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その後、荷物を置きハルヒの部屋へと向かえば。皆そろっておりみくるちゃん、有希、ハルヒの三人はベッドへと腰をかけており、化粧台にはキョンが座っており古泉くんはドア付近の壁に持たれ腕を組んでいた。
私はハルヒの命令により、ハルヒの膝の上に座り。腕を腹にまわされる。
ハルヒいわく、多丸圭一の印象はこうだ。
「怪しくないのが逆に怪しいわ」
「じゃあ見るからに怪しかったらどうなんだよ?」
「見たままよ。怪しいに決まっているじゃないの」
それだと世の中全てが怪しさの塊ではないか。いや、確かに今ここに集っている宇宙人、未来人、超能力者、異世界人は怪しさの塊ではあるが。
「解ったわ!」
やおらハルヒが雄叫びを上げ、キョンはもう身体が勝手に動くのか、反射的にツッコミを入れた。
「何がだ」
「犯人」
断言するハルヒのは、ミステリー小説を読み進め、段取りを踏まえた上での確信に満ちあふれた表情をしている。
それに対し、しぶしぶキョンは聞く。
「何の犯人だ。まだ何も始まってなどいないぞ。到着したばかりだろうが」
「あたしの勘では犯人はここの主人なのだわ。たぶん一番最初に狙われるのはみくるちゃんね」
「ひいっ」
確かに、小説上一番ヒロインに近い。だけどねハルヒ、みくるちゃんが一体全体なんの恨みを圭一さんから買うんだ。
「そんなの後からついてくるわよ」
「んな、無責任な」
みくるちゃんはどうやら本気にしたのか、それともただの臆病さんなのかびびっており。ビクビクと有希のスカートをつまんだ。
「…………」
それに対し、有希が無反応なのは言うまでもない。
「そして次は葵」
ハルヒは私の頭に顔を載せる。私殺されるのか、何故順番で私なんだ。
「ダブルヒロインの片割れだからよ」
「だから何の犯人なんだ」
キョンは重ねて尋ねる。
「というか、お前はあの多丸圭一さんを何の犯人にしたてあげるつもりだ」
「そんなの知るわけないじゃないの。あれは何かを企んでいる目つきだわ。あたしの勘は良く当たるのよ。きっとそのうち、あたしたちをサプライズな出来事に巻き込んでくれるに違いないわ」
なかなか鋭いなハルヒ。確かに今後ハルヒの楽しみにしているちょっとしたサプライズが待ち受けているが。まあ、それは後で。
「んなアホな」
キョンは差し上げた片手を水平移動させ、空中にセルフツッコミ。
ハルヒは無邪気な声を上げた。
「まずは泳ぎね。海に来たら泳ぐ以外の何もすることはないと言っても過言ではないわ。みんなでぱーっと沖をどこまでも泳いでいきましょ。誰が一番最初に潮にさらわれるか、勝負よ!」
「はいはい!」
私は手を上げれば、ハルヒは私のほっぺを掴み横に伸ばす。
「おひょぎは、じゆふ?」
「勿論、クロール、平泳ぎ、犬かきでもいいわよ」
「もう行動するのか。少しは船旅の疲れを癒そうとは考えないのだろうかね」
キョンは鏡台に肘を置き、頬杖をつく。その顔にはすでに疲れが見え始めている。
「なーに言ってんのさ。たとえアポロン神殿に貢ぎ物を捧げたとしても太陽は立ち止まってくれたりはしないのよ。水平線に沈む前に行動を起こさなきゃ時間がもったいないじゃん」
ハルヒは私の頬から手を離して、そのまま両腕を伸ばしてみくるちゃん、有希の首を抱え込んだ。
「あわふ」
「…………」
突然伸びてきた腕に、首を抱え込まれ、目を白黒させるみくるちゃんと無反応の有希、そして間に挟まれるは私。うーん両手に花とはこのことだ。
「水着よ水着。着替えてロビーに集合ね。うふふふひひひ。この娘たちの水着はあたしが選んであげたのよ。キョン、楽しみでしょ?」
