すべての始まり

 生まれて一番初めに見たのはなんだっただろうか。
 自分が今の自分であった時には自我が生まれ昔の記憶は無かった。
 気づけば自分はそこにいた、そんなあやふやな感じだった。
 光がさした瞬間、ああ、私はそういう感じの人だと記憶が頭のいたる所に染み込み自分は誰で、何者かを知った。
 でもそれと同時に、空気の入った風船が割れるように記憶の全てが消えた。
 どうやら自分の頭では理解する前に思考がショートしたらしい。
 さて、私は誰なのか?
 ねぇ、キョン貴方はわかる?

 ある時、それは幼い頃だろうか。ふと思うことがあった。
 自分はこの世界の者ではないのではないかと。一度くらい誰だって夢見るはずだ。
 自分は特別で、凄い人物なのかもしれないと。
 願えば自分の思い通りに物事が進み、日本中、いや世界中、全てのコマは自分の手の内にあるのだと。
 まぁ、実際何もないわけで。少しのガッカリと、そんな力なくてよかったの安堵と、二つの思いが昔はせめぎあっていた。
 しかし、人間とは学習するもので、今はなんてことない。
 あの平凡な日々が少し懐かしく思えた。
 そう、全ての発端は、入学して涼宮ハルヒに会ってからだ。
 自分が誰であったか。自分の役割、平凡な女子高生ではなかったこと。
 全て涼宮ハルヒに会い、呼び起こされた。

 春うらら。
 入学した学校で何やら面白い子に会った。
 その子の名は涼宮ハルヒ。
 恐れ多いが、心の中で私は秘かにハルヒと呼んでいる。
 まあ、面白いのはなんだと言われれば、自己紹介のあの言葉だろう。
 今でも頭の片隅に存在し呼び起こせる彼女の言葉に、私はここが教室であることを忘れて思わず声を出して笑った。
 まあ、今は休み時間なので周囲の皆は気にしてなかったが、隣に座るキョンだけは違った。
 眉間に皺を寄せ、いきなりなんだこいつと言いたげに私の顔を見てきた。
 キョン、本名はあえてふせておこう、謎は多いほうが面白い。
 私とキョンは俗にいう幼なじみだ。
 しかし、私の頭の中には三年前以前の記憶は無いのではっきりした所は不明。
 気づけば白い病室のベッドに、いろんなチューブをつけられ私は眠っていた。
 どうやら私は事故にあい、記憶が飛んだらしい。
 一種の記憶喪失だと医者が言ったのを覚えている。
 そして、キョンが起きた時に手を握っていてくれたことも。
 最初は誰なんだと疑問と共に手を握られていた不快感が生まれたが、それは本人が起きた時に変わった。
 ほっと安堵した顔に、少し泣きそうに寄せられた眉。
 彼のそんな姿に自分はなんてバカなことを考えていたんだと後悔と共に涙がこみあげ、その場に泣き崩れ何度も謝ったのを昨日のことのように覚えている。

「何見てんだ?」
「え、あっいやー少し昔を思い出していました」

 体をこちらに向け、キョンは興味なさげに私の話に耳をかたむけた。

「まあ、昔って言ってもこの生きていた中のたった三年だけどね」

 肩をすくませ、私は苦笑いを浮かべた。
 ちなみに、記憶喪失は絶賛継続中だ。嬉しかねぇ。
 キョンは目を細めこれまた興味なさげに「そうか」と呟いた。
 やはり自分は相手を知っているのに、相手が自分を知らないのは悲しいものだろう。
 普通なら私は目覚めた瞬間パニックになって今現在こうして学校生活をおくっていることはなかっただろう。
 だが、キョンがいつもそばに居てくれたおかげで今のところ喪失感や、空虚感はない。よいことだ。

「ところでさ、キョン。涼宮さんとお話できた?」
「いんや」

 首を横に振り、肩をすくめる。
 まぁ、そんな簡単にいったら私でも話せるよな。
 さて、いまさらだが冒頭で紹介した涼宮ハルヒの名言を紹介しよう。
 ちなみに今の所名言はこれ一つ。
 それは少し遡り、入学したすぐにあったクラス紹介の時の名言だ。
 キョンの当たり障りない紹介の後に勢いよく立ち上がったハルヒに皆注目だった。
 もう皆が皆声を揃えて美少女だ! と絶賛する容姿。
 それだけでも充分注目しているのだが、その注目は一瞬にして周りの人にとっては関わりたくない人となった。
 多分、女子の一部だけね。キョンいわく男子的には可愛いければ、なんでもいいってのが多いらしい。

「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい」

 その言葉を聞いた瞬間の皆の顔は、困惑が混じり、どこまでが冗談? と皆がそれぞれ近くの人と顔を見あわしていた。
 その後のハルヒの様子はと言えば、その言葉どおり。ハルヒはクラスメートの誰に話しかけられても無視、または拒絶の言葉を言い、自ら友達を切り離していった。
 何とも肝がすわっているというか、後先考えないというか。
 キョンの後ろ、私からは斜め後ろに座る涼宮ハルヒを見る。
 今日もしかめ面をして頬杖をついている。
 おーい、それ顔が歪むよー、と心の中でひっそりとツッコめば、ハルヒの視線が動きこちらへ向けられる。
 自然と目が合う。
 私は思わず息を飲んだ。
 何を喋ろうか、やっぱり自己紹介からだろうか、いや、でも自己紹介は最初にすましたしな。
 手には汗をかき、頭の中を動きまわる脳までの伝達信号は車の渋滞のごとく混乱を起こし。
 その渋滞をかいぐくり弾きだした答えはひとまず愛想笑いしとけ、とのことだった。
 しかしハルヒにとって愛想笑いは、自分の国に誤って爆弾を落とすほどの地雷だったらしい。

