七月六日、気づけば明日は七夕だという今日。
 私はハルヒに引きずられ、ショッピングモールへと来ていた。なんでも明日の七夕の準備に、折り紙やら最低条件必要なものを買いに来たらしい。

「そっか、もう七夕か」
「そうよ、だから葵。あんたも願いごと明日までに考えときなさい」

 折り紙の入った袋を下げながら、短冊の飾りを物色していれば。ハルヒは一通り見たが、気に入るものがなかったのか。
 浴衣コーナーへと向かい、一着の浴衣を私に押しつける。

「みくるちゃんの夏用のメイド服は買ったけど、そういえば葵のはまだなかったわよね」
「うん、まあ。着物だし、一年中使えるからいいんじゃないかな?」

 私はその浴衣を、あった場所に戻そうとすれば、ハルヒはそれを遮り。試着室へと私の背中を押す。

「ダメよ! 秘書なんだからそれなりの恰好をしてもらわなきゃ」

 それなりの恰好、ね。
 私は腕の中に抱える浴衣を見つめ、密かにため息をつく。
 ならば、なぜ子ども用の浴衣なんだハルヒ。まず、そこから説明してもらえないだろうか。

「それじゃ、着替えるわよ」
「ハルヒも入るの!?」

 狭い小さな試着室で、ハルヒと私は靴を脱げば。ハルヒはカーテンを閉め、指をうねうねさせ私の服に手をかける。

「さあさあ、潔く諦めなさい!」
「せめて、自分で脱ぐからー!」

 私は服をはぎとられれば。サイズの合わない小さな浴衣を着させられ、へこ帯を結ばれハルヒに上から下まで舐めまわすように見られる。

「なかなかいいわね」

 ハルヒは顎に指をあて、ニヤリと笑えば。私の髪を上で結び、頭につけるものを探してくる。と言って試着室を出て行った。
 サイズの合わない浴衣の袖は、七分袖でぐらいで、下は膝上までしかなかった。ある意味動きやすいのだろうか。
 色はうさぎ柄のピンクであり、後ろで揺れるへこ帯は赤であり。小さな子が着ればさぞかし可愛いだろう。
 そういえば、へこ帯は人によって言い方がまちまちだが。金魚の尾みたい、と言えば結構通じるよな。

「お待たせ!」

 ハルヒはカーテンを開け、入ってくれば。私の頭にリボンと、うさぎのかんざしが突き刺さっている髪飾りを持ってきて、ポニーテールを団子にすればそれを留めた。

「ハルヒ?」


 留め終わり、少し遠目で私を見たかと思えば。ハルヒは眉を寄せ、考えこみ。

「葵」
「んー、何?」
「前にその恰好で、会ったことない?」

 至って真面目に聞いてくるハルヒに、私は首を傾げる。

「あるわけないじゃんー、私こんな恰好するの初めてだし」

 ハルヒは「そうよね」と歯切れの悪い返事をし、私は服を脱げば。ハルヒはそれを持って会計へと向かった。

 その次の日、七月七日。
 変わらぬ、クーラーなしの教室の中。ムシムシするサウナみたいなその暑さに、私とキョンは参っており。ハルヒは七夕へと向け、ウキウキ気分なのか顔面満面の笑みだ。
 ブウーンと機械の音とともに小さな羽が回り、小型扇風機は風を送ってくれる。世の中は便利になったものだ。
 しかし、期末も近い今日このごろだが。ハルヒは大丈夫なのだろうか。
 私は教科書とにらめっこしながら尋ねれば、ハルヒはあっけらかんと「そんなの覚えれば簡単以外の何者でもないじゃない」と言ってくれた。ならば、覚えかたを教えてもらいたいものだ。
 社会なんて、政治以外何の役に立つんだか。

 休み時間のことだ、例外なく机の上でだらけていれば。キョンがシャーペンで背中をつつかれ、振り返る。

「今日は何の日か知ってる?」

 七夕でーす。一年に一回、お願いする日でーす。

「葵は黙ってなさい」
「はいはーい」

 私は言い出しそうになった口に手をあて、キョンに応援の意を込めて手を振る。

「お前の誕生日か?」

 しばらく考えて出た結論を、キョンが言えば。ハルヒは腕を組み、口を尖らせ。

「ちがうわよ」
「朝比奈さんの誕生日」
「ちがーう」
「古泉か長門の誕生日」
「知らないわよ、そんなの」
「ちなみに俺の誕生日は――」
「どうでもいい。あんたって奴は、今日がどんなに大切な日なのか解ってないのね」

 キョン、七夕だ。七夕というんだ。

「今日は何月何日か、言ってみなさい」
「七月七日。……もしやとは思うが、七夕がどうとか言い出すんじゃないだろうな」
「もちろん言い出すつもりよ。七夕よ七夕。あんたも日本人ならちゃんと覚えていないとダメじゃないの」
「ありゃもともとは中国の伝承だし、本来の七夕は旧暦で言えば来月だ」

