ハルヒはキョンの意見を一蹴して一瞥すると私の頭を叩き「葵、あんたも乗らないの!」と一言言われた。そして「秘書」と書かれた腕章とどこからか持ってきた伊達メガネをかけられ、髪を一つに結い上げバレッタでとめられた。
 手を取られ、ハルヒはホワイトボードに歩み寄る。逃げることの出来ない私はハルヒについて行きハルヒの横に立つとバインダーを手渡され、そこにセットでノートの切れはし、シャーペンを手渡された。何を書けと言うのだろうか。


 とにかく秘書スタイルと思わしき恰好をとればハルヒは満足したのか頷き自分は指し棒をギリギリの長さまで伸ばしホワイトボードをそれで叩いた。

「何も書いていないのだが、どこを見ればいいんだ」

 確かに、真っ白なボードに指し棒を叩きつけられると何か見なくてはいけないような気になるが何もないと何を見ればいいのか困ってしまう。

「これから書くのよ。みくるちゃん、あんた書記なんだからちゃんと言うとおりに書きなさい」

 普通、ここは秘書である私が責められるものだと思っていたがなぜかその矛先はお茶くみのエキスパートであるみくるちゃんに向かった。書記となったみくるちゃんはホワイトボードの溝に置いてた水性フェルトペンを持って私とは逆のホワイトボードの脇に控えてハルヒの横顔を上目使いで見上げた。そしてハルヒは私とみくるちゃんを見ると嬉しそうに勝ち誇ったような声をあげた。

「あたしたちSOS団は、映画の上映会をおこないます!」

 突然の映画上映会に私とみくるちゃんはお互いポカンと口を開け、ハルヒを見つめた。そしてキョンに目配せしたらキョンは古泉くんとハルヒに気付かれないよう、何事か囁いている。

「つねづね疑問に思っていることがあるのよね」

 ハルヒは何も言ってこない私たちに、自分の考えに聞き惚れ感動したのだろうと思ったのだろうか。鼻歌を歌いだしそうなほどの上機嫌さだ。

「テレビドラマとかで最終回に人が死ぬのってよくあるけど、あれってすんごく不自然じゃない? なんでそうタイミング良く死ぬわけ? おかしいわ。だからあたしは最後のほうで誰かが死んで終わりになるヤツが大嫌いなのよ。あたしならそんな映画は撮らないわ!」

 そう思うわよね葵。と、ハルヒがこちらに向き直り同意を求める。まあ確かに理不尽な死にかたな人は見ていて切なくなる。その人がそこで死ぬ意味はあるのか、ないだろうと制作者に詰めより尋ねたいものだ。
 まあそんなのがあるため、世には死亡フラグと言う「これを言ったら死亡する確率が高い」という単語が出来たのは事実であり。それにより映画の中でその言葉を言ったヤツが死ぬか死なないかという変な盛り上がりのネタになるのもまた事実。
 まあ結局はだ。制作者の意図がそこにきっとあるのだろう。その人を殺す理由も。それならば私は嫌とは思わない。しかし、そう簡単に私が口に出して言えるわけもなく、私はハルヒに対して適当に相づちをうった。

「で、映画かドラマかどっちなんだ」
「映画作るって言ったでしょ。古墳時代の埴輪でももっとちゃんとした耳穴持ってるわよ。あたしの言葉は一言一句間違えずに記憶しておきなさい」

 腰に手をあて、キョンに詰め寄るハルヒ。しかし今回はハルヒにも非がある。例にドラマを出したのだから一瞬ドラマを作るのかと間違えそうになった。私はみくるちゃんが丸い小さな字で「映画上映」とホワイトボードに書く様子を見届けながら自分の持つノートにも今日の日付と共に「映画上映」と書く。ハルヒはそんな二人の姿を見て、満足げにうなずいた。

「というわけよ。解った?」
「何が、というわけ、なんだ?」
 キョンの言うとおり。ハルヒいったいどういうわけなのか、一を言うなら十まで教えてくれ。私はキョンと目が合うと密かにため息をつき、肩をすくめて苦笑する。私にはお手上げだ、キョン後は任せた。ハルヒは気を悪くする様子なく黒い瞳を爛々と輝かせ、ラジオのアンテナみたいに伸びた指し棒をキョンにつきつけた。

「キョン、あんたも頭の足りない奴ね。あたしたちで映画を撮るのよ。そんで、それを文化祭で上映するの。プレゼンテッド・バイ・SOS団のクレジット入りでね!」

勝手に脳内で映画を見るとよく聞く男性の声で「プレゼンテッド・バイ・SOS団」と再生された。これがまたしっくりと来る。なんなら全員で「プレゼンテッド・バイ・SOS団」って言うか、なんだかとっても仲良しグループみたいで楽しそうだけど。

「いつからここは映画研究部になったんだ?」

 確かに、この学校にはちゃんと映画研究部と言った学校にも認められた部活がある。映画を撮る云々となるとやはりそっちの人専門に思うが。まあ、そこはハルヒだ。だからどうしたとキョトンと目を瞬かせ。