「何かよう? 無いんだったら時間の無駄だから見ないでよね」

 明らかに嫌そうな顔をして言われた。敵は強敵だ。頑張れ自分。
 涙を流しながら心の中で、自分を励ます。
 これ以上ハルヒの好感度を下げるわけにもいかず顔をそらし、キョンの方へ視線を向けた。
 すると、キョンは私の肩をたたき。

「まあ頑張れ」

 凄く、そっけなく、励ましてくれた。他人事だと思ってちくしょう。
 私は一言何か言ってやろうと口を開きかけると、タイミングを見計らったように担任の岡部先生が入ってきた。
 岡部先生もう少し、遅く登場してください。どうやら文句を言うのも、おあずけのようだ。

 HRも順調に終り、今は下校時間。
 皆それぞれ、部活見学や雑談と個々好きなことをする時間帯。
 さて、私は……

「クレープが食べたいので、より道して帰ります!」

 放課後はある意味、食との戦いだ。
 小腹が空き、その隙間にお菓子を入れるのは最高の幸せだが、最高の肥満への道でもある。
 しかし、食の誘惑にはやはり負ける。

「わかった、気をつけろよ」

 私は手を真上にあげ宣言すれば、キョンは一つ返事に頷き手を振り私もそれに振りかえした。
 まだ騒がしさの残る教室のドアをくぐりぬけ、まっすぐに続く廊下を鞄を握り締め歩いていく。
 下駄箱にたどり着くまでに、何のクレープを食べようかと様々なクレープに思いをはせていると、気づけば旧館にある文化部のための部室塔へと来ていた。
 薄暗い廊下はレトロを通り過ぎ、少し不気味だ。
 意識せずに思いのままに進んでいたためか、自分の今現在の場所がわからずこの年で迷子かと肩を落とす。
 ひとまず辺りを見たのち、歩いて人が居そうな所を探すことにした。
 しかし、本当に人が居ないのか私の歩く音だけが廊下に響く。
 遠くからは吹奏楽部の演奏に混ざり、野球部の掛け声が聞こえる。
 まるで、ここの空間だけ切り離されたようだ。
 しばらく歩いていくと、一室の部屋の前についた。
 ドアを見上げれば文芸部と書かれたプレートがかかっており、中からは物音一つしない。
 しかし、いつまでも立っておくのもなんなので入ってみることにした。
 誰かいればいいな、という願望とともに。
 ドアノブを握り回してみれば、鍵はかかっておらずするりと開く。
 たてつけが悪いのか、私の開けかたが悪いのか開くと同時にきしんだ音がした。
 中を恐る恐る覗けば、広い部屋に長テーブルとパイプ椅子、スチール製の本棚。
 窓からは夕日の光が入っている。
 校舎の影により、一部濃い影が出来ており、あるいみ幻想的だ。
 夕日が沈むたびに暗くなる室内、電気はないのだろうか。
 私は中へと入ると、ドアを締め視線をさ迷わせる。
 ふと隅の方を見れば、椅子に座って微動だにしない少女がいた。
 まるで人形のようだ。
 だが、本を時々捲るので、生きているのは確かだ。
 私は安堵し、助かったと思うと同時に彼女は何故ここにいるのだろうかと疑問がわきあがってきた。
 もしかして、謎の美少女でこの建物にとりついている幽霊とか。
 いや、もしかしたら幽閉されていて私が見つけたことにより救いだすとか!?
 無意味な空想、もとい妄想を展開させながら、まだ本に視線を落としたままの彼女を見つめる。
 自分がいることに気づいたのか、彼女はゆっくりと本から顔を上げ立ちすくんでいる私を見上げた。
 ショートカットの髪に耳にかかるメガネ。メガネのレンズの向こうに見える目は澄んでおり、この世のものじゃないみたいだった。
 風が窓を揺らし、その音に私は我にかえり慌てて頭をさげる。

「あ、えっと、こんにちは」

 人間まず挨拶から。そんなセリフをどこかで聞いたことがあるが、どうやら彼女の場合違ったらしい。
 少し首が傾いたかと思えば、そのままついっと目をそらし、また本に視線をおとした。

「えっと、一年生?」

 恐る恐ると、口を開き尋ねれば、彼女は少しだけ頭を前に倒し、こくんと頷いた。
 どうやら無口なだけで、無視されたわけじゃないらしい。
 そのことがわかれば問題はない。私はホッと胸をなでおろし彼女へと歩みよった。

「私も一年生なんだ。一年五組よろしくね」

 そう言って手を差し出すと、彼女は顔を上げ私を見た後、手へと視線をおろしゆっくりと私の手を握った。
 その一連の動作がもの凄く遅く、こんな個性的な子が他のクラスにも居たんだなと少し関心した。
 しかし何組の子だろうか。今度探してみよう。
 手を握りおえれば手をおろし、私は彼女が読んでいる本へと目を向ける。
 その中身はびっしりと文字が連なっており、私では目まいを起こしそうだった。凄いなこの子。