 ハルヒはシャーペンをキョンの顔前でチッチッとふる。
 そうか、旧暦では来月なのか。


 私は鞄から袋を取り出し、七夕用の飾りの続きをやりながら、話を聞いておれば。

「紅海からこっちはひっくるめて全部アジアなのよ」
「どういう地理感覚だ」
「W杯の予選だって一緒くたにされてるじゃないの。それに七月も八月も似たようなものよ。夏よ夏」
「ああ、そう」
「いいからちゃんと七夕の行事はしなくちゃね。あたしはこういうイベント事はしっかりやることにしてんの」

 それはよきことだ。確かに何事も大切にやらなくてはいけないな。
 例えば、クリスマスとか。サンタさんをお父さんがやらなくては、子どもの夢が壊れるからな。

「しっかりやるべきことは他にもありそうな気もするけどな。それ以前になぜ俺にわざわざ宣言する必要がある。お前が何をしようと知ったことではないぞ」
「みんなでやったほうが楽しいからね。今年から七夕は団員全員で盛大にやることにしたのよ」
「勝手に決めるな」

 ハルヒは得意げな顔でフフンと笑い。キョンは、もう勝手にしろと言わんばかりの表情で私の手元をみた。

「お前はなにしてんだ」
「ん? 七夕の飾り作りだよ」

 折り紙を細く切り、丸めてのり付けしたものを繋げていけば長い長い折り紙の鎖が出来ていく。
 正直、長くしすぎた気がする。これではクリスマスツリーを一周出来そうだ。

 七夕の飾り作りに熱中しておれば、気づけば授業も終わり。終業のベルが鳴ると同時にハルヒは私に一つの紙袋を押し付け、教室飛び出していった。

「部室で待ってなさいよ! 帰っちゃダメよ!」

と、逃げないようそう言い残して。

「……」
「なんだそれ?」
「ニューコスプレ、かっこ私のかっこ閉じる」

 キョンが覗いてくる紙袋の中には、なんだか見慣れないものがいくつか見える。なんとなく、嫌な予感がするからイヤになってしまう。

 かくして、私とキョンは部室棟二階、文芸部に間借りと言うより寄生しているSOS団のアジトに行き。ドアを開ければ、すでに他の団員たちは揃っており。団長を抜けば私たちが最後となる。

「あ。こんにちは」

 そう挨拶とともに、にっこり微笑むみくるちゃんの服はサマーバージョンのメイド服だ。
 私もあんな感じならばよかったのだが。
 みくるちゃんは手際よくお茶を用意すれば、私とキョンに手渡してくれて、そのメイド姿はだんだんと日を重ねるごとに様になってきていた。


 湯飲みの中身は玄米茶、口に流しこめば美味しい味わい、これで熱くなければ文句なし。
 キョンはそれを飲みながら室内見渡し。私もそれに倣う。

「やあ、調子はどうですか」

 長テーブルにチェス盤に置いてプロブレム集を片手に駒をいじっていた古泉くんが顔を上げ、会釈した。
 チェスにはポーンやクイーン、キングとそれぞれの場所についており。ルールを知らない私から見たらサッパリなものだ。

「俺の調子は高校入学以来、狂いっぱなしさ」

 オセロも飽きてきましたからチェスでもやりましょう、などと言って先週あたりに古泉くんが持ってきたチェスは、見た目は面白そうなのだが。ルールが全くわからず、私を除く他も知らないらしく今は古泉くんが一人寂しく詰めチェスをしているぐらいしか利用していなかったりする。
 今度教えてもらおうかな。いくら一人で出来るものだとしても寂しいもんな。

「テストも近いってのに余裕でいいことだ」
「余裕と言うほどでもないんですけどね。これは勉強の合間の頭の体操ですよ。一問解くたびに脳の血行がよくなります。是非ご一緒にいかがですか?」

 古泉くんはチェスの駒を手のなかで持て遊びながらキョンを誘うが。キョンはチェスの盤を一瞥すれば、首を横に振り。

「別にいい。俺はこれ以上考えることを増やしたくない。今変なことを覚えるとその記憶ぶん、覚えておかなければならない英単語が脳からまろび出る様な気がするからな」
「それは残念。次は人生ゲームか魚雷戦ゲームでも持ってきましょうか。そうですね、みんなでできるやつがいいかな。何がいいと思います?」
「あ、私ね。モノポリーしたいな」

 ハルヒから押しつけられた紙袋を机の上に乗せながら、身を乗り出し、答えれば。古泉くんは変わらぬ爽やかオーラをかもしだす笑顔で肯定してくれた。

「モノポリーですか、それもいいですね」
「でしょでしょ?」

 モノポリーとは、アメリカで生まれたボードゲームであり。ある意味、一生終わらないのではないかと思ってしまうボードゲームでもある。
 なんせこのボードゲームでの負けは、人生ゲームのようにゴールという、わかりやすいものがなく。破産したら、という条件のみがゴールだからだ。


 ちなみに、ゴールがないというのはどういうことだと、いうと。
 マス事態がグルグル円を描いているため、半永久的に終わることがない。
 これがハマると楽しい楽しい。人生ゲームが好きな人は、きっとハマる。私はどちらも好きだからな。

