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ハルヒと同じくは濡れねずみのキョンは、私たちに一言、言い渡せば自分の部屋へと引っ込んでいき。先ほどまで騒がしかった廊下が、突然寂しくなり私は思わずポツリと「寂しいね」と声に出して言った。
「そうですね、しかしそれもこれが終わるまでのことです」
そうだね。しかしこちらがネタバレするのが先か、あちらが気づくのが先か。ハルヒとキョンは勘がいいからな。
しばらくすると、中からハルヒの呼ぶ声が聞こえ私を先頭にドアを開け中へ入れば、ハルヒはベッドの上で胡座をかいて悶々と悩み続けている。その表情はむっつりした顔で私はどうしたものかと息をつき。ハルヒの横に座り、古泉くんは壁にもたれて立つ。
「さっき、キョンとフェリーが無いか確かめに行ったのよ」
「どうでしたか?」
ハルヒは首を横に振り、古泉くんの方へと視線を向ける。
「もう全然ダメ。まるで最初からそこにフェリーは無かったかのように影も形も無かったわ」
ハルヒは息をつけば、うわ言のように「やっぱり裕さんが……」と呟きそれと同時に扉が外から叩かれ一斉に全員がそちらのほうを振り返った。
「俺だ」
外から聞こえるは、濡れた服を着替えに行っていたキョンの声で、ホッとした私は扉を開けようと立ち上がれば。やんわりと古泉くんは私に手ぶりで座っていてくださいと言いドアノブに手をかければ、そのまま捻り古泉くんは扉を開けた。
キョンは部屋に足を踏み入れて、古泉くんは扉を閉めると同時に。
「クルーザーが消えているそうですね」
キョンは振り返れば、古泉くんを一度見つめ。古泉くんは微笑をうかべたまま壁にもたれて立った。
ハルヒはベッドの上で胡座を組み替えれば変わらずのむっつり顔を物憂げに上げ。
「なかったわよね、キョン」
「ああ」
「誰かに乗り逃げされたようですね。いや、もう誰かなどと言っても仕方がないでしょう。逃げたのは裕さんですよ」
「なぜ解る?」
「他にいませんから」
キョンの問いに、古泉くんは冷然と答えた。
「この島には僕たち以外の人間は招かれていませんし、その招待客の中で館から姿を消したのは裕さんだけです。どう考えても、彼が乗り逃げ犯で間違いないでしょう」
古泉くんはそのまま滑らかな口調で続ける。
「つまり、彼が犯人なのです。おそらく夜のうちに逃げ出したのでしょうね」
眠った痕跡のない裕さんベッド、森さんの証言。ハルヒは先ほどの会話を古泉に教えてやると、
「さすが涼宮さん。すでにお聞き及びでしたか」
古泉べんちゃらを言い、キョンはふうむと唸った。
「裕さんは何かに脅えるような急ぎようだったということですが、それが裕さんを見た最後の目撃証言で合ってます。新川さんにも確認しました」
「それにしたってさ、真夜中に台風の来ている海に乗り出すのなんて、ほとんど自殺行為じゃないか?」
「それほど急ぎの用が発生したのでしょう。たとえば殺人現場から逃げ出す、というような」
あっさりと言う古泉くんに対して私は少なからずの恐怖を感じながら話に耳を傾ける。
「裕さんはクルーザーの運転ができるのか?」
「未確認ですが、結果から考えてできたのでしょう。現に船はなくなっているのですから」
もし、出来なかったとしても根気と勇気があればなんとかなるものさ。
「ちょっと待ってよ!」
ハルヒは挙手して二人の会話に発言をする。
「圭一さんの部屋の鍵は? 誰がかけたの? それも裕さんなわけ?」
「そうではないようです」
古泉くんはやんわり否定の仕草をし。
「新川さんが言っていた通り、あの部屋の鍵はスペアを含めて圭一さんが管理していました。一つはあの時見つけたようにポケットに、スペアは引き出しの中に入っていました。すべての鍵は室内にあったんですよ」
「合い鍵を作っていたのかもしれん」