「あ、ねぇねぇ貴方名前は? 私は坂下葵、葵でいいよ」

 私は本から目をそらし、彼女の顔を見れば彼女は私の顔に穴が開くんじゃないかというほど見ていた。
 無言の攻撃が痛い。

「長門有希」

 本を閉じ、私と彼女は向き合う。ああ、なんだこの子可愛い。
 よくよく見れば顔はどちらかと言うと、綺麗に整っておりマニアならファンがつくだろう。
 何か意識してくると、少し胸が高鳴り顔が熱くなってきた。

「あ、なら、その有希って呼んでもいい?」
「いい」

 また僅かにだが、顔を前に傾け頷いた。
 本当必要最低限のことしか、話さないんだな。

「葵」
「何?」

 名前を呼ばれたことに私は驚き、声がひっくり返る。
 有希は少し考えた後、口を開いた。

「貴方は貴方であって、貴方じゃない」
「はい?」

 私は突然の自分の存在否定に目を白黒させる。それはもう鳩が豆鉄砲を食らったような気分だ。
 しかし有希はそんな私に構わず、言葉を続ける。

「有機生命体の体内細胞同士が惹かれあい、そして互いが互いを拒んでいる」
「せ、生命体?」

 いきなり、何を言うんだこの子。あれか、有希は電波ちゃんか。電波がゆんゆん飛んでいます。
 しかし、美少女には変な子が多いのだろうかこの学校では。
 でも……

「有希ってば面白いね。何かの冗談?」

 口に手をあて、笑う。有希は相変わらず無表情で、私の顔を見つめている。

「真実」

 そして閉じていた本を開きまた本に目を落とした。
 あれま、会話終了ってことだろうか。
 腕時計を見ると、そろそろ帰らなければならない時間だと知った。
 少し長居しすぎたようだ。クレープは今日はあきらめよう。

「あの、有希また来てもいい?」

 縦に頭が揺れる。

「私もあなたの事、もう少し調べたいから」
「え、あ、うん。わかった」

 調べるとはいったい何を調べるのだろうか。私なんかしたかな?
 てか女の子二人が人気のない部室で、調べる。
 ふしだらしな気がしてきた。なんだ、女の子の秘密の恋みたいな?
 まぁ、落ち着け自分。そんなことを考える前にここに来た理由を思い出せ。
 えーと、あっそうだ。道を聞くんだった。そうそう。
 そして、明日からはキョンと一緒に帰ろう。
 うん、また有希のごやっかいになるのもなんだし。そうしよう。

「あ、あの有希。あのさよかったら下駄箱までの道教えてください」

 鞄の中から紙を取りそれを差し出し、土下座をする気満々で頭を下げる。
 有希は、その差し出した紙を受けとると、さらさらと迷いなく地図を描いた。
 それはそれは、詳しい地図で、私はその地図に感激しながらお礼をいうと、有希からは「そう」とだけ返ってきた。
 私が部屋を後にしようと動くと、それを感じとってか有希は本から顔をあげる。
 そして何か言おうと口を開けたが、そのまま口を閉じてしまった。

「……またね?」

 私はドアの取っ手に手をかけたまま手を振り、有希はそれに頷いた。
 夕日はかたむき桜は赤く染まり。今日という日が終わろうとしていた。

 次の日、坂道でキョンの後ろ姿を見つければ。私はその背中を軽く叩き挨拶をすれば、並んで登校する。
 ああ、今日という日も明るい。後はこの坂道が平らな道になればいいのに。
 春だというのに、汗だくになりながら登る坂道は。いったい夏になったらどのくらいのしんどさなのやら。
 考えただけで、お腹に収まった朝ごはんが舞い戻ってきそうだ。ウエー。
 そう、リバース&インだ。入っちゃ駄目か。
 まあ、とにかく坂道という名のハイキングを終えた後に、待っていたのはクラスメートからのからかいだった。
 門の近くで会った朝倉さんは、可愛らしく笑顔をうかべて挨拶をくれ。その後、来た国木田と谷口くんはキョンを後ろから叩き。「朝から熱いなー」とひがみ混じりのからかいを貰った。
 しかし、私は満更でも無いので、別に恥ずかしくもなんともない。キョンも、気にしてないのか、平然としている。
 その反応に谷口くんは、つまらなさそうに口を尖らした。
 ごめんよ谷口くん、からかいがいがなくて。
 そして下駄箱へとつくと、靴を履き替え教室へとあがる。
 その時、ハルヒの下駄箱にはもうすでに外靴が入っており。毎日早いなと、感心した。
 教室へとつけば、キョンの後ろの席に私の目当ての人。
 涼宮ハルヒが腕を組み、椅子にどっかりと座っている姿があった。今日も元気そうだ。
 私は、横目でその姿を見ながら鞄を机の横にかけ、自分の席へとつけば。
 今日のハルヒの頭をみた。
 頭には二個のお団子。そうか、今日は水曜日か。
 私とキョン、二人が見つけたハルヒ曜日法則(私がそう呼べば、キョンは必ずと、言っていいほど嫌な顔をしたのをここ記しておこう)
 それは、曜日ごとに頭の結ぶ数が増えていき、月曜日にまたリセットされる法則だが。
 月曜日はゼロ。火曜日は一。水曜日は二。金曜日には四と、もう金曜日にはファッションもくそくらえの頭になるのだ。
 まあ、これがなかなか面白い。
 しかし、私ならもっと可愛く結んであげるのになと毎回金曜日の頭を見て思う。
 てか可愛くしたい。元がいいので、可愛く着飾れば。さらに可愛くなるだろうに。
 入学してからというもの私の頭の大半は、ハルヒで埋まっていた。
 恋だろうか。いやいや、そういうものではなく、何か運命的な何かがあり、それに私は惹かれている。
 そう、まるで、涼宮ハルヒは私の望んでいたものを全て持っている。そんな感じがした。
 一目見た時、正確には自己紹介の時なのだが。
 それからというもの、ハルヒが唯一教室にいる。朝のホームルーム前のわずかな時間に、何回も話しかけたのだが、ことごとく冷たく返され。
 少し落ち込み、くじける寸前だ。
 しかーし、昨日お風呂に入ってる時に思いついたのだ。いやはや、お風呂はアイデアの宝庫だね。
 さて、その思いついたものというのは、ハルヒの望むものになればいいのだということだ。
 超能力者、未来人、宇宙人は無理でも、異世界人にはなれるのではないか。
 質問されても、自分でその世界を作ればいいし、この世界と似たような所だと言えばいい。偽るのは簡単だ。