「あなたはどうですか?」

 古泉くんは手のひらを向け、キョンに尋ねれば。キョンは考える素振りも見せず。

「どうでもいいだろ」

 と、切り捨て古泉くんは肩をすくめ私と顔を見合わせれば、微笑を浮かべまたプロブレム問題集へと戻っていき。
 黒のナイトをつまめば、盤面の新たな場所に移動させた。
 その横では、いつものように微動だにしない有希が、読書をしており。読む本は進化したようで、今までは日本語に訳されたものを読んでいたのが、いつの間にか原書を読んでいた。
 タイトルが読めない、ひとまずミミズがノタクッタ跡みたいな文字が並ぶ厚い本だということは分かった。
 キョンはパイプ椅子を引いて腰を下ろせば、みくるちゃんはすかさず湯飲みを置き、その中身は熱い熱い玄米茶。
 汗かいて、発汗作用を促そうぜ。
 部屋の片隅ではハルヒがどこかから持ってきた扇風機が首を振る。しかし、暑い部屋に暑い風、全く効果がないことを言っておこう。

「葵ちゃん、それなんですか?」

 私が袋の中身を物色していると、みくるちゃんが横から顔を覗かせ、私は慌てて隠せば。みくるちゃんは首を傾げ、私を見る。

「い、いや。これは、その」
「新しいコスプレ衣装だそうですよ」

 キョンは視線は広げた英語の教科書に向けたまま、答えれば。みくるちゃんは手を合わせ、目を輝かせてこちらを笑顔で見る。
 笑顔が、笑顔が眩しい。

「わあ、葵ちゃん見せて」
「いや、本当にコスプレすぎる衣装でして、ね」

 みくるちゃんから目を反らし、キョンを見ればキョンはしてやったりと口の端を上げ笑い。私は他に助けてくれる人は居ないかと、視線をさまよわせるが。
 有希は変わらず、本から顔を上げず読書にふけており。チェスをしている古泉くんは、ニコニコ笑みを絶えず浮かべている。
 古泉くん助けて!

「ぜひとも、僕も見てみたいですね」
「……」

 騎士は助けてくれなかった。


 私は開き直り、紙袋の中身を逆にし落とせば。昨日見た浴衣、髪飾り以外にニーソックスに下駄、メイドキャップと一枚の紙。
 そこにはハルヒの字で『オプションでモップも持ちなさいよ!』と書かれていた。ちなみに前掛けも前使ってたのを使えとも書いてある。

「……」
「着替えるなら俺たち出たほうがいいか?」

 キョンと古泉くんは椅子から腰を浮かし、部屋から出ようとするが私は首を横に振り服に手をかける。

「いいよ、別に。ただこっち見ないでね、まあ見られても恥ずかしくもなんともないけど」

 セーラーの上を脱ぎ、小さな子ども用の浴衣の袖に腕を通し、はおればへこ帯を結びスカートを下ろす。
 うむ、やはり小さいな。
 その後靴下を脱ぎ、ニーソックスを履き、下駄に足を入れ。メイドキャップを頭に被り、髪飾りを頭の天辺で結んで止め、掃除箱からモップを取り出し。前掛けをつける。

「わあ、葵ちゃんどこかの魔法使いみたい」
「いや、魔法使いね」

 魔法使いというか、一線超えたヘルパーの成れの果てみたいだ。 私はモップを持ちながら、男二人に「こっち向いていいよ」と言えば。
 キョンは丁度、湯飲みに口をつけた所で振り返り。私の姿を見た途端、お茶が器官に入ったのかむせかえり苦しそうに咳をした。
 そんなおかしな恰好だろうか。いや、おかしな恰好ではある。

「お前、」
「ふはは、葵様はこの部室を綺麗にするために来た正義の掃除仮面だ!」

 モップを脇に抱え、空いた片手は真上に上げ。片足を上げてポーズを決めれば、キョンは頭に手をあて英語の教科書へと身体を戻し。私はそのまま放置された。
 え、もうちょっと反応してくださいよ。
 唯一の救いは、みくるちゃんと古泉くんの拍手があることだろう。
 それからしばらくの間、皆好きなことをして過ごすが。
 途中キョンは英語の勉強に飽きたのか教科書から目をそらし、パイプ椅子の上で背筋をそらして大きく伸びをした。
 私は扇風機の前でひたすら「ああああ」と言ったり「我々は宇宙人だ」と扇風機を前にして言う定番の言葉を言いながら窓の外を眺める。
 後ろから、本を閉じる音と物を片づける音がし。また、その向かいからは、ペンを走らせる音が聞こえる。
 この服、涼しいけど表には出られないな。


「あ。な、なんなんですか? わたし、何か変なことしてました?」

 口を開け、ひたすら「あばばば」と変わらずやっておれば、鉛筆を走らせる音がやみ。振り返れば、みくるちゃんが慌てたように身繕いしていた。
 その様は、猫が必死に顔を洗っているようで可愛らしい。うん、例えがこのうえなく分かりずらい。