キョンが言うが古泉くんはまたもや首を振り否定をする。
「裕さんがこの別荘に来たのも、今回が初めてのはずです。合い鍵を作る余裕があったとも思えません」
古泉くんは両手を広げてお手上げのポーズをとる。しかし仮に合い鍵を作れる時間があったとしても、管理をする圭一さんに怪しまれないだろうか。
兄弟だからといって油断はしてはならない。大人の社会ではそれは必ずと言っていいほど言われてることだ。一筋縄ではいかないだろう。
室内に静寂が訪れ、皆が無言を貫き通している中、古泉くんがそれを破った。
「ただし、裕さんが昨夜に犯行に及んだとしたら、おかしなことになります」
「何が?」
「さきほどの圭一さんですが、僕が触った彼の肌はまだ温もりを失っていませんでした。まるで、ついさっきまで生きていたように」
不意に古泉くんは笑みを浮かべ、眠るみくるちゃんの側にいる有希にいった。
「長門さん、僕たちがあの状態の圭一さんを発見したとき、彼の体温は何度でした?」
「三十六度三分」
間髪入れず、答える有希にハルヒが不思議に思わないか冷や冷やするが。どうやら私の心配を他所にハルヒは考えるので手一杯なのかつっかかって来ず私はホッと胸を撫でおろす。
「それじゃほとんど平熱じゃないの。犯行時間はいつになるのよ」
「人間は生命活動を停止すると、おおよそ一時間につき一度弱ほど体温を低下させていきます。それから逆算した圭一さんの死亡推定時刻は、発見時からだいたい一時間以内ってとこでしょう」
「待て、古泉」
キョンはすかさず今言葉に対してツッコミを入れる。
「裕さんがどっかに行ったのは夜の事じゃないのか?」
「ええ、そう言いました」
「だが、死亡推定時刻はさっきから一時間以内くらいだって?」
「そういうことになりますね」
キョンはこめかみを押さえた指に力を込め、悩みに悩み抜いているらしい。そうだ、そうやって悩めば悩むほどこちらとしても好都合だ。
「すると、裕さんは台風の夜に別荘を出て、いったんどこかに潜んでおいてから朝に戻ってきて、圭一さんを刺して船で逃げたのか」
「いえ、違います」
古泉くんは、戸惑う様子もなく余裕でかわす。
「仮に死亡推定時刻に幅を取り、僕たちが発見するまでに一時間少々かかったと推定しましょう。ですが、その頃、僕たちはとっくに起きだして食堂に揃っていました。その間、僕たちは裕さんの姿はおろか物音一つ聞いていません。いくら外が台風とは言え、それでは不自然ですよ」
「どういうことなのよ」
ハルヒは不機嫌そうに言った。腕組みをして睨むような視線をキョンと古泉くんに向ける。
確かにハルヒが機嫌が悪くなるのもわかる、一時間以内に殺されたと言いつつ裕さんは夜の内に居なくなっている。いったいどういうことだ、古泉くん。
古泉くんは軽く、まるでドラマのあらすじをなぞるような口調で言う。
「これは事件でもなんでもないです。単なる悲しむべき事故なんですよ」
悲しむべき事故ね、いったい全体どういう事故が起きたんだ。
「裕さんが圭一さんを刺したのは間違いないとおもわれます。でないと裕さんが逃げ出す理由が解りません」
確かに、まさか圭一さんの物を取ってバレるのが怖くて逃げた、なんてとんでもない方向に事件が湾曲するはずもない。
「どのような事情や動機があったか知りませんが、裕さんはナイフで圭一さんに襲いかかりました。おそらく、背後に握った手を隠しておいて正面からいきなり突き刺したのでしょう。圭一さんは身構える時間もなく、ほぼ無抵抗に刺されたのです」
まるでその場にいたような口ぶり、古泉くんは手振りをつけながら二人に向かって語りかける。
「しかしその時、ナイフの切っ先は心臓まで達していなかったのですよ。肌に触れていたかどうかも怪しいですね。ナイフは圭一さんが胸ポケットに入れていた手帳を突き立ち、そして手帳しか傷つけなかったのでしょう」