「何言ってんのよ。ここは永遠にSOS団よ。映研になんかなった覚えはないわ」

 映画研究部の方が聞いたら、捉えようによっては気を悪くしそうなことを軽くはいた。ここは確かに映画研究部ではなくSOS団だ、それはハルヒ同様当事者がよく解ってる。

「これはもう決まったことなの。一事不再理なのよ! 司法取引には応じないから!」

 何が言いたい。思わずそう口に出しかけたがすぐ言葉ごと唾を飲み込み。私は傍観者として見守ることにした。

「なるほど」


 いったいなにが解ったのだろうか。古泉くんは明るい調子の声で言い、私と目が合うとゆっくりと目を細め笑顔に弱い子なら一発K.Oしてしまいそうな微笑みを浮かべた。私は気恥ずかしくなり思わず目を反らすと、微かにだが笑い声が耳に届いた。

「よく解りました」

 古泉くんは前髪をちょいと指で弾いて、手を組み机に肘をつく。

「つまり我々で自主製作映画を撮影し、客を集めて上映しようと、そういうことですね」
「そういうことよ!」

 ハルヒはボードにアンテナを叩きつけて、みくるちゃんはその音に驚きびくんと肩をすくませる。そしておずおずと口を開き、勇気を振り絞り声を発した。

「でも……、どうして映画にしたんですか?」

 確かに、先ほどキョンが言ったドラマでもいいはずだ。後、ゲームとかお芝居、なんでもやろうと思えば出来る。
 ハルヒは目を瞬かせ不敵に笑った。

「昨日の夜中ね、ちょっとあたしは寝付きが悪かったのよ」

 ハルヒはアンテナのように伸びた指し棒を、顔の前でワイパーみたいに左右に動かす。それを目で追いかける。

「それでテレビ点けたら変な映画やってたの。観る気もなかったけど、することもないから観てたのね」

 キョンはやっぱりかと言いたげに顔をしかめる。深夜のテレビと言えば、昔はエロエロの映画、ドラマとあまりいい印象がなかったが最近では普通に三流の映画監督が撮った映画を上映するからな。今では規制も強く、容易にエロエロなものは流せない。

「それがもう、すんごいクダラナイ映画だったわ。監督ん家に国際電話でイタ電しようかと思ったくらいよ。それでこう思ったの」

 指し棒の先がみくるちゃんの顔につきつけられ、みくるちゃんはヒッと息を飲み込み身体を強ばらせた。

「こんなんだったら、あたしのほうがもっとマシなモノを撮れるわ!」

 自信満々に胸を反らすハルヒ。いやあ、確かにとんでも展開やら話がグダグダと思っても一応相手はプロだ。どんなに話の持ち運びが下手だとしても、相手はプロなんだ。
 私は言いたいことを言おうか、と口を開くが声にならず出かけた言葉を飲み込んだ。

「だからやってやろうじゃないと思ったわけ。何か文句あんの?」

 みくるちゃんの方を振り返り若干ドスが聞いた声に、脅えたような眼差しでハルヒを見つめかえしふるふると首を振る。まるでヘビに睨まれたカエルだ。


「お前が一人で映画監督を目指そうがプロデューサーを志そうが、そんなことはどうでもいい。お前の進路だ、好きにすればいいだろうさ。で、俺たちの希望や意思も好きにしていいんだろうな?」
「何のこと?」

 クリクリした大きな瞳を瞬かせ睨みを聞かせるハルヒは、アヒルの口みたいに唇を尖らせる。まるで本当に何も解っていない子どものように、ハルヒは指し棒を出したり閉まったりしている。

「お前は映画を作りたいと言う。俺たちはまだ何も言っていない。もし俺たちがそんなのイヤだと言ったらどうするんだ? 監督だけじゃ映画にならないぜ」

 キョンのおっしゃる通り、監督に脚本家そして役者さんと最低限三人いや、役者にわきとかも含むなら四人は必要だ。しかし、キョンの質問はハルヒの頭の中、どんなふうに捻れたのか。

「安心して。脚本ならほとんど考えてあるから」
「いや、俺の言いたいのはそうではなくてだな……」

 キョンは口を開き否定しようとハルヒに語りかけるが、ハルヒは目の前に手を突き出しチッチッチと指を振った。

「何も気にすることないわ。あんたはいつも通り、あたしについてくればいいの。心配の必要はまったくなしよ」

 やけに自信満々に、それはそれは素晴らしい笑顔と共に大丈夫と否定するがハルヒが言うとなぜこんなにも不安になるのだろうか。それは前の会話と話が食い違っているためになる生理的にくる不安のためだろうか。

「段取りは任しといて。全部あたしがやるから」

 まあとにかく、渋い顔をして心配げに見つめるキョンのように私も心配と不安に胸を駈られる。思わずハルヒに大丈夫か尋ねると「もう、大丈夫よ! 葵は心配性ね」と明るい調子でいい。キョンが私に倣ってハルヒにもう一度尋ねるればハルヒは指し棒を短くしたまま腕を組み。

「ごちゃごちゃうるさい奴ね。やるって言ったらやるのよ。狙うのは文化祭イベントベスト投票一位よ! そうすれば物わかりの悪い生徒会もSOS団をクラブとして認めるかもしれない――いいえ! 絶対認めさせるのよ。それにはまず世論を味方につけないといけないわ!」

 世論を味方につける。その前にお金のほうは大丈夫なのだろうか。どんなに意気がってもお金が無くて諦めたという人を今まで何人と見てきた。実際に、ではなくてテレビでだが。どちらにしろ必要なのは必要なのだ。