「やっほーいっ!」

 キョンが口を開け、何か言おうとしたその時。
 勢いよく開かれる扉を、ハルヒはくぐり入り。

「めんごめんご。遅れてごめんね」

 太い竹を肩に担いでガサガサといわせながら表れた。
 青々と笹の葉がしげった竹は、匂いも青々としている。

「こんなもん持ってきて何をするつもりだ。貯金箱でも作るつもりか」

 貯金箱か、確かに作るにはちょうどよさそうだ。しかし、水筒や竹ご飯作るのにもいいような気がする。
 ハルヒは、胸を張って答える。

「短冊を吊すに決まっているじゃないの」
「ホワイ、なぜ?」
「意味はないけど。久しぶりにやってみたくなったのよ。願いごと吊し。だって今日は七夕だもんね」

 そう言えば、ハルヒは満面の笑顔と共に竹を肩から下ろした。

「どこから持ってきたんだ?」
「学校の裏の竹林」
「あそこは確か私有地だぞ。この竹泥棒が」

 あ、あそこ私有地なのか。時々入ってしまったことあったな。

「別にいいじゃないの。竹は地下で繋がっているんだし、表面の一本くらいなくなってもどうってことないわ。タケノコを盗んだんなら犯罪かもしれないけど。それよりヤブ蚊にさされちゃってカユいのなんの。みくるちゃん、背中にかゆみ止め塗ってくんない?」
「あっ、はいはい!」

 みくるちゃんは救急箱を手に、駆け寄れば塗り薬をチューブから取り出し、セーラー服の裾から手を差し入れ、ハルヒ前屈みになり。

「もうちょっと右……行き過ぎ。あー、そこそこ」

 かゆいところにやっとこさ手が届き、その気持ちよさにうっとりしたように目を細め。
 みくるちゃんが一通り、塗ればハルヒは青竹を窓際に立てかけ、団長机の上に立ち上がりどこからともなく短冊取り出し、ご機嫌な笑みを浮かべる。

「さあ、願い事を書きなさい!」

 今まで何にも反応しなかった有希が、興味をしめしたのかピクリと顔上げ。古泉くんは苦笑をし、みくるちゃんは目を丸くしている。



 願い事か、結局考えてないからな。何か考えなきゃな。
 ハルヒはスカートの裾を翻して、机から飛び降り。

「ただし条件があるわ」

 条件? 私が首を傾げながらキョンを見上げれば。キョンは頭をかきながら私と同じように首を傾げる。

「何だ」
「キョン、あんた、七夕に願い事を叶えてくれるのって誰か知ってる?」
「織姫か彦星じゃねえの」
「正解、十点。じゃ、織姫と彦星ってどの星のことか解る?」
「知らん」

 自慢じゃないが私は七等星しかわからんぞ。

「ベガとアルタイルでしょう」

 古泉くんは、悩む私を他所にたやすく即答し。ハルヒはそれに気をよくした。

「そう! 八十五点! まさしくその星よ! つまり短冊の願い事はその二つの星に向かって吊さないといけないの。解る?」

 ハルヒは、えっへんと胸を張り。

「説明するわ。まず光の速さを超えてどっかにいくことはできません。特殊相対性理論によるとそうなっています」

 ハルヒはスカートのポケットから、ノートの切れはしを取り出しちらちらとメモを見ながら話始めた。

「ちなみに地球からベガとアルタイルまでの距離は、それぞれ約二十五光年と十六光年です。てぇことは、地球から発した情報がどっちかの星に辿り着くまでには二十五年ないし十六年かかるのは当然――よね?」

 いや、聞かれても困る。

「だからどうした」
「だから、どっちかの神様が願い事を読んでくれるのはそれくらいの時間がかかるってことじゃないの。叶えてくれるのもそんくらい後のことになるでしょ? 短冊には今から二十五年後か十六年後くらい未来に叶えてくれそうなことを書かなきゃならないのよ! 次のクリスマスまでに格好いい彼氏ができるようにっ! とか書いても間に合わないわ!」

 手を振り回し力説するハルヒに、私は関心し手を叩いて喜べば。キョンがすかさず、それに水をさした。

「おい、待てよ。往きに二十年くらいかかるんだったら、復路も同じだけの時間がいるだろう。じゃあ願い事の成就は五十年後か三十二年後の話じゃないのか?」
「神様だもの。それくらいは何とかしてくれるわよ。年に一度だもの、半額サマーバーゲンよ」

 そうならば、届くまでの間も短縮してくれたら良いのに。なんて言える筈もなく、私は窓から突きでている笹の葉を眺める。


「さ、みんな。話は解ったでしょ。短冊は二種類書くのよ。ベガ宛とアルタイル宛のね。で、二十五年後と十六年後に叶えて欲しい願い事をしなさい」

 ハルヒは二種類の短冊と共に、それぞれ人数分用意された筆ペンを配り。私もその一つを貰い、短冊とにらめっこをする。
 願い事は決まっているには決まっているが、それを素直に書くのに抵抗がある。人間、恥ずかしさには勝てないな。
 悶々と、筆ペンのキャップを開けたり閉めたりして悩んでおれば、ハルヒが突然声を上げ何事かと顔を上げれば。