「ね、どう? キョン。この作戦」
「お前そこまでして、あいつと友達になりたいのか? 理由は」
「え、うーんなんかあの子を見ていると何か新しいものを見つけられそうなの」

 ね、そんな気がしない? と、キョンの顔を見ればキョンは眉間に皺を寄せる。

「それは知らんが。やるなら勝手にしてくれ」
「おう! 勝手にするさ!」

 私は腕を突き上げると、ハルヒの席へと向かい。その不機嫌な姿を上から見下ろした。
 うむ、どうやら目の前に来ても、私という存在は眼中にないらしい。少し寂しい気分だ。めげるな自分。

「ハルヒ……ちゃん」

 いつもハルヒと心の中で呼んでいたためか、思わず口からそのまま出てしまい。私はとっさに、ちゃんをつけたが明らかに不自然だった。
 しかし、ハルヒは名前のことなんか特に気にしてなく。

「何よ」

 と、相変わらずのしかめ面と腕組みで私をみた。
 意志の強そうな瞳に、私は一瞬言葉をつまらしたのは言うまでもない。
 一度深呼吸をすれば、ハルヒの机に両手を乗せ、彼女の顔を正面から見た。

「あのね、ハルヒちゃん。今まで黙ってたんだけど私!」
「坂下さん、ちょっといい?」

 一生一大の告白に水をさした彼女、谷口くんいわく、AAプラスランククラスだっけ、なんか違うな。
 まぁその美人さんの朝倉さんは、いつものように可愛らしく笑って教卓の前に立っている。
 教卓には、どこから持って来たのか。たくさんの冊子が乗っている。
 ちくしょう、今はその笑顔がちょっと憎い。
 でも、だからといって無視するわけにもいかず、ハルヒに「ごめん」と謝り、朝倉さんの元へと向かった。

「なに? 朝倉さん」
「お話中、ごめんなさい」

 そう思うなら呼び止めないでくださったらよかったのに。

「あのね、今日一時間目に使う資料。先生に配ってくれって言われたんだけど。一人じゃ時間内に配れそうになくて……」
「あ、うん。私も手伝うよ」
「ありがとう坂下さん」

 私は資料を半分にわけると、片方を朝倉さんに渡し、もう半分を抱え、配り始めた。
 すると、クラスメートの子が(おもに女子)が気づき、一人、また一人と近寄り朝倉さんの周りは女の子だらけに。どうやら手伝ってくれるらしい。
 しかし、不思議なことだ。朝倉さんほどの人だ。
 他の人に頼めばやってくれるだろうに。まるで、私とハルヒに会話をさせまいといった感じに、さえぎって……。て考えすぎか。
 きっと、とっさに目に入った場所の近くに私がいたからだろう。うん、そうだろう。
 己で己を納得させ、ふとハルヒはどうしただろうかと思い。
 そちらを向くと、ハルヒはまだ変わらずの様子で席に座っており。
 その前に座るキョンは谷口くんと国木田と話こんでいる。
 時計へと目をやれば早く終らせば、少しくらい話が出来そうな時間だ。
 私はそれを確認すると一心不乱に資料を配っていったが、運悪く。配り終えたのはチャイムが鳴った時だった。
 ちくしょう、チャイムめ私の想いを返せ。
 さすがに席が近くだといっても、騒がしい教室では声を大きくしなければならない。
 けれど声を大きくして言える内容でもない。下手したら、私は怪しい人になるからな。
 私は肩を落とし、しぶしぶ席へと戻れば。キョンが温かくかはわからないが、迎えてくれた。