あんたの考えてる事なんてまるっきりお見通しよ、みたいな顔でハルヒは薄気味悪く白い歯を見せる。水着か、少しばかり憂鬱だ。
「その通りだとも」
キョンは何を思ったのか開き直り、胸を張った。その表情には、先ほどの疲れなど全く見えない。
「古泉くん、ここのプライベートビーチは貸し切りなんだったよね!」
「ええ、そうです。見物人は浜辺の貝殻くらいのものでしょう。人跡未踏の砂浜ですよ。ただし潮の流れは速いので、あまり沖合には出ないほうがいいと言っておきましょう。先ほどの勝負が本気なのだと仮定しての話ですけど」
古泉くんは変わらぬ笑顔で、手振りをつけながら話せば。ハルヒは手をひらひらと振り、ケラケラと笑う。
「まっさか。冗談よ冗談。みくるちゃんなんかあっと言う間に黒潮に乗ってカツオのエサになっちゃいそうだもんね。みんな、いい? 調子に乗って遠くまでいっちゃったらダメよ。あたしの目の届く範囲で遊びなさい」
一番はしゃいで、私たちの目の届く範囲からいなくなりそうだが。そこらへんどうだろうか。少しばかり心配だ。
「そこ! キョン!」
ハルヒの人差し指が、キョンの鼻先に突きつけられる。
「ニマニマ顔は気持ち悪いからやめなさい。あんたはせいぜい半分口開けた仏頂面がお似合いよ。あんたにカメラは渡さないからね!」
あくまでハイテンション、傍若無人なハルヒは笑いながら宣言する。
「さあ、行くわよ!」
ハルヒ、行くまえに着替えようね。
その後、キョン、古泉くんはハルヒの部屋から追い出され。女の子のみの部屋へと変貌した。
「さっ、じゃあチャッチャか着替えましょう!」
ハルヒは自分の鞄から皆の分の水着を出せば、おもむろに上を脱ぎだし。みくるちゃんは恥ずかしそうに後ろを向き、有希はハルヒと同様恥ずかしがる様子もなく脱ぎ始めた。
「……ねえハルヒ。私、どうしてもこれ着なきゃいけない?」
「当たり前じゃない! いい? 恥ずかしがるから恥ずかしいのよ。もっと堂々としなさい!」
堂々とね。それは無理な話だ。私はハルヒの選んだ水着を広げ、それをマジマジと見ればため息をつく。
それは合宿の少し前だ。そう、有希と有希の服を見に行く際にハルヒが「ちょうどいいから」と、合宿に備えて水着を買いに行こうといいだしたのだ。
まあ最初こそは私も乗り気で
有希とみくるちゃんの水着をハルヒと一緒に取っ替え引っ替えして決めて、ハルヒのはハルヒ本人が決め。最後に残ったは私の水着だった。
たぶん、胸の無い自分だからハルヒはワンピースタイプのやつを選んでくるだろうと、軽く考えておれば。持ってこられた水着に軽く昇天しかけた。
「ハルヒさん、これですか!」
「そうよ! 葵に絶対似合うと思うのよ」
持ってこられた水着はビキニ、しかも首の後ろで紐を結ぶタイプで色は淡い青だ。可愛いワンポイントは腰と、胸の間にあるリボンだ。
確かに可愛いし着てみたいと思う、だけどなハルヒ。
「こういうのは胸がこう、ボイーン、とある人がね。みくるちゃんとかが着たほうがね。水着も喜ぶと思うんだよ」
「いいから着てみなさい!」
ハルヒは無理矢理私に水着を押しつけると試着室に押し込まれカーテンを閉められた。
着替えるまで出れないってことか。ため息をつき、仕方なく着替えてみるが鏡に写る貧相な胸が切ない。
「着替えた?」
なんとか寄せて見栄をはろうとすれば。ハルヒがカーテンを開け、私は悲鳴をしそこね息を吸うように「ひいっ」とひきつった声をあげた。
「やっぱりあってるじゃない。ほら、みくるちゃんも有希も見て」
中から少し引きずり出され。私はみくるちゃんと有希の前へ突き出される。
「あ、や、その」