「制作費はどうするんだ?」



 紙に書かれた映画上映の下に、私は「予算」と書き丸で囲めばキョンも疑問に思ったのかハルヒに尋ねる。まさか実家が金持ちで予算はそこから差し引かれるとか、そういう落ちじゃあるまい。

「予算ならあるわよ」

 いったいどこにあると言うんだ、この生徒会からも認められていない同好会にどこの誰が活動基金をくれる。

「文芸部にくれたぶんがあるのよね」

 腕を組み、ふふんと鼻で笑うハルヒ。文芸部のぶんだと、それは確かに有希を見た限り手付かずで全額残っていそうだが。それは文芸部のぶんって言っているんだから文芸部のぶんであり、SOS団が使っていいお金ではないはずだ。

「だったらそれは文芸部の予算だろうが。お前が使っていいもんじゃねえ」
「だって有希はいいって言ったもの」

 ねえ、そうよね有希。と有希にハルヒは同意を求めるように尋ねる。SOS団の面々はハルヒに倣い有希へと視線を向けて、キョンはやれやれとみくるちゃんはオドオドと古泉くんは相変わらず笑顔を浮かべたまま有希の顔をみる。
 全員の注目を一身に受けた有希はじわじわとゆっくりした動作ででキョンを見上げ、そのまま口を開く様子もなく何も言わないまま読書へと戻っていった。
 それは肯定の意味だったのだろうか。それとも否定の意味だろうか、どちらともわからない有希の姿に私は頭を悩ませるがハルヒは自分の良いようにとったらしくハルヒは指し棒を振り回しながら。

「みんな解ったわね! クラスの出し物よりこっち優先よ! 反対意見があるなら文化祭が終わった後に聞くわ。いい? 監督の命令は絶対なのよ!」

 ハルヒは大きな声を学校に響かせるのか、というほど叫び。私は手元の紙に「クラスよりSOS団優先」と書いた。もう今日書くことはこれぐらいだろうか、グリグリと隙間に猫を描いていく。明日も使うと思われる紙だが、まあ大丈夫だろう。

「じゃあ、今日はこれで終わり! あたしはキャスティングとかスポンサー関係を色々考えないといけないからね。プロデューサーには仕事がいっぱいあるのよ」

 嬉々してハルヒは指し棒を短く畳み机の上に置くと自分の鞄を持ち上げる。その瞬間、乾いた音が鳴り振り向くと有希が本を閉じていた。最近、とは言わないがだいぶ前から有希の本を閉じる音はSOS団の活動終了の合図となっていた。
 そのおかげで、皆その音を聞くと各自帰り支度を始める。

「詳しい話は明日ね」


 ハルヒはそう言い残すと走り去っり、部室に残った私たちはただただその後ろ姿を見送るだけだった。
 ハルヒの淹れてくれたお茶を最後まで飲み干し、私はみくるちゃんの側に行き何か手伝うことはないかとコップを持っていきながら尋ねると、みくるちゃんは首を横に振り「葵ちゃんは座っててください」と麗しい笑みを浮かべてコップを洗いにかかる。
 ああ、そうだ。ならコップ回収でもするか。さすがに相手にゆっくりしといてと言われてゆっくり出来るほどの神経を持ち合わせていない。どうしても気づくと行動しており、相手の予定を少し狂わせてしまう。つまりこの行動は長所でもあり短所でもあるってことだ。私はせめてキョンと古泉くんのコップを片づけようと自分のコップをみくるちゃんの側におけば何事が話あっている二人の元へと駆けていく。

「湯飲み回収に来ましたよー」

 キョンは眉を寄せて不愉快そうに古泉くんを見つめており。その様子にだろうか、古泉くんはふふと笑い私に気づくと自分の分とキョンの分の湯飲みも持ち上げ差し出してくれた。

「ご苦労様です」
「いやいや、その言葉は私なんかよりみくるちゃんに言ってあげて」

 実際問題、私なんかより倍働いて尚且つ癒しを周囲に撒き散らしているみくるちゃんにその言葉は言ってあげてほしい。その一言でどれだけ救われるか。
 私は古泉くんの手から二つの湯飲みを受け取りふと思った。

「そういえば何話してたの? 凄く楽しそうだったけど」

 主に古泉くんが、キョンは先ほどからしかめ面しており変わらない表情で私を見上げてくる。気になり見つめ返すとすぐ目を反らしてしまう、いったいどうしたと言うんだろうか。
 古泉くんはキョンを横目で見たのち私へと視線を戻したと思うと笑顔をいつも以上に深くする。

「いえ、ただ今度の文化祭。涼宮さんにしては一般人的な考えに安心しましたね、と彼と話していたんです」

 確かに、ハルヒならいきなりUFO探しにいくわよ! とか火星人探すわよ! と突拍子もないことを言い出し実際に見つけてきたりするからな。

「しかし、どんな映画撮るんだろうね」
「さあな、長門あたり知ってるんじゃないか?」

 有希は閉じた本を鞄の中に押し込んでおり、みくるちゃんの淹れたお茶に今日初めて口をつける。きっともう冷めているだろう。しかしみくるちゃんのは冷めようが温かろうが愛が詰まっているため美味しい。


 だけど、有希が知っているだろうか。いや、もし知っていても教えてくれるだろうか。それはみくるちゃんでも言えることだ、もし知っていても「禁則事項」で片づけられる確率が高い。