「おつかれ」
「キョンー。私の想いがー」

 自分の席に座り、机の上に頭を乗せれば、キョンの無言の撫でる攻撃が始まった。
 頭に温かい手のひらが乗せられ。ゆっくりと撫でられ、撫でるのが終われば二回頭を優しく叩く。まるで子どもをあやすお母さんみたいに。
 こういう時、子ども扱いするのは昔かららしく。三年前のあの日も、泣いている間、頭を撫でてくれた。
 最初の頃は、子ども扱いかよと、文句を言っていたものだが。今ではいい精神安定剤だ。ありがたく頂きますキョン。
 ところで、先ほどから熱く、そして痛い視線を背中に感じるのだが誰だ。てかなんだ。
 私は恐る恐る、背中に注がれる視線を探るべく、振り返れば。なんということだろう。ハルヒがこちらを向いているではないか。
 いや、しかし、相変わらずのしかめ面で、葵さん少し切ないよ。
 しかし、なんだろうか。私に興味を持ってくれたのだろうか。もし、そうならばありがたや、ありがたや。
 もしかしたら、このまま友達になるのも時間の問題ではないだろうか。そうだったらいいな。
 しばらく、視線を交していれば、ハルヒは前触れも無くついっと目をそらし、前を向いき。私もそれに習い、前へと体を戻せば岡部が入ってきた。
 ああ、もう少しだけ見ていたかったな。
 さて、友達になるまで時間の問題と先ほど言ったが。当の本人がいなければ何も始まらない。
 朝のホームルーム前と、授業中だけにしか教室にいないハルヒは、チャイムが鳴ればどこかに行っているらしく。次のチャイムが鳴るまで戻ってこない。
 校内探索でもしているのだろうか。真相はわからない。
 そうこうしている間に、退屈な授業は終わり気づけば昼休みになっており。
 私は一時キョンの側から撤退して、校内をふらふらとすることにした。
 別に校内徘徊が趣味ではない。ただ、なんとなく歩きたくなったのだ。
 ついでに、お弁当を食べる絶好のポイントを見つけたいし。
 私は高校に入ってから行ったことのない食堂や、中庭を覗いてみるが。
 先客がいたり、先輩達の溜り場だったりと落ち着いてご飯を食べられる雰囲気ではなかった。
 他の場所をあたろうと、私は踵をかえし、旧館へと向かった。
 有希が居るとは思わないが、文芸部ならば弁当を食べるのに良いかもしれない。
 少しほこりっぽいのは、窓を開けて掃除すればいい。確か掃除箱ぐらいあっただろう。
 薄暗い廊下を歩いて行き、文芸部の前につけば二回控えめにノックをした。
 返事はかえってこない。でも人の気配がすることから、きっと有希もいるだろう。
 少しずつドアを開けていけば、中には有希が昨日の場所で本を開いて読んでいた。
 私が入って気づいているのか、気づいていないのか。本から顔をあげずただ黙々と読んでいる姿は、少し寂しかったりする。

「有希、こんにちは」

 有希はちょっと顔を上げると、小さく頷き私を見て。そしてまた本に顔を戻した。
 お昼はいつ食べたのだろうか。まあ、そこら辺はツッコまない方向で行こうと思う。
 自分よ、賢明だ。

「何読んでいるの?」

 私は近くにあった椅子を引いてくると、有希の近くに置き、長テーブルに弁当を広げた。
 ちなみに今日はオムライスだ。
 お弁当の蓋に押し潰されたケチャップは、ほんのりと何か描いた後があり、トロトロ卵に包まれたチキンライスは温かくはないが美味しそうだ。
 私は手を合わせた後、スプーンで突っつきながら一口、口に含んで尋ねれば。
 有希は、本の表紙を上げて見せてくれた。
 少し暗い赤の表紙に、ゴシック体で書かれた文字。

『世界があるべき姿のために』

 感想はノーコメントで。

「面白い?」
「わりと」
「ふーん、内容どんな感じ?」
「ユニーク」
「そっか」

 私は、オムライスへと視線を落とし、もう一口食べれば。有希は表紙を下げ、また読書に戻った。

「そういえば、昨日言っていた生命体どうしが拒んでいるってどういうこと?」

 私は昨日あれから家に帰って考えたのだが、別に体はどうもなっておらず。
 異世界人の印らしき痣もなかった。
 仕方ないので、自分をよく知っている親に「自分はお母さんから生まれたよね」と尋ねれば。
 親はおかしそうに笑って「当たり前じゃない」と言っていたのが印象的だ。

「そのままの意味」

 それ以上何も言わない有希に、私は戸惑いながらもその横顔を見た。

「もう少し、私にもわかりやすく。そして詳しくお願いします」

 有希は本を閉じ、顔をこちらに向けた。

「あなたの体内細胞の一部、記憶にあたるものが、脳の神経と結合出来ないまま反発しあっている。今も」
「……へ?」

 一体どういう話だ。生物の分野か? ちなみに私の生物への意欲は、ミジンコ大好きで止まっている。
 わかった。有希がSF好きなのはわかった。でも、本当どういう意味だ。

「そのままの意味」
「そのままの意味ね……」

 やっぱり、よくわからない。こういう時だけ、自分の頭を恨む。頭よ、よくなれ!

「そして、あなたの記憶には大きな違いがある」

 それは?

