキョンが古泉くんとハルヒに尋ねる。確かに、会議なんて初聞きだ。まだハルヒが「今日は会議よ!」と言うならば事例があるからわかるんだが。古泉くんの口から言われると自分たちだけ聞いてないと思われる。
 そこらへんどうなんだハルヒ。


「言うの忘れてたわ」

 机に頬杖をついたハルヒは悪そびれた様子もなく、ケロリと躊躇なく言い。キョンは口をあんぐりと呆れた眼差しでハルヒを見つめ、私も思わず苦笑してしまう。

「昼のうちにみんなには知らせといたんだけどね。あんたと葵にはいつでも言えると思って」


 まあ確かに同じクラス、しかも席が近いとなるといつでも声をかけれるもんな。そういう利点があるが、逆に言うと近いからこそ言うのが煩わしくなったりすることもある。

「どうして他の教室に出向くヒマがあるのに、同じ教室の前の席とその隣にいる俺と葵に伝える手間を省くんだ」

 片膝をつき、頬を載せ呆れたような眼差しをキョンはハルヒに向ける。私は少し温くなったお茶を口にふくみながら、その様子を見守る。

「別にいいじゃないの。どうせ同じ事だし。問題はいつ何を聞いたかじゃなくて、いま何をするかなのよ」

 ハルヒは腕を組み、団長様の椅子にもたれかかるとキョンに睨みをきかせ呟く。

「と言うより、これから何をするのか考えないといけないのよ!」「現在形なのか未来形なのかはっきりしてくれ。それから主語が一人称単数なのか、複数形なのかもついでにな」

 バンと机に手をつき、少し腰を浮かせて前に前のめりになるハルヒ。キョンの言葉にあんたバカじゃないと言いたげな表情を向ける。

「もちろん、あたしたち全員よ。これはSOS団の行事だから」
「行事?」

 行事だとな。学校に文化祭という大きな行事が残っているとあうのにそれにプラスアルファされてなにかあるのか。いったい何があると言うんだ。

「なによ、あんた達あたしの話し聞いてたわけ? さっきも言ったじゃないの。この時期で行事と言えば文化祭以外に何もないわ!」

 ドーンと言い切る彼女に、その場にいた全員目を丸くさせハルヒを見つめた。文化祭で各自自分のクラスがありながら、それプラスSOS団の方も何か行うのか。私たち一年五組の三人は大変じゃないかもしれないが他のクラスはどうなのだろうか。

「それなら団でなくて学校全体の行事だ。そんなに文化祭をフィーチャーしたいのなら実行委員に立候補すればよかったのによ。くだらん雑用が目白押しに詰まっているだろうさ」

 まあ確かにキョンの言うとおりだ。もしあの時ハルヒが実行委員に名乗りを上げてあのシーンと静かだった教室をまとめあげてくれたらよかったのに。そしたら五組ももう少しまともな出し物が出来ただろう。

「それじゃあ意味ないのよ。やっぱりあたしたちはSOS団らしい活動しないとね。せっかくここまで育て上げた団なのよ! 校内に知らない者はいないまでの超注目団体なのよ? 解ってんの?」

 いったいぜんたい、どこの誰が注目しているのか。思わず問いかけたくなる。


 先生か生徒会の人間か、まあどちらにしろあまりSOS団のことをよく思ってない人が注目していることには違いない。

「期待に応えるくらいのことはしないといけないわね」

 ハルヒは難しげな顔つきで呟いている。何か突拍子もないことを言い出しそうな雰囲気だ。
 三秒という早飲み大会に出たら熱いお茶部門で優勝出来そうな飲みっぷりをみせると、飲み干した湯飲みをみくるちゃんにつきつけお代わりを要求。するとみくるちゃんは自分が飲んでいるのを後回しにし、ハルヒの湯飲みを受け取りお茶を淹れる。

「みくるちゃんとこは何すんの?」

 コポコポと音をたてながら入るお茶。みくるちゃんは斜めにしていた急須を元に戻し、そのまま急須を横に置くと顔を上げハルヒの方をみた。

「えー……と。クラスでですか? 焼きそば喫茶を……」
「みくるちゃんはウェイトレスね、きっと」

 焼きそば喫茶と聞いた瞬間ハルヒは考えることなく、すぐさまウェイトレスと確信を持って言うとみくるちゃんはお盆に載せたお茶をハルヒの目の前まで運び目を丸くしていた。

「どうしてわかるんですか? あたしはお料理系のほうがしたかったんですけど、なんかみんなにそう言われちゃって……」

 そりゃな。みくるちゃんのその容姿にその甘いマスク。ウェイトレスにしたらお客さんの入場はうなぎ上りだろ。なんたって学園のアイドルが注文を聞いてくれてご飯を笑顔を振り撒いて運んでくれる。もし私が男ならこれほど嬉しいことはない。
 ハルヒはみくるちゃんの淹れてくれたお茶を気にも止めず、また考える目付きで宙を見たのちその目がハンガーラックへと移動していった。そう言えばメイドとかはあるがウェイトレスという衣装を身につけたみくるちゃん見たことないな。

「古泉くんのクラスは?」

 ハルヒは思慮深そうな顔をして古泉くんに尋ねると、古泉くんはひょいと肩をすくめてみせた。

「舞台劇をするまでは決まったのですが、オリジナルを演るか古典にするかでクラスの意見が二分されてましてね。もう文化祭まで時間がないというのにいまだに揉めています。激論を戦わせていたのですけど、決定にまだかかりそうです」

 まあしかしだ、劇となると私たちのクラスよりは盛り上がりを見せていることになる。実にいい傾向だ。このまま最後まで盛り上がり続け青春の一ページに甘酸っぱい思い出をきざみつけるといい。

「ふーん」


 浮遊するハルヒの視線が、先ほどから一言も声を発していない有希に向けられる。

「有希は?」
「占い」

 尋ねられたことは答える主義なのだろうか。有希は本から顔を上げると相も変わらずの平坦な声で答えた。
 うん、しかし喫茶店、劇ときて次は占いか。これじゃあもとからしょぼい私たちのクラスのアンケート発表が凄くしょぼいものに感じる。

「占い?」

 キョンも有希の答えた占いに興味がいったのだろう。聞き返すその目にはお前が、占いを? と言いたげに見える。

「そう」

 有希はいつもの無表情で頷き、ちょいっと顔を上げた。その目にはキョンの姿が映っており。キョンは一度息を飲むと頭を乱暴にかく。

「お前が占うのか?」
「そう」

 また頷く有希。しかし、有希が占うとはそれはなんとも、ちょっと、いやかなり不安かもしれない。例えばだ、恋愛相談に来たカップルが有希の占いを受けたとしよう。十中八九、占いにならないだろう。「三十分後、ものを買う場合必ず彼女に接触する」とかなんたら、それなんて予言? という言葉を言うような気がする。ダメじゃないか。
 ここは、前もって占いと予言は違うものだと説くべきだろうか。いや、それぐらい有希だって知っているだろう。うん、そう思いたい。

「朝比奈さんが模擬店で、古泉が演劇で、長門んとこが占い大会か。どこも俺たちのクラスの無気力アンケートよりは何段階かは楽しそうだな。そうだ、こういうはどうだろう。全部あわせて観劇占いアンケート喫茶をやるというのは」

 それはなんてカオス。だけどとても楽しいものに仕上がるだろうとは思う。ここは岡部先生に一度提案するべきだろうか、準備などが大変なことは承知だ。あとはクラスのやる気、根気だ。

「アホなこと言ってないで、さくっと会議を始めるわよ」


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