「え? どういうこと?」
ハルヒは眉の間にシワを刻んで、言った。それはそれは不思議そうに。
「じゃあなんで、圭一さんは死んじゃってたのよ? 別の人が殺したの?」
「誰も殺してはいません。この事件に殺人犯はいないんですよ。圭一さんがああなたのは、ですから単なる事故なのです」
「裕さんは? あの人はなぜ逃げたの?」
「殺したと思い込んでしまったからです」
古泉くんは悠然と答え、人差し指を立てた。
「僕の考えをお教えします。経緯はこうですよ。昨夜、殺意を持って圭一さんの部屋を訪れた裕さんは、圭一さんをナイフで刺す。しかしナイフは手帳に阻まれ、致命傷にはなりえなかった」
そこまで手帳が頑丈とは、思わないんだ。ペンは剣より強しと言うが、まさか紙の束は盾より強しとか新たな名言が誕生するのだろうか。
「しかしここでややこしいことが発生します。圭一さんはてっきり自分の身体が刺されたと思い込んだんですよ。ナイフが手帳にぶつかっただけでも相当な衝撃があったことでしょう。加えて、刃物が自分の胸から生えている様を見て、精神的なショックがあったことも類推できます」
確かに、いきなり弟が入って来たかと思えば簡単に刺されてしまえば、同じ状況に立たされた場合私もきっと寝込んでしまうさ。
「その思い込みにの力により、圭一さんは気を失ってしまいます。くたくたと、この時は横向きか後向きに倒れたんですね」
古泉くんは息を継ぎ。
「それを見た裕さんも、殺したと信じ込みました。後は簡単、逃げ出すだけです。どうも計画性はなさそうでしから、何かの拍子に殺意が芽生え、とっさにナイフを振るってしまったのでしょう。それで、嵐の夜だというのにクルーザーを奪取したのです」
「え? でもそれじゃあ……」
言いかけたハルヒを、古泉くんは制して苦笑を浮かべる。
「説明を続けさせてください。意識を失った圭一さんのその後の行動です。彼は朝までそのまま気を失い続けていました。起きてこないのを不審に思った僕たちが、部屋の扉を叩くまでね」
寝返りも打たずに一夜を過ごすとは、なかなか器用なことだ。私ならきっと寝返りを打って誤ってナイフを自分に刺しこんでしまうだろう。しかし考えるだけでも痛い。
「ノックの音で目を覚ました圭一さんは、起きあがりドアへ近付きます。しかし極度の寝起きの悪さで、彼は朦朧としていたことでしょう。意識がはっきりしていなかったのですよ。半ば無意識のうちに扉に近寄り、そこでようやく思い出しました」
「何を」
古泉くんはキョンに向かって微笑みを返し、さらりと言ってのけた。
「弟に殺されかけたことをです。そして目蓋の裏にナイフを振りかざす裕さんが蘇った圭一さんは、とっさに扉に鍵を掛けてしまったのです」
キョンはそんな馬鹿らしい話が真相じゃないだろうなと言いたげな表情で口を挟んだ。
「それが密室状態の真相だと言うんじゃないだろうな」
「残念ながら言うつもりです。気絶したまま眠りに就いていた圭一さんは時間の感覚が失せていたのです。裕さんが再び戻って来たのではと思い込んだんですよ。たぶんタッチの差だったんでしょう。僕が通路側からノブを握るのと、内側から施錠されたのはね」
それならば鍵の掛かる音がしてもいいものだと思うが、ここでツッコムと話がややこしくなるのであえて言わないでおこう。
「殺人犯がトドメをさしに来たとして、わざわざノックするわけないじゃないか」
「この時の圭一さんは何せ朦朧としていましたから、混濁した頭ではとっさの判断がくだせなかったんですよ」
キョンはそう言われれば口をつぐみ、古泉くんを黙って見つめた。
「さて、施錠を終えた圭一さんは扉から離れようとしました。本能的に身の危険を感じたのでしょうね。悲劇が起きたのはこの時です」
古泉くんは首を振り、さも悲劇を語るように大袈裟に言う。
