その後十二分に遊んだ私たちは、市民プールを後にした。帰りは言われた通りキョンの後ろに乗り、私の自転車にはハルヒと有希が乗る。
 古泉くんの荷台には行きと同様、女の子座りをするみくるちゃんの姿があり、その色白の肌が赤く上気した感じになっている。
 その片手は、ハンドルを握りしめサドルに跨がる運転手である古泉くんの腰に回されている。

「いやぁ、あそこは何だか青春だね」

 キョンの腰に手を回したまま、背中越しに見えるその姿に私はキョンを見上げると、キョンは実に嫌そうな顔をしていた。

「何、やっぱりみくるちゃん後ろに乗せて走りたかった?」
「そうなると、今度はお前が古泉の後ろに乗ることになるだろ」

 確かにそうなるが、だけどキョンにしてみればいつも乗せている幼なじみよりか可憐な心のアイドルを乗せる方が嬉しいんじゃないの。

「確かにそうだが……だけどな、」
「うん?」

 自転車を漕ぐ音と行き交う車の音だけが、耳に入る。だけどな、どうした。

「いや、なんでもない」
「えー、何か最近そうやって話はぐらかすの多くない?」

 服を少し引っ張り、キョンの背中にもたれかかるとキョンは「気のせいだ」とぶっきらぼうに吐き捨てた。
 その後、ハルヒの先導を元に自転車を漕いでいくと、集合場所の駅前に舞い戻ってきた。
 あっ、そういえばキョン、まだ全員に奢ってなかったからな。だからだろうか。
 喫茶店に入り、もう定位置と化してる椅子に座れば運びこまれたおしぼりに私は手を拭き、少しでも顔も冷たくしようと頬におしぼりを当てた。ひやっこい頬を、クーラーから送られてくる冷風がそっと撫でるように吹き付け頬だけが異様に冷たくなった気がした。

「これから活動計画を考えてみたんだけど、どうかしら」

 隣でおしぼりを頭に載せて椅子にもたれていたキョンは、頭からおしぼりを取り椅子の背もたれから身体を起こした。
 テーブルにはハルヒがどこぞからとりだした一枚の紙切れ。それは私たちに見ろとばかりに人差し指が突きつけられている。どうやら紙はA4のノートを破ったものと見受けられる。

「何の真似だ」

 誰も口を開かなさそうな雰囲気に、すかさずキョンはハルヒに質問を投げ掛けた。するとハルヒは自慢たらしい表情をし、鼻で笑い。

「残り少ない夏休みをどうやって過ごすかの予定表よ」
「誰の予定表だ」
「あたしたちの。SOS団サマースペシャルシリーズよ」

 夏の特別シリーズと限定して言っているということは、冬や春もあると考えていいのだろうか。
 ハルヒはお冷やを飲み干して、おかわりを店員に要求する。

「ふと気付いたのよ。夏休みはもうあと二週間しかないのよね。愕然たる気分になったわ。ヤバイ! やり残したことがたくさんあるような気がするのに、それだけしか時間が残ってないわけ。ここからは巻きでいくわよ」

 私はお冷やを口に含み、喉の渇きを潤わせながらハルヒによる手書き計画書に目を落とす。以下はその予定表の内容だ。


〇『夏休み中にしなきゃダメなこと』
 ・夏期合宿。
 ・プール。
 ・盆踊り。
 ・花火大会。
 ・バイト。
 ・天体観測。
 ・バッティング練習。
 ・昆虫採集。
 ・肝試し。
 ・その他。

 以上、全て夏には欠かせないものばかりだ。ところで、バッティング練習は別に夏じゃなくてもいい気がするのは私だけだろうか。
 上記のうち、夏期合宿とプールには大きなバツ印が重なっていた。終了済みという印だろう。
 しかし二つを除いたところであまり変わらないこの量のメニューをわずか二週間足らずでこなすのか。宿題が残っている身として、少し忙しい日々になりそうだ。

「おい、『その他』って何だ。まだ何かするというのか」
「何か思いついたらするけどね。今んとこはこれくらいよ。あんたは何かしたいことある? みくるちゃんは?」

 話題を振られたみくるちゃんは、真面目に考え始め首をかしげる。

「えーと……」

 キョンと私に対して横目を使って、メッセージを送ってくるが私は何と答えたものか。とにかく可能な範囲のものでお願いします。

「あたしは金魚すくいがいいです」
「オッケー」

 金魚すくい、実にいい選択だ。金魚すくいならばお祭りごとなら必ず縁日でくっついてくるもんな。
 ハルヒの持つボールペンがリストの最後に、新たな一項目を付け加えた。
 さらに続けて有希と古泉くんにも要望を聞こうとするが、有希は黙って首を振り、古泉くんも微笑みながら辞退を申した。