「わあ、葵ちゃん可愛い。凄く似合ってます!」
みくるちゃんは小さく拍手をし、目を輝かせる。
「それ、私と涼宮さんと選んだんです。あの、気に入りませんでしたが?」
不安げに首をかしげて尋ねるみくるちゃんに、私は何も言えなくなり。結局買うことになった。
ちなみに有希に尋ねてみれば。
「いい」
その二文字のみで、私が本当に? と再度尋ねればうなずくだけだった。
そんなこんなで買ってしまった淡い青のビキニ。広げたまま、どうしたものかと悶々と悩むが。こうしていても意味がない、私は立ち上がり意を決して水着に身を包めば。すかさずハルヒが私の髪を触りだし、天辺で髪をうさぎのゴムで結びポニーテールにした。
「さ、用意出来たわね! それじゃあいくわよ!」
着替え終わったみくるちゃん、有希、私を順に見ていき。ハルヒはうなずけば私の手を取り、部屋を飛び出していく。
「ま、待って浮き輪とパーカーをとりに行かせてくれ」
私はハルヒに引きずられつつ、掴まれてる手を振れば、ハルヒは立ち止まり振り返る。
「何よ、浮き輪もパーカーも別にいいじゃない」
確かにいらないと言えばいらないだろう。だがなハルヒ、せめて着るものを、せめてのんびりできるものを、持っていかせてくれ。
「何を言ってるのかよくわからないけど、まあいいわ。取りに行くなら早くいきなさい」
「ありがとう! すぐ戻るから」
私は自室へと走り、ドアを開ければ鞄から空気の抜けた浮き輪を取り出し。置いておいたパーカーを羽織り、チャックを上まであげ。部屋を後にした。
やってきたは、海岸。砂浜が熱く焼けており、足の裏が暑くなる。
日差しは傾きかけているが、さすが夏、まだ明るくまだまだ遊ぶにはもってこいだ。
波が押し寄せ砂を引き込む、ふわふわと柔らかそうな白い雲が透き通る海より青い空をゆっくりと移動していた。
鼻をつく潮風が髪をなびかせ、海面上を緩やかに吹く。
ビーチパラソルの影にゴザ敷いて、キョンは眩しそうに目を細め照れくさそうに恥じらうみくるちゃんを眺める。しかしそれもほんの一瞬、ハルヒが横からみくるちゃんを素早く掠め取り。
「みくるちゃん、海では泳いでこそナンボの世界よ。さあ行きましょう。光を浴びないと健康にも悪いからね!」
「いやあのわたしあんまり日焼けはその、」
尻込みするみくるちゃんに構わず、ハルヒは波打ち際に突進し、ダイブした。
「わっ、辛い」
当たり前のことに驚くみくるちゃんに、ハルヒはバシャバシャと海水を浴びさせはしゃぐ。
そのとき有希はゴザの上に正座をし、水着姿のまま広げた文庫本を黙々と読んでいた。
海にきた意味がないのでは。
「楽しみかたは人それぞれですよ」
ビーチボールに息を吹き込んでいた古泉くんが、口を離してキョンに微笑みかけた。
「余暇の時間は自分の好きなように過ごすべきです。でないとリフレッシュの意味がないでしょう。三泊四日、せめてゆっくりのどかな合宿生活を楽しもうではありませんか」
「こらキョン! 古泉くん! 葵! あんたらも来なさい!」
ハルヒは砂浜でくつろいでいる私たちに向け、サイレンのような声を投げかけキョンは立ち上がった。
「お前も行くか?」
膨らませたビーチボールをポンと弾いた古泉くんからパスを受け、キョンは私の方を振り返るが。私は首を横に振り、浮き輪を指差す。
「いや、後で行くよ。浮き輪膨らませたいから」
本音を言えば、この中の水着をキョンたちに見られたくないからだったりする。とくにキョン、何を言われるかわかったもんじゃない。
キョンはそれに、うなずけばやけた砂の上を歩きハルヒたちの方へと向かっていった。
さて、このまま浮き輪を膨らませば必然的にこのパーカーを脱ぎ海へ向かわなければならない。それだけはどうしても避けたい。