「古泉くんはこんなんじゃないかとかある?」

 私の問いかけに古泉くんは口元に手をあて、不敵に笑ったのち肩をすくめた。

「いえ。なんとなく、想像はつくような気もするのですけどね」

 湯飲みを片付けるみくるちゃんを横目で見ながら、古泉くんは口を開く。私も古泉くんに倣い、視線をみくるちゃんに向けていると前から声がし振り向くと古泉くんが相変わらずみくるちゃんを見ていた。

「楽しい文化祭になりそうです。興味深いことですね」

 そう言って私を見つめ、笑みを深くし声には出さず目だけが「そう思いません?」と訴えかけてきた。まあ、確かに楽しい文化祭にはなりそうだ。私は古泉くんの
視線に耐えきれず、再度みくるちゃんの方を向くと彼女はカチューシャをピョコピョコと揺らしており、髪はふわふわと動きに合わせて揺れ動く。

「あ、な、なんですかぁ?」

 私と古泉くん、そしてキョンの三人の視線を一斉に浴びたみくるちゃんは恥ずかしそうに手を止めて、頬を赤くした。その初々しい姿に思わず口元が緩みにやけてしまう。
 そして二人から受け取った湯飲みを照れてるみくるちゃんに手渡そうとすると視界の済みに何かが音もなく動き、見ると本を詰め終わった有希が立ち上がりハルヒが出て行った後開きっぱなしの扉から音もなく出て行った。

「あ、有希また明日ね!」

 私はみくるちゃんに湯飲みを手渡すと出て行った扉の外に顔を出し、まだ廊下にいた有希へ手を振ると私の声に振り返った有希は微妙にうなずき前を向くとスタスタと歩き去った。

「しかしまあ」

 その背中が消えるまで見つめていると、部室からキョンの呟く声が聞こえ振り向くとキョンは一言しか書かれていないホワイトボードを見つめていた。本人乗り気じゃないが少しはハルヒに期待をしているのだろうか。
 口元にわずかに浮かんでいる笑みに、一瞬モヤモヤした思いが私を襲い。ハッと我に返ると何をモヤモヤしていたのか頭にクエッションマークが浮かぶばかりだった。


「葵さん」

 名前を呼ばれ、振り返り様に窓に映る私の表情に自分が眉間にシワを寄せていることに気づき慌てて笑顔を取り繕い「なに?」と尋ねかえす。我ながらとっさに笑みを浮かべるのが上手くなったと思う。
 古泉くんは私に向かって手招きし、近づくと私の顔から眼鏡を外す。ああそういえば伊達ではあるが眼鏡掛けていたんだ。狭かった視界が広がり、私は瞬きしたのちお礼を言えば古泉くんは笑みと共に気にするなと言い。立ち上がると抱きしめるような恰好でバレッタを外す。別に前からでよくないか、それは突然のことにドキマギしているせいだろうか。顔が熱くなり古泉くんが離れるさい、耳元で一言。まさか、と言いたくなりそうな事を言う。

「まっさか……」

 元に言った。古泉くんは私の言葉に笑みを浮かべバレッタに軽く口づけを落とす。なんてキザなのだろうか、私は鞄を手に取るとキョンに向かって「帰るよ」と言い開け放たれた扉をくぐり。後ろから追いかけてくるキョンを背に感じながらズンズンと足を進め階段を駆け下りていく。

「あれ、坂下にキョン」

 下駄箱へと付くとまだ学校に残っていたのか国木田と谷口くんの姿があった。相変わらず谷口くんは明るく国木田は男なのに私より可愛らしい顔をしている。
 しかしタイミングが悪い。キョンは私の後ろで「よお」と二人に軽く挨拶をして、私は赤い顔を悟られたくなくて顔をうつ向かせたまま、ぶっきらぼうに「バイバイ、また明日ね!」と吐き捨て靴を取り出し乱暴に足を入れる。

「坂下どうかしたの?」

 国木田が私の背中に尋ねかける。いや、どうもしないよと答えたいがこうも挙動不審だとどうもしないわけがない。

「坂下さんお腹でも痛めたのかー?」

 靴箱に手を当て顔をうなだらせていると、谷口くんが下から私の顔を覗き込む。影で暗くなり、赤みは誤魔化せれると思うのだが余裕のない今の私にとっては覗き込まれるのですら致命的で、思わず後ろに後ずさるがそれは間違った選択肢だった。

「お前、熱でもあるのか?」

 顔を掴まれ、上に持ち上げられた。対面する顔は、キョンは呆れており私は恥ずかしさと先ほどの古泉くんの言葉が頭の中でリプレイされる。違う古泉くん、それはない絶対に。

「葵?」
「う、あ、違う! 私は断じて焼きもちなんて!」

 キョンは「はぁ?」と声をあげ何言ってんだと言いたげな眼差しで私を見てきた。ああ、なんだろう墓穴を掘った気がする。


 冷や汗がたれる。谷口くんも国木田もポカンと口を開けて私を見てくる。

「あ、ごめん。焼きもちってその、違うくて」

 しどろもどろになりながら、私は今ここで叫びながらキョンを殴り倒し一目散に家に帰りたい。

「なんだ、坂下さん焼き餅でも焼いたのか」

 語尾を上げて尋ねる谷口くんに、私は言っては悪いが谷口くんがバカでよかったと心底思った。そう、そうなんだよ谷口くん。私は焼き餅を焼くんだ。
 顔からキョンの手が離れると谷口くんの手を取り強く握りしめた。