「そこっ! 私語は慎みなさい。いま真面目な話をしてんだからねっ」

 こしょこしょと話している古泉くんとキョンの姿があり。ハルヒにとってはそれは目障りだったのか、目をつり上げていた。
 キョンと古泉くんは、しかたなくハルヒの配った短冊と筆ペンを持って、席に着いていき。
 ハルヒは鼻歌混じりにペンを動かし始め、有希は短冊を見つめたままじっとしており、みくるちゃんは困った顔をしている。
 やはり悩むよな悩むよな。
 古泉くんは「さて、悩みますね」と軽やかな口調で言いながら首を傾げ、キョンは筆ペンを指でくるくる回し、視線を笹竹へと目を向ければそれを眺める。
 さて、そろそろ書かなくてはな。
 筆ペンのキャップを開ければ、短冊にそれぞれに願い事を書き、キャップを閉める。

「ねえ、書けた?」
「書けたよー」

 ハルヒの声にキョンは振り返り。私は書いた短冊を、ひらひらとはためかせる。
 ハルヒの、手前のテーブルには同じように書けた短冊が置いてあり、次のように書かれている。

『世界があたしを中心に回るようにせよ』
『地球の自転を逆回転にして欲しい』

 ハルヒらしいと言えば、ハルヒらしい。しかし、本気かハルヒ。
 それを短冊に結ぶ横顔は、真剣そのものなのだから本気なのだろう。
 みくるちゃんは何を書いたのだろうかと気になり吊した短冊を見れば。そこには可愛らしい女の子特有の文字でこれまた女の子らしい願い事が書かれている。

『お裁縫がうまくなりますように』
『お料理が上手になりますように』

 みくるちゃんは、吊した短冊を拝むように手を合わせ、目をつむる。きっとその願い事叶いますよ。
 しかし、神社のお参りと間違えていないか。いや、拝むこともいいことではあるが。


 私はその隣に、自分の短冊を吊し、有希の短冊と古泉くんの短冊にも目を向ける。
 有希の短冊には味気ない、『調和』『変革』と習字の先生も真っ青の手本みたいな達筆で書かれている。
 古泉くんも、有希と願い事は似たりよったり、『世界平和』『家内安全』なる四文字熟語を、人柄に似合わない乱暴な筆致で記していた。
 そういえば、古泉くんはハルヒの望む古泉くんだもんな。本当の彼は一体どんなのだろうか。
 短冊から目を離し、古泉くんを横目で見れば涼やかな顔で熱いお茶をすすり。私が見ていることに気づけば、軽く会釈をした。

「おい」
「ん?」

 後ろから声をかけられ、振り返れば。キョンが覆いかぶさり、私は窓とキョンの間に挟まれ身動きがとれなくなった。

「ちょっとキョン、重いんですが」
「お前がぼさっとしているからだ」

 キョンは短冊を笹の葉にくくりつけば、私の短冊に目を向け。眉を寄せ、怪訝な目で私を見下ろした。
 そりゃそうだろ、普通に見ても私の願い事は見えないようになっているからな。

「キョンと葵は何書いたの? 見せなさい」

 未だに頭の上に乗っかったままのキョンを退かし、椅子へと座ろうと脚を上げれば。ハルヒがキョンと同じように、後ろから抱きつき笹の葉に吊される短冊に手をかける。

「俗物ねえ」

 そういえば、見るの忘れていたがキョンの短冊には、『金くれ』『犬を洗えそうな庭付きの一戸建てをよこせ』と普通の親父が考えそうな願い事を書いていた。
 そんな何年後かのキョンの願いにハルヒは、呆れており。
 次に私の短冊を見たあと、キョンと同じように眉を寄せ、ハルヒは下でされるがままの私を見下ろした。

「葵、あんたふざけてんの?」
「んーん、私は至って真面目です」

 指を振り答えるが、未だに眉間にシワを寄せるハルヒの顔が頭に載り、頭が重い。
 ちなみに私が書いた願い事は以下のとおりだ。

『イカリング
つまみ
まむし酒
デザートにはりんご
もちろん、うまいの』
『皆さんご一緒に
いちご
つみき
しゃしんを撮って
よしあし考えて
にぼしを食べて毎日幸せで
いられますように』

 私は一つ一つの言葉を見ながら、少しイタズラを成功させた子どもみたいな気分になる。
 しばらくすると、ハルヒは私の書いた願い事が解ったのか私を見る目が和らぎ、少し腕に力が入った。


 でもハルヒ、答えは言うなよ。つまらないからな。

「ま、いいわ。みんな、ちゃんと書いた内容を覚えておくのよ。今から十六年が最初のポイントよ。誰の願いを彦星が叶えてくれるか勝負よ!」
「あ……はい。はい」

 願い事を叶えるのに、勝負を持ってくるとは、またハルヒらしい。
 みくるちゃんは、真面目な顔で何度か頷き。キョンは元いたパイプ椅子に腰を落ち着かせ、有希は読書へと戻っていた。
 私は未だにハルヒの腕の中さ。

「ハルヒ?」

 動かないハルヒに私は視線だけ上に向け、ハルヒを見れば。ハルヒは私を一回きつく抱きしめ、手を離せば長い笹竹を固定し。
 そして窓際に椅子を引き寄せて座り込む。今日はやけに静かだな。
 ハルヒの背中を見ながら笹へと目を巡らせ、一息つけばお茶が無いことに気づき、急須を傾け湯飲みに注けばそれをすする。
 窓枠に肘を載せ空を見上げるハルヒの横顔は憂いが混じっており。キョンは、また英語の教科書開く。