「それは、この世界のものと違う情報が含まれている。とても類似しているけど、根本は違う」
「なら、私の記憶はどこのもの?」
「わからない」

 そういうと有希は考えこむように、顔を少し伏せ。

「あなたが、この世界で言う異世界人にあたる。それは確か」

 おいおい、確かに異世界人って偽ろうとはしたが、そんなバカな話があるか。
 それとも、これはあれか。思春期に起こる中二病!?
 いやいや、しかしこの場合、思春期にやられちゃっているのは誰だ。私か。有希か。

「……」

 答えない、どうやら本気らしい。

「そしてあなたではない、元の坂下葵の細胞は、死滅している。今ある細胞は別の細胞。つまりあなた。だから器である体が拒否している」
「なら私は誰の」

 喉が渇く。自分は何者なのか。そんなの自分が一番よく知っているじゃないか。
 私は坂下葵。それ以上でもそれ以下でもない。

「この地球上に生きる生命体以外。特定不明」
「それで、異世界人ね」

 いやに、信憑性のある言葉と話だ。
 確かに、生命細胞とか記憶なんちゃらやら、器である体が拒否しあっているなら記憶喪失なのも頷ける。
 しかしだ。
 そんなものこんな世の中に存在しないものだ。そんな非現実的なもの。誰かが願っていたとしてもだ。
 いや、少し面白そうだけどさ。
 さて、私と有希はというと、先ほどの話が終わったあと、目がそらせず、見つめあっていた。
 いや、決して私がそういう趣味なのではなく。うん、そう、必然的に。て私は誰に言い訳をしている。
 キョンがもし、ここに居たならきっとツッコマれていただろう。「なにしてんだ」と、本当なにしてんだろ。
 その後、異世界人発言された私はチャイムが鳴り。
 はじかれるように、我にかえり部室を後にした。
 まっさかね、異世界人とかありえない。
 しかし、異世界人か。なにやら凄い所まであがったんだな、自分も。
 私的にだが、これは「今日から君の階級は大統領だ」と言われるより凄いことだと思う。いや、本当に。
 しかし、突然の異世界人発言に驚きもしなず、すんなり受け入れている自分も凄いのかもしれない。
 もしかしたら、予感していたのではないか。または、驚きのあまり、そんな考えに結びつかなかったとか。
 いや、今冷静なのだから、前者としておこう。うん、そうしよう。それがいい。
 さて、場所はうってかわり教室。ちなみに、放課後。ハルヒはチャイムとともに鞄を持つと、教室を後にした。
 早いものだ。もしオリンピックの競技に教室早く出ようみたいなのがあれば、優勝できるぞ。てことで、本人が居ない間にハルヒ対談という、キョンと私による会話が始まった。
 主に喋るのは私という悲しさだけどね。

「今日は頭二個結んでいたね」
「ああ、そうだな」
「いつか話してみたいね。頭、いつも曜日によって変えているねって。何か変わるかな」
「さあな」

 キョンは、鞄を肩に背負い、歩く。微妙に歩調を合わせてくれているのかのんびりだ。
 さりげないキョンの優しさに、感謝感謝。
 私は心の中でキョンに手を合わせれば。突然グランドから威勢のいい声がした。

「ねえ、涼宮さん、入ってみない? ね、涼宮さんが入ってくれたらきっと全国も夢じゃないわ!」

 どこかのクラブの部長さんだろうか、熱心にハルヒをクラブに誘い、ご苦労なことで。
 どうやら涼宮ハルヒは、帰らずにクラブに励んでいたらしい。真面目だな。
 これは余談だが、どうやらハルヒは全部のクラブに体験しに行ったらしい。拍手もんだな。
 ちなみに、私はというと、帰宅部という夢の詰まったクラブに入っている。活動内容は、家に帰ること。以上。
 さて、私のクラブ事情は置いておき。今の状況を話そうか。
 ハルヒは相変わらず部長さんの熱烈ラブコールを受けながら、次の部活へと歩を進める。
 次は文化系の部活だろうか。髪をほどき、校舎の方へと足を向けている。
 しかし、鬱陶しそうに顔をしかめて……今日もハルヒは絶好調だ。
 私はキョンの方へと顔を向ければ、キョンも私の方を向いており。二人して肩を上げ、やれやれと口には出さずに言った。
 そして、また顔を戻せばハルヒがこちらを向いており。その意思の強そうな二つの目が、私の方に向けられていた。
 私は思わず唾を飲み、言葉をつまらした。なんだ、なんだ。内心慌てふためき、表面硬直状態。
 何秒たったのだろうか。ハルヒは顔を私からそらすと、そのまま歩きだし。
 何だかライオンに睨まれたウサギが、食べられると思ったのに、そのまま無視されていかれた気分だ。
 うん、例えがわかりにくいことこのうえない。

「おい、葵」

 私はキョンに声をかけられるまで、その場に呆然と立っていたらしく。気づけばキョンは前のほうを歩いていた。

「あ、待ってよキョン」

 鞄を握り締め、一度校舎に入っていくハルヒの後ろ姿を見た後。キョンの元へと駆け足で行き、帰路へとついた。
 そして、しばらく平和に過ごしていた私の元に、ことが起きたのは、五月に入り。
 珍しくキョンが動いた時のことだった。
 その時はまだ、まさか日常が非日常に変わるとは思ってもなかった。
 もし、過去に戻れるなら言ってやりたい。おい自分、気を引き締めていけよ、と。
 五月に入り、皆がクラスに慣れ始めた頃。
 ヤツが動いた。ヤツとはヤスではない、キョンのことだ。ポートピア事件のヤスを思い出した人に一言。ファミコンっていいよね。
 さて、話がそれたが。そう、キョンが動いたのだ。
 別段執着心なんか無かったくせに。何が気になったのか。ハルヒに話しかけたのだ。
 いや、これが最初というわけではなく二回目なのだが。前回、一番初めに交していた会話は、会話らしい会話をする前に終わっていた。
 今回もそうだろうと、横目で見ていると、会話が続いていたのだ。
 そんなバカな、と思いながら二人の様子を眺め。
 そして、二人の会話に入ろうと口を開いたが、ちょうど会話は終了したらしく。
 キョンは体を前に向け私に気づいたのか、罰の悪い顔をした。