「圭一さんは足をもつれさせ、転倒してしまいました。こう、倒れるようにです」
古泉くんは身体を折って、前のめりのポーズをして見せる。
「その結果、胸の手帳に突き刺さっていただけのナイフは、床に倒れた勢いで柄を押し込まれることになったのです。刃は圭一さんの心臓を貫き、彼を死に至らしめた……」
キョンとハルヒはその真相に、バカみたいに口を開けるのを尻目に古泉くんは力強く言った。
「それが真相ですよ」
本当にそれが真相なのか、キョンとハルヒは各自眉を寄せ、まるで探偵のように古泉くんの一言一言を噛み砕いて呑み込んでいる。
「あっ!」
ハルヒは大声を出し、それにキョンは驚いたのか飛びあがり。皆、ハルヒの方へと振り返る。
「古泉くん、でもさ……」
何か言いかけて、ハルヒは固まった。その面が驚きに彩られており、ハルヒを見つめていたキョンと目が合うと慌てて逸らし、古泉くんを見ようとして思いとどまるような仕草をして天井を見上げた。
「んん……。なんでもないわ。きっとそうなのね。うーん。何て言うのかしら」
ハルヒは意味不明な呟きをもらし、黙りこみ。みくるちゃんはまだショックが抜けきらないのか眠り続け、有希はぽつねんとした視線を古泉くんに注いだ。
事件に行き詰まった私たちは、いったん解散することにした。
古泉くんの話では嵐が収まりしだい警察が駆けつけるだろうということだったので、それまでに荷物をまとめておこうというわけだ。
私は部屋に戻れば、ボストンバックからはみ出ている衣類たちを折りたたみ鞄の中へと入れていく。
しかしこうも静かだと、なんだか気が狂う。何か楽しいものは無いだろうか。私はボストンバックのチャックを閉め、中からカメラだけは出しておき。今まで撮った写真を繰り返し眺めておれば、いつの間にか寝てしまったらしくノックの音に私は飛び起きた。
いったい誰だろうか、まだあれから30分も経ってないから警察ではないと思うんだが。
私はカメラを鞄に直し、返事をして扉を開ければ。古泉くんが苦笑を浮かべて立っており、その横にはキョンが眉を寄せムスッとした表情をしていた。
「どうかしたの?」
「葵さん、残念ながらここまでのようです」
話がみえてこない。何がここまでなんだ。私は首をかしげれば、キョンが腕を組み私を見つめる。
「お前もグルだったらしいな」
「……あ、あはは。そういうことね」
私は視線をさまよわせ、キョンから視線を反らすよう部屋を見渡し、二人へ振り返り。
「まあ、立ち話もなんだし。よかったら中に入ってよ」
私は二人を中に招き入れ扉を開ければ。キョンは毎度お馴染みの位置に座り、古泉くんは壁にもたれかかり微笑を浮かべたままだった。
「まあ、キョンの言うとおり私もグルです。でもね、そんなに深くまでは関わってないんだよ? こう、古泉くんや新川さん、森さんの目の届く範囲に居ない時に私はそこに居るよう言われただけだから」
この事件の真相は知っていたがな。キョンはため息をつけば頭をかく。
「とにかく騙してたのは確かなんだな」
「はい……」
キョンの腕が私に伸ばされ、私は身をすくめ、叱られるのではないかと脅えておればキョンは私の額に盛大にデコピンをし「いいか?」と語りかけるように言った。
「俺やハルヒ、長門はいい。だがな朝比奈さんにはちゃんと頭を下げて謝るんだ」
「……はい」
確かにみくるちゃんには凄く悪いことをしてしまった。気絶させてしまい、あまつさえ夢にまで出てきているのか何度も眉を潜め寝返りをうち苦しんでいる姿を思い出し私は申し訳なさに顔をうつ向かせた。
「古泉お前もだ」
「おや、これは手厳しい」
古泉くんは微笑を浮かべたまま手のひらを上に向け、肩をすくめてみせれば。私と目を合わせ、お互い苦笑を浮かべ私はもう一度キョンに頭を下げ、キョンはため息と共に苦笑いを浮かべた。