「……十六年か。長いなあ」

 背後でハルヒが小さく呟く言葉に、私はただ「そうだね」と答えるだけだった。
 実際には、十六年は短いものである。色々なものに打ち込み、集中すれば時間があっという間に過ぎるように。年月もあっさりと過ぎる。
 そして、人それぞれに人生もあり。手をいくら繋いでいても、気づけばその手もすり抜け消えてしまうこともある。
 なんて、柄でもないことを考えてみるが。実際問題、だからどうしたとしか言えないのが人生だ。
 皆も、いつかそれぞれ消えてしまうのだろうか。
 私は椅子に座れば、膝を抱え窓の外を見る。そういえばこの部屋、風鈴がないな。

 その後のSOS団の活動は以下の通りだ。
 有希は黙々と洋書の直読みを進め、最初に見た時よりだいぶ進んでおり。早ければ一日で本を読み終わりそうだ。
 古泉くんは願い事を書いた後、一人またチェスを始め。キョンは英訳の丸暗記に挑んでおり。
 ハルヒはずっと変わらず窓際に座って空を眺めていた。しおらしいハルヒは、あの時以来かもしれない。
 かさりと紙の擦れる音がし、私は顔を湯飲みから上げ机を見れば。キョンの正面で、問題集とにらめっこをしていたみくるちゃんが、片手の人差し指を唇に当てて右目を閉じ、余った短冊をキョンに差し出していた。
 おうおう、内緒の秘め事ですかい。

 みくるちゃんは、それを差し出せばハルヒのほうをチラとうかがい、見てないことを知れば手をさっと引っ込め、イタズラを成功させた子どもみたいな顔で下を向く。
 キョンも短冊をささっと手元に引き寄せて見れば、みくるちゃんを一瞥した後、私の方も横目で見てまた英語の教科書に向き直った。

「今日はこれで帰るわ」

 いつもの有希の本を閉じる音を前にハルヒそう言い、鞄を手にして部室を出る。

「では僕もこれでおいとましましょう」

 古泉くんもそれに続き、チェス駒を片づければ立ち上がり。私たちに目礼して部室を後にする。
 今日は皆帰るのが早いな。
 有希もぱたんと本を閉じれば、忍者のように足音をたてずにキョンの前へと行き。

「これ」

 紙切れを差しのべる。それは残った短冊で、キョンの腕の隙間から見るに、それには意味不明な幾何学模様描かれてる。
 キョンは眉間にシワを寄せ、注視しているうちに有希は身体を半回転させ帰り支度を済ませれば、すたすた部室から出ていった。
 私はその後ろ姿に手を振り、自分も服を着替えて帰ろうとした矢先。みくるちゃんに手を掴まれ、それを阻止され。
 私は驚いた表情をしていたのだろう。みくるちゃんはオドオドすれば、キョンへと視線を向け。また私へと視線を戻す。
 キョンは有希に貰った短冊を、制服のズボンのポケットにしまい、みくるちゃんへと向き直り。
 みくるちゃんは私の手をとったまま、おずおずと話を切り出した。

「あ、あのぅ。一緒に行って欲しいところがあるの」
「いいでしょう。どこに行くんですか?」
「その……ええと……三年前に、です」

 三年前? それは良く聞く単語のような気がする。三年前、何かあるんですか。てか私もですか?

「はい、葵ちゃんにも来てほしいんです」

 まあ、みくるちゃんのお願いでしたら。たとえ火の中水の中、どこまでも行きますよ。

「つまり、タイムトラベル体験ってことか」
「そう――そう、です」

 みくるちゃんは手を合わせ、何度も頷き。キョンは頭をかき、少し不審そうにみくるちゃんを見る。

「いやあ、行くのはやぶさかではありませんが、でも何で俺たちが? 何しに?」
「それはその……行けば解ります……たぶん」

 不審に思っているのを感じとったのか、みくるちゃんは私の手を離せば慌てたように、手をバタつかせたのち、目を潤ませながらキョンを拝んだ。


「お願いです! 今は何も訊かずにうんって言ってください。でないとわたし……その、その、困ります」
「えーと。じゃあ、いいですけど」
「ほんとっ? ありがとう!」

 本当に困ることなのだろう。みくるちゃんは飛び上がらんばかりに喜んで、片手はキョンの手を握りもう片手は私の手を握りしめる。

「あ、なら私着替えてからのほうがいいですね」

 さすがに、いくら三年前だからといってこの格好でうろつくのは気がひける。

「あ、葵ちゃんはそのままの格好でお願い」
「な、なんでですか?」

 帯に手をかけた途端、慌てたようにみくるちゃんは止め。私は首を傾げれば、みくるちゃんは言いにくいことなのか人差し指を口元にあて。

「禁則事項です」

 可愛らしく、片目をつむりそう言い。申し訳なさそうに頭を一度さげた。

「ごめんね。詳しくは言えないの、ただ葵ちゃんがその格好じゃなかったら……」
「困ったことになる」
「……はい」

 まあ、みくるちゃんの中で私がこの格好をすることが規定事項ならば仕方がない。
 出来るだけ、人に見られませんように。

「で、タイムマシンはどこなんですか?」

 まさか、某青い猫みたいに机の引き出しにでも潜りこめばタイムマシンがある、とかなのだろうか。そうならいいな、楽しそうだな。
 しかし、どうやら私のその考えは違うらしい。ではどうやって時間を跳躍するのか。
 みくるちゃんは、もじもじとエプロンドレスの前で指を絡ませて。