「なら葵は、何かしたいことある?」
「え、うーんそうだな……」

 私は頭を巡らせて、考えて出た答えが、

「たくさん縁日で食べたい」

 だった。実に子どもじみたやりたいことだ。
 でも夏には夏ならではの屋台もあるわけで、例えばかき氷。さすがにあれは冬にはお目にかかれないし、食べたいとも思えない、夏限定の食べ物だ。
 そして綿菓子、これまた時々外で作ってるのを見るが、これも夏だから味がでて美味しいものだ。

「縁日の食べ歩きね」

 ハルヒはそれもOKということなのだろうか、回していたボールペンを走らせリストにまた一つ付け加えられた。

「ちょっと失礼」

 はやばやとアイスオーレを空にした古泉くんが、ハルヒから用紙を受け取りしげしげと見つめ始めた。


 ちなみに私は新発売のピーチサワーという、桃味のシュワシュワした飲み物を飲みながらその様子を見ていると、古泉くんは眉間に若干シワを寄せ何かを追い出そうとしているような風情がみられた。
 何か思い当たるフシでもあるのだろうか。しまいには私のコップから飲み物がなくなり、それに気づくまで私は何度もストローを吸い上げていた。

「どうも」

 有希が音もなくソーダ水をストローで吸っているだけの光景がしばし続き、古泉くんは計画表に目を通すのをやめると卓上に戻して、かすかに首をひねった。

「明日から決行よ。明日もこの駅前に集まること! この近くで明日に盆踊りやってるとこってある? 花火大会でもいいけど」

 明日限定で探してみると、遠かったり、なかったりとなかなか限られてくるような気がするが。果たして丁度いい、条件を満たす花火大会または盆踊りはあるのだろうか。

「僕が調べておきましょう」

 自ら進み出て引き受ける古泉くんに、私は不安をおぼえ思わず「大丈夫?」と尋ねてみると古泉くんは微笑を浮かべ「ええ、大丈夫ですよ」と軽く答えた。そう言うならば本当に大丈夫なのだろう。

「それに……いえ、なんでもありません」

 古泉くんは何かを言いかけるが、すぐさま口を濁しふせ目がちに首を振った。

「では、おって涼宮さんに連絡します。とりあえずは盆踊り、または花火大会の開催場所ですね」
「金魚すくいと食べ物の屋台も忘れないでね、古泉くん。みくるちゃんと葵のたっての希望なんだから」

 でも無理はしないでね、古泉くん。

「盆踊りと縁日がセットになっているところを探したほうがよいでしょうね」
「うん、おねがい。任せたわよ古泉くん」

 上機嫌にハルヒはコーヒーフロートのアイスを飲み込み、大切な手紙でも仕舞うような手つきでノートの紙を畳んだ。

 その後キョンが支払いをしている間に、ハルヒは運動会前の子どものようにその場を走り去っていた。
 明日の盆踊りの準備のため走り去ったのだろうか、はたまた明日のために気力を残しておくためだろうか。まあ、どちらにしろハルヒにとって明日という日がとてつもなく楽しみだということはわかった。


 キョンが支払いから戻ってきたあと、団員の三人はそれぞれ一言挨拶をしたのちばらけて解散していき。私もキョンと家に帰ろうと、隣に立つキョンを見上げて声をかけようと口を開けば。それと同時に、キョンは去っていく背中の一つを呼び止めた。

「長門」

 キョンの声に、夏用のセーラー服を着た有希が振り返る。

「…………」

 無表情がキョンを見つめ返す。その無垢な二つの瞳に私は心につっかかりを覚えた、まるで喉の物が詰まりそれが胃まで行った後の喉に残るような違和感を。

「いや……」

 キョンは呼び止めたのはいいが、本当は言うことがなかったのか少し狼狽えいるよう気がする。

「何でもないんだけどな。最近どうだ? 元気でやってるか?」

 普通の人なら、そこで何言ってんだと思うだろう。だが有希は瞬きをして、ほんの少し前に頭を倒しうなずき返した。

「元気」
「そりゃよかった」
「そう」

 その瞬間、有希の凝固顔がいつもとは違う緩んでいるような、変に人間らしさがあるような。いや、有希は人間ではなく宇宙人だったような、いやいや今はそんな事は関係ない。何故そのような考えが頭に浮かんだかが問題だ。
 有希はもしかして日々、私たちに接触することによって成長していってるのではないだろうか。
 そんなことあるはずがない、そう思っていることの方が、現実にありえることになっていることが多々あるからな。