その後古泉くんと共に新川さん森さん、そして多丸兄弟にバレたことを言いに行き。私たち六人は全員でキョンを除く三人に謝りに、ハルヒの部屋へと向かった。
部屋をノックし、中へと入ればみくるちゃんが気絶から醒めたのかベッドから身体を起こしており。ハルヒはそのベッドの真ん中に腰を下ろし腕を組んでいた。
「あら、葵どうしたの? 古泉くんや新川さん森さんまで」
ハルヒは部屋に入ってくる人物に目を丸くさせ、最後に入ってきた多丸兄弟に驚愕しみくるちゃんも「ふぇっ」と可愛らしい悲鳴をあげ掛け布団を握りしめた。
「いやあ、そのね」
私はキョンが有希を連れてきたのを見れば、一度咳払いをして話を切りだす。
「えーと、この二人の登場に二人は凄く驚いていることだろうと思います」
多丸兄弟を横目で見ながら、ハルヒへ視線を戻し私は苦笑する。片方は殺人未遂犯である裕さんが微笑を浮かべ立っており。片や胸に刺さったナイフで不幸な死を迎えた圭一さんが胸に血のりを着けたまま頭をかき笑っている。
「えっと、簡単にまとめるとちょっとしたサプライズパーティーとしてこの事件は私を初め、古泉くん新川さん森さん多丸さん達兄弟で考えたの」
みくるちゃんは圭一さんの血のりをクリクリした瞳で凝視しながら、私へ視線を投げかける。
「最初は本当ちょっとした事件のつもりだったんだけど、なんかやけに大袈裟になっちゃって……」
「つまり、騙してたわけね?」
ハルヒは睨むような眼差しで私たちを順に見つめ。私がそれに頷いて答えれば、みくるちゃんは可愛らしく「ひどいですー」と拗ねてみせた。
「ごめんねみくるちゃん、気絶まてさせちゃって……」
「本当にすみません」
古泉くんが頭を下げるのに合わせて全員が頭を下げみくるちゃんを初めハルヒ、有希、キョンに謝罪をする。するとみくるちゃんは慌てて首を横に振り。
「あ、いいです。気にしてませんからっ」
と、謝り返しその姿は可愛らしく私はその微笑ましさに頬が緩むのを感じた。
「葵、古泉くん」
「ハルヒ……」
ハルヒはベッドから腰を上げれば、大股でこちらへ歩み私の目の前で止まれば片手を上げ、私もそれに叩かれるのだと思い咄嗟に目を瞑れば。いつまでたっても衝撃は来ず、恐る恐る目を開ければハルヒは私の頭に手を置きぐりぐりと撫でくりまわした。
「なーに怯えてるのよ。何もとって喰おうとしているんじゃないんだから」
ハルヒは微笑み、頭から手を離せば私の手を取り。
「寧ろ葵と古泉くんには感謝してるわ。凄く面白かったもの」
私は目を瞬き古泉くんと視線をあわせ、ハルヒが喜んでいることに安堵する。騙してたことに怒るのではないかと思ったがよかった。
「ただ途中、みくるちゃんを気絶させたり色々ペナルティがあるわね」
「ぺ、ペナルティ?」
ハルヒは私と古泉くんを交互に見たのち、極上の笑みを浮かべ言い渡した。
「古泉くん、葵に与える罰は――」
台風も過ぎ去り、波が穏やかに揺れ、乗船している子ども達が駆け回りはしゃいでいる。
「えーとお弁当六個、ジュース六個ある」
「ええ、全て揃ってます」
私と古泉くんはお弁当とジュースの個数を数え、半分ずつ持てば古泉くんが途中何か思い出したかのように立ち止まり。私へ少しの間待つよう言い渡し、売店へと戻っていく。
さて、なぜこうなったのか説明しよう。あの後ハルヒが言い渡したペナルティとは、ズバリ団員のお弁当とジュースを私と古泉くんで買うことだった。一瞬そんなもんでもいいのかと思ったが、言ったことにより更にペナルティがグレードアップされたら堪らないからな。そこは黙っておくことにした。
「葵さんお待たせしました」
暫く待っておれば、古泉くんが小さな袋を持ち微笑みを浮かべ私の方へと駆け足でくる。お土産だろうか、その小さな袋は可愛らしくラッピングされており、いかにもお土産って感じだ。
「それなーに?」