浮き輪の膨らましぐちに口をつけ、悶々と悩み膨らませておれば突然二つの目が私とかち合う。
「いつまで膨らませてるのよ」
「ハルヒ」
私は口を離して膨らましぐちを留めれば。ハルヒは腰に手を当て、こちらを見おろしていた。その髪や身体は、先ほどまで海に入っていた為か濡れており。こう、色っぽさがあり女の私でさえ胸が高鳴った。
「い、いや、その」
「ほら、膨らまし終えたなら海に行くわよ!」
ハルヒは私の腕を掴み、無理矢理立たせれば後ろから羽交い締めにし、チャックを下まで下ろされた。
「ハルヒ、や、やめ」
パーカーを取られ、どこにそんな力があるのか。私の身体をいとも簡単に担ぎ上げ、日影のパラソルの下から灼熱地獄の外へと連れていかれる。
有希助けてくれ、そんなことを思って有希に期待の眼差しを向けるが。まあ、やっぱりというか有希は無反応。一回こちらを見たかと思えば、すぐ本に視線が戻る。
「あんた軽いわね。ちゃんと食べてるの?」
「食べてるよ、だから下ろして」
あと数メートルで海だ。三人がビーチボールを上げて遊んでいるのか、ボールの弾む音と共に笑い声が聞こえる。
「さ、葵。息を止めて」
「え、えっ何する、」
気なんだ。そう続けて言う前に私は海に向かってほうり投げられ、みくるちゃんの「葵ちゃん!」と呼ぶ驚愕する声が聞こえる。
そのまま、叫び声をあげる隙もなく。私は海に落ちていった。
「ぷはっ、は、ハルヒ! 何するの!」
私は海面に顔を出しハルヒに向かって腕を上げて振れば。ハルヒはニヤリと笑い、みくるちゃんはおどおどと私に近寄り、古泉くんはビーチボールを持ち微笑んでおり。キョンは口をポカンとあけ、私を見ていた。
「葵、お前その水着……」
指をさされ、改めて気づいた自分の姿に私は海に身体を沈め隠すが、それもハルヒに阻止され。引き上げられた。
「どう、この水着。葵にぴったりでしょ?」
ハルヒの手により、キョンの目の前につきつけられた私はキョンと向き合い。気まずさに視線をさ迷わせる。
「あー、なんだ。その」
歯切れの悪いキョンの言葉に、私は上目使いで見れば。キョンは頭に手をやって掻き、その頬は微かに赤くなっており。勘違いしてしまいそうだ。
「やっぱりそういうのは胸があるほうが映えるよな」
「キョンもやっぱりそう思うよね!」
自分と同じ考えのキョンに私は笑えば、キョンも笑いだし。二人で大きな声でお互い笑い。一通り笑ったのち、私は虚しさに砂浜に足を向ける。
「着替えてくる」
やっぱり私にはまだビキニは早かった。もっとみくるちゃんくらいに胸が大きくなくては、水着も切ないよな。
いや、でもこれ以上育つかな。私の胸よ。
「葵待て、待て!」
キョンの手が私の腕をとらえ、ひき止められる。なんだ、まだ何か用でもあるのか。
「悪かった、その、お前によく似合ってる。本当にだ」
「お世辞でしょ、どうせ」
振り返り、キョンを見上げれば。キョンは一瞬たじろぎ、言葉をつまらせた。
「……ただな、お前がまさかそういう水着を着てくると思わなくてだな」
「なに?」
「その、か、かわ」
「かわ?」
いぶかしげに、眉を寄せてキョンを見つめれば。キョンの頭の後ろから、ビーチボールが飛んできて見事にその後頭部に当たった。
「何するんだ!」
頭に手をやり、振り返る視線の先にはハルヒがビーチボールを投げたままの体勢でキョンに向かって叫ぶ。
「ちょっとキョン! いつまで葵に見惚れてるのよ! 早くビーチボール始めるわよ」
私は流れてきたビーチボールを拾い上げ。ハルヒの方に向かって、放り上げる。
「みくるちゃんいくわよ!」