「あー、まあ気をつけて帰れよ」

 キョンは別れの言葉を言えば逃げるように有希に背を向け、私は有希に挨拶をする隙もなくキョンに手を引かれその場を後にした。

「キョンどうかしたの?」

 私は自転車の鍵を開けるキョンを横目で見ながら、ハルヒに返してもらった鍵をポケットから取り出し自分の自転車も鍵を開ける。

「ああ、いや、まあ、そのだな」

 キョンはスタンドを上げながら吃りながら言葉を漏らし、頭を抱える。いったいどうしたと言うのだ。

「どうもしない、は無しだからね」

 私は後ろ足でスタンドを蹴り上げ、自転車を跨ぎ乗りながら言えば後ろから苦痛の唸りが聞こえる。
 一体なんだと言うんだ。

「それより葵、明日のことだがな、」
「あ、話すり替えた」

 すぐさま話に割り込み、キョンが言うのを止めるとキョンからすかさず「いいから聞け」と呆れたような怒鳴り声で言われた。

「はいはい、それで明日なに?」

「あぁ、明日のSOS団の集まりだけどな」
「うん」

 キョンは一拍間を置くと、まるで天気予報をする人のような口調でこう告げた。

「気を抜いて、ギリギリまで寝とくな。いいか最低でも十一時、いや十時には起きておけ」
「……何、予知ですか未来予知ですか?」

 私は自転車のペダルを漕ぎ出せば、キョンもその後に続く。ついにキョンにも未来を予知するという特殊能力を手に入れたのだろうか。いや、でも古泉くんのデータではキョンは今のところ普通の人間だしな。

「いや、そういう類いのものと違ってだな」

 ならどういう類いのものなんだ。私はキョンと横に並びそのまま漕ぎ続けながら少し上を見上げる。空はまだ夏の日の高さのおかげで明るく、まだまだ遊べそうなくらいだ。

「そういえば」

 これ以上聞き出そうとしても答えなさそうなキョンに、私は一度話を反らすことにした。

「こうやって自転車で帰るのは初めてだね」

 いや、久しぶりのほうが正しいだろうか。もしかしたら小さい頃は、こうやって帰っていたかもしれない。

「ああ、そうだな。初めてかもしれないな」

 キョンは何か思い出すように空を仰ぎ、笑みを浮かべる。車もなかなか行き交わない住宅街に、街も静かだ。

「でも私、自分で自転車漕ぐよりキョンの後ろがいいな」
「自分で漕ぐのが面倒くさいんだろ」

 呆れたように言うキョンは曲がり角の一歩前で立ち止まり、私も同じように止まると車が一台通りすぎた。

「確かにそれもある」

 それを見届ければ、私たちはまた家までの道を漕いでいく。

「でもね、一番の理由はキョンの後ろが安心するからだよ」

 荷台に座りそのサドルに跨がるキョンの腰に手を回し、その背中に顔を埋めると衣類からは温かい太陽の匂いがする。そんなキョンの後ろが好きでもあり、一番安心する場所でもあった。
 私はそんなことを思った自分が、急に恥ずかしくなり「キョンはどう?」と誤魔化すため話を振る。

「あーそうだな」

 キョンは一瞬考えた後咳払いをして、こちらに視線を投げ掛けた。

「俺もこうやって横に並んで帰るよりか、二人乗りの方が好きだな」

 夕日が私たちを照らし、キョンの頬を赤く照らす。その姿はまるでキョンが顔を赤くさせているようで、それにつられてこっちまで顔が熱くなる。


「葵?」
「えっあ、はいっ」

 黙りこくった私に、キョンは不思議に思ったのだろう。突然名前を呼ばれ、驚きに背筋を伸ばして答えればキョンはいぶかしげな眼差しで私を見つめてきた。


「……お前、顔赤くないか?」

 そう指摘された瞬間、さらに顔があつくなる。夕日で誤魔化されないほど顔はそこまで赤くなっているのだろうか。

「い、いや、そんなことないよ」

 私は首を思いっきり横に振り否定をすると、キョンはしぶしぶと納得したのかしてないのかまた前を向き漕ぎだす。

「それじゃあ、私こっちだから」

 十字路の分かれ道にたどり着けば、私はキョンの家と逆方向を指差し告げればキョンは「気をつけて帰れよ」と手を振り見送る。空は月が暗くなる空に現れ、一番星が輝いていた。