何か楽しいことがあるのか、嬉しそうに笑う古泉くんに不信感を抱き尋ねれば。古泉くんは人差し指を口元に当て片目をつむりウィンクを一つ私によこした。
「後のお楽しみです」
後のお楽しみ、ね。私は弁当を持ち直し、古泉くんを横目で見れば。古泉くんはハルヒ達の元につくまで始終笑顔で、キョンの言う胡散臭さをなんとなく理解した。
その後、お弁当を無事ハルヒ達の元に届け皆で食せば。ハルヒが大食いなみの速さで弁当を食べ終わり、ふいに立ち上がり突然宣言をした。
「記念写真撮りに行くわよ!」
まだ弁当の三分の一も食べ終えてないみくるちゃんはハルヒの言葉に目を丸くし、小さな蚊の鳴くような声で「えっ」と言い。キョンもまたか、と言いたげに眉を寄せハルヒを見上げ。古泉くんはお弁当に手をつけながら微笑んでおり、有希はハルヒと同様にとっくの昔に食べ終わっていた。
「ハルヒ、写真はもう十分撮っただろ」
「なに寝ぼけたこと言ってるのキョン。まだSOS団の集合写真撮ってないじゃない!」
確かに、写真は向こうでイヤというほど撮ったがその中には一つも集合写真が入ってない。
「だからと言ってだな、弁当を食べ終わってからでいいだろ」
確かに、ハルヒと有希は食べ終わっているが他の団員は食べ始めてまだまもない。みくるちゃん何かまだまだ序盤だ。
「それじゃあ遅いのよ。お弁当はいつでも食べれるけどね、写真は一瞬しかシャッターチャンスはないのよ!」
確かに、てか写真家みたいなことを言うなハルヒ。
「写真ならば一瞬ですし、どうでしょう行ってみたら」
古泉くんはお弁当に蓋を付け、キョンに微笑みかけ尋ねれば。キョンは額に手を当て、首を横にふった。
「一枚だけだからな」
いや、二枚頼もう。私のカメラの分と、ハルヒのカメラの分合わせて二枚。
ハルヒはキョンの言葉に笑みを深くし、お弁当を閉まっているみくるちゃんの手を取って引っ張り。カメラを片手に、デッキの方へと駆けていく。
「ほら、みくるちゃん早く行かなきゃいい場所取られるわよ!」
「ふぇぇ待ってくださいー」
半分引きずられる形で連れて行かれるみくるちゃんの姿を、後ろからまるで仲のよい姉妹を見守る母親の気分で見つめる。ハルヒ、そんなに急がなくたって場所は逃げやしないさ。
デッキに出れば、潮風が頬にあたり潮の匂いが鼻を掠める。
「葵、キョン、古泉くん、有希! こっちよ!」
ハルヒはベストポジションを見つけたのか、こちらに向かって大きく手を振り。私たちは風に髪を拐われながら、ハルヒの元へ着けば、既にカメラは頼んだのか一人の若い女性がカメラを持ち微笑んでおり。
私たちは慌ててそれぞれの位置に並んでいたとき、ハルヒは私の肩に手を回しこんなことを言った。
「冬の合宿も頼むわよ、葵、古泉くん。今度はもっとちゃんとしたシナリオを考えておいてよね。今度は山荘に行くんだから。それから大雪が降らないとダメだからね。次こそはこれぞってくらい館っぽいのじゃないと今度は怒るからね。うん。今からとても楽しみだわ!」
「えっ……」
「ええと……、どうしましょうね?」
古泉くんはあやふやな笑みを形作り、私と顔を見合わせれば次に救いを求めるような顔をキョンにむけた。
いや、古泉くんキョンは助けてくれないさどうせ。
「さあな。俺も期待してるぜ、古泉」
キョンは意地悪く古泉くんに微笑み返し私の頭を上から押さえる。
「はーい。それじゃあ、撮ります」
並び終えた私たちに向けて女性は手を上げ合図を送る。
「いちたすいちはー?」
私の掛け声と共に、皆一斉にカメラに視線を向け「にー」とブイサインと共にシャッターが下りた。
その後、ハルヒのご機嫌も損なわれることなく無事合宿らしくない合宿も終わり。駅前で全員解散をし、この旅行は幕を閉じたのだった。
「そういえばさっき古泉に何貰ったんだ?」
ボストンバックを肩にかけ、軽い足取りで片手には古泉くんの買った、可愛らしくラッピングされたお土産を持ちキョンを見上げる。