ハルヒはそれをそのまま、みくるちゃんの方へとトスをあげ。みくるちゃんは「はわわわ」と、可愛いらしく追いかけあさっての方向にビーチボールを飛ばした。
「すみませんー」
みくるちゃんはそのボールを、慌てて追いかけ。走るたびにその豊満な胸が揺れ、目の保養に最適だ。
「いやはや、みくるちゃんは可愛いね。本当」
私は足で水を蹴りながらキョンの横に並べば、キョンは一度こちらを向き、みくるちゃんに視線を戻す。
「確かに朝比奈さんは可愛い」
キョンは腕を組み、頷きながら三人の様子を眺める。
「だけどな、葵」
「うん?」
視線を上に向ければ、キョンの手が私の頭に載り押さえつけられた。
「お前も、十分可愛いからな」
キョンはそのまま頭を撫で回せば、三人の元へと走っていき。残された私は持っていた浮き輪を海面に落とし、海にしゃがみこみ赤くなる顔を夏の太陽のせいにすることにした。
適度な肉体的疲労を覚えながら、行きと同様パーカーを羽織り別荘に戻り。一風呂浴びて各自部屋で休んでいたら空にはコンペイ糖のように散りばらめられた星たちが、空を彩る時間となり、森さんが部屋の扉をノックし食堂に案内された。
どうやら晩御飯の時間のようだ。
その日の夕食は、この生きてきた人生の中でそりゃもう一生分のご馳走なのではないかと思えるほどの豪華なものだった。
なんと、刺身の盛り合わせが一人につき一舟ある。みくるちゃんの刺身がこんな所で反映するとは。
しかしこの豪華な食事に宿泊タダと、いいのですかこの待遇。
「全然けっこう」
圭一さんは笑顔で請け負ってくれる。
「こんな所まで足を運んでくれたねぎらいだと思って欲しいね。なんたって私は退屈だからね。いや私だって人を選ぶよ。だが一樹くんの友人なら大いに歓迎だ」
なぜか、初めてあった時のラフな恰好ではなく正装した圭一さんはダークスーツに身を包み、ネクタイをウィンザーノットに結んでいる。なんだか正装していないこちらは場違いな気がしてくる。
そして出てくる料理は、刺身を始め和洋折衷、名前でしか聞いたことのないカルパッチョだとかムニエルだとか蒸された何かがどんどん出てくる。それを器用にナイフとフォークで口に運んでいるのは圭一さんのみで。私たちは初めから箸を使わせて貰っている。
「すんごく美味しい。誰が作ってるの?」
ハルヒが大食い選手なみの食欲を見せながら訊く。
「執事の新川が料理長も兼ねている。なかなかのものだろう?」
「ぜひお礼を言いたいわね。後で呼んでちょうだい」
新川さん、あなたは執事に料理長、しまいには素人ながら役者、タクシーの運転手と、何でもこなしてしまって。もしや機関に入るとそういう、スキルが身につくのだろうか。
私は何かわからない料理を口に運び、その美味しさに感動しながら周りを見渡せば、みくるちゃんは一口食べるたびに目を丸くしたりしており、小食に見えて意外に大食いの有希はどこに入っていってるのか、ヒョイヒョイと口の中に放り込んでいき。爽やかに裕さんたちと談笑する古泉くんは、なかなかこの場に似合っている。キョンはそんな皆の様子を眺めているらしく、一通り見たのち私と視線がかち合い私は苦笑いを浮かべる。
「お飲み物はいかがですか?」
給仕係に徹していたメイドの森さんは、キョンに細長い瓶を手にして微笑みかける。どうやら細長い瓶の中身はワインのようだ。
「お願いします」
キョンは自分のグラスを森さんの方へ寄せれば、森さんは空のグラスに並々とワインを注いでいく。
「あ、キョン一人で何もらってんの? あたしも欲しいわよ、それ」
ハルヒはワインに気づけば、「そういえば音頭をとってないわね」と何やら思い出したように言い。ハルヒの要求により、葡萄酒に満たされたグラスが全員に行き来渡った。