 その晩、キョンに言われた通り九時に目覚ましを合わせ寝れば次の日、目覚まし時計に起こされ私は寝ぼけた頭でそれを止めた。
 九時か、クーラーの冷気がまだ残っている部屋に布団から這い出れば素足をさらし窓へと近寄りカーテンを開けた。
 今日もいい天気だ。まるでハルヒの心を空に映したかのように青く澄みきっている。
 私は携帯を掴み、朝ごはんを食べに下へと降りて用意されたトーストを角から食べようと口を開けた時だ。
 テーブルに置いていた携帯が震え出し、着メロと共に震えるバイブが携帯を動かす。

「はい? もしもし?」

 トーストを皿に置き、耳を当てれば向こう側から元気なハルヒの声がした。

「盆踊り会場が見つかったわ!」

 まず第一声がこれだ。普通もしもし、や名を名乗るのが主流だがハルヒにはそんなこと構わやしない。

「へー」
「時間は今夜よ、場所は市内の市民運動場」

 えらくタイミング良く見つかったものだな。しかも場所もまだ近い方だし、日にちも今日と来た。こうまで良すぎると古泉くんたち機関の人が何か仕組んだのではないかと疑ってしまう。

「なら今夜集まればいいんだね」

 それならばもうひと眠りも出来るし、宿題も出来る時間があるな。

「なに寝ぼけたこと言ってるのよ」
「え?」
「いつもどおり、昼には駅前集合よ」


 なぜに、お祭りが夜なのに昼のうちに集まっておく。頭にいくつもの疑問符が渦巻き言葉を失っているとハルヒは用件は済んだからだろう。

「わかったわね? 昼には集合よ!」

 と、もう一度繰り返し言えば電話を切り。私は切れた後の耳障りな音を、暫く聞いたのち時計を見上げれば十時前だった。


「それで、昼間から何しに行くの?」

 真っ昼間、まだまだお祭りには時間もあるこの時間帯に私たちSOS団は集まっていた。

「みんなで浴衣を買いに行くの」

 私の問いかけに、ハルヒは決まってるじゃないと言うかのごとく堂々たるたち振る舞いでそう言った。
 浴衣とな、それはそれはどうしてまた。確かに夏と言えば浴衣だが。

「ホントは七夕の時に着せたかったんだけどウッカリ忘れてたのよ。あの時のあたしはどうかしてたわ日本に二ヶ月連続で浴衣着る風習があって大助かり」

 きっと助かったのはハルヒだけだろう。私は駅前に集まったSOS団の面々を見渡す。昨日に引き続き、ハルヒは威勢よく、みくるちゃんはふわふわと、有希は無言で古泉くんはニコニコ笑いで、キョンは呆れた様子でその姿を見ていた。

「みくるちゃんも有希も浴衣持ってないんだって。あたしも持ってない。葵はどうかは知らないけどこの際全員の分買おうと思ってるの。この前商店街を通りかかったら下駄とセットで安いやつが売ってたわ。それにしましょう」

 キョンはみくるちゃん、有希の立ち姿を見ながら、その浴衣姿を想像したのだろう少し頬が緩んでいる。内心最低と思いながらも、モヤモヤする気持ちに説明がつかなく私はそっぽを向く。

「俺と古泉は普段着で行かせてもらうからな」

 そこまでお金がないのだろう、ハルヒはそれに対してすぐさま頷く。

「そうね。古泉くんなら似合いそうだけど、あんたはね」

 ふふんとハルヒは笑って、キョンを上から下まで見回す。

「さ、行きましょ」

 持参していた団扇を振り回し、ハルヒは全員に号令をかけた。

「いざ、浴衣売り場に!」

 オー、と私は腕を突き上げハルヒはその腕を取ると自分の腕を絡めてきて、私は浴衣売り場まで引きずられることになった。


 婦人物衣料の量販店に飛び込んだハルヒは、みくるちゃんと有希、私のぶんを選べばずかずかと試着室へと向かった。

 有希以外の私たちは、簡単に結ぶだけの着物ならば着付けが出来るが、さすがにそんなちゃちなものじゃない浴衣の着付けの仕方を知らなかったため、女性の店員に着させてもらうことにした。
 しかし、これがやけに時間がかかる。試着室は四人分もなくそれプラス試着の時間がある男にとってはさぞかし暇な時間だろう。
 三十分くらいたっただろうか、やっと全員の試着が終わりお披露目となった。
 ハルヒは派手なハイビスカス柄で、みくるちゃんは色とりどりの金魚柄、有希はそっけなく地味な幾何学模様柄であった。ちなみに私は藍色の花火だと思わしき花が散りばめられたような柄だ。
 そういえば、藍色といえば昔虫よけのため染み込ませた液体が藍色だったため藍色は虫よけの色とされてるらしい。便利な世の中が確かそんなことを言っていた。信憑性? 五分五分ってところだ。