「何話していたの? いいな」

 私なんて一分も、もたなかったのに。
 口を尖らせ、肘をつきジッとキョンを見ると。キョンは首に手を回し。

「別になにも話しとらん」

 と、ため息まじりに呟いた。

「うそだー。会話成立していたし! どんな手を使ったの」
「だからあれだ。前におまえ言っていただろ」

 何を。

「髪のことだ」
「髪って、あの曜日によって違う髪型にしてくるっていうあれ?」

 キョンは肯定するように頷く。

「私も話したかったんだけど……」
「悪い」

 全く悪びれた様子のないキョンは、片手をあげ、顔の前にあてる。
 顔が謝っとらん顔が。

「今度話す時は私も入れて」

 キョンの服の裾を掴み、頼めば。キョンはだるそうに、だがしっかりと返事をし、前を向いた。
 その時、わざと咳き込む声が聞こえ、そちらを向くと、岡部がこちらをみている。
 いつの間に来たんだ岡部先生。
 そして次の日、今日は頭の結びは三個かな、とウキウキ気分で教室へと向かうと、驚くべきことが起きていた。
 ハルヒのあの長い髪が、バッサリと肩の高さまで切られていたのだ。

「キョンが話すからー」
「俺のせいかよ」

 肘でキョンの脇腹を小突けば、席へと行き。キョンは早速ハルヒへと話しかけた。もちろん、私も隣に並んで。

「何で髪切ったんだ?」
「別に」

 いつもの不機嫌な顔が、キョンの方を見た後、私へと動いた。

「あんた、いつも私のこと見ているわよね」
「え、う、うん」

 突然話を振られ、どもりながらも返せば、ハルヒは頬杖をつき。私を見上げる。

「なんで」
「えっ」
「なんで?」
「な、……なんとなく」

 気になって、と最後までいう前に、ハルヒは私の話をさえぎった。

「それと同じよ。わかったなら、いいでしょ」
「ああ」
「う、うん」

 ハルヒは私たちの言葉を聞くと、そっぽ向き口を結んだ。
 いやに納得できる話。
 しかし、キョンにとっては後味悪いことだろう。
 私とキョンは、その後自分の席へと座り。同じタイミングでため息一つ。
 そして、それからという毎日、私とキョンの猛烈アタックが始まった。
 とある日には「全部のクラブに入ってみたってのは本当なのか」と聞いたり、またある日には「付き合う男全部振ったってことは本当か?」と聞いたりと。
 全てキョンがした質問だったことは秘密で。
 私は所詮、聞き手さ。
 しかし、周りからはどうやら仲良しげに見えたらしく谷口くんには「どんな魔法使ったんだ?」と何とも難しい顔をしながら言われ、国木田には「昔から変な女が好きだからねぇ」と何とも言えない気分になった。
 なんだ。可笑しいか。
 私は変な顔をしていたのか、谷口くんは少し顔をひきつらせ、数歩下がり。
 国木田はなにが面白かったのか、笑っていた。
 そんな中に突然一輪の花、朝倉さんが会話に入ってきて、とんとんと話が進み。
 何やら私とキョンはどうやら涼宮ハルヒの連絡係に任命された。ありがたい話だ。
 まあ、そんなこんなで。たくさん話したお陰か。
 つまらないそこら辺に居るヤツから、少しは面白いヤツなんじゃないのと思われる所まで行ったらしく。
 体育の時、走りで勝負を挑めば、受けてたってくれた。
 ただ、挑まれた勝負は受けるのが人情と思われているだけかもしれないが、それは考えないことにする。
 結果は、ハルヒの勝ち。ある意味、先の見えた勝負だったかもしれないが私としては、よくやった。
 てことで、ジュースを奢ることになったが。私は至って上機嫌だ。なんたって、ハルヒと走れたのだから。
 ここまで来たら、人は私を何かの病気だというだろう。
 しかし、本当にハルヒのことに関すると感情の制御が効かないのだ。
 これは何かの病気なのだろうか。このことを、キョンに話せば、キョンには

「お前なー」

 と、ため息をつかれ。
 ハルヒに言えば。

「あんたバカじゃないの」

 と、一瞥され突き返すように言われた。
 まあ、バカにされるのは当たり前だろうな、と思っていれば有希は違った。
 お昼休み、ある意味日課になりつつある文芸部に行き。
 お弁当を突っつき、本に視線を落としている有希に話せば一言。

「そう」

 と、返ってきた。

「有希、バカにしないの?」

 お弁当から顔を上げ、箸を口にくわえて問えば。

「あなたにはまだ、理解出来ない所がある」

 そう、いつもの淡々とした口調で返ってきた。
 また有希お得意の電波か。でもこの電波も聞いている分では面白い。

「また異世界人説?」

 本から顔をあげず、そのまま頷いた。

「ならさ、有希。もし、この何とか生命体をくっつけて。記憶が蘇らせられるとかって、出来る?」
「出来ないことはない」

 有希は口を開き、本を閉じる。

「でも、まだその時じゃない」

 そのまま立ち上がると、有希は私の元へと来た。
 珍しいことに、私は箸を置き有希の手を握る。
 羨ましいほどの白い手。ううむ、有希は休日には外に出ないとみた。

「どうかした?」
「授業」

 その声と同時に、予鈴のチャイムが鳴り。
 中庭にいた生徒達は皆、教室へと引っ込んでいく。
 私は慌てて、有希の手を離すとお弁当を片づけ。立ち上がれば、有希の手を再度握り。部室を後にした。