「ここから行きます」
「え、ここで?」

 キョンは人気の絶えた部屋を見回し、私は何か仕掛けがあるのか周囲をまんべんなく調べてみるが。とくに変な所は見当たらない。
 まさか、部屋ごとタイムマシンとか? いや、んなわけないな。

「はい。椅子に座って。目を閉じてくれます? そう、肩の力を抜いてお互い手をとって」

 素直に大人しく指示に従う私とキョンは、みくるちゃんの言葉に手を取り合えば。

「キョンくん、葵ちゃん……」

 背後からみくるちゃんの声をおしころし、囁くような声が耳の後ろに優しい吐息と共に届く。

「ごめんね」

 いやいや、なんで謝るんですかみくるちゃん。私たちなら大丈夫ですよ、うん。でも少し心の準備が欲しいかもしれない。

 そんな呑気なことを考えておれば、まるでいつも有希が私にしているような、強烈な立ちくらみに似た感覚が身体を襲い。意識が途切れた。


 何で目を覚ましたのだろうか。揺れた頭? それとも、自然と?
 とにかく私は身体に押し寄せる気だるさを感じながら目を覚まし、一つ欠伸をした。

「葵ちゃん、起きた?」
「みくるちゃん」

 目を擦り、辺りを見回せばそこは夜の公園。私は知らぬ間に、ベンチに座っており。
 隣ではみくるちゃんが、少し安堵した様子で笑みを浮かべていた。
 あれー、私は一体。てかみくるちゃんいつの間に着替えを。
 微笑みをたたえるみくるちゃんは、私たちがタイムトラベルする前のメイド服は何処かへ、北高のセーラー服に身をつつんでいた。
 その膝には、呑気そうにみくるちゃんに膝枕をしてもらい寝ているキョンの姿がある。
 キョン、ずるいぞみくるちゃんに膝枕してもらって。

「おい、キョン起きろ」

 キョンの頭を軽く小突き。頬をブニプニすれば、みくるちゃんはおかしそうに笑い。
 しばらくそれを続けていれば、キョンの瞼が震え、ゆっくりと目を開けた。

「あ。起きた?」

 みくるちゃんは、顔を覗きこみ意識を確認するが。キョンはまだ完全には起きていないのか、瞬きをすれば辺りを見回した。

「あの……。そろそろ頭上げてくれないと、わたし、ちょっと……」

 みくるちゃんは困ったような声で言い、脚をモジモジさせればキョンは身体を起こす。

「もう、脚が痺れちゃってたいへんです」

 長時間人を載せると、痺れますもんね。
 みくるちゃんは恥ずかしそうに笑いながらうつむけば。キョンはまだ自分の置かれた状況を理解出来てないのか、不思議そうにみくるちゃんを見る。

「俺はなんで寝てたんだ」

 そういえば、私もぐうすかなんで寝てたんだ?
 キョンの言葉に、突然沸き起こる疑問にみくるちゃんは少し困ったように眉を下げ、手をモジモジさせる。

「時間跳躍の方法を知られたくないからです。ええと、禁則ですから……。怒った?」
「いやあ全然っすよー」
「私も寝るのには慣れてますから」

 ねー、っとキョンに同意を求めるように言えば、キョンもそれに頷いて答え。みくるちゃんは柔らかい笑みを浮かべ、ホッとした面持ちにはなった。


 そういえば、今気付いたがここ有希に呼び出された公園ではないか。どおりで少し見覚えがあるわけだ。
 キョンは辺りを再度見回したのち、頭を掻き。

「今はいつです?」

 そういえば、本当にタイムトラベルしたのだろうか。いまいち実感がわかない。公園も今と代わり映えしていないしな。

「出発点から三年前の、七月七日です。夜の九時頃かな」
「マジでですか?」
「マジでです」

 思わず聞き返すキョンに、みくるちゃんは真剣な顔をする。
 ラジオでも聞くか、いや手短に117に電話するのも手だよな。
 私はまだあまり信じられない状況に、携帯電話を取り出し番号をプッシュしようとすれば、不意に隣に座る人物が視界から消え。振り向けば、キョンの肩に頭を載せていた。

「朝比奈さん?」
「みくるちゃんー?」

 キョンは困惑気味に、みくるちゃんに声をかけ返答が無ければ。私と顔を見合わせ、またみくるちゃんへと向き直る。

「あのー……」
「すう」

 キョンは首をひねって見ると、みくるちゃんは目を閉じており唇を半開きにして、くうくう寝息を立てていた。
 どうして突然。まるで、誰かに眠らされたみたいだ。
 ガサガサ
 突然、背後の植え込みが不自然に揺れる。猫か、猫にしては大きな揺れだ、では何だ。変質者か、いや変質者なら私もそうだ。
 なんたって怪しげな格好のまんまだからな。

「ちゃんと寝てますか?」

 植え込みの向こう側から声とともに現れたのは大人の女性。

「あ。キョンくん、こんばんは。葵ちゃんは、初めましてですね」

 グラマーでスレンダーな大人の魅惑たっぷりの大人の女性は、それとなくみくるちゃんに似ており。きっとみくるちゃんの未来はこんなボンキュボンに。ん? 未来?