「みくるちゃん、あなた……」

 胸がほんの少し苦しい浴衣に、私は視線を下ろしていると隣から歓喜に震えてる声がし顔を上げると、ハルヒがみくるちゃんを見て我がごとのように喜んでいた。

「可愛いわ! さすがはあたしね。あたしのやることに目の狂いはないのよね! あなたの浴衣姿にこの世の九十五%の男はメロメロね!」
「残りの五%は何なんだ」

 確かに、九十五%もメロメロなのに残りの五%がメロメロじゃないのは何故だろうか。

「この可愛いさはガチなゲイの男には通用しないの男が百人くらいいたら五人はゲイなのよ。よおく覚えておきなさい」

 覚える必要があるのかないのかはさておき、胸につめたタオルが苦しく取りたくなるが。とってはいけないよな。
 みくるちゃんもまんざらではないらしく、フィッティングルームの鏡のまえで一回転しながら自分の衣装を確認している。

「これがこの国の古典的な民族衣装なんですね。ちょっと胸が苦しいけど、でも素敵……」

 そういうみくるちゃんの胸は確かに膨らみすぎており、でもそんなアンバランスな感じが可愛いと思ったら色々と人として終わりだろうか。
 みくるちゃんの豊満な胸を見た後、自分の胸を見るとなぜだか切ない気持ちになるのはなぜだろう。

「葵! こっちに来てみくるちゃんの横に立ちなさい!」

 自分の胸に手を当て、考えにふけておればハルヒにその手を掴まれ引っ張られた。



 そしてそのまま私をみくるちゃんの横に立たせると、顎に手を当て何事かにうなずき満面の笑みをうかべる。

「やっぱり、葵とみくるちゃんは二人揃うとバランスがいいわ」

 一体全体どういうバランスがいいのでしょうね。

「ね、そう思うでしょキョン!」

 タオルの厚みにより、若干増えた胸に少し嬉しさを感じながらハルヒが連れてきたキョンの方へと顔をあげると視線をさまよわせ頬を少し赤らめたキョンの姿があった。

「あ、その、どうかな?」

 それにつられ、私は顔をうつ向かせ身体の芯から熱くなり顔に血が巡る。なんだこのラブコメのような展開は。いやいや、キョンとはそのそんな関係には絶対にない。あれ、でもなんでそう思っているんだ。
 そんな考えを頭の中でぐるぐると巡らせておればキョンの声が上から降ってきて私はとっさに顔をあげた。

「ああ。なんだ、その、似合ってるぜ」

 キョンは私と目を合わせようとしなず、頬をかきひと唸りすれば首に手を回した。

「朝比奈さんの次にだけどな」
「最後の一言はよけいだと思う」

 今までのトキメキも身体の熱さもその一言によって無くなった。それでいいのだろうが、なぜだが少し切なくてまた掴めない水に手を伸ばすかのようなデジャブに襲われた。

「ふふ、ありがとうございますキョンくん」

 口元に手を当て、上品に笑うその姿は浴衣美人と言っていいだろう。
 店員さんから受ける視線に、私たちはずっとその場を占領していることに気づき。荷物をまとめ、お金を払えば一目散に退散した。
 一人なぜ出る必要があるのか不思議に思ってる人がいたが。まあ、そこはキョンのフォローにより抑えられ。あまりあまった時間を私たちは駅前の公園で時間を潰すことにした。