「そう、焼き餅を焼くんだよ!」

 そう力いっぱいに叫び、手を上下に振る。そういうと、谷口くんは一歩引き不思議そうに私を見つめてきた。

「焼き餅焼くだけでなんで焦ってるんだ?」

 確かに、そうなるな。私は谷口くんの手を握りしめたまま固まった。さすがにこれを誤魔化すのは少し至難の技だ。焼き餅を焼くだけでなんで焦るんだ。
 ちらりと横を見上げると国木田が可笑しそうに、笑っている。焼き餅の本当の意味を知っている何よりの証拠だ。キョンはキョンで自分がどう答えるのか、少し笑みを浮かべて見ている。

「いや、あの、そのー、ね?」

 谷口くんの手を離しあさっての方向見たまま頬をかく。どんなに頭をフル回転させても、いい言い訳が思いつかないダメだ相手がキョンの場合は嫌と言うほど思いつくのに。
 見かねたキョンが私の頭に手を置き二、三回叩くと谷口くんに向かって、

「こいつ、今日家で餅焼くから来ないかと誘っててな。たぶんそれ言っていたんだろ」

 なっ、と見下ろしてきたキョンに私は一瞬ポカンと口を開けたまま見つめすぐさまキョンがフォローに入ってくれたのだと理解すると大きく立てに首を振り「そう!」と谷口くんに向き直り口を開いた。

「そうなんだよ! 私さ、誘われた時から焼き餅は違うって思っててさ餅はやっぱり餡子かきなこでしょ」

 嘘八百とはこのことだ。少し手助けをして貰えるとスラスラとどんなことでも出てくる自分に、少し自分は嘘を平気でつくような子に思え苦笑いしてしまう。どうやら国木田も嘘に乗ってくれるらしい。

「でも焼き餅も美味しいよ。醤油塗って焼いたのを海苔で巻いたりしたりさ」

 いそべ焼きか、確かにそれも美味しい。けど今一つパンチがたりないんだ。私が国木田と餅の話題で盛り上がっていると、突然後ろから手を握られ振り向くと。

「おい、葵帰るぞ」

 キョンが私の手を掴み、外に目を向ける。ああ、そうだなボロが出るまえに家に帰ったほうが良さそうだ。国木田には嘘と言うことが解っているが谷口くんは嘘って解ってないからな。一人でも少ないほうがいい。

「あ、そうだね。なら帰ろうか」

 私はキョンの手を握りかえすと、国木田と谷口くんに別れを言い正門をくぐり坂道を下っていく。そういえば本で読んだことがあるが下りより上りのほうが楽だと。

「それって本当なのかな?」
「さあな、どうだろうな」

 さすがに外まで手を繋ぐのは恥ずかしい。私は手を離すと自然とキョンの手も離れていき、私はそれ以上何も言わず不思議に思い見上げればキョンは前を見据えたまま空を仰ぎ何事かを考えていた。
 どうしたのだろうか。

「キョン?」

 一度名前を呼ぶがキョンはビクリともしなず私はしばらくの間無言で返事を待つがなかなか返ってこない。

「キョーン?」

 再度回り込んでキョンの顔を見ながら声をかけると、反応して私の顔を見ると驚きに一歩後ろに下がりながら「うおっ」と声をあげた。

「うおって、酷いな。女心が結構傷つくよ」

 顔をしかめ、傷ついた素振りを見せるとキョンは慌てたように私の肩に手をやり違うと言うキョンの姿がいやに可笑しくて私は思わず口に手をあてブフッと堪えきれなかった笑いが口の端から空気が抜けるように漏れ、私はお腹を抱えて大いに笑った。

 途中キョンからそこまで笑わんでもいいだろう、と突っ込みを頭に入れられるがそれでも笑いは収まらず目尻に涙が溜まり、息が苦しくなりやっと収まった。

「はー笑った笑った」

 涙を拭き取り、キョンを見上げるとキョンはジトーッとした目で私を見つめており。肩から手を離すと視線を反らし無言で歩きだした。ああヤバいかもしれない、本気ではないにしろキョンは怒っている。背中から発せられるオーラに無言の圧力。
 私は鞄を握りしめると、どうしたものかと小さくなっていく背中を追いかける。

「キョーン、キョン。ごめんよキョンー」

 追いかけながら何度も何度も背中に向かって名前を呼び謝るが、キョンは振り返ることもうんともすんとも言わず私は口を尖らせブレザーを掴む。
 掴んだことにより、キョンは少し身体が引っ張られこちらに倒れそうになるがすぐさま踏み止まり振り返ると「なんだよ」とぶっきらぼうに呟いた。

「あの、本当さっきはごめん、ちょっとした悪戯心で」

 まさかキョンがそこまで怒るとは思わなかった。そう続けようと口を開くが、「ああ、そのことか」と軽く言うキョンの言葉に遮られ。ただ口を間抜けに開けたままの私だけが残される。



「その口ぶりだと、もうさっきのことは気にしてないような」
「さっきのって……ああ、あれか」

 キョンは思い出したように声をあげて言い、顎に手をやる。あれ? なんだろうか先ほどからキョンと話が噛み合わない気がするのは私だけだろうか。
 キョンは言うだけ言うとまた前をむき、空を見上げながら歩きだした。