「これ? これはね、私と古泉くんから妹ちゃんにお土産」
さっき駅前で全員別れた後だ、古泉くんが私の名前を呼び引き止め。何事だろうかと振り返れば先ほどのお土産を手渡された。
「どうぞ、約束のものです」
「へっ?」
約束のものとは、なんだろうか。確かあの勝負は古泉くんの勝ちで、私と今度どこかに行くことで収まったと思うのだが。
「それでは僕ばかり良い思いしてしまいますから」
別に私も遊ぶの好きだしこちらも良い思いさせてもらってばかりな気がするが。
「そう思っていただけたのだとしたら嬉しいかぎりです。ですが葵さん」
「うん」
「彼の妹さんへのお土産は買ったのですか?」
そういえば、あの後色々ゴタゴタして買う暇がなかった。
言葉に詰まった私に、古泉くんはわかっていながらも意地悪に笑みを浮かべ「どうかしましたか?」と尋ねてくる。君、Sの素質あるよ。
「買い忘れました。ええ、買い忘れましたとも」
私は古泉くんから視線を反らし、あさっての方向を見つめ答えれば。古泉くんはその様がおかしかったらしく咽の奥で笑い、こちらを向くよう。私の肩を叩いた。
「では、こうしましょう。それは僕と葵さんから妹さんへのプレゼントってのはどうでしょうか?」
私は手の中にあるお土産を見下ろし、顔を上げれば。古泉くんが微笑んでおり、「どうですか?」と勧めてくる。
「……古泉くんがいいなら、ぜひともそうして頂けたら嬉しいです」
お土産を手の中に収め、頭を下げれば。古泉くんは、ではそういうことで、と言い私の後ろを指さした。
「彼もあなたを待っていることですし、お出かけのことは後日連絡します」
片手を軽やかに上げ、それではと言い残し古泉くんは人混みの中へと紛れこんでいき。私はお土産を握りしめたまま、キョンの待つ方へと歩いていった。
それが先ほどあった事だ。
「そういえば今日は妹ちゃん居る?」
お土産があった所で当の本人がいなければ意味がない。やはりお土産は手渡しで渡したいからな。
「いるんじゃないか?」
キョンは面倒くさそうに、空を見上げたまま答え。私もそれにならって空を見上げた。
空は紅く夕暮れ時で、楽しい時間はあっという間に過ぎ去ることを物語る。
「まぁ、いなかったら明日でいいんだけどさ」
「プールの約束、忘れるなよ」
ボストンバックをかけなおし、思い出された予定に私は苦笑する。
「そうでした、それがあった」
「あ、葵ちゃん! キョンくん!」
噂をすればなんとやら、前方からミヨキチを連れて妹ちゃんが手を振って駆けてくる。その姿はたった三日だけなのに酷く懐かしく感じ、私も思わず駆け出しその小さな身体に手を回し抱きしめた。
「おかえりなさいーうみは楽しかった?」
「ただいま、うん楽しかったよ。でもね」
潮風のしない住宅街は、晩御飯時のためかおかずのいい香りが漂い。家路につく親子の姿が微笑ましい。
「やっぱり、皆の住んでいるここが一番好きだな」
妹ちゃんは意味がわからなかったのだろうか、首をかしげ暫くすればまた微笑み。キョンはいつの間にか私の背後に立っており、私の頭に手を載せればこれでもか、というほど頭をもみくちゃに撫で回した。
これは余談だが、妹ちゃんへのお土産はマリモで妹ちゃんはそのマリモにマリモンという名前をつけて大事に飼っているそうだ。
SOS団サスペンス劇場
END
長かったサスペンス劇場。
無事終わりました!
長くお付き合いくださりありがとうございます。
次回は夏最後の話。エンドレスエイトだったよね、うん。
繰り返される夏休み、一度は経験してみたいものです。
誤字脱字がございましたら申し付けください。
桜条なゆ
07*10*16
[ 19/30 ]
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