「さっきのはきっと、キョンくんなりの照れ隠しだったんですよ」

 髪の結われたみくるちゃんは、順番待ちをしている私に耳元でそう呟いた。さっきのとは、さっきの浴衣を買った時の話でしょうか。

「ええ、そう。それです。だってそうじゃなかったら、こんな可愛い葵ちゃんにそんなこと言わないもの」

 いやいや、あなたには負けますよエンジェルみくるちゃん。私は素でそれを言うとみくるちゃんは自分の頬に両手を当て、可愛らしく少しむくれた。

「もうっ、葵ちゃんからかわないでください」


「いやこれは私の中に奏でられたみくるちゃんに対してのメロディが言ってるのですよ。すなわち、からかってなんかいませんよ」

 なんだか段々、自分の言ってる言葉が自分でもわからなくなってきた。これは一旦頭を冷やすべきなのだろう。

「あ、そうだ。浴衣、下駄と言えば、そう! 絆創膏!」
「どこから、その発想が生まれたんだ」

 私は手を合わせ立ち上がれば、有希の髪を結んでいたハルヒが目を瞬きこちらを見てきた。どこからそんな発想が出てきただと、それはこの長い人生の中で学んだのだ。

「靴擦れほどね、痛いものはないんだよ」

 あの皮が剥け、靴に擦られて赤くなった傷口。少しでも触れたら途端に激痛が走り、それはもうこの世のものと思えないほどのものだ。

「あ、絆創膏ならあたし持ってきました」

 みくるちゃんはそう言うと持ってきた手提げ鞄から絆創膏を取り出し、私に差し出す。えらく用意周到ですね。

「あたしがみくるちゃんに持ってくるよう言っておいたのよ」

 ふふん、と鼻をならし得意気にいうハルヒに私は拍手を送る。

「下駄だと鼻緒で靴擦れをよくするみたいだから。これくらい当たり前よ」

 ハルヒは有希の髪を結び終えたのか、私に手招きをしてくる。なんだ、次は私の番か。私は椅子に座りなおせばハルヒがたちまち手を伸ばし手櫛で私の髪をとかしていく。


 夕暮れ時を迎え、私たちは市民グラウンドへと向かった。
 日没前なのにそこはすでに賑わっており盆踊り会場には、市民たちが湧き溢れうごめきあっていた。人に酔うとはこういう場所ではよくあることだろう。

「わあ」
「…………」

 素直に感嘆しているみくるちゃんにたいして、無反応なのが有希である。でも内心では感動をしているのだろうと思いたい。
 しかし盆踊り会場では踊っている人ををあんまり見たことがないが、今回もそうみたいだ。まばらにおじいちゃん、おばちゃん小さな子どもたちが踊っているくらいだ。

「ん?」

 私が中央に組まれた櫓を見つめておれば、小さくだが隣からキョンの声がし見上げれば苦い顔をするが、それもすぐ消え去った。何かあったのだろうか周囲に連なる縁日の出店を眺め、再度キョンを見上げるが何事もなかったような素振りのキョンに私はまぁいいかと視線を移しハルヒを見た。

「みくるちゃん、あなたがやりたがってた金魚すくいもあるわよ。じゃんじゃんすくいなさい。黒い出目金はプラス二百ポイントだからね」

 ハルヒは、ハルヒ的金魚すくいのルールを決めると、みくるちゃんの手を引いて金魚すくいの水槽へとダッシュしていった。

「僕たちもやりましょうか。何匹すくえるか、一勝負いかがです?」

 ゲーム好きの古泉くんがキョンに金魚すくいを提案してみるが、キョンは首を振った。

「金魚なんか連れ帰っても入れる鉢がない。それよりめ、そこかしこで食欲増進を後押しする芳香漂う屋台のほうが興味があるね」

 キョンは一度縁日をぐるりと見回したのち、有希へと顔を向ける。

「長門はどうだ? 何か喰うか?」

 有希の漆黒の瞳がキョンを見つめ、ゆるやかに視線が移動する。その視線の先にあったのは、一人のおじちゃんが販売しているお面売り場だった。

「まあいいか。とりあえず一周してみようぜ」

 スピーカーが唸るように響かせている祭囃子。それはきっと祭りが終わるまでエンドレスリピートされることだろう。
 その音に誘われるように、キョンは有希をお面の屋台へと連れて行き。私と古泉くんもその後に着いて行くことにした。

「大漁だったけど、たくさんもいらないって言うから一匹だけ貰ってきたわ。みくるちゃんは全然すくえなかったんだけどね。あたしの分をあげたの」

 みくるちゃんの指には小さなビニール袋がぶら下がっており。その袋の中では、何の変哲もないオレンジ色の小魚が間抜けな顔で泳いでいた。金魚もこんな可愛い子に育てられることに惚けているのだろうか。
 紐をしっかり握りしめているみくるちゃんの仕草が、母性本能をくすぐりその愛らしさに思わず頭を撫でたくなる。もう片手には、リンゴ飴を握りしめており、他の飴もあるだろうかとみくるちゃんたちが来た方を振り返ってみた。