「ね、ねえキョン。何をそんなに気にしてるの?」

 さっきのが違うとするなら、別件でキョンをああした物があるはずだ。きっと自分にも検討がつかないものなんだろう。私はキョンの隣に並び尋ねるが、何度かキョンは言おうと口を開くがすぐさま口を濁しなかなか言おうとはしない。
 しまいには痺れをきらして少し強めに尋ねようかとキョンから視線をそらし口には出さず考えるが、はたと気づく。
 自分にはそんな強く尋ねる権利はあるのだろうか、いやない。今までちょっと疑問に思い尋ねるとすぐさま答えてくれたキョンに、私は今甘えているのだ。ああやだな、恥ずかしい。がめついにもほどがある。

「キョン、やっぱりその、ごめ」
「葵」
「は、はい」
「葵がそこまで気になるなら答えてもいい」

 立ち止まり、そう言うキョンに私も立ち止まり振り返る。きっと今の私は自分でも間抜けな面をしているだろう、まさか諦めかけていた時にキョンが根を上げてくれるとは思わなかったからだ。
 キョンはそんな私の反応に、苦笑し聞くのか聞かないのか再度尋ねる。

「聞く! もちろん聞きたい!」
「ただし、それには葵。お前の協力も必要だ」
「協力?」
「ああ」

 眉間にシワを寄せて呟くように出てきた言葉にキョンはゆっくりと頷き、私の眉間のシワを指でつっつく。

「さっきの、と言ってもヤキモチ云々の話なんだが。谷口は気づかなかったがヤキモチは焼いた餅じゃなくて、嫉妬のヤキモチだよな?」

 なんと答えずらいことを。私は自分の笑顔が固まったのを感じた。頬はつりあがり、ピクピクと痙攣を起こす。それを知ってか知らずか、キョンは再度尋ねてくるから困ったものだ。

「あーえーっと」

 視線を反らしどうしたものかと声をあげると、ふと頭の中で古泉くんの声が蘇る。
 意地悪げにだけどある意味確信をつくその言葉。

『ヤキモチ、ですか?』

 まさか、そんなわけ。最初はそんなわけあるものかと、でも今となっては何故か本当にそうな気がしはじめた。


 ああそうか、そうなんだ。私は鞄を握りしめ視線を上にあげるとキョンと目が合った。キョンは、何か不味いことでも言ったかと眉を下げ少し不安そうに私を見つめてくる。
 古泉くん、あなたの言った通りかもしれない。今こうして私だけを見てくれてるキョンに、私は凄く幸せを感じており。先ほどのことを思い返すと、モヤモヤした気持ちがまた私を覆う。いつから私はあまちゃんになったのか。

「うん、そう。さっきのは嫉妬のヤキモチだよ」

 なんかもう、隠すのもバカらしくなり。私は顔をあげるとキョンの目を見つめ上下に首を振り認めた。まさかこうも素直にうなずくとは思わなかったのだろう。キョンは目を見開くと「そ、そうか」と納得し歩を進める。

「私が誰に対してヤキモチ焼いてたか聞かないの?」

 なんだか此処まで聞いときながら、肝心の内容は聞こうとしないキョンに私は拍子抜けし少し遅れながらキョンの後を追いかけた。キョンはこちらを一瞥すると息をつき「どうせ聞いても答えないだろ」と諦めモードだった。
 別に答えたのにな、とこっそり心の奥で思いながらも聞いてこないのなら答えなくてもいいかと「うん」と言い、キョンの手を掴む。

「なんだ? 何かあったのか?」

 とくに何もない。ただ時々甘えたくなるんだ。
 手を掴む私にキョンは珍しいと言いたげに私を見下ろし。私はキョンに首を振り、「なにもない」と言いながら腕を絡ませる。

「ねえ、キョンあのさ」
「ん?」
「……やっぱりなんでもない」

 笑みを浮かべ、キョンの手を強く強く握りしめる。キョンにも好きな人はいるのだろうか。そう聞きたくて口を開こうとするが、さすがに言えず。私は口を閉ざし、今この時に幸せを感じることにした。

「葵、あんたの家妹とか従兄弟に小学生くらいの子いないかしら?」
「え、小学生くらいの子?」

 次の日、学校へと着くと斜め後ろのハルヒが鞄の中から教科書や筆箱といった荷物達を出す私に話しかけ「おはよう」の挨拶もなしにいきなりそんなことを言いだした。
 私は突然のことに口元に手をあて考えるが、元から親戚の間でも末っ子の私に小学生くらいの子がいるわけもなく。私は口元から手を離すと首を横に振り「ごめん」と口にする。

「そう……」

 ハルヒは実に残念そうに椅子の背にもたれかかると鼻と口の間にシャーペンを挟み、腕を組んだ。

 しかし、もし私に自分より下の従兄弟が居たとしたらハルヒはどうしたのだろうか。

「もちろん、今度作る映画に出演してもらうのよ」
「はあ……ちなみに私は?」

 まのぬけた返事にハルヒは私にニヤリと笑みをよこし、指を振る「放課後までのお楽しみよ」と、言う言葉と共に。
 その後、どんなにせがんでもハルヒは私が何をやるのか一言も喋ってくれず。仕舞いには授業開始のチャイムも鳴りだし、先ほどまで姿がなかったキョンもいつの間にか隣の席に座っており。私は肩を落とすと大人しく放課後まで待つことにした。
 六時間だ。されど六時間、たかが六時間。それを長く、拷問のように感じるか、短く感じるかは自分の気持ち次第だ。
 途中我慢ならくなってハルヒが机に向かってセッセと何か書いているノートの切れはしを奪い取ろうかと思ったが。なかなかハルヒのガードは固く結局そんなことを考えてる間に放課後がやってきた。