「それじゃあ、こうして呼んでくれた圭一さんに感謝をこめて!」
ハルヒが葡萄酒に満たされたグラスを高々と掲げる。
「乾杯!」
そのセリフと共に、皆グラスを上げ近くの人とグラスを合わせ口をつけていく。
ワインの味は、匂いは葡萄で甘く感じるが味はアルコールが入っているためか苦く感じた。まだ酒に慣れていないからだろうか。皆はすぐさま飲み終わり二杯目へといっていた。
「ほら葵もちゃっちゃか飲みなさい!」
ほんのり頬が赤く色づいたハルヒは、私の後ろへと回り込めばグラスを無理矢理私の口元にあて、斜めに傾け喉にワインが流れこんでいく。
「おい、ハルヒ! やめろ! こいつをアルコール中毒にしたいのか」
「ノリが悪いのがいけないのよ」
グラスが口元から離れ、口に残る最後の酒を飲み込めば。自分の身体が火照り始めたのに気づいた。
なぜだろう、頭がクラクラする。そして、こう、ムラムラして。
「ハルヒ……」
未だキョンと言い争うハルヒを呼べば、ハルヒは不機嫌なのか眉を寄せてこちらに振り向く。
女の子がいけないよ、そんな顔しちゃ。私は腕を伸ばしハルヒの頬に手を添える。
「なに……んぅ」
ハルヒはそれに対し何か言いたそうだったが、私はそれを己の口で塞ぎハルヒを黙らせた。辺りの音が一瞬にして消え去ったような気がする。
「おま、葵」
キョンの焦った声がハルヒの背中の向こう側から聞こえる。
「葵、あんた……」
「しちゃった」
ハルヒが驚きに目を丸くする、だが次の瞬間吹き出し笑いはじめ。私の背中を思いっきりたたき出した。どうやらハルヒはすでにほろ酔い状態っぽい。
「葵じゃんじゃんしなさい、そうね。次はみくるちゃんにしちゃいなさい!」
グラスを両手で持ち、瞳がうるみ、顔が赤くなっているみくるちゃんを指さし私の背中を押す。
「みくるちゃん」
あさっての方向を見ながら、一口、また一口と飲むみくるちゃんは名前を呼ばれれば、こちらを向き。あまったるい口調で、私の名前を呼ぶ。
女の私でもこの娘をどうにかしてやりたくなる。そんなお酒パワーにより、色気を出すみくるちゃんの顎をあげる。
「みくるちゃん、ファーストキスだったらごめんねぇ」
「ふえ?」
みくるちゃんはわかってないのか、首をかしげ私の瞳を真っ直ぐに見つめ。私はその小さな可愛らしい唇に、口づけを落とした。
それは一瞬の出来事ではあったが、キョンには衝撃的なことらしく硬直して止まったままだ。
「はふぅ」
顎から手を離せば、みくるちゃんはその場にうつ伏せに机に倒れこみ。ハルヒはその姿に嬉々とする。
「じゃあ次は有希ね!」
有希は先ほどから変わらないペースで、次々と瓶を開けていく。いったいその身体のどこにワインが入っていっているんだ。まあ、そんなことはどうでもいいんだ。
私は椅子に座る有希を後ろから抱きしめ、頬に手を添えこちらを向かせその唇にそっと己のを押しつける。
これといった反応なし。つまらない。
「つまらないわね。なら次、古泉くん!」
「待て! さすがに古泉はダメだろ!」
私は古泉くんを見たのち、止めるキョンを見つめれば。ハルヒはキョンを後ろから抱きしめて私に命じた。
「葵、いいからやっちゃいなさい!」
「と、いうことだから古泉くん」
苦笑を浮かべたまま古泉くんは私とハルヒ、キョンを順にみたのち。肩をすくめてみせる。
「涼宮さんが望むことでしたら、あらがえませんね」
「うん、それには私も同意」
私は古泉くんに屈むよう言えば、古泉くんは私の身長に合わせる。
「まさか葵さんとこのような形でするとは。願ったり叶ったりですね」