「葵、口開けてみなさい」

 人が私たちを次々に追い越していき、その様を見ていると突然隣から声をかけられ口を開けて振り返れば、口に何かを突っ込まれた。
 味わって食べてみると、鼻を通るソースの香りにタコの感触。

「たこ焼き?」
「そ、さっき買ってきたの」

 ハルヒは答えながら自分もたこ焼きを口に含み、モゴモゴと口内で動かして食べる。
 たこ焼きのトレイを持つ右手の反対には、水風船を持っており。ボンボンと跳ねさせる。


 その姿を眺めていたキョンの視線に気づき、ハルヒは振り向けばたこ焼きを差し出す。

「一個だけなら食べてもいいわよ」

 キョンは素直にたこ焼きを一つ貰うと、口に入れ噛んでいく。

「あれ、有希。そのお面どうしたの?」
「買った」

 有希はたこ焼きに刺さっている爪楊枝を、じっと見つめながらそう呟く。有希が頭に横がけしているのは光の国出身の銀色宇宙人。ジュワッと言いながら飛び立つそれは、そういえば宇宙人なんだよなと再確認させられる。

 櫓の周りでは炭坑節にあわせて踊っている人たちが居り円を描き回っていく。みくるちゃんは真ん丸く目をさせ、まるで知識でしか知りえなかった物を今ここで間近に見ていることにたいして感動しているように伺える。

「へぇー。はぁー」

 感心するような小声を出しているみくるちゃんに、こっそりと「初めてみますか?」と尋ねれば何度も何度も頷き満面の笑みをみせる。

「ええ、初めて、これが盆踊りなんですね」

 ちなみにあの櫓の上で太鼓を叩くのは、地域の人に申し出れば叩かせてくれるらしい。

「それじゃあ次、あっち行きましょう!」

 ハルヒはたこ焼きを食べ終わると、残ったトレイを捨ててみくるちゃんの手を引っ張った。
 私は慌ててその後を追いかけようと足を開くが、途端に左足の親指と人差し指の間に激痛が走り思わずしゃがみこんでしまった。

「ハ、ハルヒ待って」

 私は頭を上げハルヒたちに声をかけたが、既にそこにはハルヒたちSOS団は居らずこの状況はまさしく。

「……迷子?」

 この年で迷子とはなんと恥ずかしい失態。そしてなんというお約束な展開。
 私はひとまず、指の間にハンカチを挟み痛みを和らげ立ち上がり辺りを見回した。

「ハルヒー、みくるちゃんー」

 一歩進み、背伸びをして見てみるがどこを探しても見えない。どこかに、しゃがみこんでいるのだろうか。

「有希ー、古泉くんー」

 時間が立つにつれ、祭りも盛り上がりを見せ人も増えてきた。これは急がないと本当に見つからなくなる。

「キョンー」

 私の傍を小さな子どもたちが走って行き、周りは笑い声で溢れかえっていた。こうなると、なぜだか突然一人なんだということを思いしるのは何故だろうか。周りは知らない人で溢れかえり、一人別の空間に放りだされた気分だ。

「キョン……」

 歩いていなくても痛くなる足がなぜだか嫌になり。涙が溢れてくる。

「葵!」

 後ろから名前を呼ばれ、振り返る前に手を掴まれた。

「……キョン」

 人の波をかいくぐり、キョンが息を上げ私の手をきつく握ると、一度息を吸い怒声が降ってきた。

「お前、なんで俺たちから離れたんだ! 夜は一人だと危ないって何度も言っただろ!」
「ご、ごめんなさい」

 凄い形相で叱るキョンに私は驚き、身体を小さくさせ顔をうつ向かせれば上からため息をつくのがわかった。

「キョン! 葵見つかったの?」

 人混みの中からハルヒの声が聞こえ、姿を現せばそれに続いてみくるちゃん、有希、古泉くんが来た。

「あ、あの、ごめんなさい……」

 浴衣を掴み、震える声を押し出せば、ハルヒが私の頭に手を置き撫でる。

「いいのよ、そんなの。それより何かあったの?」

 ハルヒは私の手や、顔を見たのち足に視線が行きしゃがみこんだ。

「あんた、靴擦れしてるじゃない」
「さっき、歩こうとしたらなってて、それで皆を見失っちゃって」

 ハルヒは私の足から下駄を脱がせると、ハンカチを取りその傷口を見ると顔をしかめた。

「キョン、あんた葵を背負いなさい、水道探すわよ」

 キョンはそれに素直に従い、私を背負うとみくるちゃんが私の下駄を持ってくれた。
 楽になった足は、風が通ると傷口が冷やされ少し気持ちいい。

「あったわ水道! 葵はベンチで座って待ってなさい、有希と古泉くんは何か別の履くもの買ってきて。みくるちゃんはあたしに着いてきて、キョンは葵の傍に居なさいわかったわね!」