「あっあの、今日は四人だけですか?」

 部室へとつくと、みくるちゃんが椅子に座っており毎日着ているはずの制服が久しぶりに見たような気分になった。今日は着替えないのですかみくるちゃん。

「古泉くんは昼休みの内にクラスの出し物で遅れるって聞いといたけど、有希は誰か知らない?」
「あっ有希ならお弁当食べるさいに遅くなるって」

 珍しく本から顔を上げて口を開いたかと思うと遅くなるの一言で、さあ世間話でもしようかと話をふるがうなずくか首を振るかの二つ自分の質問がいけなかったのだろう。

「昨日あれだけ言っといたのに、団員失格よ失格」

 腕を組み仁王立ちするハルヒに、キョンは頭に手をやりやれやれと首を振り。私は今か今かと配役やらを心待ちする。

「ねーハルヒ、配役……」
「ああ、そうだったわね」

 ハルヒは机の上に放置されていた指し棒を伸ばしたり縮めたりして遊んだのち、どこから取り出したのか一枚の紙を取り出しキョンの座る机に叩きつけた。

「心して見なさい!」

 私とみくるちゃんはキョンを間に挟み紙を覗き込む。以下、このように書かれていた。

・製作著作……SOS団
・総指揮/総監督/演出/脚本……涼宮ハルヒ
・主演女優……朝比奈みくる
・主演男優……古泉一樹
・脇役……長門有希、坂下葵
・助監督/撮影/編集/荷物運び/小間使い/パシリ/ご用聞き/その他雑用……キョン


 ノートの切れはしに書かれているその文字に、私は目を瞬きながらキョンを見つめた。いったいキョン、君はどんだけやるんだ。それはキョンも思ったのか、小さく息をつくと紙をはためかせながらハルヒに尋ねる。

「で、俺は何役こなせばいいんだ?」
「そこに書いてある通りよ」

 ハルヒは指し棒を指揮者のように振って答える。しめてキョンは七役、だけど「など」と書かれてるあたりまだまだ増える気もする。

「あんたは裏方スタッフ。キャストは見ての通り。ぴったりなキャスティングでしょ?」
「ねえ私、脇役?」
「そうよ、嬉しいでしょう。ほとんどの映画は主人公はもちろんのこと脇役もキーポイントだったりするのよ」

 なら私と有希も、キーポイントとなるのか。腰に手を当てて仁王立ちのハルヒは目を細め嬉しそうに微笑む。確かにハルヒに選ばれたことは名誉あることだ、しかし出来れば脇役ではなくキョン同様裏方がよかったなと感じなくもない。

「あたしが主演なんですかぁ?」

 か細い声で問いかけるみくるちゃんはつい先ほどハルヒに「今日はきがえなくていい」と言われて今は制服のままだ。珍しいこともあるもんなんだなと、私はみくるちゃんが制服であることに対してなんの考えもなしに見ていたが、キョンはそうじゃないっぽい。

「あの、あたし出来ればあまり目立たないような役が……」

 困惑面持ちのみくるちゃんは、意を決してハルヒに訴えるが。ハルヒはなんの躊躇もなく首を振り一言。

「だめ」

 まあ確かにみくるちゃんにはメインを飾って欲しい。だけどみくるちゃんの目立ちたくないという心境もわかる。なんせこれは不特定多数の人が見るちまたの映画ではなく、文化祭ないだけど小さな映画だ。誰が見るなんて、生徒たち以外なにものでもない。まだ見知らぬ赤の他人が見るなら恥ずかしさも打ち破れるが、学園内となるとさすがの私も恥ずかしさに身悶える。

「みくるちゃんにはじゃんじゃん目立ってもらうからね。あなたはこの団のトレードマークみたいなもんだから。今のうちにサインの練習をしといたらいいわ。完成披露試写のときに観客総出で求められると思うし」

 みくるちゃんは不安そうに目をおよがせ、胸元で手をもじもじとさせる。

「……あたし、演技なんか出来ないんですけど」
「だいじょうぶよ。あたしがバッチリ指導してあげる」

 私も演技方面だと、小学校の学芸会以来だ。みくるちゃんはオドオドとキョンを見上げそのまま横に視線をスライドさせて私を見ると、悲しそうにまつ毛をふせる。

「それにしても、有希も古泉くんも不真面目ね」

 ハルヒは唇をあひるのように突き出す、いまだに古泉くんと有希が今日来なかったことに腹を立てているのだろうか。少し強めの口調で言うその矛先はキョンに向く。

「こっち優先って言っておいたのに自分のクラスの都合で遅れるなんて、厳重注意が必要だわ」

 でもまだ後々来るかもしれないよ、いいネタ持って来るかも知れないよ。そんなこと言ってもハルヒの機嫌が直るはずもく、仕舞いには貧乏揺すりをしはじめた。
 ドウドウ、ハルヒドウドウ。