「……まさかみくるちゃん、ですか」
「はい、未来のわたしです」

 大人の魅惑をかもしだす未来のみくるちゃんは、華やかに笑みを浮かべ私に会釈をする。成長って凄い。

「キョンは前に会ったことあるの?」
「ああ、少しな」

 白のブラウスと紺色ミニタイトを着こなす未来みくるちゃんは、私たちの前まで進み出れば。

「ふふ。こうして見ると……」

 現代みくるちゃんの頬をぷにぷにつっつき。

「子供みたい」

 おかしそうに、笑いながらみくるちゃんの着るセーラー服へと手を伸ばし、懐かしそうに撫でさすった。

「この時のわたしはこんなだったの?」

 キョンは身動き出来ず、未来みくるちゃんを唖然と見上げるのみ。
 私もウンともスンとも言えず。曖昧な笑みを浮かべる。

「ここまであなたを導いたのはこの子の役目で、これからあなたを導くのはわたしの役目です」

 にこやかに言う未来みくるちゃんに、キョンはアホの子みたいな口調で尋ねる。

「あー……。これはいったい……」
「詳しくは説明できません。理由は禁則だから。なのでぇ、わたしはお願いするだけです」

 キョンはもたれて寝ている、現代みくへるちゃんへ首を向ける。
 現代みくるちゃんは相変わらず、くうくう寝息を立てており。今、目の前に未来の自分が居るだなんて露にも知らない。

「眠らせました。わたしの姿を見られるわけにはいかないので」
「なぜです?」
「だって、わたしが今のこの子の立場だったときに、わたしはわたしに会ってないもの」

 その二人が会ってしまったら、一体未来はどうなってしまうのか。あれ、少しわくわくするのは何故だろう。
 未来みくるちゃんは、片目を閉じて私に笑いかけた後に言う。

「そこにある線路沿いに南に下りると学校があります。公立の中学校ね。その校門前にいる人に協力してあげて。すぐに行ってあげてくれますか? そっちのわたしは、ゴメンですがオンブして行ってください。あまり重くはないと思うけど」

 まるで初めてのおつかいみたいだな。報酬は何か出るのだろうか。

「見返りにはどんな物くれるんですか?」

 どうやらキョンも同じことを考えていたらしい。
 未来みくるちゃんは目を瞬き。

「見返り……ですか? そうね、んー」

 形のいい顎先に指を当てて考え込み、それから魅力たっぷりの大人の笑みを浮かべる。

「わたしから差し上げられるものはありません。でも、そっちで眠っているわたしにチュウくらいならしちゃってもいいよ。ただし寝てる間にしてね」
「それはちょっと……」

 おい、キョン。ここは一発かまさなくては、男がすたるぞ。変な所で紳士ぶるからな。
 ならば、私がその薄く開き、誘っているとしか思えない唇をいただきます。

「あ、葵ちゃんは今しなくても後々今のわたしにするので……あ、いけない禁則事項でしたゴメンなさい今のは忘れて」
「……するんですか私、みくるちゃんにキス」

 それは聞き捨てならないな。私はとにかく現代みくるちゃんに頬に沿えた手を離し。未来みくるちゃんへと向き直るが、未来みくるちゃんはオドオドとしており。今のみくるちゃんの面影を残しており、何故かホッとした。

「わかりました、今の会話は聞かなかったことにします」
「本当? ありがとう葵ちゃん。あ、時間です。わたしはもう行かないと」

 未来みくるちゃんは、忙しいのだろうか。まだ来てまもないぞ。

「あ、それから、わたしのことはこの子には内緒にしておいてください。約束、ね。指切りする?」

 伸ばされたみくるちゃんの小指に、キョンは指を絡め。しばらくすると、その指を離し今度は私と指切りをする。

「さよならキョンくん、葵ちゃん。またね」

 未来のみくるちゃんは、明るく言えば闇の中へと歩き去っていき。その姿はすぐ闇へと紛れ、見えなくなる。

「さて」

 キョンは立ち上がれば、しゃがみこみ。私はみくるちゃんの手をキョンの首に回せばキョンは立ち上がり、みくるちゃんを背負った。
 大丈夫?

「ああ、朝比奈さんはお前に比べてだいぶ軽いからな」
「おい、私だってまだ軽いと思うんだけど」

 服の下に隠れているお腹を摘みながら、自身無さげに言えば。キョンは鼻で笑い、足取りも緩やかに歩きだし。
 私はしばらくその様子を見たのち、からかわれた事に気づき「キョンー!」と叫びながら、その後を追いかけていく。

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