 ハルヒはテキパキと指示を出していくと、皆それぞれの役割をしに行き。その場に残された私とキョンはお互い顔を見合わせればどちらともなく笑いあった。

「ごめんね、キョン心配かけちゃって」

 笑いすぎ、目尻に溜まった涙を拭き取ればキョンは眉をさげ苦笑いをうかべる。

「いや、こっちも悪かった。突然怒鳴ったりして」

 キョンは私の隣に座ると空を見上げた。私もそれに倣い空を見上げると、いくつかの星が瞬いており遠くから祭り会場の賑やかな音が聞こえた。

「なんだかこうして、怒鳴られたのも久しぶりな気がする」
「そうだな、俺も久しぶりに怒鳴った気がする」

 水道からみくるちゃんの声とハルヒの声が聞こえたかと思うと、急に叫び声が響き水が勢いよく飛び出たような音がしている。

「私結構キョンに怒鳴られるの好きだったりするんだよね」


 決して私がMというわけではなく、叱れることにより愛を確認するというかなんというか。

「葵、実は言いたいことがあるんだ」

 しどろもどろに、自分の台詞に誤解を生まないように言葉をつむいでおれば、キョンから真剣な声が返ってきた。微かに木の多い方からセミの合唱が聞こえる。

「俺は、お前のことが」

 そこまで聞くと私の身体は血が逆流し、顔に集まるような感覚に襲われ胸が煩くなる。
 今日は、私変だ。

「お前のことが、」
「ちょっとキョン! こっちに来て!」

 水道の方からハルヒの叫び声がし、キョンは脱力したかのように肩を落とし立ち上がれば一言謝りハルヒたちの方へと向かった。
 なぜかそれに私は安堵し、息をつけば何にたいして胸が鳴っていたのか不思議な思いに襲われる。やっぱり今日は私変だ。
 ことは数分ですんだ。

「おっ待たせ!」

 ハルヒは浴衣の袖を捲りあげ、大きく手を振ってきた。その後ろからは肩を落とし、しょげているみくるちゃんと心底疲れた様子のキョンが着いてきた。

「なにかあったの?」
「それがね、みくるちゃんったら凄いのよ。公園の蛇口って回したまんまにしないと水が出ないじゃない?」

 確かに、両手を洗う時にはあれには苦労させられた。

「みくるちゃん、それ知らなかったらしくて思いっきり蛇口捻ってね」
「水びたしってことか……」

 みくるちゃんが小さく「すみません」と呟くのが聞こえた。いやいやみくるちゃん、ハルヒは喜んでいますよハルヒ好みのドジっ子に育ってくれて。
 その後、ハルヒは私の足の指を濡らしたタオルで冷やしみくるちゃんの持ってきた絆創膏を指の間に貼る。そうしていると、靴を買ってきた古泉くんと有希も戻ってきた。

「すみません、サンダルしか見つからなくて。よければ僕の靴、履いてください」

 古泉くんはそういうと、袋からサンダルを取り出しそれを自分で履き靴を私に差し出してくれた。

「ありがとう古泉くん、でも古泉くんにそこまで面倒かけれないよ。だから、そのサンダルはキョンに履かせてやってください」

 私の申し出に、古泉くんは変わらず微笑を浮かべうなずき、キョンは自分を指差しなんで俺なんだと言いたげに顔をしかめた。

「ほら、古泉くんだったら足また靴持って行って古泉くんに余計な荷物増やしちゃうけど、キョンならその心配もないじゃん」

 なんせ家も近く、今日帰りに家によってもいいわけだ。
 キョンはしぶしぶ靴を脱ぎ、靴下も脱ぎすてサンダルに足を入れ私はキョンの靴を履く。やはり男と女では足の大きさが違うのだろうか、靴紐を固く結んでもブカブカだ。まあ歩けなくはないが。

「葵ちゃん大丈夫ですか?」
「うん平気平気!」

 試しに飛んでみせると、ガッポガッポと音はなるが大丈大丈夫そうだ。


「なら出店をひやかしに行くわよ!」
「あ、私わたがし食べたい!」

 ハルヒは祭り会場へと私の手を引き。私たちは祭り囃子の鳴るほうへと、駆け足で向かった。


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