「朝比奈さんは、クラスの会議に参加しなくていいんですか?」

 私が心の中でハルヒを止めている時、キョンはみくるちゃんに振り向きにこやかに私には見せないような笑みで尋ねる。おいキョン、鼻の下が伸びてるぞ。

「うん、あたしは給仕係りなだけなので、あとは衣装合わせくらいです。どんな衣装になるのかな。ちょっと楽しみ」

 我がSOS団の癒しのエンジェルは照れながらも、まだ見ぬ衣装に期待で胸を膨らませ微笑む。みくるちゃんはSOS団での衣装によりいつの間にかコスプレ慣れしているように見受けられる。それはハルヒにとってはいいことだろう。気づけば自分から進んでコスプレするなんて日もそう遠くない気がするが、それは考えすぎだろうか。

「なぁに、みくるちゃん。そんなにウェイトレスになりたかったの? 早く言えばいいのに。そんくらい簡単よ、あたしがコスチュームを揃えてあげるわよ」

 あっけらかんといいはなつハルヒにみくるちゃんは一瞬肩を震わせると首を微かに横に振る。違うあたしはそう言う意味で言ったのではないと言いたげに口をパクパクと開閉させるが、ハルヒが首を捻るった事により諦めたように肩を落とした。

「まあ、それはいいわ」

 ハルヒはキョンに向き直り、指し棒をキョンにつきつける。

「キョン、あんた映画作りに一番必要なものは何か解ってる?」

 キョンはそれにニ、三秒考えたのちハルヒに向かってえらい真面目な顔をする。

「斬新な発想と製作にかけるひたむきな情熱じゃないかな」

 しかしその答えはハルヒの望んでいたものとは違ったのか、指し棒をキョンから反らして自分の肩をそれで叩く。


「そんな抽象的なものじゃないわ」

 ハルヒのダメ出しに、キョンは眉を寄せ私の方へ向き直り「お前はわかるか?」と尋ねてきた。

「そうよ、葵。あんたなら解るわよね? だってあたしの秘書だもの! 解らないはずがないわ」

 さあ、それはどうだろう。いくら秘書だと言ってもエスパーじゃあるまいし他人の気持ちなんて検討もつかない。しかしハルヒが今度は私に向かって指し棒を突きつけ、輝く大きな瞳を見るとなんだか答えなくては行けない気になる。
 私は顎に手を当て、頭の中にある引き出しを一つずつ開けていく。

「うーん、やる気根気、役に脚本……」

 一つ一つ単語の引き出しを開けていき言葉を紡いでいくがどうやらハルヒの答えには擦りもしないのか、段々と表情が曇っていく。

「あと、機材」

 その瞬間、パッとハルヒの表情が明るくなり「そうよ、それ!」と私の手を掴む。そんなに当てて貰ったことが嬉しかったのだろうか、こっちまで嬉しくなるほどの喜びようだ。

「機材と言えばカメラ! カメラなくて映画はどうやって撮るのよ」

 ハルヒは私の肩に手を回すと自分の方に寄せて力説する。ふわりと女の子特有の甘い香りが鼻をくすぐり、胸が高鳴る。ああこんなに近いのって今まであっただろうか、あったとしても久しぶり過ぎて心臓がもたない。目がぐるぐる回りそうだ。だけど、決して自分がそんな趣味ではないことをここに言っておこう。

「そういうわけだから」

 ハルヒは私の肩から手を離すと、指し棒を引っ込めてそれを団長机に放り投げる。私は解放されると椅子にへたれこみ、息をついた。

「これからビデオカメラの調達に行きましょう」

 がたん、と前の方から椅子のずれる音がしたので顔を上げるとみくるちゃんが青ざめていた唇をわなわなと震わせ、肩と共に彼女の髪も震える。

「ああああの、すす涼宮さん、そう言えばあたし用事があって今すぐ教室にもどら」

 カタカタと震え、口が回らないのか咬み咬みの言葉を口にしながら立ち去ろうとするみくるちゃんだが、ハルヒは目を光らせ一喝。

「黙りなさい」

 ハルヒの恐い顔に、腰をうかせていたみくるちゃんも「ひ」と小さな悲鳴を漏らしてカクンと糸の切れた操り人形のように椅子に舞い戻る。その様子を見届けるとハルヒは突如、ニカッと笑い。

「心配しないで」

 そう言った。どこをどう心配しなくていいのだろうか。前例がある分、あまり信用出来ないのが人間の性というもんだ。

「今度はみくるちゃんの身体を代金代わりにすることはないから。ちょっと協力してもらうだけよ」
 みくるちゃんはチワワのようにフルフルと震え青ざめた顔にうるんだ瞳でキョンを見上げたのち少しの期待を交えながら私を見つめてくる。ごめんなさいハルヒには逆らえないたちなんです。

「その協力の内容を教えろ。でなけりゃ俺と朝比奈さんに葵はここを一歩も動かんぞ」

 ハルヒは自分たちがいったい何を気にしてるのかさっぱりわからないと言いたげな表情を浮かべる。

「スポンサー回りをするの。主演女優を連れて行ったほうが心証がいいでしょ? あんたも来なさいよ。荷物運びのためにね」

 その時浮かべたハルヒの表情は、いつかみたおもちゃを見つけた子どものような笑み。ああ、なんだろうか。酷く嫌な予感がするのは、きっと気のせいだと思いたい。

END 秋、やってくる文化祭

082010


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