「……ねぇ、有希。さっきの話だけど、もしその時が来たら教えて」

 手を引いて、廊下を歩きながら言えば。

「わかった」

 その四文字をいい、口を閉じた。
 その後、変わらない放課後が来て。次の日もいつものように朝にはハルヒと話す。
 そんな日々がぐるぐる回っていた時の事だ。
 月に一度席替えをすることが決まったらしく。
 私は朝倉さんが持つ缶に手を入れ、四つ折りされた紙を取る。
 そして番号と、黒板に書かれた番号を見比べ。荷物を持つと移動する。
 席は窓から二列目の後ろから二番目。ニーニーと覚えれば簡単だろう。
 私は、机に教科書を乗せ、横を見ると同じように机に教科書を置くキョンの姿が目に入った。

「あ」

 どちらともなく、呟けば。二人揃って後ろを振り返る。
 キョンの後ろには、見慣れた不機嫌顔のハルヒの姿。
 私は緩む口元を押さえ、キョンを見た。
 キョンは何とも情けない顔をしている。私は堪えられなくなり、大声で笑いだせば。
 クラス中が振り返りこちらを見た。
 キョンは私の頭に手をやると、そのまま無理やり前に倒され「すみません」と言い。
 その様にクラスの人も笑いだした。ハルヒを除いて、だが。
 そして、それから数日とたたなかったある日。
 その日は、私が珍しく寝坊し。
 着いたのはギリギリで会話が既に終了していた。
 くそっ、止まった目覚まし時計のせいだ、と心の中で目覚まし時計に八つ当たりしながら。キョンの元へと行き尋ねれば。

「物理法則万歳とだけ言う」

 と、話を聞いてない私にはわからないことを言うのみだった。
 ハルヒは、今日も機嫌悪そうで、聞けるわけがない。
 私はしぶしぶ諦め、席へと座り堪えきれなかった欠伸を一つした。
 さて、今思えばいままでのは、全て土台だったのかもしれない。
 それが、何かの弾みで引き金が引かれ、非日常な事件が始まった。
 そんな、ある日だ。
 話はそれるが五月とは陽気な日差しに体が暖まり。船をよく漕ぐ日だ。特に午前中。
 皆、例外なく所々で船を漕いでいるらしく頭が揺れている。
 隣に座る、キョンの頭も揺れている。
 英語はある意味子守唄だからな。わかるぞ、その気持ち。
 私も、教科書を持ちながら、耳に入る子守唄を聞いて眠気が頂点に達した時だ。
 ガンッと、頭の骨と机がぶつかった音がし。クラスの皆が振り返った。
 私は首をおもいっきり横に振り。自分ではないと否定すれば、横を見た。
 キョンがブリッチしている。元気なことで。

「何しやがる!」

 キョンは、体を起こし勢いよく振り返れば、一瞬動きが止まった。
 私も、後ろを向くとハルヒが、満面の笑顔を浮かべていた。
 もう光り輝く、夏の太陽のように。
 うむ、キョンの動きが止まるのもわかる。

「気がついた! どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのかしら!」

 目を輝かせ、キョンの襟首を引っ張る。キョンは、踏ん張りながら聞き返す。

「何に気づいたんだ?」
「ないんだったら自分で作ればいいのよ!」
「何を」
「部活よ!」
「え?」

 私は思わず声をあげ、目を見開きハルヒを見た。
 ハルヒは私の声に反応したのかわからないが、顔をこちらへと向けると私を指差し。

「葵!」
「は、はい!」

 大声で名前を呼ばれ、私はその声につられて大きく返事をすれば、ハルヒは満足そうに頷く。
 もう、名前覚えていてくれたんだ、とか。初めて名前呼んでくれたなどの感動も忘れ。ただ緊張に胸がドキドキ高鳴った。

「あと、あんた!」

 ハルヒは私を指差した指をキョンへと向けると、ため息をつきキョンはハルヒをなだめ始めた。

「何かは知らないがわかった。とにかく手を離してくれ」
「なに? その反応。もうちょっとあんたも喜びなさいよ、この発見を」
「その発見とやらは後でゆっくり聞いてやる。場合によってはヨロコビを分かち合ってもいい。ただ、今は落ち着け」
「なんのこと?」
「授業中だ」

 ハルヒは、キョンの襟首から手を離し。私は辺りを見回した。皆動きが止まっており、ぽかんと口を開け、私たちを見ている。
 英語の先生なんて、少し泣きそうに顔が歪んでいる。
 ハルヒは、皆の様子に不機嫌そうに座り。キョンはそれを見ると、手のひらを上に向け差し出しみせた。
 英語の先生はそれにホッとした顔をみせ、また黒板に文字を書き出し。
 クラスメートは何事も無かったかのように、その黒板の字を書き出したり。また夢の世界へ飛びだったりとしている。
 私はというと、これから何が起きるのか。胸が踊り、口元が緩むのを感じた。

すべての始まりEND
第一話終了!

ハルヒとクラブを作る所まで進み。
早く続きを書きたいと腕がなります。
次回には、SOS団全員揃えばいいな。

第ニ話は、原作ニ章を書いていきます。

よろしくお願いします。

2007 05/22

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