私は古泉くんの頬を捕らえ、抵抗することもなく目を閉じる古泉くんに躊躇しなず、唇を重ねる。 その間、キョンがやけに叫んでいたのをなぜか鮮明に覚えており。唇を離せば、ハルヒはキョンを捕らえたまま何度も感想を求めてきた。
「どう? どう?」
「んー女の子はふわふわ柔らかくて、男の人は何かいい例えが見つからないけど男の人って感じだった」
率直な感想を述べれば、ハルヒは何に対して納得したのか「ふーん」と言いキョンから手を離した。
「それじゃあ、第二ラウンド行くわよ!」
ハルヒは私の手を掴めば、気分がノッタのか私に顔を近づけ唇を再度重ねようとすれば。横から別の手が私をかすめ取り、その人物を見ようと顔を上げればそこには眉を寄せ、怒っているらしきキョンの姿があった。
「ちょっとキョン! 私と葵の大切な時間を奪わないでよ!」
「何が大切な時間だ。こいつはもう寝かせる。これ以上ここに置いといたら何をされるかわかったもんじゃない」
キョンはハルヒの制止を振りきり、私の手を引いて二階へと向かった。
「キョンー、キョン?」
二階の自室に着くまで、キョンは始終無言を貫き通しており。気まずい雰囲気が私たちの周りを覆う。
「キョン」
私の部屋までつき、ドアを開けて中へと入れば。キョンは私をベッドの縁に座らせ、私と視線を合わせるかのようにしゃがみこみ。私の唇を自分の服で擦りだした。
「んぅ、」
「ハルヒや朝比奈さん、長門はいいが古泉にはやらなくてよかっただろ」
キョンは気がすんだのか、私の唇から手を離し。私は少しヒリヒリする唇を擦りながら、キョンの顔を見る。
「だって、ハルヒが望んだから」
「お前はハルヒが望めばそれにヒョイヒョイと応えるのか」
未だ怒っているのか、キョンのきつめの声色に一瞬身体が震える。
「たぶん、応えると思う。だってハルヒは私にとって、大切な人だから」
気まずくなり、私は指をクルクルと手元で回せば。キョンはため息をつき、私の頭を撫でる。
「わかった、いいから寝ろ。明日に差し支えるぞ」
キョンは布団を捲れば、私はその中に身体をいれ、キョンはその上から掛布団をかけた。
「あ、キョン、あのさ」
キョンは私の前髪をかき上げれば、不思議そうに首をかしげ「なんだ?」と訊いてくる。
「一緒に寝よう」
布団を捲り、空いている隣をニ、三度叩けば。キョンは額に手をやり首を横に振った。
「遠慮しておく、ハルヒたちも待たせているからな」
「ならさ」
私は上体を起こし、立ち去ろうと立ち上がるキョンの服の裾を掴む。
「おやすみのキスして」
キョンの動きが、一瞬にして止まり。ぎこちなくこちらを向く。
「キース、キース」
「冗談だろ?」
「冗談ではありません!」
私はキョンの腰に抱きつき、見上げれば。キョンは息を呑み込み、私と視線を交わせる。
「もちろん、キスは唇に、ね?」
私は己の唇に指をあて、それをキョンの唇に持っていく。スタンドランプだけがついている室内は、少し薄暗く夜のアダルティーな雰囲気が漂っている。
「……一回だけだからな」
「わーい!」
キョンはもう一度しゃがみ込めば、私の頬に手を添え顔を近づけ。来る感触に備え、私は目を閉じる。
それは一瞬の出来事だった。柔らかいものが当たったかと思えば、それはすぐさま離れていき。
目をゆっくり開いていけば、キョンは私の顔に近くにあった枕を押さえつけ。その衝撃に、後ろに倒れ、次に身体を起こした時にはキョンは既に扉まで行っていた。
私はその背中になぜか笑えてきて、もう一度「おやすみ」と言えば。キョンはこちらを決して振り返らずに、手を振りぶっきらぼうに返してくれた。
今日はいい夢が見れそうだ。
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